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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
九州編
101/109

 時のナビゲーター(後編)

  

  

 頭の回転があまり良くない俺に対して、柏木さんはなだめるように言う。

「あのね。未来組はうかつに手を出せないのよ。出すのは私たち現代組。この人たちが助言をすると、自分たちの過去を触ることになるでしょ。それは自分たちの消滅を意味するのよ」


「さすが先生、そのとおり。なのにミウはそれを実行しようとしてんだ」

「まだ、するとは言ってません」

 あの居丈高かったミウが悄然としていた。しかし深く呼吸すると自説を述べる。

「良子さんが服部さんに『エピネフリン』を電話で指示していた、これは全員一致の記憶、すなわち事実です。ではなぜここに薬が無いか……」

「もし私が指示を出していたら、あとは服部くんが入れ忘れた……これしかないわよ」

 柏木さんの声も弱々しいが、最後に付け加えた。

「でも信じて。指示の記憶が無いの」


「別に責めるつもりありませんよ、良子さん。あなたの『記憶が無い』という言葉を信じると、新たな事実が浮かび上がるのです」

 すっかり静かになってしまったガウロパは丁寧にうなずき、イウは黙って睨み返し、柏木さんが言葉に反応する。


「新たな事実?」

「はい。まったく次元の異なる事実です」

 ミウは頬にかかった銀髪を指の先で払うと、自信に満ちた面立ちでうなずいた。


「そんなのがあるの?」

「あります。まだ『時間項』が決定されていない、つまりパスが繋がっていない、強いてはラッチされていないという事実です」


「またそれかよ……」

 俺はうんざりだった。柏木さんも白い手を振って拒否の姿勢。


「服部くんが入れ忘れたのよ」


「落ち着いて! 時間はいくらでもあります。もし彼が入れ忘れたと決定したのなら、わたしが過去に飛び、夢枕にでも立って差し上げます。だから、落ち着きなさい!」

「ふははは。面白くなってきやがったぜ」

 またもやイウが笑い出した。

「それをやったらパスファインダーの首が吹っ飛ぶ。オレにしたら世紀の大スペクタルだな。世界を変えちまったパスファインダーだ。別次元のリーパーが絶賛するぜ。オレたちに活躍の世界を与えてくれたってな。そしてオレらは綺麗さっぱりこの世から消えるのさ。そうか、オレの足にこの鬱陶しい物が無い世界に遷移するかもしれねえな。そうなりゃ、ミウさまさまだぜ」


「くっ……」


 ミウは激しく歯を食い縛ってイウを睨み倒し、イウは笑った表情を一変させて厳しい顔に転じた。

「その前にやることがあるだろ。ミウ」

「なんですか?」


「先生の記憶がどこまで正しいか精神融合でもして調べたらいい。すりゃぁ。ただのど忘れか……」


「嫌よ!」

 イウの言葉を寸断する柏木さん。


「それだけはノーサンキューなの。というより、正しく思い出せばいいだけの話しでしょ。人の頭の中を覗かなくってもあの時のことは鮮明に覚えているわよ」

「良子さん?」

「なに?」

 柏木さんはいつもの口調に戻っていたが、表情からは笑みが完全に消えていた。

「詰問みたいになりますが、いいですか?」

 ミウは柏木さんの前に立ちはだかると尋ねた。


「頭に入って来られるよりマシよ」


 ミウはほっそりとした顎をこくりと前後させた。

「それではゆっくりでいいですから、ワタシの質問に答えてください」

「いいわよ」

 柏木さんはパチパチと瞬き、イウとガウロパは視線を集中させた。


「思い出してください。熊本へ電話をしたのは間違いなくあなたですね?」

 柏木さんは頭痛を堪えるような仕草になる。

「私以外に誰がいるの? 電話をしたのは私よ。もちろんリスタートを命じたことも覚えてるわ。ただその先から頭の中が霧がかかったみたいにぼんやりとするのよ」

「その時間を正確に思い出すために、もっと初めのほうから順を追って口に出してください」

「えっ?」

 少し驚いた風に顔を上げるが、再び目を閉じて黙考する。


「宝来峡の研究所から帰ったでしょ。で、みんなとちょっと休憩して……、それから熊本に電話して……」

「電話の直後からぼんやりしてましたか?」

「ううん。シャッキリしてた。リスタートを命じて、到着時と場所を指示して、みんなの身体データを暗号化して送って……そう。その後……ここらへんからよく解らないの。何か変な物を見たような気もするし……」


