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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
時の番人
38/109

姫さまの覚醒

  

  

「どきなさい、ガウロパ! 何をしてるのです!」

 巨体の下から伝わる毅然とした声に、ガウロパは嬉し泣き全開で立ち上がった。


「ひ……姫さまの意識が! うぉぉ! 姫さまが正気になられたぞぉぉ!」


「声が大きい! 何事です!」

 これまでのミウとは思えない自信にあふれた誇り高い口調だった。


「わたしを押し倒すなんて。なんて下品な行為をするのです。ガーディアンであるあなたが破廉恥な! ったく慎みなさい!」

 ガウロパは凛然と立ち上がったミウから、バネが弾けるように離れると、地べたに寝そべるガマガエルにも似た姿勢で、上目に仰ぎ見た。


「ひ……姫さま。よかった……姫さま」

 深く大きな安堵の呼吸をし、力の抜けた軟体動物みたいに地面に突っ伏した。


 そんなガウロパをミウは厳しい目で見下ろす。

「なにが姫さまですか! まだそんな古臭い言い回しをして。あなたいつにもなく時代洗脳が色濃く残ってますわね」

 強い口調で叱り飛ばしたミウ。言葉に生気があり威厳高い。そして何よりも、いままでに無い尊大に構える態度に俺たちは肝をつぶした。


「なんだ? どうしたんだ?」

 異常事態を前にしてイウもオロオロするばかりだ。

「ミウの記憶が戻ったんだって」と説明する俺へ、

「マジかよ!」片目を見開き、

「どうやったんだよ?」

「知らんよ」

 俺たちも動揺を隠しきれないのだ。


「どうしてこんなところで野営なんかしてるんですの? ガウロパ、答えなさい」

 ミウの様子はいつまで経っても変わらなかった。しっかりとした視線にきびきびした態度。それに目の輝きが違う。何かの変化が起きたのだ。今までのミウではない。まったくの別人だった。


「み……ミウ?」

 俺たちが目に入らないのか、麻由の問い掛けに無反応。ミウは火に向かって胸を反らし、小さな体をそびやかしていた。


 後ろで巨体を縮み込ませるガウロパに尋ねる。

「ここ……どこです?」

 怜悧でいて、かつ凛々しい口調で命じる姿を目の当たりにして、俺たちはあらためて驚愕した。



 ミウはさっきからすべてのポケットに手を突っ込んで炎に照らしては何かを探していた。そのうち胸ポケットから柏木さんに貰ったメガネを出して、一瞬、眉をひそめたがすぐにもとに戻した。そして堂々とした態度で振り返ると大きな声で命じた。


「ガウロパ! 現状報告っ!」


 ガウロパは片膝を突いて上半身をもたげ、

「はっ! 時間域、西暦2318年、7月30日。場所は23地区56号90番。現時の地名では、六高山麓の裏側、宝来峡と呼ばれる山中です」


「時間は?」

「はっ。午後8時35分24秒456ミリ秒でございます」


「だまっらしゃい! 小数点以下のコンマ秒は省略なさい、といつも言ってるでしょ」


「はっ、し……失礼しました」

 きつく(とが)められたわりにガウロパは眼元を緩め、ミウは鼻を鳴らして俺たちと視線を合わせたが、すぐに自分の姿へ移動させてつぶやく。

「なんですの、このへんな服? 海にでも潜ったのかしら?」

 ダイビングスーツと間違えてんな。


 ひとこと言ってやろうと口を開けかけた俺の姿をやっと捉えた。

「で、こちらの方々は? それより……わたしのゴーグル知らないかしら?」


「はっ、姫さまが……。いや。パスファインダー。あなたはこの先に突然現れた時空震の障壁に激突した結果、この時間域に墜落して、現時点まで記憶障害を起しておりました。そのときに落したと推測されます」


