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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
時の番人
21/109

 謎の二人連れ

  

  

 7月28日、午後3時。

 出発からほぼ24時間後。計画より一日早いが無事に帰路につくことができた。目指すはガーデンハンターズの拠点さ。ケミカルガーデンとは真逆の方向、駅から北へ川に沿って上流へ6キロほどさかのぼった先にある高台だ。そこに建築された川村教授の研究所がガーデンハンターズの事務所とあいつらの住居を兼ねたお屋敷がある。


「うぉぉぉ。眠いけど。充実感が半端ないな!」

 思いっきり背を伸ばす俺の腰に、きゅっとしがみついた銀髪の少女が可愛い顔を上げる。

「眠い?」

 救助した直後と比べて女の子は格段に覇気があった。それだけで俺は嬉しい。

「そうさ。俺たち昨日徹夜で歩いていたんだぜ。お前はどこで何してたんだ、昨日は?」

「あの……。わからない……」

 少女は苦しげに口ごもった。


「悪い。無理して思い出すことはない。ごめんな」

 彼女は俺の腰のベルトに掴まって、それをつり革のようにして歩いていた。

 まだ意識が混沌とするようで足元が覚束ないときがあるが、自ら歩こうとする健気さが心を打つ。


「明日、俺の知ってる病院があるんだ。そこへ連れて行かないか?」

 という俺の問いかけに麻衣が首を振る。

「海中都市の医者はあかん。竹輪の認定がおりへんかったら保険が利かへん」

「そっか。認定を待ってたらいつになるか分からんし、それを見越して保険対象者にはしてくれないだろうな」

 苦しげに麻衣はもう一度否定的な意見を出した。


「たぶん保険対象者として認定されへんワ。ガーデンで保護した人物は竹輪とは認めへんねん」

「なんでだよ?」

「ガーデンは政府が存在を認めてない場所やんか。せやから無視しよる」

 俺は憤然と言葉を返した。

「地球のほとんどがガーデン化してるのに、何言ってんだこの国は?」


「実際は裏でイロイロやってるみたいだけど、表向きは管理を放棄すると宣言したのよ。それはどこの国も同じ。人が住めない場所だから知らん振りなの。あそこで生きてる人間はミューティノイドのみ」

「人間じゃないってのか?」

 麻由はあっさりと首を落とす。

「そっ」

「この子がそうだと思えるか?」

 自然と声を落とす俺に、

「ち、違うわよ」

 麻由は栗色のフワフワ頭を振って見せた。


「だろう……」

「せやから徹底的に調べられるやんか」

 麻衣の言い分もよく解る。


「じゃぁこの子……どうしたらいいんだ? 俺たち、何かやってやれることはないのか?」

 動物の尻尾みたいに銀髪を振って俺の右隣りに寄り添う少女をぼんやり見つめた。

「だいじょうぶ。ウチらには力になってくれる味方がおるねん」

 まぁ、市役所の保険課に勤める俺の親父より麻衣たちのほうが人脈がある。なにしろウチの親父はただのスケベだけだからな。


 その時だった。

「今日はありがとう」

 俺たちの会話とはかけ離れた返答が聞こえてきた。

「なっ!」

 そちらへ首を捻って再び目を疑う俺。少女は何も無い地面にはっきりとそう告げたのだ。

 俺から見れば右に寄り添って歩く女の子が、さらに右側の空間に向かってそう言った。


 固唾を呑んで少女の振る舞いを見守る。この子には何かが見えている。左手を出して俺には見えない物に触れようとする仕草。不可視の物体がそこにあるような挙動は俺の視線をそこへと固着させた。