「俺の記憶では何も無かったっすよ」

 口を出した俺へミウは質問の先を変えた。


「その時の良子さんのようすはどうでした?」


「特に変化なかった。いつもと変わらない元気な声だった」

 ふむ、と首肯すると、ミウの視線が柏木さんに移動。


「その(あと)を続けてもらえますか?」

「えーっと。なんだかモヤモヤして雲の中を歩くみたいで、って思っていたら、すぐにシャッキリして、気づくと九州の電話はもう終わっていて、みんながはしゃいでるし……」


「薬の指示を出した部分が、抜けてるじゃないですか」

 俺の口調は、まるで良子さんを問い詰めるようだった。

「ごめん。その部分がどうしても思い出せないのよ」

「あ……いや。べつに追及するつもりじゃないんです」

 急に申し訳なくなって頭を下げた。柏木さんが悪いわけではない。


 柏木さんは薄い笑みを浮かべて言い留まり、付け足すようにイウが横から割り込んだ。

「そう言えば先生は研究所から帰ったあとしばらく奥の部屋に入っていたよな?」

「そう、洗面所へ行って手を洗ったり……いろいろあるじゃん」


「い、いや、ワリイ。そんなところまで詮索してんじゃない」


 イウは肩をすくめて視線を外し、柏木さんは涼しい顔して続ける。

「そのあとは……日高さんと話しをして……」

「どこで?」

 ミウの目がきらりと光る。

「え? 洗面所から出てすぐぐらいかな」

「おかしいですね。わたしは麻衣さんや修一さんと会話をしていましたよ。あなたと対面で会話をした記憶はありませんわ」


「ここだな」

 イウの視線がミウと柏木さんとを往復した。

「先生。記憶が無くなる寸前で、何か変わったことは無かったか?」

「記憶が無くなる前? 何だっけ?」

 柏木さんは額へ指を当て記憶を掘り起こし、寸刻もして、首を起こした。

「そう言えば何か光った……かな」

「光った?」

「うん。白い光の玉みたいなものが額の上辺りで……」


「ふははははは」

 またもやイウが噴き出した。


 さっきから何だよ。こいつ。

 ところがミウは意味不明の驚愕の表情になっていた。


 それは何を意味するのか、まったく理解不能でポカンとする現代組の前で、イウはミウを探るような目で睨み付け、ミウはその視線から逃れようと、もがき出した。

「な……何ですか! 人を疑うような目をしないで」

「意識が薄れる前に何かが光ったって、先生は言ってんだよ」

 イウが念を押し、柏木さんがうなずく。

「そうなの……でも電気が点ったとかそんな感じじゃないわ。光る物が頭を射してきたというか……」


「う、なっ」


 ミウは息を飲み込み、イウは肺に溜まっていた熱い空気を忽然と吐き出し、ミウに向かってこう言った。

「はっ、このバカ野郎が。お前が手を出していたのか、どおりでな」

「なんだよ。俺たちにも説明してくれ。ミウが何をしたってんだよ?」

 謎の言葉を残したイウは、押し黙ってしまったミウへ嫌味を込めて息巻いた。


「ふははは。パスファインダー様っていうのは、たいそう偉いんだな……未来はお前のためにあるのかよ」


 イウの言葉だとしても聞き捨てられない。

「俺たちを助けようとしてくれてるのに、何が悪いんだよ!」

「オマエら現代組は関係ねえ。今度はオレたち未来の問題だ!」

「また時間がどうたらか! 意味不明だぜ。何が『ここだな』で、ミウが『何をした』ってんだ!」


 俺の悲痛感満載な問いに、ミウを指さしたイウは平然と言い返した。

「こいつが、今回の張本人だ」


「なっ!?」

 張本人? 今回? よけい解からなくなった。


 俺は首をひねる。でもイウは悠然とした。

「まっ、いい意味での張本人だ。よかったな修一。ねえーちゃんは助かるぜ」

「か……勝手に決めてはいけません」

 ミウは喰ってかかるが、

「ならその目で見てみろよ。なぜしないんだ。お前のお得意の時間を越えた超視力なら過去は視えるだろ。さあ覗いてみろよ」

 ミウは黙して睨み返すだけ。


「怖いんだろ?」


