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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
時の番人
33/109

 Laon

  

  

「まず。どうやってアヌビスとランちゃんを繋ぐんすか?」

 その答えは誰も知らないようで、俺の質問にそれぞれに顔を見合わせて、微苦笑を繰り返すだけだった。

「なんだよー。頼り無いなぁ」

 言い出しっぺの柏木さんまでも、

「いつも教授が接続してたんだもの……」


 で、結局のところ誰もアヌビスをハックする方法を知らず、途方にくれていると、ランチャンがそれをやると言い出した。

 じっさいランちゃんが直接語ってきたのではないが、首と視線だけのジェスチャーで伝わってくるからズゴイとしか言いようがない。


 柏木さん(いわ)く。

「学習型のアヌビスを教育したのはランちゃんだからこの子ならできるのよ」

「でもファイルシステム潰してしまったら元もこもないですよ」

「修一くん。この子の能力を舐めたらだめよ」

 以前麻衣にも言われたが……。

 言い返す言葉もないので静観することに。


 少時もして――。

「すっげぇ……」

 信じられないことだが、柏木さんの言葉のとおり、あっというまにアヌビスを牛耳ってしまったときは肝を潰した。


 Laon> アヌビスのファイルシステムは無事です。音声合成処理を停止させ、カーネルコアの100パーセントをオーバーライドしました_


 アヌビスを自分の制御下に置いたと宣言したランちゃんは、信じられないメッセージをディスプレイに並べた。


「ね? 簡単にこなしたでしょ?」


 最新のバイオコンピュータを凌駕する人工知能。それが三輪バギーのコントローラとして使われること自体、なんだかもったいない話である。

「ランちゃんって誰が作ったんですか?」

「それはね……」


 柏木さんは一拍置いて舌を出した。

「教えてあげないよーだ」


「あ……あのですね…………」

 呆れたね。まあ、この子供っぽさがいいんだけど、麻衣も麻由も苦笑いを浮かべるだけだった。


 そしてもはや常套句となった言葉を麻衣が並べる。

「ランちゃんは子供の頃からウチらと一緒に暮らす家族やねん。誰が作ったかなんてどうでもエエねんて」

 そう言うと、飲み物を取ってくると言い残して麻衣は部屋を出て行き、麻由は映画会の準備をする実行委員みたいにスクリーンの前へ椅子を並べてガタガタさせ、柏木さんは棚の本に目を奪われており、ミウの目は相変わらず俺たちとは異なる世界を巡回していた。