 俺の左後ろを歩いていた麻衣たちにもそれが映ったようでひどく慌てた。

「ランちゃん……この子載せてあげて。急いで帰ったほうがエエワ」

 何もなかった空間にランちゃんが滑り寄り、『きゅっ』と鳴いた。

「いいの?」

 少女がランちゃんに尋ねる。

 もちろん三輪バギーは快く首肯して荷台の隙間を赤い輝線で指し示した。


「ごめんね、ランちゃん」

 慣れ親しんだ友達みたいに接する態度は気持ち良いのだが……挙動がいまいち理解不能なところがある。


「じゃあ、ほら、乗って帰ろうな」

 釈然としない気持ちでその子を荷台に座らせ、麻由からオレンジ色のヘッドクーラーを装着する作業を待って、ランちゃんは力強く駆動輪を回転させた。

 そして再び、俺は麻衣と視線を交わし首を傾けあう。いったい今のは何だったんだと。


「ま……まぁあれや。たぶん暑さで記憶障害が出てるんや。帰ってシャワーでも浴びたらすっきりするんちゃう?。とにかく早よ帰ろ」

 麻衣はあて先不明の言葉を放ち、取り繕うように麻由も語り出す。

「そうよね。あたしお腹すいてきちゃって」

「そうだぜ。考えたら昨夜、携帯食を食っただけで後は水だけだモンな。帰ったら事務所に何か食べる物ある?」

「あるわよ。バードオブプレイの甘辛煮」

 うひょー。野生児め。



「あっ……」

 またもや少女が声を上げたので、俺の鼓動が跳ね上がった。


 見通しのいい河原のはるか先、数人の人影が見え、ひとまずほっと吐息する。

 また見えないモノに反応したかと思わされた気分がひとまず緩んだ。


「誰か集まってるのか?」

 疲れと眠気で思考力が胴体着陸寸前だからと言っても、はっきりと認識できた。


「あいつらだ……」

 いまだに撃ったことのないウサギのキーフォルダがぶら下がるショットガンを抱き寄せて、俺は警戒の意思を強める。


「安心し。あいつらは雑魚や。さっきのビーストの怖さと比べたら、マジで笑うで」

「ならいいんだけど」

 俺の不安がもたらすモノが駆け寄って来た。


「あ――っ、姐御(あねご)ぉ!」

 まだ距離があるのに、嬉しげに手を振る男。この距離からでも見て取れる、派手な色彩の耐熱スーツ野郎だ。


「お勤めごくろさんでヤス」

 と言っていきなり下げた頭を麻衣がショットガンの先でポカリ。

「痛ぇっすよ、姐御」

 そりゃあ痛いだろ、スキンヘッドに蜘蛛の刺青(ししゅう)だもんな。せめてヘルメットとは言わないが、帽子でも被ったほうがいいと思う。


 麻衣はもう一発お見舞いし、

「ウチらを刑務所帰りみたいに言わんといて」

「うおっと。すいやせん。姐御ぉ」

 逃げようとしたので、今度は麻由がポカリ。ライフルの銃口でな。

「い、痛ぇっすって、麻衣さん」

「あたしは麻由なのっ!」

 もう一発お見舞いしようとした銃口から飛び退いて、

「す、すいヤせん。どちらがどちらか見分けがつかねえもんで……」

 男が浮かべる低姿勢な態度は、あの冬休みからの状況からは思えない変わりようだ。でも麻衣は何も変わらず偉そうに、

「ほんで、こんなとこで、何してんの、あんたら?」

 あいつらなりに敬意を表して接してくるところを鑑みると、どうみても麻衣たちとの勢力関係が大きく逆転したと思われる。


「なにってことはないんっすが……。ま、どうぞむさくるしいとこですがこちらへ」

 って、ここは川原のすぐ脇にあるただの砂利道だ。なに言ってんだこのオッサン。




 連中がたむろしていた場所へに歩み寄った俺たちへ、向こうにいた男たちもそれぞれに駆けつけて来て、

「姐御ぉ……お疲れでヤす」

「お勤めご苦労様でした」

 と腰を折ったところで、それぞれボコられた。まるで殴られたくて頭を差し出したみたいだった。


「「痛ぇぇっす」」

 同じように互いに頭を摩る男たちは三人組。スキンヘッドにクモの刺青(いれずみ)。爆発パンク頭と中途半端に伸びた真っ赤なトサカ頭のチンピラだ。


 それは忘れもしない冬休みでのこと。甲楼園駅を出たあたりで、麻衣たちとは知らずに絡んで来た連中さ。もちろんコテンパンにやられたのは言わなくても分かるよな。中でもトサカ頭の毛髪は麻由が振り上げたサバイバルナイフでキレイに刈られたのだ。でもこの半年でもとのトサカに戻りつつある。


