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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
時の番人
35/109

 動 揺

  

  

 沈黙に埋まってしまった書斎で、最初に動きだしたのは、やはりランちゃんだった。

 静かに文字が並んでいく。


 Laon> 柏木部長、麻衣、麻由、そして修一。すべてのキーが揃いました_


「え? 俺は部外者だろ?」


 Laon> いいえ、修一。アナタが最重要キーパーソンです_


「何か勘違いしてるよ、ランちゃん。キーパーソンなら柏木さんだろ? 俺は部外者だぜ」


 Laon> アナタがいないと今回のタイムパラドックスは崩壊します_


 タイムパラドックスと来たか……大げさな話になってきたな。

「あのさ。俺が参加することの、どこがタイムパラドックスなんだ?」


 Laon> これ以上の説明は拒否します_


 柏木さんはじっと文字を睨むだけ、何で俺がこの中に含まれるのか、タイムパラドックスとは何なのか、質問したいがそんな空気ではなかった。そしてランちゃんの説明は俺からの質問を遮るかのように、淡々とかつ謎めいた文面で始まった。


 Laon> 現在を緊急時と仮定します。このような場合の対処方法をよくご存知の方がいます_


「なんだぁ?」

 何かを含んだメッセージだった。


 俺たちは画面を見つめてキョトンとし、柏木さんだけが目覚めた女神みたいな顔でランちゃんの打ち出した文字列を睨みつけていたが、

「他に方法は無いの?」

 意味不明のセリフを投げつけた。


 Laon> ありません_

 いきなり始まった理解不能、かつ不可解な会話。そしてランちゃんの冷然とした態度と強張る柏木さん。


 取り残された俺たちは戸惑った。

「良子さん、どないしたん?」

 麻衣が問い掛け、麻由は愛らしい顔に不安を滲ませて柏木さんの白い顔を覗き込んだ。


「リスタートするつもりだわ……この子」

 これまで常にキープされていた柏木さんの穏和な空気が消え去り、真剣みを帯びた硬い表情に一変した。

 と言っても俺には意味解らんし。


「リスタート、再起動よ。理由を説明することはできないけど、上級機関に対して反旗を翻すみたいなものなの。でもそれをここで……」


「反旗? 上級機関?」


 あまり穏やかでないのは察することができるが、

「あ? ごめんね。説明不足よね? つまり研究所から見た上級機関よ……えっとね」

 言葉を選んで思考を巡らす柏木さんへ麻由が促す。

「政府ってことでしょ?」

「あ、そう。そうよ、そう言うことね」

 言葉の奥に俺たちには理解できないわだかまりが残る反応をした後、

「しかし……この時点でそれは…………」

 柏木さんは唇を緩く噛んで逡巡し、白衣の腰ポケットの中へ突っ込んだ拳を震わせている。


「でもこんな場面で再起動すれば……あなたたちを巻き込んでしまう……無理よ、できないわ」


 Laon> リスタートとはそういう意味です。実行しなさい_

 初めて(おもて)に出したランちゃんの厳しいメッセージ。あり得ない状況を目の当たりにして俺は硬直した。 


「もっと違うタイムラインでは無理なの?」

 研究者が漏らす語彙は意味不明な物が多い。タイムラインとは?

 しかしこの空気で今それを尋ねることはできない。


 Laon> これが最善策です。時間がありません。実行しなさい_


 ランちゃん……?

 俺は肌に感じるほどの異質な雰囲気をその文字列から受けた。まるで柏木さんに命じるようなランちゃんの態度。戸惑って思索に彷徨う柏木さんは目を閉じてしまっているし。いったいランちゃんってどういう存在なんだ? もしも動揺した柏木さんをたしなめたとしたら……もうただのマシンではない。



「良子さん。あたしたちはお父さんやお母さんが変異体生物に襲われたなんて思ってない。ほんとうの理由を知りたいの……教えてください」

 いきなり吐いた麻由の言葉は、俺の喉を素手で締めつけるようだ。

「ウソだ。変異した動物に襲われたんだろ?」

 スンと呼気をした麻衣が言う。

「政府の発表を世間が鵜呑みにしただけや」

「麻衣……」

 ようやく真意に気付いた。そうさ。麻衣たちにこれだけのサバイバル術を教えた人たちが、そんなお粗末な結果で終わるはずがない。


 ということは『カロン』にはどんな意味があるんだろう。

 まさかそれを追ったご両親が……だとしたら……。


 この時に俺の思考に激震が走った。これ以上深追いしたらとんでもないことに巻き込まれると。

 聞かずにこの場から逃げ帰るか?

