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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
時の番人
20/109

 商魂たくましく

  

  

「せやけど、サーモバリックは思ったよりも使えるやんか」

「そうねー。これも修一のおかげじゃないの?」

 まるで部活帰りみたいに弛緩しきった雰囲気を漂わせて、俺たちは間もなく到着する街を目指していた。


「ナリは小さいけど破壊力が飛びぬけてるものね」

 麻由の言うとおり俺も思った。

 サーモバリックの威力は絶対的で、ついさっき弱音を吐きそうになったのがウソのようだ。


「でも、よくあそこでトンボみたいなカメラを思い出したよな。アレのおかげでビーストがどこに群れてんのか一目瞭然になったぞ」

「ほんまや。ランちゃんがゆうてくれへんかったらウチらもやばかったかもしれん」

「そうよねー。あんな迷路で囲まれたらいくらショットガンがあったて不利過ぎよ。ひさしぶりにテンバっちゃったもんね。ランちゃんありがとう」

 って、バギーに語らないでくれ、麻由。


「いやいや、ランちゃんは何も言ってませんから。麻衣が思い出しただけだろ?」

「何ゆうてんの、スニッチカメラで連中の居場所を探りなさいってランちゃんが知らせてくれたんや」

「修一には聞こえなかったの?」

「ぴゅーとか鳴いただけだぞ」

「こいつ、アホやな」

「なっ……」

 麻由までも一緒になって白い目で見るし、こいつらには付いていけない。三輪バギーが意思を伝えてくるかってんだ。擬人化にもほどがある。しかも『アホ』の一言で片づけやがって。



 腑に落ちない気分だったが仕方が無い。こいつらにはあの『ぴゅー』とか『ぱぴゅー』とかの音が言葉に聞こえるのだろう。うん、いるよ。そんな人は世の中にゴマンといるさ。

「聞こえるわけねーよ」

 連中の耳には入らない程度で囁いて、俺は荷台の少女に冷風を注入した。中から微笑まれて無事であることに安堵するころ、バギーは町の入り口付近まで戻って来た。


「キミたちだいじょうかい!」

 街角でひと塊なっていた人々がそれぞれに俺たちを取り囲んで同じ意味合いの言葉を掛けてきた。

「すごい爆発音でここまで響いたぞ」

 理由は説明しなくてもわかる。派手にぶっ放した打ち上げ花火のことを言っているのだ。


 麻衣は素直に頭を下げる。

「驚かせてごめんなさい。ちょっとビーストに囲まれてね……それで……」

 それで戦争状態になっちまったのさ。


 ところが人々は俺とは異なる反応を見せた。

「いまの武器は何だい? すごいじゃないか」

 どうやら集まったのはハンターたちのようで、

「ただのダイナマイトじゃないだろ?」

「やっぱり対ビーストにはホロ―ポイントが必須なのかい?」

 麻由のライフルを指差して尋ねる人もいる。


 そこへ……。

「はいはい。すんまへん。ちょっと道を空けてくれまへんか。ウチのハンター様のお帰りや。はいごめんや。ちょっとそこのニイちゃん。ランちゃんが通られへんやろ。道あけてや」