「あんたら、またこんなとこで油売っとるな」

「ちゃんとした職に就きなさいって言ってるでしょ」

 なははは。女子高生に説教かまされているよ。


「あ、い……いや。今は就職難でして……」

「そ。オレたちに向いた職なんてないっすよ」

 言い訳をかます三人組の後ろから、

「姫さまぁぁ」

 巨人ともいえる男が曇り空に向かって叫んだ。頭髪は無くツルっパげだがとにかくデカイ。巨躯(きょく)を保つ筋骨は隆々とし、首だけでも丸太ほどある。


 そしてもう一人。

「ガウロパ起きるな。しばらく休んでろ」

 こっちは痩せた小さな男だった。大の字にぶっ倒れ何とか起き上がろうとする巨人を抑えようとするが、華奢なボディは簡単に跳ねのけられた。

「ぐおぉぉ!」

 痩せ男を砂地へ吹っ飛ばして立ち上がった巨人。まさに巨大な人間だ。それが大きく影を落として俺たちに一歩近づいた。

「ひぃっ!」

 悲鳴混じりでチンピラどもが退(しりぞ)くところを見ると、連中がのしたのではないようだ。


「くぅ。これしきの暑さで。ひ、姫さまを助けねば……」

 熱風で真っ赤に茹で上げた体を持ち上げてもう一歩進もうとするが、力尽きたのか、そのまま仰向けにひっくり返った。


「うぉぉぉっ!」

 驚愕の声をあげるチンピラの前で、マジで砂ぼこりをあげて地面がドシンと響いた。


「だ、だめじゃぁ……暑い」

 一言吐いて仰向けに寝返ると巨人は大きく呼気をして、山みたいな胸を上下させた。


「あー。おっちゃん深呼吸なんかしたらあかんって」

「そうよ。肺がヤケドするわよ」

 ブラックビーストの群れに慣れている双子は物怖じしないで、ズカズカかと近寄って二人の様子を窺った。

「あかん。耐熱スーツ無しで……ヘッドクーラーもせえへんかったら死ぬでホンマ」

「熱中症寸前みたいよ、どーする?」

 憐れみの目で観察する麻衣と麻由。すかさず同時に振り返った。


「こらチンピラ!」

「「「へぇっ? へい!」」」

 うははは。自らをチンピラと認めてるじゃないか。


「どこから拉致ってきたんや!」

 爆発パンクは滅相もないとブンブン手のひらを振り、

「こんなタコ入道をここまで運べるわけねえっスよ。姐御たちの帰りを待とうと、通りかかったらここにぶっ倒れていたんですぜ」


 埃りと泥まみれの小男が巨体にすがりついた。

「平気か、ガウロパ?」

 実際は俺より身長があるのだが、スキンヘッドのオヤジがそれほど大きいのだ。

「おい、死ぬなよ!」

 横倒しとなった巨躯へ膝でにじり寄ったそいつはおかしな服装をした痩せこけた男で、右目に眼帯を付けていた。


 チンピラ三人が恐る恐る近づく。抜き足差し足で一歩ずつ。すると、

「何だこの暑さは――っ! がぁおおお」

 吼えた。まるでブラックビースト並みの大音声だ。


「ひぃぃぃ、生きてるー!」

 チンピラたちは首をすぼめて後退り。ショットガンを担いだ麻衣の背後へと隠れた。


「ちょっとー。何やってんの、あんたら?」

 迷惑げに口先を尖らせる麻衣へ、チンピラたちはひとうなずきしてから口々に感想を述べ合った。


「へい。姐御。ありゃぁ新種のミューティノイドですぜ。まちがいない。あんなでかい人間はいねえっす」

「うん。まちがいない、あいつはバケモンだ」

「眼帯の男はきっとあいつの餌ですぜ。あとで食おうと思ってるんだ。間違いない」


「そうは見えへんけどなぁ?」とは麻衣で、

「そうよね。ミューティノイドだったらこの暑さでも平気なはずよ」

 麻由の意見がもっともだと思う。この環境に順応したからこそミューティノイドなのだ。


「ぐをぉぉぉー。姫さまぁ!」

