第九十五話 足音
三か所に用意された落とし穴。
底には閃光手榴弾が存在し、落とし穴の蓋と線で繋がるように細工されている。当然一度引っ掛かれば少しの衝撃でも手榴弾のピンは引き抜かれ、そのままデウスの視界情報を封鎖をする事が出来るのだ。
この方法は酷く原始的で今のデウス達であればまったく使わないだろう。範囲が限定され、元に戻すのも手間だ。
そもそも彼等は空を飛ぶ手段が存在するのだから落とし穴が通用する確率は極めて低い。それでも無いよりはマシであり、あまり派手な行動が出来ない身としてはこれ以上の警戒は出来なかった。
この作業によって陽は見事に落ちている。もうじき夜になり、俺は一人静かにテントの中で休む。
もうこの時点で半分までは来ている。それだけ相手の内部に入れた訳で、当然ながらそれだけ発見される確率は上がっている。
もう岐阜に到達してからそれなりに時間は過ぎた。俺達が街の何処にも一向に現れないと解れば誰かがこんな場所にまで探しに来ていたとしても不思議ではない。
ルートの模索なんてこの県の地図を持っていれば容易だろう。
まだまだ街を気にしているというのならば、次の日にはさっさと逃げるつもりだ。
その為にも体力温存をしなければならないのだが、今夜はどうにも眠気がやってこない。何か嫌な予感を胸に抱いている訳では無いものの、奇妙な感覚があるのだ。
それはあの夢に関してではない。それならば今頃は必死になって夢を見ようとはしなかった。
この感覚を抱いたのは甘えてくる彩が膝枕をしてくれた時だ。今はもう彼女は外に出ているが、その間に俺はふと変な思考を過らせたのだ。
何が起こるか解らない。故に有り得ない事も思考に混ぜておくべき。
そんな言葉は昔から存在していて、だからこそその時浮かんだ考えは今も胸の中に存在している。
――――もしも、この一件に長野の指揮官殿が噛んでいたら?
最初に岐阜のこのルートを選択したのは長野の指揮官殿だ。そして、長野の指揮官殿は十席同盟と俺達の一件で明確に繋がった。具体的な権力が如何程かは定かでないものの、それでも十席同盟の中には元帥に繋がるデウスも居る。
そう考えれば只の指揮官クラスがトップとの繋がりを作る事に成功したようなものだ。少数側であるデウスとの共存派が大きく力を持つには元帥を説得して此方側に傾かせた方が良い。
となれば、やはり十席同盟に対する心象は悪くなってはいけないのだ。長野の指揮官殿が岐阜に居るZ44に情報を流し、その過程で岐阜の指揮官殿と繋がりを作っていれば連絡を取り合う事も不可能ではない。
長野の指揮官殿は悪人のようには思えなかったが、人間は幾らでも態度を隠す事が出来る。
実は明確に悪人だったとすれば、このルートそのものが罠だと考えることも可能だ。もしも今夜――――そこまで考えた時、テントの一部がいきなり光輝いた。
いや、正確にはテントの外だ。暗闇の中での突然の発光は閃光手榴弾によるものとしか考えられず、それはつまり敵襲であるという事を示している。
横になれた時間は僅かに二時間程度。休めていたとは言えないが、動けないと言える程でもない。
一気に飛び出し、外で待機していたシミズと顔を合わせる。既に彼女は武器を呼び出し片手に持っていた。
「状況は?」
「全員行った」
「人数は解らないよな」
「不明」
銃撃音が鳴る。落とし穴の位置は俺の張ったテントよりも離れているので、この距離からでは彼女達の状態を目で認識するのは不可能だ。致し方無しと予め準備していたライトを地面に向かって照らす。
強力なライトはその時点でかなりの光量を見せた。光の強さに一瞬眩暈を覚えるものの、頭を左右に振って即座に復活する。
既にこのライトを使った事で相手側にも俺の位置は解った筈だ。それを理解した上でシミズには周辺護衛を任せ、俺は小型ライトを口に加えてテントを片付ける。