 聞き慣れた口調のハゲ茶瓶さんが、人混みを掻き分けて出てきた。


「おっち~ゃん」

 麻衣がショットガンを掲げて、オヤジさんも手を振る。

「麻衣ちゃん無事か。麻由ちゃんも。よかったなぁ」


 俺は無視かーい。


 群衆の一人がオヤジさんを捕まえて訊いた。

「麻衣、麻由って。この子らがあのガーデンハンターズなのか……」

 それは感嘆の声に変化し、

「どうりで……。そうか。ナニワの川村姉妹だ」

 もう一人が嘆息した。


 どうりで、と声に出した意味は分からないでもない。こいつらの派手さは今に始まったわけではない。だからその道の人たちには知れ渡っているのだろう。


「ところでさっきの武器は?」

 ハンターたちの目はそこばっかりだ。


「ああ。サーモバリックやね」と麻衣が答え、

「単体では爆破できないと聞くが……」

「そんな軽装備では無理だろ?」

 驚きを隠せない様子で興奮したハンターたちが詰め寄るが、白い手がそれを遮断した。


「はい。そこまで」

 ツルピカオヤジの登場である。


「武器の話しやったらワシが伺いましょ。サーモバリックは気化爆弾の一種や。単体で爆破させるにはちょっとしたコツがおますんや」

「すごい威力だけど……かけだしハンターには使えないだろ?」

 声を落とす男にオヤジさんは明るい声を進呈する。

「心配ないデ、ニイちゃん。専用の発射ブースターがおますんや。これなら素人さんでもオッケーや。両方セットで安うしときまっせ」

「いくらだい? オヤジさん」

「はいはい。店のほうへどーぞ。商談はそこでやりまひょか。他にも色々と新商品がおますからな。うひゃ、うひゃ、うひゃ」

 スキンヘッドの店主は気持ち悪い笑顔を浮かべつつ、ハンター集団を率いれて自分の店に入って行った。


「ほんま。商魂たくましいオッサンやデ」

 ぽつりと麻衣が漏らし、麻由もそれにうなずく。

「ほんとねー。発射ブースターとセットで安売りなんてできるのかしら? あれって持ち歩ける重さじゃないわよ」

「たぶん。レンタルモーターカー屋のオヤジと結託して、クルマにブースター付けて高いレンタル料ふんだくる気やデ」

 それは現実味の帯びた話で、俺はうなずかずにいられなかった。




 耐熱スーツに浴びたカビ毒を洗い落とすために、俺たちは店の奥に設置された通称人間洗濯機に交代に入った。

 どういう理屈があって入る順番が決まったのか知らないが、活躍した順に入るのが決まりだと言われて、俺がしんがりに回されていた。

 さっきは活躍したと思ったんだが、よく考えたら溝の中で逃げ回っていただけだ、と言われリャぁ文句は言えない。


「どう? もうここからは町や。安心してエエよ」

 少女を保護したシュラフのファスナーを麻衣が開けた。

 眩しげに色の異なる目を瞬かせて顔を出した銀髪の少女は、不可思議な物を見るような素振りでキョトキョトした。


「よかったね。もう心配ないよ」と麻由も歩み寄り、

「どこか痛いとか、辛いとこはないかい?」

 と言って俺が手を出そうとすると、麻衣が蹴散らす。

「こらっ、ヘタレ! さっさと人間洗濯機入ってこい。汚い手で女の子触るな」

「そうよ。カビ毒がこの子にうつったらどうすんの」

 カビ毒はさっきの爆風で吹き飛ばされたと思うんだけどな……。

 活躍順ではなく、爆心地から近い者順にしてもらうと、確実に俺が一番になる。

「もたもたせんと、はよ行け!」

 麻衣からさらなるきつい睨みをいただき、俺は急いで人間洗濯機に入った。



 人間洗濯機――。

 何の機械だかお解りだろう。文字どおり自動的に人間を洗って、カビ毒をミクロの単位まで洗い流してくれるマシンさ。ただし人権を無視した仕様のうえに無料でないのは、我慢するしかない。あのハゲ茶瓶の持ち物なのだから当然っちゃぁ当然さ。


 十数分の工程をこなしてガレージに戻ると、店内から大きな笑い声が渡ってきていた。店のほうはさぞかし賑わっているんだと思う。平気で禁止区域へ入って、派手にぶっ放して無事に戻ってくる可愛らし女子高生のハンターをサポートする店。あのオヤジさん上手いことを考えたもんだ。麻衣たちだって最新の商品が安く手に入るし、互いに一石二鳥なのさ。


 麻衣はシュラフの少女を優しく抱き起こすと、アイスエアーのボンベから派手に冷気を吹きかけながらシュラフから外に出し、荷台に腰掛けさせた。

「ここまで来たらカビ毒の心配は無いからマスク外そか……どんな感じ? しんどない?」

「……目が見えない」

 爆風のせいか? でも耐熱シュラフの中だろ?


