青井岳天体観測所
2318年、8月10日。午後1時15分。
ナマズとウナギの解体を終えたガウロパは、マイナス30℃にもなる冷凍庫にそれらを搬入すると、柏木さんに出発可能の合図を送った。大型の冷凍庫にぎっしり詰まった食料は安心感を与えてくれる反面、献立が偏る心配も湧き上がってくる。
「そんなんウチらにまかしときぃな。料理のレパートリーは数百あるデ」
「大げさに出たな。数百もウナギやナマズ料理はできんだろ?」
俺は鼻で笑うが、それでもイウは期待感を込めて言う。
「いつだったか昭和時代に食べたウナギの蒲焼きは絶品だったな。もしあれと同じような料理が作れるんなら、オレは毎日がウナギの蒲焼でいいな」
すると操縦席からもガウロパの楽しげな声が、
「う巻きも美味いぞ。拙者の好物じゃ」
「でももう玉子がねえじゃんか」とはイウ。
「バードオブプレイの巣が見つかったらウチらが獲ってくるワ」
俺は自然とつぶやいた。
「あの巨大玉子と巨大ウナギ……」
バードオブプレイの玉子をこの目で見ている俺たちは、その大きさを想像してしばらく沈黙。
「なんか怖いよな……」
ぽつりと漏らした俺を、ガウロパは上機嫌に一笑する。
「拙者が食うから安心するでござる」
想像を絶する巨大玉子焼きを何度もごちそうになったことがある俺には、あのまろやかな舌触りでいて濃厚な味が忘れられない。麻衣と麻由が口をそろえてナマズとかウナギは美味いと言うのならばきっと美味いはずだ。問題は大きさだけなのさ。
だから慌てて否定する。
「いや。食べないとは言ってないから……」
「それなら先にバードオブプレイの巣を見つけなきゃね」
と柏木さんんも話題に参入。
「タレはどうすんだよ……」
イウもノリノリだが、ずっと沈黙を守っていたたミウが渋い顔を上げた。
「さっきから何をくだらない話題で盛り上がってるのですか。ワタシは絶対に食べませんからね。だいたいそんな野生の生物を食べて寄生虫に消化器官を食い破られたらどうするのです」
「あー。お嬢様発言やな」
としゃしゃり出てきたのはターザンオンナの麻衣と麻由だ。
麻衣はどこか鼻で笑い、麻由が代わって理由を説明した。
「マイナス30℃で凍らした後に火を通して調理するんだから顎口虫症の心配は無いわよ」
「な……っ」
二人のほうがサバイバル知識が上回ったようで、ミウは言い返す言葉を失くしていた。
それにしたって、アナフィラキシーショックから立ち直った双子を再び迎い入れて、アストライヤーの空気は弛緩していた。あと少しで目的地の西鹿児島だと宣言したランちゃんのアナウンスも後押しをしたのは言うまでもない。
「その前に寄るところがあるからね」
嫣然とほほ笑んだ柏木さんが立ち上がった。そして操縦席へ甘い誘いを投げかける。
「力仕事だからガウさんも頼むわよ」
女神さまのからの依頼を断るはずがない。
「おまかせくだされ、カシワギどの……あう……」
挿すような冷たいミウの視線に凍てつくガウロパだった。
ガウロパが凍死しようがミイラ化しようが一向にかまわないのだが、今の柏木さんの発言を聞いて、俺にはいくつかの疑問が浮かび上がった。
こんな地の果てに寄るところとは? しかも力仕事?