数次第であるが、此処に来たのが確認目的だけのデウスであれば総数は少ない。であれば彼女達だけでも全員を制圧するのは難しくはないだろう。小隊規模が何人かはよく解っていないが、十席同盟の二人が居る。
少々数が上回っても不可能なラインには到達していないと信じて、俺はひたすら視界の悪い中でテントを畳む。
「スキャン範囲に反応。位置は西南」
「……増援かッ、解り切ってたとはいえ速いな。近くに別部隊が居たとしか考えられん」
或いは。
そう思いつつテントを不格好ながらもリュックに取り付け、一気に背負う。
相手の増援スピードはこれから加速していくだろう。既に少数のデウスには見つかっているのだ。リアルタイムで情報の共有を行っているだろうから、即座に大量の部隊がやってくる。
包囲されれば地獄だ。だから包囲網が構築される前に多少強引であっても突破する。
一先ずは彩達との合流だ。既にあちらも西南からの増援には気付いているだろうし、それを牽制しつつ逃げる。
ルートは変更。此処からは俺達が決めたルートを通過し、細かい地点をリアルタイムで決め続ける。
端末を起動。通話を選択し、対象は彩だ。
「彩、聞こえるか!」
『聞こえています!現在我々は四体のデウスと交戦中!!相手は積極的な攻撃は行っておらず、時間稼ぎと判断します!』
「予想通りだな。となれば、指揮を執っているのはZ44で確定だ。――彩、突破は可能か?」
『可能ではありますが、被弾を覚悟する必要があります。全機専用武器及び対物装甲を保有!』
対物装甲が何なのかは俺には解らないが、雰囲気的には怪物の攻撃を防ぐ専用の装甲だろうか。
それを使っているのであれば此方の専用装備も十分に効くとは言い切れない。そんな明らかに有効そうな装備を持っていても攻めないのは、それだけZ44が現状の戦力では足りないと認識しているからだ。
彩も十席同盟の一人。その実力を思えば十や二十の戦力でも不安が残ると判断したかもしれない。相手側の方が圧倒的に有利であるにも関わらずこの慎重さは、今の俺達にとっては憎らしいくらいである。
それだけZ44は彩に対して脅威に感じているのだ。その理由は比較対象の少ない俺では未だ完全に理解出来ないが、今は兎に角彩達の力で突破するしかない。
それに此処にはPM9が居る。彼女の存在は全てにおいて予想外であるだろう。
彼女達も戦ってくれるのならば、一度くらいは突破出来る可能性を引き寄せられる筈だ。
「PM9に連絡を飛ばしてくれ。――殺さない程度の損傷を与えてくれと。彩もそれは一緒だ。逃げるのではなく、相手の足を直接止める」
『了解!!』
軍との戦いだ。本来であれば撃破ではなく煙に巻いて逃げるのが印象を悪化させない方法だろうが、そもそも此方を襲ってきた時点で破壊しないという考えは捨てるべきだ。
以前までの自分ならば逃げる事も十分考慮に入れていたが、最早そうするだけの余裕も皆無。
俺達の自由の為に潰れてくれ。命を取る訳ではないのだから、その点だけでも温情だろう。
彩達が足止めされていたのも俺が軍からは逃げると決めていたからだ。その意見を捨て、潰せるのならば潰せと伝えたので今後の結果は変化する。これは決定された未来だ。
本気の彩が恐ろしいのを俺は知っている。明確に破壊目的で動く時、その瞬間の彩の動作はまったく俺には視認出来ない。
それに並ぶPM9も本気になったのならば、四人程度撃破しても不思議ではないだろう。
ならば考えるべきはこの後の展開だ。
『あー、あー、一時的に通信網を構築した。PM9だ、聞こえるな?』
「聞こえている。そちらの損害は如何か」
『破壊にシフトしたので多少装甲に被弾があったが、それだけだ。今は丁度二機目を撃破。残る二機は逃げるつもりのようだが、既に私の部下が回り込んでいる』
「では撃破後にプラン変更後のルートをそちらに送る。これから先は連続で戦いが続くものと思え」
『いいねぇ!願ってもないことだ!!』
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