「目の色が左右違うのは生まれつきなん?」と訊く麻衣へ。

「目の色?」と顔を上げ、

「知らない……」と答えた。


 口数が少ない子だ。でもきれいな瞳に整った面立ちはとんでもなく美人だった。

「あたしたちが見えないの?」

「見えすぎる……」


 三人を固まらせるその言葉の真意は何だろう?

 見えないのではなく見えすぎるからよく見えないと受け取っていいのか?

「どういう意味やろ?」


 意味を探って凝固するのは当然で、そこへ場違いな声が落ちる。

「うひょひょひょ。サーモバリックは効果おましたな。またまた大儲けや」

 変な笑い声と『効果』の意味合いが俺たちとは異なることを漏らしながら揉み手擦り手で、店主がガレージに入って来た。


 麻由は笑い顔を向けて言う。

「オジさんの言う効果には興味は無いけど。ビーストには効果があったわよ」

「あとでレンタルモーターカー屋のオヤジに相談しようと思てまんね」

 互いに言葉がすれ違うが、笑顔はとても明るい。


「あんな……」

 オヤジさんは続ける。

「発射ブースター無しで爆破できるのは麻由ちゃんの技や。せやから発射ブースターの取り付け金具をモーターカーに設置することを頼みに行こうって思案中や」


「あっそっか。上手いこと考えたな、おっちゃん。それならモーターカーの数以上にブースターが売れるやん」

 なるほど。ブースターをレンタルモーターカーに付ければクルマ一台に一つしか売れないが、個人に販売すれば設備投資はモーターカーに取り付ける金具だけでいい。これならレンタル屋さんも嫌がらない。俺の描いた計画のさらに上をいくアイデア。さすがタダでは起きないな。


「ほんでな。店の裏手に貸トランクを設置してそこにブースターを保管させるんや。なー? いちいち持って帰らんでええし、保管料もまたガッポガッポやろ。うひょひょひょひょー」


 これには恐れ入った。まだ先があるとは……。特大の賛辞を贈ってやりたい気分だ。

 ところがだ。後日談で悪いが、話にはまだ続きがあって、オヤジさんはお弁当屋さんにも持ちかけており、食料の調達マネージメントまで企画していた。恐らく日本がケミカルガーデンに埋もれてもこのハゲオヤジなら生き抜くだろうな。これも適者生存だと言ってもいいよな、麻由?





