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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
時の番人
36/109

 迷える旅人

  

  

 急いで地上へ駆け登った。雨はまだ降っていなかったが強い稲光が何度も走っており、外はスコールの兆しで満ちていた。


「おー、修一。見ろよ、そろそろやばくなってきたぜ」

 研究所から出てきた俺に、イウは一つしかない目を空へ向けて楽しげに言った。

「なんでそんなに楽しそうなんだよ?」

「この時代の雨は一味違うんだろ?」

 どうやら物見遊山のようだ。


「マジで想像を絶するから覚悟したほうがいい。上手く息継ぎをやらないと死ぬぜ」

 なにしろ雨に打たれて溺れそうになったのは記憶に新しいのさ。


「マジかよ!」

 イウは残った片目を丸くして、林の中をうろつく巨人へ首を捻る。

「ガウロパ! お前泳げるよな?」


 よく意味が解からず、ガウロパは首をかしげ、

「泳ぎなら達者じゃ」

 とぶっきらぼうに答えると、再び落ち着き場所を探して動き出した。



 俺は研究所の地下にあった重たいロープを引き摺り出すと、ここらの樹木よりも太い腕をした巨人を呼び寄せた。

「いいもんがあったぞ、ガウロパ」

「何でござる?」

「ほら。これでその辺の木に体を縛り付けておけばいいよ」

 ガウロパはまるで真綿でも受け取るかのように軽々と掴み、満面の笑みを返した。

「おお。これはたじけない。濁流が来ても流されずにすむ」


「それよりあれはなんだよ。歩き難くってしょうがないじゃないか」

 入り口から回廊の奥へ数メートルに渡って枯れ木や枯れ枝が満載に盛り上げられていた


「それはオレが溜めたんだ。雨に降られたら夜に困るだろ?」

「困るって?」

 いったい何に困るんだろうか。枯れ枝の利用価値が俺には理解できない。


「寝床にするのか?」

 俺の問いかけに、イウは変な顔をしたが、それ以上何も言わずにガウロパの手伝いを始めた。


 ガウロパは太い幹へロープを巻きつけて、その端を自分の腰へ結ぼうとしており、それを逮捕された者が手伝う……とても奇妙な光景だった。

 それも全てイウの足首に嵌められたアンクレットが原因している。ガウロパが土石流に流されたら、自分の身も危ないのだから慎重になるのもうなずける。


「ロープが余ってるのなら、そっちの木にも縛っといてやろうか?」

「それは助かる。それと重しにその岩をこっちへ転がして欲しいでござる」

「これか? んぐっ!」

 イウひとりの力では動きそうになかったので俺も手伝った。

 二人掛かりで渾身の力を込めてやっと転がるほどの岩なのに、手が届くところまで移動させると、ヤツはひょいと片手で持ち上げて腹に抱いて地べたに座り込んだ。


「なんちゅう力してんだ……」

 俺は唖然としてガウロパのパワフルな動きを目で追った。まるで重機さ。

「別名、馬鹿力って言うんだぜ」

 ぽつりとつぶやいたイウに返す言葉が無く、俺は肩をすくめて返事とした。


 ガウロパは大切な物のように岩を抱きかかえ、涼しげな顔をする。

「さぁ。準備万端じゃ。どんな嵐でも耐えてやる。来るなら来いでござる」

「まあ慌てんなって。次にこれな」

 研究室にあった最もサイズのでかいヘッドクーラーと防護服のマスクをスキンヘッドの頭から被してやった。


「何でござる? このバイクのフルフェイスヘルメットみたいなものは?」

 怪訝に頭を振って外そうとするので、

「雨にカビ毒が混ざってる可能性があるんだ。ま、六高山の裏側だから希薄だとは思うけど、念のために被っといたほうがいいと思う」

「カビ毒とは?」

 と質問するガウロパへ、イウが意味ありげに小声で知らせる。

「発狂すんだ。オマエも暗黒時代のこともっと調べておけよ。警察屋が情けねえな」