 発する言葉が古臭い理由は分からないが、仰向けのまま空を掻き毟ろうとする姿は苦しげで、環境順応者とは思えない。そうなると一刻も早く何とかしないと命に関る。


「こらチンピラ!」


「「「へいっ!」」」

 いちいち反応するんだな、こいつら。


「あんたらの耐熱スーツをこの人らに進呈せんかい」


「へいっ」と、一度うなずいてから三人で顔を見合わせてから少々停止。

「そんな、姐御。むちゃ言わねえでくだせぇ」

 そろって麻衣の顔を見た。


 バカだー。こいつらブラックビーストにも劣る脳ミソだ。


「しゃあないなー」

 どこまで本気なのかよく分からないが、麻衣と麻由は同期した動きでランちゃんの荷台の底を引き出すとアイスエアーのボンベを一本抜いて、冷気を派手にぶっ掛け始めた。


「おっちゃん。だいじょうぶか? これで生きかえるやろ。どうや?」

「おニイさん。気が付いた」

 真っ白な冷気で辺りが包まれて、鎮火直後の火事現場みたいな状況の中から、むくっと上半身を起こしたのは筋骨隆々の巨人。頑強そうな胸の筋肉は岩のようだ。

「ふう、涼しい……目が覚めるようじゃ。これは……かたじけない」

 意外にもおとなしく頭を下げた。


 弛緩した空気を感じ取ったのか、逃げ腰だったチンピラがゆっくりと歩み寄り、

「おう、オヤジよ。ここらはな、オレたちの縄張りなんだ。あんまりでかい顔されたらよぉ……」

「ほう……デカイ顔だと?」

 大男は肩をそびやかして近づく三人をギラリと尖った目で睨みつけた。そして腹に滲みる極低音で、

「そうなら、いかがなされるかな?」

 強者の風格が滲み出た眼光は、幾千の修羅場乗り越えてきた者だけが持つ剣呑な光を帯びていた。


「そ……そんな脅しにのる……」

 たじろぎだした三人の前で、男の上腕二頭筋が固い音を出して盛り上がっていく。


「お……おっさん。オレッチらをなめてると……」

 鋭い目で三人を射抜き、真っ赤な顔した巨人がチンピラの前でぐぉおんとそびえ立った。


「早く消えないと。その細い首の骨を順に折ってくが、それでもよいか?」


「うっひぃぃ――」

 チンピラどもは一斉にUターン。

「ども。すいやせーん」

 ポカンとする俺たちのあいだをすり抜けて駅へ遁走。それをすがめて見る姿がまるで合わせ鏡みたいに映る双子が振り返って言った。

「なぁ。あいつらおもろいやろ?」

 そう、冬休みに出会った時の凄みもへったくれも無かった。


 砂塵を巻きあげて消えていくチンピラを見とどけながら、麻衣と麻由は笑い飛ばして言う。

「あの逃げ足の速さやったら、ブラックビーストからも逃げ切れるかもね」



 再び巨人が地響きを立てて尻餅を突いた。

「それよりなんだこの暑さはーっ! 拙者(せっしゃ)我慢できぬぞぉぉ!」

 空に向かって猛獣の咆哮並みの声をぶっ放すと、着ていたミリタリーっぽい上着をバリバリと引き裂いてランニングシャツ一枚になった。それへと眼帯男が怒鳴りつける。

「だから、オレはこんな時代に来たくなかったんだ」

「しかたなかろう。これが時間規則なんじゃ」

「うるせえ! だいたいな! オマエがアンクレットなんかを付けやがるから、ややこしくなったんだ!」

 痩せ男は足に嵌められたリングを大男に見せてわめき散らし、

「当然のことだ! なにも間違っておらん」

「どうすんだ。これではオレの自由が無いだろ」

「お主を自由にするわけが無かろうが! このうつけ者めが。あー暑い。あついぞー」


 テレビの中でしか聞いたことがない古臭い口調でセリフを吐く巨漢。そいつを横から怒鳴り散らすヤセ男が放つ言葉も意味不明で、俺たちが受けた疑問を上塗りするものばかりだった。


