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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
時の番人
17/109

 とんぼ

  

  

 気温60℃の異界の地、ケミカルガーデン。そこへ忽然と現れた銀髪の少女は白いポロシャツと水色のミニスカートというあり得ない服装で俺たちを驚かせたうえに、命の綱であるアイスエアーのボンベまで放棄しようとしていた。


「ほら、これを中に!」

 ボンベをシュラフの中に戻そうとした俺の腕に、再び弾が空になったショットガンが飛び込んできた。


「ヘタレ、次や!」

 こんなとこでボンベの取り合いをしている場合ではない。今俺たちは2メートルを越す超巨大ギンヤンマにぐるりと囲まれたのだ。


 俺は弾を込めた方の銃を急いで麻衣に放るとともに、少女に強く言った。

「これをトンボに投げたからって、どうなるわけでもないんだ。無駄なことをしないでくれ」

「これを投げて目を逸らしたの……」

 目を逸らした……?

 この子も経験者か?

「キミもガーデンハンターなのか?」

 銃に弾を込めつつ、シュラフの少女へ疑問を放つ俺の前に、また空になったショットガンが投げつけられた。


「無くなったデ!」

 いそがしいなぁ。ほんとに――。


 ボンベを放り出し、急いで弾を込める俺の斜め上から派手な羽音がした。

 ギクッとして仰ぎ見た視野いっぱいに、黄緑と水色の混ざる角ばった大きなボディと黒くて長い尻尾が横切った。


「うあぁ。くそぉ!」

 風を切って俺の前を素通りしたトンボ野郎は、あろうことか麻衣のフカフカ頭に飛びついた。

「あかーん。取れへん!」

 麻衣が頭を激しく振り回す。しかしトンボの長い(あし)の先が髪の毛に絡まり、振り払ったぐらいでは外れない。

 麻由がライフルの先を向けたが、撃つわけにはいかないし、まさか頭を殴りつけることもできない。

 頭を振り続ける麻衣のヘッドクーラーが外れて首に落ちていた。気温60℃だ。あまり長時間そのままだと脳がやられて高温障害を起す。


「くそっ!」

 俺は麻衣に飛びつくと、反射的にトンボの尻尾を両手で鷲掴みにした。


「えげぇぇ。きしょーい!」

 太さは野球のバットほどだが、握った途端、全身が粟立った。中がスカスカの空洞なのだ。それが蛇のように俺の腕に絡み付いてくる。


 あまりの不気味さに全身が拒否の行動を取ろうとしたが、ここは踏ん張りどころ。覚悟を決めて片手を外すとトンボの頭を掴んだ。


 キキキッ。


 木が軋むような、なんとも背筋の凍る鳴き声を発して、そいつは俺へと体をねじってきた。

 奇怪な複眼が俺を睨み付ける。その下には黒く開いた口があり、左右から湾曲して尖った鉤爪(かぎつめ)が開け閉めを繰り返す身の毛もよだつ光景が展開された。


「くっ、そぉっ!」

 麻衣の頭から引き離そうとしたが、そいつも強い力で抵抗する。ぐいぐいと身体を何度も捻って俺の腕を狙って鉤爪を開いてきた。

 こんなのに噛まれたら腕が千切れるだろう。こっちは無我夢中さ。暴れる尻尾の先端を足で踏みつけて、胴体を両手で持って力一杯引き抜いた。


 この世の物とは思えない気持ち悪い音と体液を噴き出して胴と頭が離れた。麻衣の頭からトンボの頭部が取れたので、俺は咄嗟に両手で掴み直して、そのまま地面に叩き落した。


 ダダダダダダッ!