 結局、オレだけが取り残されていた。

「ランちゃんが作られた理由は何だったんだろ?」

 疲労感をともなった独白が漏れた。


 大阪変異体研究所が生物学を応用した人工知能を研究していたことは知ってる。それがアヌビスさ。それ以前からの存在だということは、試験的に作られたものだろうか。


 それに答えるかのような文言を見て、俺は唖然となった。

 Laon> 詮索はほどほどに……。それよりも昼食は済まされましたか?_


 人の顔色まで認識する能力に驚愕した。みんなが言うとおり舐めてかかると後でひっくり返されそうだ。ここはみんなと同等に接するべきだと思う。

「あぁ。済んでるよ。ランちゃんはどうだ? 途中で停電になって食べ損ねたんじゃないのか?」


 Laon> 充電は80パーセントで中断しました。でもアナタのおかげで電源の確保ができましたので再充電は今晩実行します。素早い発電機の修理、大変感謝しています_


「今度ちゃんと修理に来るから安心しな」


 Laon> 感謝します_


「なんや? あんたらエエ仲やんか」

 人数分の水の入ったボトルをお盆に並べて戻ってきた麻衣が、俺とランちゃんの文字だけの会話を隣から盗み見して、すこし拗ねた声で肩を突いてきた。

「なんだよ? 焼モチか?」

「アホッ」

 持っていたボトルを俺に投げて寄こすと、ぷいと顔を逸らした。


 本棚から振り返った柏木さんは、麻衣から受け取ったボトルを開栓しながら朱唇を開く。

「どう? ランちゃん、いけそう?」


 Laon> 準備が整いました。柏木部長_

 さっきまでの俺との会話は画面から消されていた。


「修一くん。まず、何から調べたらいいの? あなたこういうのに詳しそうだモン。操作してみて?」

 サバイバル術に関しては麻衣や麻由の右に出る事は不可能だろうが、こういう分野は俺が得意だ。しかも学者級の人から頼まれたら、とても気持ちがいい。


「じゃぁさ。あたしは先に上の人たちに、今日お泊りになったことを伝えて、どうしてもここへ入ってもらうわね」

 飲みかけのボトルに栓をして麻由が立ち上がり、麻衣がそれに肯定する。

「そうや。あのまま外におっても、スコールに流されるしな」

「気になる……」

 ミウは淡々とつぶやくとと椅子から立ち上がり、手探りで麻由に近寄るとぴたりと体を引っ付けた。

「ん。じゃ行こっか」

 麻由とミウは互いに手を繋いで部屋を後に、俺は遠ざかる二人の足音を耳にしながら、ランちゃんと対話する。

「まず、隠しファイルはないか調べてくれるかな?」


 Laon> 了解しました_


 メッセージが流れると同時に文字列がざぁーっと流れ出した。ディレクトリ構造が検索され、ファイルの奥の奥まで調べられて行くのが手に取るようだ。

 シューティングゲームの光線みたいな速度で文字列が飛び交い、続いて、ぶ厚い書籍をもの凄まじい速度でめくるように画面がはぐられていく。人間の目ではとても認識できないスピードで作業は進んでいった。


「すごぉーい」

 頬にかかる黒髪を払いのけて柏木さんが感嘆の声を上げた。

 しかしランちゃんの驚異的な高効率にもかかわらず、ファイル構造を探るだけの単純な作業なのに、2億近いファイルが大きな足枷となってたくさんの時間を費やしてしまった。


 しばらくして――。


 Laon> 隠しファイルのディレクトリ構造は発見できませんでした_

 と終わった。


「そうか………」

 単純な方法ではラチがあかないようだ。俺は小さく息を吐く。こうなったら一つ一つ解いていくしかない。


「ランちゃんは教授と一緒に仕事をすることは無かったのかい?」


 Laon> あります_


「そのときに、暗号化されたファイルへアクセスしたことは?」


 Laon> 隠すことを目的として暗号化したファイルへのアクセス履歴を知らせることは、暗号化の意味がありません_

 そりゃそうだが。


「それで、あるのかい?」


 Laon> …………答えることができません_


「ふはははは」

 笑いがこみ上げてきた。


「どないしたん?」

 怪訝に尋ねる麻衣と、不思議なものを見るような目をする柏木さんに向かって、

「ランちゃんって正直すぎる。暗号化されたファイルがあるって言ってるのと同じじゃないか」

「そら。ランちゃんはウソを吐かれへんからな」

「まぁそうだろな。それじゃぁランちゃん。暗号化したファイルの存在を認めるんだな」


 Laon> はい_

「正直でよろしい。じゃファイルリストだけでいいから提示してくれないか?」

 

Laon> 拒否します_

「なんで? ウチが見たいって言うてんねんで?」

 麻衣が横から口を出した。


 Laon> 暗号化されたファイルは、いかなることがあっても外部に漏してはいけません_

「誰なら見れるん?」


 Laon> 川村教授夫妻とそのご令嬢だけです_

 と、しばらくカーソルを点滅させた後、続きの文字が並んだ。


 Laon> この部屋へ、ご令嬢が揃ってご訪問されたときは、閲覧の許可を出すことになっています_


「ぷっ。ご令嬢だってよ」

 吹き出す俺を麻衣は横目で睨み、

「その娘が頼んでるんやんかぁ。許可してぇな」


 Laon> 川村教授はお二人が揃っていることを条件にしています。この部屋にはご令嬢がお揃いではありません_

「いや、ちゃうよ。いまちょっと席を外してるだけやんか」


 Laon> リストの閲覧を拒否します_


「意外とガンコやな。この子」

 尖らせた口のまま、麻衣は俺に顔を向けたので言い返す。


「お前と似てるよな」

「ふんっ」

 麻衣は勢いよく鼻を鳴らして目を逸らした。


「よし、ちょっと待ってろ。上へ行って麻由を呼んでくるから」

 頭を小突かれる前にそこを逃げ出し、地上へ出る回廊を駆け登った。距離はあるが階段を上がるより楽だ。

  

  

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