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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
ケミカルガーデン
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 双子の姉妹

  

  

「おうっ、坊主! ここは準禁止区域で警察も来ねえよ。何したってお咎め無しだ。なんなら今すぐぶっ殺してやろうか」

 真っ赤な毛をぶっ立てたモヒカン男の勢いに一瞬で怯んだ。

 だから町の外に出てはいけないと、大人が口を酸っぱくして唱えるのだ。なのにこの子はこんなところを一人でうろついて。


「い、いや。ここはひとつ穏便にですね」

「うっせぇー」

 一蹴(いっしゅう)されただけでなく、カビ毒マスクを引っ剥がされてぶん投げられた。

「どわっ、痛ぇえ!」

 壁にしこたま頭をぶつけて、あー。クラクラ。


「だいじょうぶですか?」

 少女に駆け寄られるって、立場逆じゃね。


 綺麗に澄んだ瞳の奥では憐憫の情が揺れ動き、その耐熱スーツから甘い香りが漂う。

 と、一抹の疑問が(よぎ)った。この時期に耐熱スーツを着込むって……そんな必要があるのか?


「おらっ! まだ寝るには早いんだ。ヒーローくんよ」

 モヒカン男に強引な力で引き摺られた。

「あーだめです。やめてあげて、おねがい」

 ふわっふわの栗色の髪の毛、意外と童顔の整った面立ちが印象的な少女が、男たちへ一生懸命に懇願する姿を垣間見て、再び猛烈な庇護欲を湧かした。この子を守るために俺は生まれてきたと宣言しても言い過ぎではない。

 と思ったがすぐに自省(じせい)する。

「んがっ!」

 (ほほ)に当てられた冷たい金属。せっかく奮い起こした気力がいっぺんに吹き飛んだ。

 別名サバイバルナイフ。

 スキンヘッドに蜘蛛(くも)刺青(いれずみ)をした男からペタペタとその表面で叩かれていた。


 その前では泣き顔の少女を取り押さえた爆発頭のパンク野郎。その中間位置に立ってニヤニヤするのは真っ赤なモヒカン頭の男。どいつもごつい体躯(たいく)で、こっちに数パーセントの勝ち目も残されていない。


(怖くて何も言い返せない……)

 もっと強い男になりたい。心底そう願った。そしたら……こんなヤツら。

 でも現実は怯えて腰が砕けた。生まれて初めて刃物で脅されたのだ。


(万事休す……)

 そりゃあビビったさ。指の先まで冷たくなり――鼓動も止まるかと思った、

 その時。

「ニイちゃん、弱っちいくせに。ウチらのジャマしーなや」

 震える俺の肩口から、可愛らしい声が渡った。


「へ?」

 弱いのは自認してますが、つい加勢したくなったのはこの少女がカワユイからで――と声の主へ振り返る。


「ぬあぁぁ。おんなじ顔!」

 そう、悪党らに絡まれた少女とそっくり同じ女が俺の背後に立っていた。


 二人は白地に赤のラインを入れたお揃えの耐熱スーツ。同じ身長、同じ童顔、コピーされたようなボブカットは栗色のクセ毛。すべてが俺の好みだった。一目見て惚れた。この()が好きです。

 さっきの子は死んでも守ってやりたい、っていう庇護欲にまみれたのに、こっちの子は別の感情。きゅっと胸を締め付けられる思い。言葉では言い表せないが、同じ胸を締め付ける思いなのに場所が違うんだよな。


 はれ? なんで?

 もう一人の子と全く同じなのに、異なる感情が湧きあがるって……どゆこと?