 大男は大空に向かって吠え続けると仰向けに寝転がり、眼帯男は俺たちに背を向けて巨人を睨みつけていた。


 二人ともタフそうだが、冷気を被ったからといっても一時的なものだ。再び熱気にやられて顔色が赤くなり、肩で荒い息を始めた。

 それでも巨漢の男は首だけを俺たちに捩じると大声で喚く。

「ひ……姫ぇぇ! 拙者がお助け申す」

「オマエはもう口を出すな! 怖がるだろ」

 眼帯男は興奮する大男を咎めた後、俺たちへ一つしかない目を据えて頭を下げた。


「わりいな。こいつ狂ってんだ」


 麻衣はランちゃんの荷台でキョトンとする銀髪の少女をかばうように背中へ回して顎をしゃくる。

「それは高温障害が出とんのや。麻由、しゃあない、水と塩球とアイスエアーもサービスや。どうせタダでもろたモンやし、あげたって」

「うん」

 荷台の下から二本のボンベを引き抜きながら、少女の様子を窺った。

「ねえ、大丈夫? あたしたちがついてるから怖くないからね」

 銀の流星みたいな美しいロングヘアーをさらさらと振り、

「ちょっとびっくりしただけ」

 よほど繊細な神経をしているんだろうな。こんなことでブルブル震えるなんて。誰かの爪の垢でも煎じてやりたいよ、まったく。


「た……頼む……拙者の話を聞いてくれ」

 まだ迫る大男へ、怯えもせずに麻衣がずいっと前へ出る。

「こら、おっさん! この子が怖がっとるやろ。エエ加減にせぇへんかったらドツキまわすぞっ!」

 なはぁー。コレだもん。こいつは逆に数リッターほど血を抜いたほうがいいんじゃね? 献血でも行ってこいよ。


 麻由も平然として、強張るどころか面白がり、

「そうよ。どついた(叩いた)うえに、回されるんだからぁ。もう最悪よ」

 はい。お前も献血センター行き決定。


 やがて泥とホコリにまみれた二人の男は、意識朦朧状態(いしきもうろうじょうたい)になっていき、銀髪の少女は今の騒動とはまるで関係ない山の頂を見つめていた。

「なにが見えるんだ?」

 俺には何も見えない。曇り空に届きそうな六高山麓の頂が見えるだけだ。


 謎の男たちの振る舞いと、食い違う少女の仕草や素振りに戸惑っていたら、麻由が水の入ったボトル2本と塩球の袋をぐったりとした男たちの前へ、まるで地蔵様の供え物みたいに置いてから、眼帯男へ勢いよく冷気を吹き掛けた。

「ほら、オジさん。起きれる? お水よ……」

「うぅぅぅ」

 眼が薄っすら開き、モソモソと這い上がった。

 見るからに日本人なのだが、この男も薄い青い目をしていた。

「ほら。このままだとほんとに死んじゃうから。駅の地下へ行きなさい。あそこならだいぶ涼しいから。ね?」

 二人とも無言で水をガブ呑みしたあと、交互にアイスエアーを掛け合いだしたので、俺たちはひとまずそこを離れた。





「ほんま、エライ時間食ってもうたな」

「ありがとう……」

 少女を乗せて軽快に走行するランちゃんの荷台から、涼しげな声が落ちた。

「なんであんたが礼をゆうの? 知り合いなん?」

「知らない……」頭を振っておき、

「でも悪人には見えなかった」

「まぁ、それは俺にもそう映ったけどな……なんか歯切れの悪い気分だったよな」

「そうね。変なことばかり言ってたわね」


「あんたらな、あんまり悠長なことゆうてられへんで」

 と麻衣が言いだし北の空を指差した。


「事務所まで間に合うか?」

 遥か遠方で激しい稲光が走る光景を目の当たりにして、俺の足が地面に縫い付けられた。


「ほら、急ぐで。なに立ち止まってんの?」

「そうよスコールが始まったら、たいへんなことになるわよ」


 早足で麻衣たちに駆け寄った。

「急ぐったって、まだ(ふもと)にも来てないぞ」


「だから走るんやがな。ランちゃん出せるだけの速度にアップや」

 三輪バギーは、きゅっ、とうなずくと、ぎゅーんとスピードアップ。

「うわわわ。ちょっと待って!」

 完全に俺、遅れを取る。


「もうちょっと速度落してくれ」


「情けないやっちゃなー」

 麻衣にけなされるものの、こっちの体力はもう限界だ。でもランちゃんの首にしがみ付く少女の微笑みが、少しだけ俺の疲れを癒してくれたのは幸いだった。  

  

  

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