 地面で暴れる2メートル以上のトンボの胴体。それを狙って麻由がライフルを連射。

「麻由! 弾が勿体無いわ。もういいわよ!」

「わりぃ。ちょっと本気になってしもた」


「おーのー!」

 麻衣と麻由の口調が逆転した。二人は面白がって入れ替えることはあるが、このような状況で入れ替わることは無い。それほどまで危機を感じているんだ。つまり。状況はマジヤバなんだ。


「ほら。次の銃ちょうだい」

 ま、麻衣……。

 こうなると一般人は見分けがつかなくなるが、俺には自信がある。

 関西弁でなくなった麻衣だって何も変わらぬ、麻衣らしさが滲み出ている。

 その腕へ俺は急いでショットガンを渡した。

「ありがとう」

 素直にショットガンを受け取た別人みたいな麻衣から、麻由へと視線を振る。

 彼女は上空を滑空する特大トンボの編隊を片っ端から撃ち落としていた。


「おらぁ。このボケっ!」


 ダンッ! ダダンッ! ダダダダダダダッ!


「死ねぇっ! カスっ!」

 ダンッ! ドンッ、 ダンッ! ガンッ


「怖ぇっすよ。麻由さん」

 どうみてもライフルをぶっ放す方が麻衣みたいだが違う。早くいつもの麻由に戻っておくれ。


「次よ、次。早くして、弾が無くなったわ」

 お前もだ。麻衣ぃ、カンバック、トゥミー。


 二人は銃を連射し続けた。麻由のライフルは20連射可能なうえにカートリッジ式なので、弾の補給はそれほど頻繁ではないものの、忙しくポケットに手を突っ込んではカートリッジを交換していた。


 そのうちポケットに補充していたカートリッジが無くなったようだ。荷台に積んである予備のカートリッジを睨んで、俺にそれをよこせと合図を送って来たので、封を切って麻由に渡した。

 空になったカートリッジを受け取り、そこに並んでいた予備の弾倉を見よう見まねで込めてやると笑みを返してきた。

「たすかるわ」

「この方向で詰めていけばいいんだな?」

「うん。20発詰めたら、そこに置いてちょうだい。よかった。あんたが機械に強い子で……」


 喋り口調が元に戻ったのは喜ばしいことだが、機械に強いとか言うのはPCや映像機器の接続に詳しいというのが世間一般的な解釈で、お前らのいう銃器とそれがイコールになるのは特殊すぎる。と口に出して言う暇は無い。俺は散弾銃とライフルのカートリッジに必死で弾を詰め込み続けた。


「どうした?」

 弾丸の発射音の隙間から風鈴のような声が再び漏れているのに気づき、俺は再びシュラフへ視線を滑らせた。またもやアイスエアーのボンベを突き出して言う。

「ライフルで撃ったの……これ……光った……」

 可愛い声だが何が言いたいのか理解できない。言葉の時系列がおかしいのだ。すべて過去形で話すのはやはり意識が渾沌として自分の状態が解らないからだろう。


 だがいま彼女が吐いたセリフの中に、窮地に立たせられた俺たちを救う言葉が含まれていた。

 トンボは光りの波動に群がるって麻衣か麻由が言っていた。ライフルで端っこを撃てば回転してキラキラ光るよな。

「やっぱりあんたもガーデンハンターなんだ。だからこんなところを歩いていたのか。でもなぜスーツを着てない?」

 理由は解らなかったが、とりあえず俺は狙撃手の麻衣へ進言することにした。


「なぁ。麻衣……」

「ほら次! シャキシャキしぃやー」

 元に戻った口調を聞いてちょっとホッとする。状況が少しはいい方向へ進んだようだ。しかし相変らずよそ見をするまもなく、麻衣は次から次へと飛来するトンボのバケモンを撃ち落としていた。