「なんですって? そうか。あのときね」

 自信たっぷりの口調が通常のようで、ガウロパも自然に接するのが見て取れる。これまでの弱々しいミウの面影は微塵も無い。


「困りましたね。あれが無いと現時の光景が見えにくくって」

「あのさ……」

 とりつくシマもなくしゃべり続けるミウ。黙っていられなくなった俺はタイミングを見計らって割り込んだ。

「記憶が戻ったのか? ミウ?」

「えっ?」

 あきらかにミウは目を丸くして後退りをした。


「どないしたん。ミウ?」

 近寄る麻衣にも困惑の瞳を向ける。

「ど、どちらさま?」

「修一だ。山河修一だよ」

「しゅう……いち?」

 名を告げたのが災いしたのかミウは余計に戸惑い、そしてたじろぎ、半身をガウロパの後ろに隠した。

「あの、姫さま……この方たちは……」

 大きな背中から銀髪の少女を引き摺り出して、ガウロパが説明する。


「この人たちは、記憶を失くしておられたあなたを救助し、今日までお世話してくださった心優しき方らであり。さらには我々にも暖かい食料を分けてくださったのでございます」


 ガウロパの説明でようやくミウの態度が弛緩した。

「これは失礼しました……墜落直後からさっきまでの記憶がございません。どうしたことでしょう?」

 焚き火を見つめてしばらく沈黙する。ぴんと張ったミウのきめの細かい肌がオレンジ色に照らされて輝いていた。


 威厳を感じさせる口調で声も活き活きしており、ガウロパの存在をもはっきりと思い出した様子。これで決定的だ。記憶が戻ったんだ。



「そうですか……」

 ミウは丁寧に頭を下げ、俺に視線を合わせた。

「このたびはいろいろと……。うちの者にまで、お食事をお分けくださり、ありがとうございました。あらためてお礼申し上げます」

 しゃくし定規のような言葉を並べた後、俺へ不思議そうな顔をすると、

「ところで、あなた。修一さまとはどこかでお会いしました……よね?」

「あんたのお兄ちゃんやんか」

 この場に及んでもまだそれを言い通すか、麻衣め。


 ミウは銀髪を勢いよく振って麻衣と向き合うと、肩に掛かった髪の毛を払いながら答える。

「わたくしの兄上とは、5歳のときに別れたままです」


 その言葉に大きく反応したのはイウだ。

「5歳?」

「ええ、そうですわ」

「生き別れか……。つらかったな」

「あなたは……?」

 焚き火の番人を買って出ていたイウとミウとが対面。ミウの視線はイウの全身をくまなく一巡する。


「は……犯罪者!」

 足に嵌められたリングに視線が固着。寸刻息を飲み、

「それも時空間移動で逃げ回るお尋ね者ですわ。ガウロパ。すぐに上位時空へ連絡。逮捕者を連れ戻ることを伝えなさい」

 ミウの厳命だが、ガウロパが虚しくスキンヘッドを振る。


「それが……姫さま。この先の時空震の規模が大きすぎて、連絡どころか我々のジャンプも不可能なのです」


「そんなに大規模なんですの?」

「はい。ジャンプできても数日先が精一杯の状況です」

「なんてこと……。リアルタイムに震源を乗り越えないと未来へ帰れないではないですか」


 イウは嫌味っぽく言い放つ。

「そうさ。震源の深さは数時間か数百年か。面白くなってきたな」

「お黙りなさい!」

 ミウは厳しい目でイウを制し、

「いいですか。未来と連絡がつかない場合、犯罪者の処分は上位のわたしが決めることになります。よく覚えておきなさい」


「へいへい。女王陛下」


 やさぐれた口調で言い返すイウを睨み倒してからミウはあらぬ方向へ視線を飛ばし、そこへ、何も知らない柏木さんが扉の無くなった研究所から出て来た。


「やんなっちゃった。白衣の胸ポケットにメガネが入ってたのよ。下まで行って気づくなんて、ほんとバカみたいね」

 すぐに不穏な空気を感じて立ち止まった。


「どぉしたの、ガウさん?」


 銀髪少女を前にして立ち尽くすガウロパに向けた顔は、とんでもなくキュートだが、

「こちらは?」

 他人に向ける視線をミウから注がれて、柏木さんはポカン顔に切り替えた。

「えー? な……なに?」

 黒色の硬質ガラスみたいな透き通った瞳を大きく広げ、

「日高さん? 良子よ。忘れたの?」

「日高……。なぜそれを……ま、まさか。わたし……知らないうちに時間規則を破ったのですか?」

 ミウはとても驚いた様子で、助けを求めるような目をガウロパへ向けた。


「姫……」

 通常を大きく逸脱(いつだつ)した巨躯(きょく)の容姿からは想像できないほどの優しい表情を浮かべ、

「カロンの存在まで漏らしてしまったようです」

「わたくしが……ですか?」

「………………」

 ガウロパは静かにうなずくと、慈愛のこもる眼差しを注いだ。


「なっ!」

 喉を詰まらせて石化するミウ。一点を見つめて固まること数十秒。


 ようやく事情が把握できたのだろう。柏木さんが麻由に小声で尋ねた。

「あの子、記憶が戻ったの?」

「うん」

 寂しそうな返事をした。その気持ちは俺も同感で、ほんの数日だけど俺たちを慕ってくれたミウが遠くへ行っちまった気分だ。



 笑顔はほとんど見せることは無かったが、従順でおとなしく、触れるだけで砕けてしまいそうなほど繊細だったミウが、こんなに気丈夫な少女だとは想像だにできなかった。これではまるで別の人だ。


「なぁ。何んなんだよ、そのカロンてえのは?」

 唐突にイウが質問した。

「ちょっと……」

 ぶしつけな態度に少し腹が立ったが、ヤツは知らん顔。焚き火の中を突っつきながら、他人事みたいに繰り返す。

「記憶が戻ったよりも、重要なコトなのか?」

 ミウはカロンのことも思い出したに違いない。完全石化の態度はそのことを如実に表している。



 俺たちは黙り込んでしまった少女の返事を待った。


 パチッ。

 炎の奥から乾燥した音を上げて火の粉が跳ねた。


 ミウはくっと唇を噛み、何かに耐えて静かに目を閉じている。

「まあ、みなさんお座りくだされ」

 ガウロパは理解できないで固まる俺たちを優しげな声で促し。ミウを丁寧に自分の足元に寄せて、フライパン代わりにしていた大きな鉄の扉を片手でカマドから下ろすと、そばにあった焚き木を火にくべた。