 バカな……。

 俺はあの冬休みに二人と出会ったのは偶然ではないと信じている。だからこそ決意したんだ。何が起きようとも俺は麻由を守る。そして麻衣は俺から離れないし、俺も離れない。


 Laon> 若い人たちの未来を無駄にしないで。すぐに実行するのです_


 毅然と命じるランちゃんの態度は俺を奮い起こすものとなった。後悔する気持ちは吹き飛んでおり、部屋の空気が一変。全員の気力が満ちていく。


「わかったわ。これがラストチャンスよ!」

 混迷する思考を吹き飛ばす勢いで、柏木さんが白衣の襟を正した。パンっと大きな音を立てて翻すと胸を大きく反らした。


 以前にも何かあったと暗示させる言葉を漏らして柏木さんが立ち上がる。その決意は凄絶感を放っており、厳しく光る目で俺たちに向き合った。まるでそびえ立つ鉄壁みたいな自信の表れに圧倒された。


「あなたたちにも付き合ってもらうけど覚悟はいい?」

「まかせて。ウチらガーデンハンターズは怖いもの知らずや。ここに新しい団員もおる。従わせるデ」

 強制的に団員に仕立て上げられたんだけど……ま、自分から飛び込んだのだ。後悔はしていない。


 柏木さんは麻衣から麻由へ、そして俺の目の中を見て決意したようだ。真剣な表情でくるりと踵を返すと、ディスプレイと対面して毅然と命じる。

「緊急指令。リスタート302を発令します!」

 ただならぬ雰囲気を浮かべた柏木さんの表情に引き摺られ、こっちも緊張状態だ。何が起きるのか、息を飲んで画面を注視した。


 凍りついたような蒼い時間の中で、ランちゃんが柏木さんの言葉に反応。


 Laon> 承認コードを述べてください_


「承認コード、KW8912」

 冷然と答える柏木さん。続いて画面が一度クリアされ、ディスプレイがアヌビスに切り替わった。


 Anubis> コマンドを入力してください_


「コマンド……リスタート!」


 Anubis> コマンド受理しました……声紋認証中……承認されました_

 左上部から文字が並んでいく。刻々と俺の体が硬直する。



 そして意外な展開が――。

 Anubis> やあ。みんなおそろいだね。麻衣、麻由元気かい?_


「お父さん……?」

 麻衣が驚きと困惑の混ざる複雑な表情で画面を睨み、麻由がうっすらと涙を浮かべた目で訴える。

「あたしたちが来ることを知ってたの。お父さん……」



 ここで画面が切り替わった。


 Anubis> コマンドが受理されたということは、麻衣と麻由も承諾したんだろう。ではその前に。最重要案件に関することだけだ。いいか、事は慎重に進めなければいけない。今この前にいるのは柏木くん自身だと証明してもらうために質問をする。答えはそこのLaon(ラン)にしてくれたまえ。この子は概念のオントロジーを完璧に理解してる。平易の言葉で話してもいい_


 難しい単語の連続で俺の頭に薄膜が覆われていく。

「オントロージーって何っすか?」

「人口知能の研究分野で使われる言葉でね。概念の階層構造とでも言うもんね。リンゴと聞いて、果物、そして食べ物、と抽象化していくこと」

「うっへ」

 訊くんじゃなかった。


 Anubis> キミは変異体生物の博士号取得認定試験でミトコンドリアの転写因子とカビ毒の因果関係について、当時の答えとしては異なることを書いて減点されている_

 もはや何の質問だか俺には理解不能。転写因子ってなんだよ?