「ほんで遠征はどないでしたん? 予定より早めの帰還や。何ぞエエもんでも見つけてきたんやろ?」

 さんざんキショイ笑い声を垂れ流していたオヤジさんは、ふっと素に戻ると、擦り手を繰り返してランちゃんの荷台へ歩み寄った。

 もちろんそこにはミニスカート姿の少女が座っている。

「あれ? この子、誰なん? 友達でっか?」

「あんな……。ガーデンの奥で保護したんや」

 と言った麻衣へ目を剥いた。

「あ、アホな! そんな話おまっかいな。ガーデンでっせっ!?」

 店長の驚きはウソではない。気温60℃近いケミカルガーデンで普段着の少女が生存できるはずがない。俺だっていまだに信じられないのだ。


「まさかミューティノイドとちゃうやろな」

 とオヤジさんは息を飲み、

「んなアホな。こんなキレイなミューティノイドいてまっかいな」

 急いで(かぶり)を振る。


「忙しいな、おやっさん。この子は外人さんや」


 それも一概にどうかと俺は思うが……。


「新種のキノコとは……ちゃうわな」

「あたりまえやん。ガーデンで迷子になってたところを救助したんよ」

「迷子って……そんなアホな……」

 てかてかの頭をこちらに捻った。その肩越しから麻衣が小声で告げる。

「ちょっと高温障害を起したんかも知れへんねん。言うてることが支離滅裂のとこがある」

 その診断はほぼ正しい。俺もそう思う。


「せやけど……この子の目ぇ、色違いやがな。バイアイちゅうんやろ?」

「銃器屋のくせに変なこと知ってるんやな」

「こんな世の中や、それぐらいのコトは知ってまっせ。ちょっと嬢ちゃん。ランちゃんから降りてこっちの椅子に座り直せまっか? バイタルモニターで調べたるワ」


 キョトンとした表情を崩さない少女に麻由が寄り添う。

「ねえ? 身体の具合を見るからセンサーのある椅子に座ってくれる?」

「うん」

 ずいぶん回復したらしくて比較的明るい声だが、店主が差し出した椅子が見えないようで、視線は見当違いの場所へ当てられ、それを探して手がさ迷っていた。


「カビ毒で目をやられたんとちゃうやろか?」

 オヤジさんは椅子のほうを少女の背後にあてがい、麻由がそっと座らせた。

 少女が向ける視線の先は一定ではなく、どこを見ようとしているのか皆目わからない。バイタルモニターのセンサーを操作するオヤジさんの背中を見たり、倉庫の奥へ滑らせたり、俺の頭の後ろへ目の焦点をあせた時には、誰かが背後に立っているのかと思って振り返っちまったもんな。


「確かに視線が不安定やな」

 オヤジさんにもそれは強く伝わったようだが、

「……体温も血圧も正常や。ふーん。脳波が少し乱れてまんな」

 バイタルモニターで解るのはそれぐらいだ。後は医者に見せるしかない。


「せやけど、ほんまにこの子ガーデンで見つけたんか? そうなると竹輪やデ」

 竹輪とは避難者を呼ぶときの俗称なのだ。(ゆたか)だった土地をケミカルガーデンに浸食されたうえに、襲ったあの未曽有の大地震だ。ほとんど壊滅に近い東日本から人々は着の身着のまま避難した。その時、移住に際して運びこめる物資の量が制限された。移住先にひと通りの生活用具はそろっているという理由でな。でも私物はある。そこでみんなは持てるだけ持った。手に持てない物は体に巻きつけて移動したんだ。その姿が竹に巻きつけられたチクワに見えたから移住者を『竹輪』と呼ぶようになった。

 ただそれだけのことさ。深い意味ない。


「竹輪やったら政府に届け出なアカンやろ?」

 チクワ、竹輪とうるさいな。


「いや。発見場所がガーデン内やから認定されへん。見つけたウチらが何とかする」

「そうでっか。まぁそのへんのとこは、ワテよりあんたらのほうが詳しいからな」


 麻衣は店主の言葉に反応せず、相変わらず視線の定まらない銀髪の少女の顔を見つめていたが、

「ところでおやっさん。モノは相談やねんけど……」

 おもむろに近くにあった椅子を引き寄せてそれへと腰かけた。


「いちばん安い耐熱スーツなんぼ?」

「ほいほい。まいど、麻衣ちゃん。40万で、」

「たかっ!」

 一刀のもとで店主の言葉を断った麻衣が捲し立てる。

「なにゆうてんのオッチャン。この子は普段着やねんデ。今すぐ耐熱スーツが必要やねん。緊急的事態や。そんな子にぼったくる気ぃか?」

「わ……わかってまんがな。怖いな麻衣ちゃん。せやからちゃんと2割引にしてるがな。それって50万はするエエやつやで」


 上物(じょうもの)の耐熱スーツってやっぱ高いな。俺が着て来た耐熱スーツを一目見て安物と見定められた理由が解る気がする。もしかして肥溜めみたいなとこに落っこちてマズかったかな?


 懺悔する俺の前で、麻衣は息巻く力を緩めようとしない。

「あかん2割引きでもまだ高い。そんな値段で買うヤツは素人や。ウチらを誰やと思ってんねん!」

 ただの女子高生だろ?