 細かな火の粉が空へと舞い上がる。自然と目がそれを追って夜空を駆けた。


 痺れが切れた俺は耐え切れず口を開く。

「まず、これだけはもう一度はっきりしておこうな、ミウ」

 無言で銀の髪を振り払い、ミウは色の異なる瞳で俺を見た。


「記憶は……戻ったのか?」

 俺の質問にゆっくりとうなずいた。


「よかったじゃないか」

「ほんまや。それがいちばんの心配やったんやもん」

 麻衣の声に麻由も賛同する。

「ほんと、よかったねミウ。いや、日高さん」


「ごめんさい。冷淡な受け答えをしてしまい、失礼しました。えっと?」

「麻由よ。それからこっちがおんなじだけど、麻衣」

「よろしくやで。日高さん」


「あ、ありがとうございます……。麻衣さん。麻由さん。今までどおりミウとお呼びください」

 みるみるミウの目に涙が溜まっていく。


「あなた方の親身なお言葉を頂戴してどれだけ私を大切にしてもらっていたことか、たったいま理解できました。ほんとうにありがとうございます」

 あふれ出した涙が堰を切って頬を伝って顎から地面に落ちた。


「ほらほら。化学者さんが泣いてちゃカッコ悪いぞ。拭いて」

 ミウは柏木さんから折り目の無いハンカチを受け取り、桜色の顔を上げる。

「わたしの職業まで……」

「やっぱりプロだったのね。でも私が知ってるのはそこまで。あなたがただの化学者じゃないって解ったぐらいだから安心して。時間規則は破ってないわよ」

「でもカロンのことを知ってしまった」

 再びミウは声を落とした。


「残念でしたぁー」

「えっ?」

 柏木さんの明るい声にミウは驚きを隠せない様子。焚火に照らされた美麗な面持ちを下から覗いた。


「どういう意味ですの?」


「カロンはこの子たちのお父さんが先に発見していましたぁ」

「そ……そんなはずはありません。詳しい発見日は時間規則に反しますので言えませんが、ずっと未来です」


「でも、ほら。見てみる? 過去の資料を見ることは時間規則に反する行為?」

「いえ」

 ミウは震える手で柏木さんから資料を受け取り、それへと視線を据えた。


 赤と青の双眸を思いっきり細めて、鼻に引っ付くほど資料を近づけて見つめる。おそらく他の時間域の光量を少しでも遮断する行為だと思う。


「たしかに……カロンですわ。これを見る限り川村教授が第一発見者に間違いありません。帰ったら報告しなければなりません。でもなぜでしょう。未来の流れと齟齬が発生しています」