 でも柏木さんは平然と反論する。


「そんなことないわ。一年後、私の研究でその説が立証されたので減点は逃れます」


 Anubis> そう。それで最終的にはどうなったのかな?_

「当然満点よ」

 羨ましい限りですな。


「でもね。時間切れだとか、ワケの解らない理由で成績は減点のまま。ま、学会の尊厳なんかどうでもいいから、黙認してあげたの」


 Anubis> よろしい。それで正解だ。減点は修正されずに決定された。私も減点を取り消すようにと、何度も学会へ訴えたのだが却下された。このことを知るのは学士長と私、それからもう一人……。それが柏木くんだ。よろしいキミを柏木くんだと認めよう_


 再び画面がクリアされ、驚くべき文字列が並んで行った。


 Anubis> さて。これで全員がそろった。用件は何かね?_


 まるでシナリオどおりに事が進む状況に驚きを隠せなかった。でも、なぜここで質問されなければならないのだろう。


「きっとまだキーワードが足りないのよ」

 と柏木さんは漏らした後。


「教授。私たちが探してるのはカロンです!」


 刹那。画面がホワイトアウトした。部屋の中の(しつら)えなどがぐにゃりと歪んだ――ような気がしたのは、いささか疲れが出たのかもしれない。


 体調不良に懸念を浮かべる俺の前で、ディスプレイは白黒を反転させた。今度は白地に黒文字で綴られていく。


 Anubis> ありがとう、柏木くん。全てのカギがそろった。キミたちがどうやってカロンにたどり着いたかは不明だが、政府もその存在を知ったらしく、(なかば)ば強制的に資料の提出を命じてきた_


「お父さん。カロンって何なの?」

 矢継ぎ早に麻由が割り込んだ。


 Anubis> カロンは私が九州で発見した高分子構造の物質のことさ、麻由」

 ちゃんと麻由だと認識するとは……これは驚異だ。


 Anubis> カロンは高濃度の酸素を生成し、二酸化炭素に埋まった地球を救う要になる物質だ。その資料の提出を拒否していると、ある日、政府の急進派だと名乗る団体が強行手段に出た。私は危険を感じてアヌビスにデータを移したが、度々この山中でも連中の姿を見るようになったため、本日、暗号化し、凍結することにした。私は奴らの手に渡らぬようにカロンが剥き出しになった鉱床を隠すべく、今から亜依と九州へ向かう。きみたちはアヌビスからすぐに資料を抜き出し、柏木くんの手に委ねなさい_


 一本の空白行が間に入り、

 Anubis> 柏木くんは解凍したデータをよく調べてくれ。きみなら解析できるはずだ。カロンは絶対に知識の無い者に渡してはならない_



 2秒ほど間を空けて、再びカーソルが流れた。

 Anubis> それでは柏木くん、リスタートだ。指令ファイルを読んでくれたまえ。それから麻衣と麻由。未来で逢おう_


(……未来で逢う?)