片目しかない(あるがわざと隠している)イウの目もいくらか疑問形だった。
そんな空気を察したのだろう。柏木さんは操縦席の手すりを掴んで俺たちの方へと振り返った。そして久しぶりの教師口調で言う。
「食料はだいたい手に入れました。まだ野菜類や鶏卵類が足りませんが、そこは麻衣と麻由がいるので安心しています。でも何か忘れない?」
「なんだろ?」
「飲料水は150年過去の阿蘇から汲み上げてきてるからタンクはまだ満タンだったしな」
それぞれに首を捻るが、それらしい答えは出てこない。
「発電機の予備が欲しいところ。それと私たちは教授の命令でリスタート指令を随行中だということよ」
ミウも「ああ」と膝を打ち、
「追って来ているはずの政府の目をくらませる必要もありますものね」
「そういうこと。だから東ルートを取ったわけよ」
「せや。お父さんの研究所」と麻衣が目の色を濃くし、麻由が続く。
「青井岳天体観測所ね」
「天体研究所? 川村教授は生物学だろ?」
そう、なんだか会話がかみ合わない。麻衣と麻由のご両親は変異体生物に関しては世界的に権威のある科学者なのは認める。それと天体の研究がどう絡むのだろう。
「教授の素晴らしいところは大きな視野を持ったところなのよ。行けば分かるわ。ケミカルガーデンと天文学の関係がね」
さっきから話が進展せずまどろこしいが、熱く語る柏木さんの言葉の真意は現地に行けばおのずと判明する。近代的な設備は熊本研究所以来なので心なしか気分が浮いてくる。
「研究室にも入れるかな?」
興味が湧いてきたのは俺だけではなかった。
「お父さんとお母さんがいた部屋だもの……」
麻衣と麻由は言葉を区切ると、互いに見つめ合ってきらめく眼差しだけで語りだした。
これを見て俺の胸もキュンと熱くなった。今から行くところは、ご両親が消息を絶った場所から最も近くにある研究所なのだ。二人が欲しかった大切な思い出が詰まっているに違いない。
「でも建物だろ? 施錠されてんのが当たり前だぜ。どうやって忍び込む気だ?」
せっかくの甘酸っぱい空気をぶち破ったのは案に違わずイウだった。
「ほんとにこの男は……もっと言葉を選びなさい」
ミウは叱責の色も濃く、イウを睨みつけた。
「もしも鍵がかかっていたらガウロパに命じて開けさせます」
「ば……バカかオマエ。警察が泥棒みたいな真似していいのかよ」
「何も盗みに入るわけではありませんでしょ。これは強制執行です」
「まあ、まあ。二人とも喧嘩はやめて」
あいだに入って白い手を振る柏木さんだったが、とんでもないことをのたまった。
「もっと過激なことをやるわよ。まず政府の連中も必ず寄るはずだから。その前に私たちが先に行って情報を全部かっさらうの。それから研究所にある発電機もかすめて行くからね」
言葉遣いが……。
柏木さんのぶっ飛んだセリフは今さら驚くものではないのだが、俺たちはあり得ない言葉を聞いた。
「最後にはそこを破壊します」
「ぬあんと!」
全員の息の根が止められたのは当然である。
驚愕の視線を集中させてしまった柏木さんは急きょ言い直した。
「とにかく政府にはなにも渡さないわ。リスタート指令ではそうなってるのよ。とにかく黙ってついてきなさい」
いや。アストライヤーがそこへ向かうのならば、ついて行くしかないのですが……ちょっと過激じゃないだろうか。
麻衣と麻由も政府のやり方は容認できないようで、無理やり横取りされるのなら潰してしまったほうが良いとさえ思っている気配が満ち満ちていた。
そして数時間が経過した午後3時。甘い声が天井に設置されたドーム型の装置からこぼれ落ちてきた。
『良子さん。もうすぐ目的地ですよ』
「え?」
口調が変わっていた。
俺にだけしか向けなかった人間臭い言葉遣いを公然と使うようになった理由はなんだろ。
しかし柏木さんは当たり前のことみたいに言う。
「ランちゃんは学習型のAIなんだから、どんどん進化していくのよ」
もっともな説明に納得する。こんなことで驚いていたら身が持たんのだよ。
『天体観測所の無人ゲートが入所IDコードを求めています。いますぐ発信しますか?』
「いまでもIDコードは変わってないの?」
『はい。前回川村教授が訪れて以来、良子さんが最初です。青井岳天体観測所の入場IDはそのままです』
「鍵の心配はないようですわね」
ミウがそう言のけてイウは荒い鼻息を吹っ掛ける。
「生物学の教授が天体観測所を所持する理由はなんだよ。そろそろ種明かししてくれよ、先生」