「でしょ。私たちはこの資料を探しにここへ来たんだからね。ここまでたいへんだったんだぞ」

 柏木さんはいつものはしゃいだ声に戻ったが、ミウは無反応で何かに取り憑かれたように沈んでいた。


 唐突にイウが焚き火に木をくべた。細かい火の粉が音も無く天に散って行く。


「おーい……聞いてる? 日高さん?」

 無邪気に目の前で手を振る柏木さんをミウは見ていない。

「で、麻衣さん。麻由さん。川村教授はご健在ですか。一度お話がしたく存じます」

「おーい……」

 簡単にいなされて、口先を尖らせてブーイングする柏木さんの隣で麻衣が静かに首を振る。


「あの……あのね」

 急激に目を潤ませ始めた麻由に柏木さんが気づき、

「川村教授ご夫妻は……2年前に事故でね……」

 酷なことを麻衣たちの口から言わすことはできなかったのだろう。


 ミウはすぐに察して謝った。

「ごめんさい。麻衣さん。麻由さん。辛いことを訊いてしまいました」

 ミウは肩を落として悄然とした。


 全体が暗くなる雰囲気を感じ取った柏木さんを一人ではしゃがせるのは気の毒だ。ここは俺も別の話題を振るべきだ。

「ミウは人を連れて時間移動ができるんだろう? イウは一人ぐらいなら可能だと言ってたぜ」。


 少し焦点の合っていない赤と青の双眸が俺に向く。

「今はゴーグルが無いので時間移動はできませんが、その気になれば数人は引き連れて飛べます」


「それは頼もしい。ならさ。いつでもいい、こいつらが元気無いとき、過去へ飛んで両親に会わせてやってくれないか? 時間規則の範囲内でいいから頼むよ」

「えっ!」

 ミウは大きく目を見開いて絶句した。

「そ……それはできません。重複存在現象を引き起こし歴史に齟齬が発生します。お会いさせることは不可能です」

「じゃぁさ。お父さんとお母さんに事故が起きるから気をつけてって忠告できない?」

「それはもっと難しいお話です。未来が大きく変化しますので不可能ですわ」


 ミウは怜悧に煌く瞳で麻衣と麻由を見つめたが、自分の言葉で消沈した二人の胸中を察して言い直した。

「では……遠くから見る程度でよければ……今回のお礼も兼ねていつか実行して差し上げますが、まずはわたしのゴーグルを探さなくては肝心の時間跳躍ができません」


「なんなの? ゴーグルって」

 科学者である柏木さんは興味深げだ。


「超視力を抑制して、跳躍の焦点を絞るために掛ける。まぁ。今あなたの掛けているメガネみたいなものです」

 ミウは柏木さんの鼻に載る小さなめがねを指した。

「やっぱりね……あなたの目が跳躍の秘密なんだね」

 科学者としての推測が当たった事に満悦の様子。


「修一さま。わたしを発見した場所って、どこだか覚えていらっしゃいますか?」

「いや、わりい。俺にはガーデンの中なんてどこ歩いても一緒。区別がつかないから北も南も分からない。同じ場所にたどり着く自信がない」


「困りましたねぇ……」


「ランちゃんのメモリバンクに位置情報が残ってない?」と言い出したのは柏木さんで、

 きゅりゅ? と焚火から離れた位置で待機していた頭をもたげたランちゃんをミウは一瞥した。

「機械のナビゲーションデータは信用できませんわ」

 思った以上に冷たい声だった。


 ランちゃんはそんじょそこらの機械ではないと、大声で断言したい気分だが、ほんの数日前の自分を思い出してここは自重する。


 代わりに別のアイデアを出した。

「ならこの双子に聞いてみろよ。あそこらは麻衣たちの庭なんだ」


「わかりました」