 ガウロパは。「あっ!」とか、「そうだ」とか言ってマスクを装着し直した。

 そしてすぐにガウロパが天を見上げた。マスクシールドの上で大粒の(しずく)が数滴弾け散ったのだ。


「さぁ来るぜ」

 イウはガウロパへ手を振って言う。

「あとは任せたぞ。お前が死んだり流されたりしたらオレも一緒なんだからな。しっかりたのむぜ。ほんとによー」

 胸で十字を切るような格好をして見せて、俺と一緒に入り口の扉をまたいで回廊の内側に入った。


「まかせるでござるー」

 ガウロパの楽しげな雄叫びを聞きながら、俺は重い金属の扉を閉めた。


「あいつ余裕なんだぜ」とイウは苦々しく俺へと告げ、

「雨が()んだら、知らせてやるからな」

 扉の内側に背中を付けて座り込んだ。


 寸刻もして。

 背後から恐ろしいほどの音を立てて雨が降り出した。


「オマエらは奥へ引っ込んどけよ。ガウロパが流されたらここらの壁は跡形もなくなるからな」

「なんでだよ?」

 イウは口の端をニヤリと歪めて、

「さぞかしでかい爆発音がするだろうな」

 自分の足にはまるアンクレットを指差した。


「安心しなよ……。そのときは俺たちも生き埋めさ」

 俺も笑って返せた。なぜか年齢不詳のこいつとは話が合う。


 イウも楽しげに鼻で笑う。

「たぶんこの入り口は吹き飛ぶが、地下が埋まることはないな。しっかりした岩盤の割れ目に沿って作られてる。ここは人工的に掘ったのではなく、花崗岩の割れ目を上手く利用してんだ」


「へー。あんた詳しいんだな」


「おうよ。タイムリーパーってのはな、だいたいが何らかの研究者の下で働いてんだ。オレはもともと地質学者の『佐上』先生の従者だったんだぜ」

「あんたも佐上だろ? 親子なのか?」

「違うさ。わけあって今は本名を明かせないんだ。だから師匠の名を借りてんだ」

「なんだかいろいろ(いわく)があるんだな」

「ああな。いいか修一」

 真剣な目で俺を引き寄せるイウ。

「いつかすべてを打ち明けてやる……これが時間規則ってやつだ」

「なんかその言葉って都合よくね?」


 ヤツは笑ってその場をいなした。

「へへ。それもいずれ解かる。とにかくオレは地質学博士の従者だ」


「それで岩とかに詳しいんだ」と感心する俺に、

「まあそういうことだ。ミウなんかは化学者だしな……おっといらねえことを言っちまった。忘れてくれ?」

「化学者?」

「だから口が滑ったんだって。お前らには関係ねえって。ふんっ、また時間規則を破っちまったじゃねえか」

「なぁ、その時間規則ってそんなに重要なのか?」

「まぁな。オレのひと言で未来が変わっちまうだろ」


「ミウが化学者と知っても未来が変わるのか? ミウが化学に詳しいってのは知ってたから、いまさら聞いても別に問題にはならないだろ?」


「そうかい? ならいい。それ以上のことは聞くなよ。それより早く避難しろって、雨が激しくなってきた。オレが自爆したらお前まで吹っ飛ぶぜ」

「わかったよ。じゃ後で」

 イウの言葉に片眉をしかめつつ、俺は回廊に積み上げられた枯れ枝の山を乗り越えて奥へ逃げた。





 再び書斎へ降りると、無残にもアヌビスが麻衣たちの手によって分解中だった。ハイテク機器に興味の無い二人には、ただの部品の山にしか見えないらしく、躊躇なく踏んづけ、力まかせに二つ折りにしていた。

「うあぁ、勿体無い。最先端技術が無残すぎないか、おい」

「うっさいなー、あんた! ランちゃんとあっち行っといてぇよ」

 装置をひとつ壊すたびに悲鳴みたいな声を上げるもんだから、麻衣が鬱陶しそうに眉根を寄せた。


「わかったよぉ」

 俺はスーパーマシンが破壊されていく悲惨な光景に背を向けて、ランちゃんのメインユニットを三輪バギーの所定位置へ差し込んだ。


 いくつかの起動音を上げて長い首がもたげてくる。三輪バギーとして再起動したランちゃんは、少し経って現在の状況を把握したのだろう。突然俺の背に回って、バラされていくアヌビスの無残な姿へ恐々と首を伸ばした。