誰もが抱く疑問がいま解き明かされる……って。ちょっとおおげさか。
柏木さんは小さく吐息してから身を乗り出した。
「みんな知ってるかな?」と俺たちに問いかけてから、
「今から250年前に恒星間飛行を目的とした無人の宇宙船が打ち上げられたの。オリオン計画って言うのよ」
ミウは見開いた目を輝かせた。
「もしかしてビートルジュース」
「さすが博識ね。誰も覚えてないと思ってたけど日高さんは知ってんだ」
「あ、いえ。何かの文献で読んだことがある程度です」
これに関しては麻衣たちも知らないようで。
「なぁに? ジュース?」
「なんか美味しそうやね」
「飲み物ではありませんわ。ねぇ良子さん?」
柏木さんへ同意を求めるミウへ、
「そうよ、甘くないわよー」
温和に微笑む柏木さんの姿が超眩しい。
「それはね。オリオン座に輝くアルファ星のこと。ベテルギウスと呼ばれる赤色超巨星よ。英語発音すればわかるわ……」
艶かしい朱唇を突き出して、柏木さんは妖艶な声で発音する。
「Betelgeuse」
背筋がぞくぞくするほど気色の良い発音で、俺はマジで鳥肌を走らせた。
「ほらね。ビートルジュースって聞こえるでしょ。今から330年以上も大昔、コメディホラーの映画が作られたこともあったわ」
「「「ほおぉ~」」」
感銘を受けたのは俺たち高校生グループだけ。イウは横から林間学校に付き添っている教師みたいな目で見て、ガウロパは操縦席でインスペクタ画面を睨みつつ耳だけは柏木さんへ。ほんとに心地よさそうだ。
「地球からの距離は約600光年。ここ10万年までに超新星爆発を起こすであろうと言われる恒星なのよ」
「「「おぉぉ」」」
二度目の溜め息混じりの声を上げる俺たちへ、ミウは呆れたみたいに訊く。
「真面目に聞いてますの?」
麻衣と麻由は丸い目をさらに丸めてミウへ振り返ってこくこくとうなずき、俺はちょっといいカッコして知ったかぶり。
「超新星爆発したらやばいぞ。有害な放射線が地球に飛んできて、それが原因で人類が滅亡したりして」
「そんないつ起きるか分からない問題を心配するより、この二酸化炭素に沈んだ地球を何とかする方が優先しますでしょ。どうなんですか? ランさん」
『日高さんの言うとおりよ。それは修一の杞憂でしかないわね』
なんで俺を名指しにするかなー。
ランちゃんは得々と語る。
『ベテルギウスが600光年という近場で超新星爆発を起すと確かに強烈なガンマ線が襲い、地球のオゾン層が剥ぎ取られて人類に有害な宇宙線が降り注ぐわ。おそらく生物の大半が絶滅するはずです。しかしガンマ線は自転方向から鋭角な方向にしか放射しませんので、地球を直撃する可能性はさらに小さくなります』
「へえ。そうなんだ……」と俺は納得し、
「それよりなんで生物学の博士が天文所を持ってるんだって話が済んでねえぜ」
イウには興味がなかったようで先を急かした。
「そうだ。話題の元はそこだもんな」
そこで麻衣へ訊く。
「お父さんは天文学もやってんの?」
「いいや。変異体生物専門やで」
「あたしたちもここの施設はよく知らないの」
「なんだよ。誰も知らねえのか。先生よー。ベテルギウスの話と生物学がどう繋がるんだよ?」
イウは不服そうに口先を尖らせ、柏木さんはキャノピーの外を指差す。
「この山を越えるとそろそろ見えてくるわよ。天文観測所がね」
簡易的に作られた砂利の坂道がキャノピーの先に現れた。機内の傾きが異様に感じ取れることで、かなりの急こう配なのが分かる。
「ここはね。宇宙からの観測データを受信する設備があるのを教授が見つけて買い取ったのよ」
イウは組んでいた腕を解いて座席のシートベルトにしがみつき、俺も滑り落ちそうになる体を踏ん張って、柏木さんの説明を聞いた。
それによるとオリオン計画の真相はこうだった。
2068年。無人の準光速恒星間探査船が600光年先のベテルギウスを目指して飛んだ。温暖化が進むなか科学者は一つの希望に夢を託したのだ。それがオリオン計画の一つ、ビートルジュースプロジェクトと呼ばれるものだ。船は計画どおり光速の66パーセントに達して150年後の2218年には100光年彼方に到達。プローブ(探査機)を放出した。このプローブこそが未来の地球科学研究者へ送られたプレゼントだったのだ。
しかし……。
「よく意味が解らないな」と首をかしげたのは俺だ。
深宇宙を探査する目的なのに地球科学?