「当たり前です。もしわたしが時間項だったら、それはワタシの未来。そんなもの見ることはできません」

 未来組には理解できているらしく、お互い睨み合って膠着状態に陥った。


「俺だけ蚊帳の外に出すな!」

 イウの放った言葉がもたらす期待感と、大きな戸惑いが混ざりあったおかしな気分で、俺は救済を求めてヤツの腕に飛びついた。

「お前らだけで解かり合うな! 何が張本人なんだよ?」

 同じ言葉で激しく追求されて、イウは困ったような顔で俺に接する。


「だから。ミウが時間項かも知れないんだよ」


「待って! 光の原因を探ってみます」

「ああ、そうしろ。その代り余計なものを視るな。お前が時間項なら結果を知った瞬間に未来は変わるぞ」

「バカにしないで、わたしはパスファインダーですよ」

 イウはフンと鼻を鳴らし、ミウはゴーグルを外して赤と青の瞳を曝け出した。


 逡巡するように何度か瞬いた後、ギンっと目を見開いた。

 視線の先はこの時間から遠く離れた過去だと思われる。



 しばらく経って静かに目を閉じたミウは抑制ゴーグルを掛けた。そしてイウの顔を覗き込む。

「どうだ、オレの思ったとおりだろ?」

「あなたの洞察力にはかないませんわ」


 イウは俺の肩を引き寄せると、無愛想ぶるものの、楽しげに舌打ちをした。

「ちっ、時間規則を破って反乱を起こすのは中止だ。よかったな、修一」

 よく解からんが、ミウが時間項だと確定になったようだ。


 時間項の話しは、だいぶ前に説明を受けたのでなんとなく理解できる。つまり結果を起こす原因を確定させる因子のことだ。つまり柏木さんが記憶を失くした部分で何かが起きた、いや起こさなければいけない、それが無いと未来が変わる重要な項目の一つなのだ。


「オレたちが手を出せるのは時間項となった案件だけだ。このあいだのアストライアー丸ごと跳躍も、時間項に入っていたリーパーをオレがかき集めたからできたことさ。もちろんオレも時間項の一つだった。だが今回のはまだパスが通ってない。つまり原因がまだ起きてないが、時間項は今判別できた。先生の記憶が曖昧な理由は……」


 イウはちょっとの間、躊躇し、ちらりとミウの顔を窺った。

「もう時間項が決定したんだ。何も怖くねえ。いいな、ミウ? 暴露(バラ)すぜ?」

 彼女は静かにうなずく。話しを続けなさい、と告げる仕草を確認するとイウが楽しげに説明を始めた。


「いいか、よく聞けよ。さっきまではオレの推論だったが、今ミウが調べて確信した。その結果……先生の記憶がボケてるのではない。その間、精神融合を受けていたんだよ。光りが頭に射しこんだのがその証拠だ」


「ええぇ!」

「あ――っ、そうじゃ!」

 ずっとおとなしかったガウロパが、俺の叫び声を打ち消してぐおぉんと立ち上がった。天井に頭が着きそうになって慌てて腰を屈め、

「あの時。電話の途中で柏木どのが奥の部屋へ戻った時じゃ。拙者の神経が逆立つ不可解な空気を感じたんじゃ!」


 イウが白い目で巨人を見上げる。

「オマエ、相変わらず鈍いな。なんでもっと早く言わねえんだ。こんな長ったらしい説明しなくても済んだのによ」

「いや……こんな重要なことをおいそれと……」

「報告する時はしろよ、バカ。ま、その鈍さがお前の良さだからな。その時騒ぎ立てていたらこの流れが変わっていたぜ」


 そしてミウも安堵の吐息を落し、

「これで決定ですね」

 鼻に掛かるゴーグルの位置を直しながら結論を出した。


「そうです。服部さんが薬を入れ忘れたのではありません。時間項が満たされていないから。そう、まだ正しい時間の流れが起きていないだけです」


「じゃ、じゃぁ。その時間項を埋めるのは?」

 長いまつ毛を激しく瞬く柏木さんに、ミウは色の異なる潤みを帯びた瞳を向けた。


「おそらくわたしです。精神操作ができるわたしが過去へ飛んで、過去の良子さんを操って薬を準備させたのでしょう。ただ……なぜ精神操作ではなく、融合までしたかは不明ですが……まぁ目撃者がこれだけいて、かつわたしの精神操作に最も鋭敏なガウロパが感じたのです。間違いなくわたしが時間項です」