 ぐいっと迫る麻衣。たじろぐハゲ親父。

「わかったがな。30パーセント引きの35万でどうや」


「ウチらのお屋敷まで帰るあいだにこの子が劇症高温障害になったら、この店のせいやからな。大阪変異体研究所の部長に報告したろっかな」

「そうね。悪い噂はあっという間に広まるからね。それも研究所のニュースだから市役所の広報にも伝わるわよ」

 むちゃくちゃ言うよな、こいつら……。


「わっ、わっ、わっ。ちょっと待ちぃや。研究所は勘弁してぇや。あそこの部長さん、ベッピンやのにあんたらより無茶苦茶ゆうよるんや……」


 店長は茹で上がったタコみたいに顔を真っ赤に変色させると、スキンヘッドをぺしゃりぺしゃりと叩いた。

「わかったがな……30万や。30万でどないや! 4割引なんてワテ首吊る寸前やで」

「吊ってへんやんか」と麻衣はすかさず言い返し、

「寸前や、ってゆうてるやろ」

 窒息間際を訴える店長なのに、今度は麻由が平気で継ぎ足す。

「じゃぁさ。さっきのシャワー代と合わせての値段にしてね。お願い、おじさん」


「「げぇぇっ!」」

 思わず店主と一緒に俺まで声を上げてしまった。

 どこまですげぇんだ、関西女子は!