「あいつら鬼だよな?」

 ランちゃんは一旦こちらにレンズを向け、レーザーポインターを当ててから、こくりとうなずき、残骸と化していくアヌビスへ視線を戻した。


 マシンと同じ感情を分かち合うという特異な経験をする俺の向こうでは、柏木さんとミウがPCパッドに移された資料へ目を通して、唸っていた。

「すごいわー。これって日高さんのいうカロンと同じものでしょ?」

「二酸化炭素とアンモニアしか無かった原始の地球……。それをたった数ヶ月で、今の大気に入れ換えたのが、カロン……」


 カロンの話をするときに限ってミウは感情が消え、何かを読み上げるみたいに淡々と語るのが無性に気になるところだが、柏木さんは気にもかけず突っ込んだ質問をする。

「日高さんってカロンを探しにこの時代に来たの? すっごく詳しいじゃない」

「わからない。記憶が混沌として、過去のことなのか、未来なのか……」

 顔をしかめたミウは、ひどい頭痛を我慢するかのようにデスクの一点へ視線を落とした。


「あぁ。ごめんごめん。へんな質問したねぇ。ごめんね」

 柏木さんは銀髪に埋まるミウの小さな肩を優しく抱き寄せ、自分の白衣の胸に沈めた。


 ちょっと割り込みづらい空気だったが、

「ここ座ってもいいっすか? 俺、あいつらの作業見るのが耐えられなくて」

「いいわよ、どうぞ座ってー」

 柏木さんはミウを見つめていた穏やかな眼差しを俺にもくれた。


 気軽に椅子を差し出しつつ、

「あなたとランちゃんには、あの光景が耐えられないのはよく解るわ。私もオオムカデの頭があんな風に潰されたら目を向けてらんないもの」

 ちょっとそれとは違う気がするが。



 苦笑いを返して、素人丸出しの質問をしてみる。

「で、どうなんですか。カロンってなんですか?」

「簡単に言うと、このCO2まみれの地球をあっという間にもとの青空の広がる涼しい気候に戻せる物質なの」

「涼しい?」

 俺にはその意味がピンとこない。なにしろ地上は熱帯雨林を越える蒸し暑さ。海中都市に戻ったところで20度以下になる場所なんてめったに無い世界だ。


「そっよ。具体的にどれぐらい気温が下がるのかしら。そうねぇ過去と同じまで戻るとしたら、ここらは夏で約30℃。冬だとマイナス5℃ぐらいかな」


「マイナス!」

 熱帯の底に沈んだ地球からでは考えられない話で、想像を超えた世界に違いない。


「水って零度を下がると凍るんですよ。それはあり得ないっすよ。氷って人工的に作る物質でしょ?」

「そっか。私もよく知らないけどさ、昔は地面が凍って滑ったらしいわよ……あとね、本で読んだんだけど雪が降ってたそうよ」

「それですよ、それ。俺がどうしても信じられないのは……。雨が凍って落ちてくるんでしょ。頭に当たったら大怪我モンですよ」

「よねぇー。たぶんヘルメットを被るんじゃない?」

 俺たちの会話をミウがビックリしたような顔で見たのは、どう受け止めたらいいのだろう。


 微妙に首をかしげた柏木さんが、ミウのおかしな表情に戸惑いながらも説明を続けた。

「それでね。教授はカロンの発見場所を克明に残してくれてるのと、酸素発生に何か別の物質が関与して、爆発的な変化が起きるところまで突き止めておられるわ。しかもそのメカニズムの概略まで書かれてるから、私は何とかこれを完成させたいわけよ。この仕事の従事者としては最高のテーマだわ」


 一人で興奮しているのがよく伝わって来た。高揚した頬が綺麗なピンク色を帯びはじめ、トーンを上げてミウに向かう。

「日高さんの化学知識も絶対に必要だし。ね? 協力してくれない?」

 無表情だが小さな頭がうなずいた。

「ありがとう日高さん。もう私の仲間だからね」

 再び銀髪を自分の胸元に引き寄せると、心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。




 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆




 2時間ほど経過して――。

 上からイウの「やんだぞー」と知らせる大声で俺は地上へと回廊を登った。


 イウは扉の前で大きく背筋を伸ばし、腰をグリグリと回して凝り固まった筋肉をほぐす真っ最中だ。なにしろガウロパが濁流に流されたら自分も爆死するのだから、命を懸けた雨宿りはさぞかし身動きできない緊張状態だった思う。


「どうやら、ガウロパは無事みたいだな」

 ヤツは俺の声で振り返った。

「おう。修一」

 嬉しげに振り返り、

「生きるっていいことだ」

「すげえ説得力あるな……」

 イウの笑顔につられて俺も口元を持ち上げる。


 昨日まではこいつらを大ウソ吐き野郎か新手の宗教の勧誘だと思っていた。でも二人から滲み出る不思議な魅力に引き寄せられた。時間を飛べる特異な能力があるからではない。それに関してはまだわだかまりを持っている。つまりまだ信じていない。しかしそんなことじゃない。犯罪者と警官という真逆の立場でいながら、二人から感じる安定感は半端無く強くて安心できるのだ。これってどういうことなのだろう。昔からの知人みたいな、上手く言い表せない安らぎを感じる。