「えぇぇ! ウッそぉ? そんなぁ」

 柏木さんは大仰に仰け反って慌てだした。

「ちょ、ちょっと待って。あなたたちが手を出すということは、未来を変えることになるじゃない。これはまずいでしょ?」

「わたしが時間項だということなら、未来を変えるのではなく、正しい未来を迎えるのです。そのためにあなたが見たという光の正体だけを探ったのですわ。だってここで麻衣さんを助けるというパラメーターが『わたし』なのですから」


「言いたいことは解かるが、本当にそれで正しいのか?」

 俺の質問にミウはノーコメントを貫き通した。確かにくだらない質問だと思ったが、しつこく繰り返してやった。

「麻衣が助からないと言う結果もあるだろ? なんで助かると」

「修一くん、もうやめなさい」

 俺の言葉を途中で柏木さんが遮った。


「そんな質問。日高さんが答えるわけ無いでしょ」

「どうしてですか?」


「何度も言ってるでしょ。この人たちは未来を告げることはできないの。私たちがそれを見極めなきゃだめ。それともあなたはここでじっとしてて、麻衣が苦しむのを見ていたいの? それこそ時間項に逆らった行動でしょ。ちがう?」

「……っ!」

 厳しいセリフだった。柏木さんのいうことが全面的に正しい。俺はぐうの音も出なかった。


 ミウは満足そうにうなずくと、繰り返した。

「よく理解していただいているようで。さぁ早く薬の詳しい情報を教えてください」


「嫌よ!!」


「ええっ?」

 予想外の言葉を発した柏木さん。全員が口を半開きにして凝固した。


 なに言ってんすか? 柏木さん!


「――私も過去へついて行く。現時の人間が未来を(ひら)くのよ。それで正しいかどうか見極める。日高さん、あなたはオブザーバーなの」


「すげぇ……」

 科学者魂がそうさせるのか、柏木さんは毅然とした態度で言い切り、ミウは肩を落として呆れた。それでも優しく二色の瞳で柏木さんの顔を見つめた。

「あなたが行く必要はありません。危険です。さぁ早く薬の情報を」

 手の平を出して言い切るミウに、

「やだ!」

 柏木さんは下唇を突き出して目を閉じた。

 前言撤回。それではまるで子供じゃないか。


「もしものとき、私も連れてったほうがいいわ。向こうの私の精神操作をしくじったときや、突発的なことが起きたときのために、現時間の私も連れて行くべきよ。アドリブ利くわよ。わ、た、し」

 嫌そうに目を細めるミウだったが、渋々うなずいた。

「間違ったことはおっしゃっていません。時間跳躍はもう何度も使えませんし、ラストチャンスだと思いますので失敗は許されません。手はいくつも持っていたほうがいいかも……」


 自分を言い聞かせるように語るミウへ、柏木さんは目を輝かしてその小柄な身体に飛びつき、俺には、

「はい、タッチ」

 と言って綺麗な手のひらを見せた。


「はぁ?」

「交代よ。今度は修一くんが麻由の腕を擦るの。休んだらダメよ。麻由が大事なら一生懸命やりなさい。私は今から麻衣を助けるためにタイムトラベルしてくるわ」


 ミウの腕をぐいっと胸に抱き寄せて、

「さぁ行きましょ」

 屈託の無い透き通った黒い瞳をキラリとさせた。


 苦笑いを浮かべながら、ガウロパが進言する。

「姫さま。時空震が近こうございます。この現時に戻って来れないかもしれませぬ。これはとても危険なことでござるぞ」

「ござる、ござるって、あなたいつまで過去の言葉を使ってるのです。いいかげん元に戻りなさい」

 俺はミウをすがめる。柏木さんに押し切られた憤懣をガウロパに八つ当たっている。


「い、いや。この口調がとても言いやすくて。申しわけござらん……」

 スキンヘッドを太い指でぽりぽり掻き、大きな肩を落とした。


「ミウの能力なら、ブランチ(branch)点に限りなく近づけば、何とか戻れるだろう?」

 イウがまたもや難しい言葉を使った。キョトンとする俺へ、

「ブランチっていうのは、時間移動を始めた瞬間のことだ」

「跳躍点とも言います」

 俺はイウとミウを交互にすがめて見た。

 リーパーは『現時の人間に影響を与えてはいけない』、じゃないのかよ。細かい説明までイチイチしやがって。ったくよく似た兄妹だぜ。

 開いた口が閉まらないのだ。

  

  

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