「それもツケでお願い」

 今まで以上に艶っぽい声音を漏らす麻由。


「つ……ツケぇぇー?」


 迫る麻由からオヤジさんは数歩下がって数秒間の呼気停止を敢行すると、まん丸目玉を見開いた。

「あ、あ、あ、アカン! ウチは現金商売や」


「だって。ガーデンから戻ったばかりのあたしたち現金持って無いもの……」


 正論ではあるが、あの潤みを帯びた瞳は演技だ。今度は色仕掛けの作戦に切り替えたようだ。コレも一種の脅しだな。


 二人にこの作戦で迫られると、どうしようもないんだ。俺がここに立つのもその罠にはめられたようなもんだ。ま、後悔していないけど。


 じっと麻由の行動を静観していた麻衣が、膝をパンと叩いて椅子から立ち上がった。

「おやっさん。コレ見て……」

 ランちゃんの荷台に並べられた採取ケースを全部下ろすと、フタを開けてキイワラビの束を見せた。


 店主にはそれが何を意味するのかは商売柄理解するのだろう。マンガみたいに両手のひらをパッと平げて喜色の声を上げる。

「わあぉぅ。ごっつい数や。ひぃ、ふぅ、みぃ……」

 指で数えたあと、深く嘆息する。

「21本でっか……。それも芽を出したばっかりのヤツは相当な値段になりまんな」

 ごくりと生唾を飲み込み、何度も首肯を繰り返す店主を見る限り、俺の皮算用もまんざら間違ってなさそうだった。


「どう? 明日納品したら現金が入るんよ。お願い。耐熱スーツとシャワー合わせて30万。貧乏人のウチらには、これが限界なんよ。頼む、おやっさん」

 今度は頭を下げだした。


 店主はうーんと唸って、自分の頭をもう一度大きく平手打ち。

「わかった、わかった……。ほんまこれやから大阪人は怖いねん」

 あんたも大阪人だ。


「人助けも含めて、その条件で売りまひょ」

「ありがとう。おじさぁん」

 腕に飛びつく麻由。たぶんこれは彼女らのサービスだな。

 麻由に抱き付かれ、目を細めながらもわざとらしく溜め息をつくスキンヘッドのオヤジ。でもまんざらでもなさそうなスケベ(つら)は俺のオヤジを見るようだ。



「ほな、ちょっと待っててや」

 と言い残して店主が店の奥へ商品を取りに消えた。


 寸刻もしないうちに、

「あぁぁぁ。あかんて、ランちゃん。こ、こら! しっ、しっ。あっち行きって」

 店主のでかい声が渡って来た。


 そう言えば……。

 ランちゃんは俺たちにの後ろに停車していたのだが……。


 血相を変えた声の下へと駆け寄って、俺はずっこけそうになった。

「おいおい……」

 その光景を目の当たりにして、苦笑いを浮かべずにいられなかった。


 ランちゃんは有料充電ポートのデッキに尻を突っ込んでいた。

「ちゃっかりしてるよな。やっぱりランちゃんも仲間だな」


「まあね。でもかしこいな」

 ほくそ笑む麻衣とは裏腹に、奥では店主の悲鳴が。

「もうー、勝手に充電したらあかんやんか。タダとちゃうんやで。あ? 聞く耳もたんてな顔しなはんな」

 そこまで感情豊かではないと思うが、叱りつける店主にランちゃんは「ぴゅぽっ?」とひと鳴きして、大きく首を傾けただけで動こうとしなかった。


「まぁまぁ、おやっさん……」

 と麻衣が割り込むが、

「あきまへんで。これ以上サービスできまへん。どんだけや!」

「わかってるって。ほな、ランちゃんのご飯代やもろもろを合わせてコレと交換ちゅうのはどう? 50万以上にはなるデ」

 目配せをする麻衣の動きに気付いた麻由がクーラーボックスを開けた。中から取り出したのは青いフタのついたケースだ。

「こ、これは……」

 小声でつぶやいて凝然とするオヤジさん。みるまにスキンヘッドと頬がピンク色に染まってきた。


「ね? すごいでしょ」

 ワザとらしく微笑んで見せる麻由の前で、キノコが数歩前に進んだ。

 キノコが歩いたのではない、それを頭に載せたトカゲが歩いたのだ。


「それ……」

 麻衣は口を開きかけた俺をひと睨みして黙らせてから、もっともらしい口調で語りだす。

「こういう商売してるとうわさを聞いたことあるやろ? これが幻のキノコや……」

 麻由から渡された採取ケースをそっと受け取って中を覗き込む店主。

「うはぁぁ……これでっか……」

 一拍ほどして首をこちらに捩じると、高揚した声を出した。

「これが噂のマンドレイクでっか。うほぉぉ……。初めて見るけど、こりゃぁ本物や」

 勝手に決め込んでいくけど、なんと言ったらいいのか。これはグランド・トレッカーなんだけどな。


「あのさ、おじさん……」

 あまりに気の毒なので、再び声を出しかけた俺の脇を今度は麻由が突っついた。ライフルの照準を合わせる時にしか見せないような厳しい目でな。


 怖ぇな、こいつら。

 打ち合わせ無しで続く抜群のチームワークだった。これも双子ならではの超能力さ。これには勝てないよ、オヤジさん。


 ややもして哀れな店主は折れた。

「よっしゃオッケーや。ゲルパックのバッテリーとアイスエアーもサービスで付けましょ」


「どっちも人数分ちょうだいね」


 ぬけぬけと言い張る麻由にちょっと視線を滑らせるものの、オヤジさんは頭を前後に振った。

「4個ずつやな?」

「おおきに。おやっさん。それで手ぇ打つわ」

 二人は大きく腰を折りながら、麻衣は顔だけ俺にひねって横目で合図する。

「ほら腑抜ぞうくん、その耐熱スーツと小物をすぐに積み込んでや」

「いい加減、名前で呼んでくれよ」


 俺の懇願虚しく麻衣はしゃあしゃあと言う。

「まだヘタレでじゅうぶんや。あんた、迷路でビーストに飛びつかれた時、腰抜かしてドブに落ちとったやろ」

 目のいいヤツ……。


「目が良くないとガーデンハンターにはなれんからね」


 麻衣は楽しげに俺を見ていた目を銀髪の少女へ移動させ、

「あんた名前は?」

「……思い出せない」

「記憶も曖昧なんやね」

 店主が奥から出してきた新品の耐熱スーツへ、これまたサービスで貰った新品のゲルパックバッテリーを突っ込みながら、麻衣は謎ばかりが深まる少女に甲斐甲斐しく世話を焼こうとした。