柏木さんは微笑みを絶やさず応えてくれる。
「探査機っていうけど、未知の星を調べるとかじゃなくてね。ターゲットが地球なのよ」
「「「地球?」」」
俺たち高校生グループには驚きの答えだったが、ミウが大きく嘆息した。
「なるほど。素晴らしい考え方ですね」
「さすがリーパーね。理解力が半端ないわ」
絶賛する柏木さん。
「そうか。タイムマシンとして利用したんだ。すげえな」
イウも声のトーンを少し上げた。
「そんなことがあったとは拙者知らなかった」
遅れてガウロパも興奮度を増したが、理解したかどうかは不明。
一つ言えることは、誰もが忘れてしまった探査機が今でも機能していたってことだ。
地球が壊滅的な環境になってしまい。宇宙へも逃げ出すことことができない人類にとって、もはや恒星間飛行は無縁の技術さ。
俺の意見に柏木さんも肯定。
「そうなの。世の中がこんな状況になってんだから、この計画はみんなの記憶から消えて当たり前よ。でもそれを教授は見つけたのよ」
なぜそれがタイムマシンなのだ?
「オレが教えてやる」
半笑いのイウが俺の顔を正面から見て言う。
「いいか、修一。100光年彼方から地球を観察したらどうなると思う?」
「え? 何でそんな遠くから? 月からでもいいんじゃないの?」
「ヒントは100光年だ。どうだ? 到達するのに光で何年掛かる?」
「100年だろ? 往復200年……」
「ということは地球の過去のデータが手にはいるわけや」
麻衣に言われて理屈は解ったが……。
「でも何の役に立つんですか?」
柏木さんは温和にほほ笑む目を俺にくれた。
「なに言ってんの、昔の気象学者は数分前の地球を見て数ヶ月先の天気を予測したのよ。それとどこが違うっていうの。しかも化石みたいな断片的な記録じゃないのよ。これから衛星の機能が停止するまで、いつでも200年前の地球のデータが手に入るの。つまり連続したまさにリアルタイムの情報よ。そこではまだケミカルガーデンが生まれていないの。どうやって発生したのか、どうやって広がるのか、これから起こるわけよ。どう? この意味解る? とんでもない快挙でしょ……ね?」
「ほんとだ。タイムマシンだ」
やっと俺にもその壮大な計画の全貌が見えた。
とかワイワイやっていると。
『まもなく到着します』
いつまにか急こう配の道が緩んでおり、久しぶりに見る美しいアスファルトの白い平面が延びていた。
ランちゃんに声を掛けられた柏木さんが再び立ち上がって、心なしか気炎のこもる声で息込んだ。
「さあ、これから忙しくなるわよ。ここを後にするといよいよカロン探しの始まりだからね。私たち現代組はカロンを見つけ、この二酸化炭素に沈んだ大気を元の清澄な空に戻すのよ。いい? 麻衣、麻由?」
「ええで。やっとウチらの出番や」
「腕がなまるとこだったのよー」
出ずっぱりのお前らがよく言うよ。
「いいわね。その調子よ。そして未来組は? 日高さん?」
奮起した柏木さんはきらりと光った眼差しをミウに注ぎ、ガウロパとイウから注目されるなかミウも意気揚々と応える。
「我々はこの時空震の原因を探り、それを阻止するのです」
「そうかー。ついに来たんだ」
イウの溜め息にもにた高揚した言葉を耳にしたが、なぜか俺の気分は醒めていた。素直に奮い立てない懸案事項があることにずっと前から気付いている。