 謎の言葉で締めくくられてメッセージは終わった。



 固唾を飲んで画面を見つめる麻衣と麻由。その隣で柏木さんが凛然として尋ねる。

「ランちゃん。このファイルが書かれた日付は?」


 Laon> 2316年7月26日午後5時35分です_


 2年前だ。間違いない。

 麻衣たちの両親は、このメッセージを書き残して九州へ出掛けたんだ。それから1週間後の8月2日、変異体動物に襲われて死亡が確認されたと政府が発表した。


 あまりのことに俺たちはいつまでも画面の文字を繰り返し読んでいた。


 数秒後、教授のメッセージが消えて、

 Laon> 暗号化ファイルを展開する準備ができました_


 ランちゃんが綴る文字列が並んで、カーソルが止まった。



 全員が言葉を失って沈黙が続く中、俺には二つの疑問が残った。俺がタイムパラドックスのキーパーソンだということと、

「なぁ。最後の『未来で会おう』ってどういう意味だろ?」

 俺の声が無言に沈む部屋の空気を一掃した。


 麻由は「わかんない……けど」と、途中で言葉を区切って決意を瞳の奥で揺らがし、

「今は資料を抜き出すのが先決よ!」

 力強い口調で言うと、隣で悄然と画面を眺める麻衣の肩を叩いた。


「ほら。麻衣! 背中を伸さんかいな。メソメソしてられへんやろ? お父さんのメッセージに従うんや」

 麻由はこれまで見せたこともない堂々とした態度で接し、対極的に信じられないほどに麻衣は沈んだ。

「お父さん……」

 丸い黒眼から大粒の涙がこぼれた。


 うーん。こいつら意識して性格を偽っているのか? だから感情的になると本性が出るのか……。それより双子の性格ってこんなにも両極端なのか。俺にはさっぱり理解不能だった。


 しばらく様子を見ることにした。こっちまでじたばたしても逆効果だろうし、それより変な刺激をしてもまずいと思う。だから俺は感情を表に出さず平然を装った。

「柏木さん。暗号が解かれたみたいですよ。ファイルを見てみませんか?」


「そうね。それが先決よね」

 目に掛かる黒髪を払って白衣の襟をそろえると、大人の声色で命じる柏木さん。

「ランちゃん。ファイルを展開して……」

 画面が消去されて、新たなリストがずらりと並ぶ。


「すご……っ!」

 声を押し殺す前で、文字が組み立てられていった。

 全部で12のカロンと言う文字が含まれたタイトルのファイルが並んだ。


「ランちゃん。構造式って書かれたファイル開いてくれる」

 すぐに画面はクリアされ、幾何学模様にも似た記号が表示された。


「この記号は?」

「化学記号よ。学校で習ってない?」

 と柏木さんに尋ねられて、

「ちょうど、風邪で休んでて」

「アホッ。その手は一回こっきりや。皆勤賞のあんたがなにゆうてんねん」

 麻衣の拳骨が俺の頭蓋骨を直撃した。すっかりいつものナニワ()に戻っていて俺は安堵する。このほうがやりやすい。


「そうだっけ? じゃ、腹痛(はらいた)で保健室へ」

「ウソつかんといて! あんたは掃除機と一緒や。口から何に入れてもお腹は壊さん」

 はは。気持ちのいい突っ込みが帰ってくる。こうでないとお前じゃない。


 麻衣は笑った目で見つめる俺をなよやかな顔で振り仰いでから、可愛らしく小首を傾けた。

「で、この化学式が何なん?」

「なんだ、お前だって解らないんじゃないか……ばーか」

 バツ悪そうに首をすくめる麻衣を笑顔で受け止めながら、柏木さんは白衣の内ポケットから小さなメガネを取り出して鼻にちょこんと掛けた。


「なるほど……」

 画面を食い入るように見て、科学者柏木良子さんはこう答えた。

「カロン分子の構造図だわ」

 しかし首を何度もかしげ、

「ただこれが何かがわからない。複雑な分子構造なのは解るわ。地球上に存在する分子の中でもかなり複雑。それも無機高分子ね」


「なんすかそれ?」

「んー。特殊な岩石ね。例えば、雲母うんもとか、長石とか、知ってる?」

「雲母は学校で習ったわ」

「もう今じゃ使わないけど、教材としてどこの学校に置いてあるからね」

「そんなありきたりの鉱物なのに、なぜこんなにセキュリティを厳重にしたんだろ?」

「うーん。それね……。まったくの謎だわ」

 大きく首をひねった柏木さんは、目にバッテンマークを浮かべて口を閉ざしてしまった。

「………………」

 再び部屋は、重く圧し掛かる静寂の幕が引き下ろされた。



「雨が降ってくる……」

 気付くとミウが短い言葉を漏らし、視線を地上へ振った。

 どれだけの時間、俺たちはディスプレイの前で立ち尽くしていたんだろう。すっかりミウの存在を忘れていた。それよりミウはこの部屋にずっといたのか?