「どう? 歩ける?」

「うん……」

 小さくうなずくと、少女は座席から立ち上がり麻衣の手にすがって歩き出した。そのゆっくりした動きをぼんやり見つめつつ、俺は小声で尋ねる。

「あんなウソ吐いていいのか?」


「なんのこと?」

 罪の意識はないようだ。


「マンドレイクのことだよ」

「ウソなんか吐いてないやん。ウチは『幻のキノコ』としかゆうてない。グランド・トレッカーも珍しいもんや。それに勝手にあっちがマンドレイクと思い込んだだけや。だいたい誰もマンドレイクを見たことないねんで。あのおっさんもこんな商売しとる。バレへんうちに、どこぞの金持ちに売っぱらうハズやって」

「最終的に買わされたヤツは最悪だな……」



 やるせない気分でその場を収めている俺の横で、銀髪の少女はふらつきながらも背筋を伸ばして辺りを窺った。

「ここはどこ?」

 と訊いて、色の異なる瞳を眩しげに細めながら天井の照明へ顔を上げ何度か瞬いていたが、

「あ、ここよ。おいで……」

 おもむろに何も無い場所へ手を差し出してニコリと笑みを浮かべた。


 その挙動を受けて俺たちは固まった。

 この子だけには何かが見えるのだろうか。俺には空虚なと表現するしかない空間だけが見える。


「ここは街の銃器屋でね。ウチらの知り合いなんよ……」

 少女の行動に困惑しつつも麻衣は平然と応えるが、その視線は俺に助けを求めていた。でも俺にだって明確な返事ができるワケがない。その子が語りかけた先を何度凝視してみたところで、固い床があって少々ヒビが走ったセメント製の平面があるだけ。麻由も俺たちに釣られてその場所を注視していた。


 そこへ――。

『ぴゅーっぽ』

 俺たちが目を凝らすエリアを遮るように、奥からランちゃんが出てきて停車した。

 その時すでに少女の視線は別の場所へ移動していた。


 ふたたび俺の視線と麻衣の視線が重なる。今この子は何を見ていたのか。ランちゃんが隠してしまったが何もなかった。いったい何に対して言葉を掛けたのか。


「とりあえず帰えろ。ほんでからゆっくりしよ。な?」

 麻衣は見てはいけない物を見てしまった罪にも似た感情を覚えたのだろう、いそいで話の矛先を変えようとし、ランちゃんは何事もなかったように少女の横に着いてから、小首を少しかしげて停止した。


 それへと向かって少女が質問する。

「この子は?」

 それは正しく三輪バギーを指しており、それだけでホッとする不思議な空気が流れた。


「ランちゃんって呼んであげて。ウチらの仲間やねん」

「今からあたしたちの仕事場に戻るから。これ着てくれる?」

「これは?」

 麻由が差し出した耐熱スーツの袖を掴み上げて少女が問う。


 この時代にこのスーツを知らない人はいない。

「耐熱スーツよ」

 麻由からもはっきりと困惑の表情が滲み出ていた。

「スキューバ?」

 海に潜れと?

 俺はガーデンの奥で見た黒褐色に染る海を思い出した。


「やっぱり高温障害を受けたみたいや。記憶障害やろな」

 麻衣がスーツのファスナーを音を出して開けると説明する。

「店の外は気温が高いんねん。コレを着て歩かんと、気絶するかも知れんのよ。あんた、そのカッコでガーデンにおったから意識がなくなったんやで。なんであんなとこに立っとったん?」


「ガーデン?」


「あかんわ……とにかく、いったん帰ろ。ほんでゆっくり寝よ」

 その意見に大賛成だ。徹夜労働の身がそろそろ悲鳴を上げそうだ。


「なにゆうてんの三十分だけ寝かせてあげたやろ」

「あのねぇ……」

 やめた。反論する気力もない。

  

  

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