 再び困惑する俺。



「およ。オメエら双子か?」

 俺の頬からナイフが離された。


「うほぉ。瓜二つじゃねえか」


 楽しげに目を見開いたチンピラ連中に動じることもなく、少女たちは平淡な会話を交わし始めた。

麻由(まゆ)、今日のゴキブリ退治は早めに切り上げよう。こんなモヤシ男でも怪我されたらコトや。チャッチャと片付けよか」

 モヤシですみません。食べるもんは食べています。ただ筋トレとかしないもんで。


「オレ、こっちがいい」

 真っ赤なモヒカン野郎が、汚らしい袖をもたげて喜色を浮かべた。

「なら、オレは後から来たこの子貰ってくぜ」

「まてまて、くじ引きにしよう。それにしても派手な耐熱スーツ着てやがんな。さ、こっち来な」

 蜘蛛柄の入れ墨って……。オッサンのほうも違う意味で派手だぞ、と言いたいが。


 忽然と現れた少女が一歩前に出ると、

「この耐熱スーツ見て誰か判らんとは……」

 掴もうとして近寄った男の腕を勢いよく振り払い、口調を大きく荒げる。


「オドレれら、バッタもんやな!」


 オドレ?

 バッタ?

 のぉぉぉ。そのかわゆいお顔から放たれた言葉だとは信じたくありませーん。


「おいおい。古風な大阪弁を喋るお嬢ちゃんだぜ。オレたち東の方から流れて来た江戸もんなんだ。優しくたのむぜ」

 そうこの男が言うように、今のは関西弁だ。それもあまり品のよくないお言葉。一般的な言語に通訳させてもらうと、

『あなたたちは偽物ですね!』となるのだ。


 え? 偽物……って?


 脳内にある言語解釈部位を総動員している俺の前で状況が反転していく。


「ほら麻由。こいつらうっといわ。さっさとイテもーたれ」

 ぽいと、怖いお兄さんらに囲まれた少女へ投げられた細長い革製のバッグ。

「もう、麻衣(まい)ったら。もうちょっと遊んでたかったのにぃ」

 受け取るなり、中から抜き出されたのは――刃の長ぁ――い、


 ナイフっ!


 しかも恐ろしく研ぎ澄まされたヤツな。

 鉛色に輝く刃の切っ先を見つめるだけで、背筋に冷や汗が出そうだった。


 それを右手に持ち直すと革ケースを投げ返し、それを受け取った同じ顔の少女が肩から下ろしてガシャリと銃身の下をスライドさせるアクション。

 ぬあんとそれは――、


 ショットガ――ンっ!


 驚いたのは俺だけだった。悪党どもはそんなもので怯まない。

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、

「へっ。流行りのモデルガンだろ。オメエら、あれか? ガーデンハンターズのファンだな」


 ガーデンハンターズってなに?


 ガーデンハンターならここらをうろつく猟銃好きな連中のことを言うんだが、それよりそのショットガンはモデルガンなの?