 答えが出そうでまたすぐ引っ込むわずらわしい気分を払拭しつつ、俺は重い鉄の扉を開けて地上に出てみた。

 すでに雨は上がっており、びしょ濡れになったガウロパが地面に円を描くように岩を並べていた。


 辺りはすっかり闇に落ちて、暗がりの中で動き回る不審な姿に声を掛ける。

「何のおまじないだよ? そうか雨に流されなかった感謝の儀式だな」

「何を言ってるでござる。修一どの?」

「その石積みだよ」

「はぁ? これはカマドでござるぞ」


「カマドって?」


 山積みの枯れ木を抱えながらイウが告げる。

「この時代の連中は炎を知らないって聞いたぜ。だからカマドなんか理解不能のシロモノなんじゃねえか?」

「そうでござるか。炎を知らないなんて原始人以前でござるな」

「バカにするなよ。炎ぐらい知ってるぞ。映画や本では見るからな。でもあんなもの危険なだけだ。だいたい炎は原始人が使うもんだろ? 俺たちは炎から卒業したんだよ」

 ほとんど悔し紛れの言い訳さ。


 そこへ。麻衣が文句をタラタラこぼしながら研究所の入り口から顔を出した。

「誰やねん。廊下に枯れ木を持ちこんで、ほんまなんちゅう量や。歩かれへんやんか! 修一か!」

 何かやらかすと、すぐ俺だと決め付けやがる。


「ばかやろ。こいつらだよ。雨が降る前にすでにこの状態なんだぞ」

「なぁーに? これ?」

 麻由まで大股でまたぎながら出て来た。

「これってジャマぁー。歩き難いわよ」

 キュロットから延ばした白い脚を大きく広げながら迷惑を訴えた。


「このおっさんらが、やらかしたらしいで」

 麻衣に顎で指されたガウロパは、みんなが何を問題にして騒ぎたてるのか解らない様子でポカンだ。


「雨、あがったのね。ガウさん無事?」


 柏木さんも白衣の裾を枯れ枝に引っ掛けながら出ようとするが、タイトなスカートでは足を上げることができず、戻ろうとすると絡みつく枝に引き戻される。


「ちょっとぉ。なにこれー?」

 悪戦苦闘を繰り返す柏木さんを救助すべく、ガウロパが入り口から顔を突っ込んだが、すぐに雄叫びを上げて外へ跳ね返った。


「うぉぉぉー。危なく中に入るところでござったぁ!」


「バカやろ。いまちょっと入ったじゃないか。そのまま行けばいいんだ」

 ガウロパは太い首をブンブンと振って否定した。

「入ってない、入ってない! 入りかけただけじゃ」

「ほんとしょうがないな。なら入り口周辺はオレが引っ張り出すから、奥のやつは悪いが修一、お前がやってくれ」

 片目をつむって頼まれりゃ仕方が無いが、こんな枯れ枝をどうする気だ?


 俺は両手で抱えて奥から枯れ木の束を引っ張り出した。柏木さんの救出も兼ねてだ。

「ありがと修一くん。それにしてもこれ何するの?」

 柏木さんであってしても理解できないらしい。

 最後にランちゃんと一緒にミウが出てきた。


 ガウロパが中に入れないため、他の者が外に出るしか無いのだが、案に違わず麻衣がブツブツ言い出した。

「雨が上がったのか見に来ただけやのに……何やろこれ?」

 Sの字がプリントされた黄色のTシャツ姿の麻衣と麻由は、小山に積み上げられた枯れ木の山と丸く囲まれた岩の列を訝しげに眺めて意見を出し合う。

「なにかの合図かな?」

「どこかと連絡を取るのよ」

「どうやって?」

「わからへん」

 スコールが去って気温が下がった外気は耐熱スーツ無しで過ごせる。こんなことは海岸近くの土地ではありえない現象で、この辺りも考慮して川村教授はここを研究所として選んだんかもしれない。



「まあまあ、皆さん。少々待つでござるよ」

 そう言うと、ガウロパはイウと二人で林の奥へごそごそと入って行く。すぐに数個の岩を抱き抱えて出て来た。

 岩なんか何にするのだろう。不可解なガウロパの動きを目で追う。

 ガウロパは岩を放り投げながら丸く囲まれた石積みの周りへ向かって、均等にドシンドシンと置いていく。


「なんだよそれ?」

 未来人でありながら古代からやって来たへんなオッサンたちのやることはまったく理解できなかった。


「腰掛けでござる。ささっ、女性陣はこの石を椅子の代わりにするでござる。男性はそのまま地面に座るでござる」

「岩を椅子代わりか。マメなおっさんだな。で、ここで円陣を組んで何するんだよ? やっぱり何かの儀式を始めんだな。俺は参加しないからな。そんなワケのわからないことは嫌だ」


 優しい目でガウロパがうなずく。

「安心くだされ。1600年代では夜はこうして明かしていたでござるぞ」

「お前が中へ入れたら、2300年代の夜明かしができるんだよ」


「まぁ。そうおっしゃるな、修一どの。いつもと違う(おもむき)で一晩過ごすのもよいものでござるぞ」


 俺たちはガウロパに従って焚き火とやらを行ったのだが、この後、生涯忘れること無い出来事に遭遇した。

  

  

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