それは時間項に関することさ。
先に言っておこう。俺だっていくぶんかは学習してんだ。これだけ時空の流れの不可思議さを目の前で展開されてきたらおのずと解るってもんだ。
俺が抱く懸案事項とは――。
柏木さんの言うとおりカロンを見つけて酸素を満たすことができて元の青空が戻って来たとしたら、ミウたちが未来からやって来ることは無い。未来も同じように二酸化炭素に沈んでいるからこそカロンを探してリーパーが飛び回った。
俺が思い悩む気配を柏木さんは察していた。
「温暖化に関しての時間項はすでに決まってるから何をしても無駄だと、修一くんは思ってるでしょ?」
「え? そ……それは」
図星だった。この人はお茶目な反面、とても頭が切れるから恐れ入ってしまう。
そしてミウも怖い顔をする。
「いつだったかご説明しましたでしょ。時空震はゼロタイムと繋がっているという話……」
「聞いた……けど難しくてよく理解してない」
「簡単に言えば歴史のリセットです。我々の未来が良くも悪くもどちらかに転がるトリガー。それが時空震となっているのです。つまりゼロタイムを制した者が勝者なのです」
「そうよ。上手くこちらの都合の良いように制御すればいいわけよ」と言いのけるのは柏木さん。
「でも……ミウが未来から来た理由は……」
ここで明るくなれる意味が俺には理解不能だ。結果はミウたちがいた環境が示している。だろ?
『修一は単純に良くないほうへ考え過ぎです。未来はゼロタイムを起点に無限に分岐すると考えなさい。どの未来を含んだ世界を進むべく決めるはその点に立った者だけです。つまり修一と言う存在も無限にあり得るわけで、その結果も無限に展開します』
まるで俺だけに告げたかのような口調に誰もが息を飲んだ。
「すげえなこのAIは。並行宇宙の真理を解いてやがるぜ。だれが教えたんだ?」
そんなことをできるのは未来組しかいないのだが、ミウは平然と否定したあときっぱりと言い切る。
「ランさんはそこらのオモチャ的なロボットとは違って優秀なのです。誰も教えなくても理解できる方なのです」
完璧にランちゃんを人として扱うミウの言葉が信じられない。
「へー。ミウがランちゃんを褒めるなんて珍しいじゃない」
「あ。いえ。わたしは単に間違ったことは言っていないと言いたいわけでして……」
なぜかしどろもどろになるミウへ、麻衣は愛くるしい瞳からあふれる驚きを露わにして言う。
「それでエエねん。ランちゃんと長い時間過ごしてると、いつの間にか受け入れてるねん」
「わたしも色々な人工知能を見てきましたが……どことなく違いますわね」
「でしょー。これで、ミウもあたしたちの仲間よー」
それぞれに三人ははしゃぎ始め、俺は傍観者のごとく眺めていた。どうしても奮い立てない。
悩み続ける俺の肩に手を添えた柏木さんは、極度の臆病者を諭すように言う。
「日高さんたち未来組は過去を変えることはできないって話は憶えてるでしょ?」
「あ、はい……」
「でもあたしたちは変えていいの。それが迎えるべき未来なのよ。現時の人間が切り拓いた世界が自分の進む場所。無限にあるけど一つしかないって言う意味……わかった?」
ぽんと肩を叩かれて目覚めた。
つまりこれも俺の杞憂でしかない。最初からランちゃんにそう言い切られていたことに、やっと気づいた。