 三輪バギーの上に飛び散った空薬莢といっしょに、透明なプラスチックフィルムにも見える羽が山となって散乱している。

 それを手で払い落とし、受け取った銃に弾を込めて、再び渡しながらもう一度伝えた。


「麻衣。アイスエアーのタンクを放ったらキラキラ光らないか?」


 一瞬、麻衣はポカンとした目を俺によこしたが、すぐに目の奥を輝かせた。

「そうか。その手があるやん。でかしたデ、ヘタレ!」

 一度でいいから、俺を名前で呼んでくれ。と懇願めいた気持ちは飲み込み、俺は荷台のシュラフを指さす。

「ヒントはあの子がくれたんだ」


 麻衣はちらりと視線を振った後、大声で叫ぶ。

「麻由! アイスエアーのボンベを投げるから、端っこを打ち抜いて!」

「なんで? あぁ。そっか、光の拡散ね! ナイスアイデアよ」

「ほんでな、そっちへ群れが移動したら、サーモバリックを投げて爆破すんねん」


「サーモバリックってなんだよ?」

「説明は後や。ウチのリュックの中にある筒状のもんや」

 何をする物かは知らないが、今や武器庫となった麻衣のリュック。そのサイドポケットに詰め込むところを見ていた。


「これか?」

「そうそれがサーモバリックや。貸して……」

 麻衣は大きくうなずき、ポケットから金属柱のついた丸い物体を取り出し、俺へ顎で指し示した。

「これは雷管やねん」

 そう告げるとサーモバリックの尻に雷管の金属柱を挿しこみ、手のひらで丸い部分を挿し込んだ。

「これは気化爆弾ちゅうてな、ホンマやったら雷管を挿してから発射ブースターで標的にぶつけて爆発させんねんけど、発射ブースターは高価やし重くてでっかいから歩いて持ち運ぶには無理がある。でも麻由やったらこの雷管をライフルで撃ちぬけるから発射ブースターはいらんねん」


「マジでぇ―」

 変な声が喉がからこぼれ出てしまった。


 手で握れるほどの円柱に丸いタマゴみいたいなものが刺さった物体だ。麻衣が言った雷管が、いま挿しこんだ丸い部分だとしたら、ずいぶんと小さなものが標的となる。それを遠くに投げて撃ちぬくだと?


 プロかよ。お前ら女子高生が……ウソだろ?

 でも麻由は自信満々で遠望。そして言い切った。

「あそこがいいわ。糸状菌が大きくV字に切れてるとこ」

 約20メートル先だ。サーモバリックをあそこまで投げるのはたやすい。


「ほなエエか。最初はアイスボンベを投げるんや……あ、クソっ!」

 言葉の途中で目の前に現れたギンヤンマをショットガンで爆砕。もう一度振り返り、

「それを使って麻由がトンボの群れをそっちへ逸らすから、連中が集まったらあんたがサーモバリックを投げるんやで」


 何だかわからないが二人に従うことにする。

 まずは銀のボンベを握って麻由の様子を窺った。


 地面を蹴って足場を確認すると、両足を開いて麻由が立ち止まる。スタイルのいい体を直立させて銃のグリップをしっかりと肩に当てた。そして進行方向とは真逆へ銃口を向けて固定。


「いいわよ、修一。思いっきり投げてー!」

「よ、よし」

 麻由の声に動かされて、俺は助走を付けて銀色に光った金属ボンベを遠くへ投げた。


 ボンベは綺麗に放物線を描いて後方へ回転しながら飛んで行く。その先を麻由の銃口が追い続ける。

 糸状菌の枝にバウンドしてボンべが落下。いく度か金属音を響かせた後、地面に当たる直前に引金を引いた。


 ダァア――ン。


 腹に響く音と鼻を突く火薬の臭い。弾丸はボンベに命中。一旦地面でバウンドしたあと一気に暴れだした。圧縮されたマイナス冷気を噴き出して、生き物みたいに踊って空中を飛び回った。


「わおぉ。打ち上げ花火みたいだ」


 麻由はボンベの隅を狙って銃弾を当てたのだ。ど真ん中に命中させていたら瞬時に爆発して飛び散るだけだったろうが、尻に開けられた穴から噴き出した冷気が長く尾を引いてまるでロケットだ。その動きは巨大トンボのでかい複眼に並ぶ個眼すべてに、キラキラと輝いて見えたはずだ。揺れる光をメスの羽ばたきと勘違いする間抜けなオスたちは一目散に光の下へと飛んで行ってしまった。