 柏木さんはミウを呼び寄せて訊く。

「ほら、ちょっと見て。これってあなたが言うカロンと同じモノかな?」

 白い指の先へミウは目をやるが、大きな反応はなかった。


 ただ、静かにうなずくと、

「カルシウムを含まない天然高分子構造……NaAlSi3O8に最も近い……極端に酸素原子が……」

 口から漏れた言葉は、柏木さんの知識をも超える力強さがあった。


「あなた何者なんだろ? 化学に相当詳しそうね。私の専門じゃないにしても、化学はけっこういい点数を取ってたんだよ」


 ミウは憑かれたみたいに化学記号に見入り、さらに突き詰めていく。

「……高濃度酸素生成物質……カロン……」

 数瞬の後、にわかに肩を震わしたミウは、両手を回して自分を抱き締めるとしゃがみ込んだ。

「だめ……。怖い。何か思い出しそう」

 長い銀の髪が床に触れる。そのまま瞼を硬く閉じて小さな身体をぶるぶると震わせた。


「だいじょうぶよ、ミウ……」

 麻由が静かに寄り添い膝を折る。乱れる銀の髪を優しく集めながら、そっと抱き起こした。


「急がなくていいわ。ここへはいつでも来れるんだから……ね、麻衣?」

「そうやで。これから毎月、修一が水を汲みに来るんや。何度でも来れる。なぁ?」

「ってぇぇ。なんで二人して俺を見るんだ? 俺はそんな疲れるバイトはやらんぞ」

「ええやん。これもガーデンハンターズの仕事や。それとも何か? 社長のゆうことが聞けんの?」

「くっ、何かと言うとそれだ……」


「あのさ……」

 浮かない顔をする俺の背を柏木さんが突っつく。

「……そんなのんびりできないみたいよ」


 リストの最後に並んだ『必ず読むこと』と書かれたファイルの内容が画面に出ており、中の一行を柏木さんが指し示した。

「ほらここ見て。カロンに関するデータを抜き出した後、アヌビスを破壊することになってるわ」

「えー。もったいない」

 堪りかねて大声を上げた。国内に何台あるのかは知らないが、天下のアヌビスを壊してしまうなんて、考えられない。


「だめよ。ここに政府の荒くれ者がやってくるかも知れないじゃない。そんな時にこれがあったらどうするの? もったいないなんて言ってられないわ」

「でも、この中にはこいつらの大事な思い出が詰ってるんですよ。それを壊すなんて……」

 二人を悲しませる事はしたくない気分で俺は反論したが、麻衣が袖を引いた。

「おおきに修一。あんたはウチらが見込んだだけのことはある……ウレシィ……」

 と、言ったまま黙りこけた。


「だから……なんだよ?」


 今度は悲しみではなく、胸から溢れる嬉しさで目に一杯の涙を溜めて、俺に告げたい言葉を探す素振りはとんでもなく愛らしい。

「麻衣……」

 麻衣の恥じる表情を察したのか、同じ顔をした麻由が口挟んだ。

「心配しないで、大事な思い出はランちゃんへ移してから、破壊するから……ね? それならいいでしょ?」

 丸まった栗色の癖っ毛が俺の顔に近寄る。とてもいい香りがした。


 それにしても二人はこんなにメンタルの弱いヤツらではなかったはずだ。やはり両親が絡むだけに相当なショックを受けたようだ。


「安心して家来さん。この子たちを悲しませることをこのお姉さんがするわけ無いでしょ。ここは私に任せて、あなたは地上の連中を何とかしなさい。雨が降り出すわよ」

「そうでしたね」

 首肯した俺に、柏木さんは頬をほころばせて視線だけで実行を促した。そして真剣な眼差しを麻衣たちへ振って、

「じゃ。こっちの作戦を伝えます」

 白衣の襟をパンッと張ると、両手でみんなの肩を抱き寄せた。


「いい? 今日は徹夜になってでも教授の目的を探るの。ミウはできる限りの情報を私に頂戴。その後に今後の行動を発表します。いいわね?」

 力強くうなずく麻衣たちを視界に捉え、俺は胸がすく思いで部屋を出た。やはりこの人の行動力には感服する。

  

  

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