 ミウはすんなり受け入れたが、俺は首を捻る。人間の記憶ほど曖昧なものは無い。ランちゃんの位置データのほうが正しい気がするのだが。


 静かに移動するとミウは麻衣が座る前に立ち、

「ちょっと失礼」

 人差し指を眉間に当てた。

「なんやの? 痛いことせんといてや」

 麻衣は逃げ腰だ。俺だって突然やられたらビビる。


「心配ありません。精神融合で記憶の一部をお借りします」

「ええっ!」

 座った姿勢のまま、ピョンと後ろへ飛び退く麻衣。


「エビかよ……」


 見たまんまの感想を述べた俺へ、ミウは笑って見せる。

「麻衣さん、安心して。痛くも痒くもありませんし、カロンに関してはお父様が発見者ということで報告しますし、それをあなたが知ったからと言って、どうすることもできませんので、記憶消去の必要もありませんから。ご安心ください」


「うん……」

 何となく気持ちは萎えるものの、麻衣はおとなしく従った。


 儀式めいた光景だが、ミウの知らない能力を知るチャンスでもあり、かつガウロパやイウが何も言わずに神妙にする振る舞いが余計に気になる。


 見ていると、ミウは麻衣の後頭部を左手のひらで支え、そして右手の細く白い人差し指で額の中心より下、そう眉間をゆっくりと押し当てた。

 後頭部を支える手のひらが、柔らかげな栗色の癖っ毛の奥へ沈んでいく。


「…………」

 麻衣は黒いまん丸の目玉をクリンとひと回ししただけでポカンとし、麻由が不安げに覗き込む。


「はい。ご苦労さまです」

 そう言ってミウは麻衣を解放。すぐに毅然とした態度に反転してガウロパに命じた。


「ガウロパ。場所がわかりました。周辺にこの人たちがいますので、決して見つからないように。万が一のときは分かりますね」

「はっ」

 地面に片膝を突く大男が額を前に突き出す。その眉間にミウは小さな指を当てた。


「2318年7月28日、午前1時13分31秒……」

 誰も何もいっていないのに、次々と数値を読み上げるガウロパ。


「……21地区10号88番より南へ15メートル。承知しました。必ず見つけもうす」

 ガウロパは丁寧に頭を下げてから、がばっと立ち上がった。小柄なミウの前に巨大なヒグマがそびえ立ったようだった。


 ミウは夜風でなびく銀髪をうざそうに手で背中に払い、イウに向かって尊大に振る舞う。

「ほら、あなたも準備なさい。自爆したくないでしょ」

「そうか……だな。じゃ行くか」

 イウも急いで立ち上がり、ガウロパの横にひょろ長い体を添わせた。次の瞬後、二人は縦に引き伸ばされた画像のように一瞬変形して、青白い光りとともに消えた

 二度目の時間跳躍を目の当たりにした。マジで時間を飛んだか定かではないが、人がその場から消えるなどあり得ない現象なのだ。


 俺たちには信じられない光景だったが、ミウは平然と腕を組むと、消えた空間へすんと吐息した。


「ミウ。お前って何者なんだ?」

 訊かざるを得ない。誰しもが答えを求めたくなる質問だ。


 ミウは腕を解くと焚き火から背を向けて俺に近寄った。夜風になびく髪の先が俺の頬に当たる。

「それをお答えすることは、時間規則に反しますが……」

 鼻先に甘い吐息が掛かった。なんだこの色っぽさ!


 ミウは雑念にまみれる俺の前で少しためらった気配を見せたが、瞳の光を強めて意を決した。


「いいでしょう。お答えします。私は……」

 耳を傾ける俺たちを前にして、ミウは声に力を込めた。

  

  

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