 この町の外なら本物を持っていてもお咎めは無い。今はそんな時代さ。でも剥き出しのまま町から担いで来たとしたら法律違反だ。一部の人間を除くがな。


「おうっ! ネエチャン。そんなオモチャで大人を舐めるんじゃねえぞ!」

 モヒカン男が髪の毛と同じ色に顔を赤らめて唾を飛ばす前で、いきなり恫喝。


「オドレらこそ、ガーデンハンターズをなめんなや!」


「オーノ――っ!」

 とてつもなく汚い言葉遣いに切り替わったのは、さっきまで泣き顔だった少女。

 潤んだ丸い目が吊り上り、握りしめたとびっきり大きなナイフをギラリと光らせて男に迫ると、圧力めいた言葉を吐きかける。

「ペチもんかどうか……」

 ぐいっと肩をそびやかし、

「その腐った目ん玉でよう見さらせっ!」


 うっそ――っ。

 顔とセリフが一致しませーん。


 豹変していく状況に驚愕した俺の喉はカラカラ。ついでにめまいまでしてきた。


「オメエら……もう許さねえ」

 蜘蛛の刺青男が着る半袖の革ジャンが軋しんだような音を上げ、俺の頬をペタペタと撫でていたナイフの先を少女へ向けた。


「ママゴトはやめな。オレっちのコレは本物だぜ」

「ネエチャン。カッコだけ揃えたって本物にはかなわねえんだよ」

 こっちの手にも長さ40センチはあろうかと思われる短刀が剣呑な光を放ってギラリと輝いた。


 しかし少女たちはまったく怯んでいなかった。その怪訝な空気が男たちに浸透したのだろう。悪党たちは半歩下がって気の抜けた声を出した。

「オメエら、ダレ?」

「だからゆうてるやろ。ガーデンハンターズや!」

「へっ。教えておいてやるよ、少女たち。本物のガーデンハンターズなら今ごろ禁止区域の中でせっせとキノコ狩りでもやってっぜ」

「そうさ。冬場は稼ぎ時らしいからな。それよりネエチャンらも稼がねえか。オレがいいとこ斡旋してやるぞ」

 と言って手を伸ばすモヒカン野郎。

 少女は肩を引くとギラつくナイフで男を指し示し、

「その汚い手ぇで、ちょっとでもうちの身体に触ってみぃ。そのドタマ、ボウズにすんぞ!」

「は――っ! ちょうど散髪したかったんだ」

 と言って歩み寄ったモヒカン頭。次の刹那。

「せいっ!」

 少女の気合いと共に赤いモヒカン頭の根元で一閃が走り、続いてその足元へ向かって、

 ドゴォ――ン!

 アスファルトにでっかい穴が開き、煙と土砂が飛び散った。

「ひっ!」

 息を飲んだのは俺だけだった。悪党どもは目を見開き絶賛石化中だ。


「おっさん! ハゲのほうが似合っとるで」

「うぉっ……」

 パンク野郎がそれを見て息を飲み込み、モヒカンが自分の頭を平手で探りつつ唸る。

「お、オレの髪の毛が無い!」

 頭皮寸前のところから見事に切り取られた赤い髪の毛が、ドサリと音を出して地面に落ちた。


「な、ナイフ使いと銃身の短いショットガン。お……オメエら……川村の……」

 続いて蜘蛛の刺青が怖気(おぞけ)を震わせて言う。

「ほ……本物のガーデンハンターズさんっすか?」


 あれ? 敬語になってんすけど……?


「ということは……」

 三人がそれぞれに視線を揃えて合唱する。

「ナニワの川村姉妹だ――っ!」


「熱ちちち!」

 腰が砕けて地面に横座りする俺の首筋にショットガンの先が迫っていた。

「熱いじゃないか!」

「いま撃ったんはスラッグ弾や。そりゃ熱いわな」

 再びガシャ、ガシャンとポンプアクションをすると、ひょいとストラップを握って銃を背中に回し、

「いまいち、おもろなかったな」

 可愛らしい吐息をした。

 もう一人の少女はナイフの背で肩をトントンをしながら顎をしゃくる。

「麻衣。逃げられちゃった……残念ね」

 その声に釣られて首を伸ばすと、三人の男らはすたこら遁走した後だった。


「おニイちゃん。立てる?」

「ねえ? だいじょうぶだった?」

 状況は唖然さ。二人ともとても可愛いのだが……。

「何なんだ、いったい?」

「この町はうちらの住む町や。ああいうヤカラにうろつかれるのは迷惑なんよ。せやからこうして時々退治に来るねん」


「じゃなくて、キミらダレ?」


「うちらはガーデンハンターズや」

「だから、なにそれ?」


 二人は顔を見合わせてから物を言う。

「ジブン、モグリか? もうちょっと世間を知ったほうがエエで」

 はぁ。さいですか?


「ほら。これあげるから。元気だしてね、おニイさん」

 担いでいたリュックを下ろして手渡されたのは、透明の採取ケースに入れられたキノコみたいにプヨプヨした葉っぱの植物だった。

「これなんだよ?」

 不気味な植物と歩み去る双子を交互に見つめて付け足す。

「お、おい。そっちはケミカルガーデンだぞ……」

「人のことより自分のこと考えや。命が惜しかったらこんなとこ来たらアカンで」

「お気をつけてねー」

 白地に赤のラインが引かれたやけに目立つ耐熱スーツ。背中には銃身の短い特製のショットガンを担ぎ、腰に並んだ工具差しと短刀。冬場にしては物々しい装備の少女たち。


「ダレなんだ、お前ら? ガーデンハンターズってなんだよ?」


 2317年。冬――。

 こうして俺はいくつかの疑問と共に、双子の姉妹、麻衣と麻由に出会った。

  

  

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