「よっしゃー。今度はサーモバリックをあのアホな連中の真ん中あたりに投げたら、すぐに耳を塞ぐんやデ!」

 麻由がポケットから耳栓を出して、自分の耳に詰め込んだのを視界の端に確認。俺は再び助走を付けて投げた。


 飛んでいくサーモバリックがトンボの群れの真上へ差し掛かるタイミングを見定めて、麻由が引き金を引く。

「修一、耳塞ぐのーっ!」

 叫ぶ声に気付き、急いで両手を耳に当てるのと時を同じにして、腹の底を揺るがす大音響と共に巨大な火球が膨らんだ。


 次の刹那、空気の鳴動がガーデンの中を駆け抜けて通った。それは猛烈な圧力で俺を吹き飛ばそうとしたので、慌ててランちゃんの荷台へ飛びついた。


 いったん大きくなった炎の球体は簡単には収まらず、もう一段大きな爆発音を上げて巨大な火球となって消滅。あとに残ったのは無残に焼け焦げたトンボの死骸が、卍巴(まんじどもえ)に降り注ぐ景色だった。


「すっげー! サーモバリック、すっげぇよ」


「ええやろ。接近戦では使われへんけど、ああゆう時には効果抜群や」

「いっやー。それにしても麻由のライフルの腕前も大したもんだな」

 俺は興奮醒めやらず、二人の作戦に賛辞を贈りたい気分でいっぱいだった。

 だが麻由は冷静だ。

「これぐらいできないとレッドカードもらえないわよ」

「まじっすか……」

 俺は肩をすくめて一気にクールダウン。とてもじゃないが真似できない。

 気持ちが静まると、ふと思い出した。

「あの子、鼓膜がどうにかなっちゃったんじゃないか。耳を塞いでないだろ?」

 ランちゃんの荷台へ駆け寄りシュラフを開けると、銀髪の少女は両手で耳を塞いで丸くなっていた。

「耳、大丈夫か? 注意し忘れてごめんな」

 俺の問いににこりと笑みを浮かべ。

「平気。ちゃんと見た」

「はぁ? 見た?」


 麻衣も覗き込み、

「ボンベを投げろって教えてくれたのもあんたやねんてな。おおきにな。おかげで助かったデ」

「それも見えてたの」


「はぁ? 見えたねぇ……」

 同じ言葉を繰り返す少女を怪訝に思い、俺たち三人は互いに視線を交差させた。

 麻衣は、「やっぱ外人さんやから、まだ言葉が使い分けられへんのやろ……」と言い。

「たぶんな……」

 俺も取り立てて気にもしなかった。




 代わりのボンベを出して、シュラフにアイスエアーを吹き込んでいたら、

「あんた、切羽詰ったときのほうがエエ動きすんねんな……」

 唐突に麻衣ががそう言ってきた。


「なんだよ。俺を褒めてんのか? 尻がかゆくなるようなセリフはやめてくれよ」

「さっきはおおきにな……」

 銃を下ろした麻衣が照れくさそうにつぶやいた。

「俺も咄嗟だったし……。ほら、まだトンボの足がくっ付いてるぜ」

 クリクリと丸まる髪の毛に手を伸ばすが、嫌がる様子もなく素直に頭を寄せてきた。


 柔らかい髪だなぁ――。

 麻衣の癖っ毛に絡まった割り箸ほどもあるトンボの足を引き抜く。甘酸っぱい雰囲気にちょっと感激、感動さ。


「エエか? 人間の本性を暴きたかったら、こういう緊急時に正しい行動を起こせるヤツが本物やからね。普段なんぼエエ格好言うとっても、修羅場でオロオロするヤツは最低や」

 意外にもちょっと目元を赤らめて訴えるので、チャンス到来と、いい気になった俺は新たな展開を願って尋ねた。

「そうか。で、俺の評価はどうだ?」

「そやね……。あんたのは怖さを知らん、ただのアホやね」

 と言い残し、麻衣は荷台に散らばったトンボの羽と空薬莢の掃除を始めた。


「あ? えぇ? なんだそりゃ」

 新展開の期待はむなしく消え去ったようだが、横から麻由の破顔が近寄りそっと囁いた。

「麻衣が嬉しいって」

「はい?」

 首をひねる俺に、麻由はもう一度言う。

「あたしたちテレパシーで伝え合っているから解るの。あの子が嬉しいって思うと、あたしも嬉しくなるの」

「そんなもんかね……」

 何だか照れ臭くなって、俺はコメカミをポリポリ掻いた。

  

  

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