第九十話 休戦
「その言葉を信じられるとでも?」
俺の困惑を他所に彩は毅然として言い返す。
明確な拒絶と怒りを織り交ぜた酷く負の要素の多い想いが籠った言葉は、されどPM9には届かない。
相手が話を聞かないタイプ等ではないのだ。相手の話を聞き、その上でそれが自身に影響を与えるレベルでなければ如何なる言葉でも動かない。
会って未だ十数分だが、PM9という存在がある程度掴めてくる。
人間社会で言えばかなりの厄介者。自分の力に自信を持って傲慢を主軸とした行動を続ける、子供が大人になったような存在がPM9だ。人格形成の段階で問題が発生してそうなったのだろうが、正直に言って考えられる問題は山のように存在しているだろう。
軍の横暴から身を護る為にそうなったのだとしたら納得ものである。だが、個人的には関わり合いになりたくない人物であるのは間違いない。相手は此方の要望をほぼ全て無視し、自身の意見をゴリ押そうとするのだ。
そんな相手とではまともな連携は望めない。完全に人形となって彼女に操られるか、彼女の行動を推測して此方も動くしかないだろう。つまりは彼女の行動次第でいくらでも俺達の選択は変わる。
臨機応変の対応というのは必要な場がいくらでもあるものだが、かといってPM9のそれは恐らくもっと極端だ。
「信じる必要は無い。何せ私が勝手にするだけだからな。なに、迷惑にはならんだろう?」
「それでは提案する意味が無い。……はぁ、どうせ聞かんのだろ」
「勿論。お前に何かの決定権がある訳でもないしな」
だからこそ、ここは素直に此方が折れるしかない。
プラスに考えればPM9という巨大な戦力が付いた。十席同盟の中で特に何に秀でているのかは定かではなくとも、能力そのものは決して低くはない。それに彼女が協力するのであれば他の三名も強制参加だ。
その三人も最初から想定していたのだろう。溜息を零す事も無く、ただただ唯々諾々と頷くだけ。一言も発するつもりのないその姿からは人形という印象は拭えない。
互いに過剰に干渉しない意味では正しいが、それが逆に不気味だ。事務的であれ何か話してくれた方が個人的には気不味さを感じないものである。
一方マイナスで考えれば、何時裏切るとも思えない存在が傍に居るのだ。
一応は協力すると言ったとはいえ、相手は何時意見を変えるとも決まっていない。それに彩を一発殴りたいという発言は嘘ではない筈だ。それが如何なるタイミングで表に出るかは定かではないが、今も根底にあるのは間違いないだろう。
「幸先不安だ……」
「同意」
シミズと顔を見合わせ、思わず溜息。重い重い息は俺達の今の心情をよく表している。
次いでPM9に顔を向ければ、彼女は俺に対して不満そうな顔をしていた。所謂不機嫌の顔なのだが、それを見てしまうと俺としては受け入れざるを得ない。
デウスを受け入れると掲げているのだ。それに反するのは俺という人格の否定にも繋がる。
勿論完全に殺しに来るようなデウスであれば撃破も止む無しだが、少なくとも相手にその意思は薄い。好戦的な気質を持っているのは間違いないものの、今はまだそこまで昂っている訳でもないらしい。
その変化に気を付けるのが俺達の追加項目という事だ。予定外の仕事を入れられた気分である。まったくもって嬉しくはない。
辛うじて性格がまだ単純なのが救いと言えば救いなのだろう。彩もそれを認識していて、致し方ないと諦めの息を吐いた。
「で、今現在どんなルートを進行中だ?道中何も無いなんて事は無いだろうよ。何せZ44が関わっている地域なんだからな」
「私もその点は理解しているが、今の所はお前達以外の襲撃は無い。どうやら岐阜県内の全ての街にデウスを展開しているらしくてな。スキャニングブースターを持っている所為で探知範囲が広くなっている」
「成程、一体が気付けば即座に集合という訳か。それでお前達はこんな場所を歩いていると」
「その通りだ。悪いがマップ共有はしないぞ、お前達が裏切る可能性はまだまだ高いからな」
「解ってる解ってる。その点は最初から承知済みだよ、じゃあさっさと行くぞ」
PM9達は背中にランドセル型のブースターを背負っているものの、俺達に合わせて徒歩を選択している。
行くぞと彼女は言ったが、彼女達は当然俺達の目的地を知らない。だから先を進むのは俺達であり、PM9達はその横を共に進んでいる。正直に言うならば距離を取りたいものの、それを態々言うと口論に発展しかねない。
極めて建設的な話題だけを俺達はするべきだ。その方が繋がりそのものは彩だけのものになるし、裏切られても必要以上に情報が漏れる事も無い。
この場に居る事そのものを流されれば不味いが、それを調べる術は今の所無いのが現状である。
なので此処から先は常に襲われる事を考えねばならない。それがどうしようもなく厄介で、困る出来事だ。
歩調は全て俺基準。一番遅い者に合わせ、PM9達もそれに合わせて多少ぎこちなく速度を落としている。
総勢七人のデウスは最早一つの部隊も同然だ。その内の数名が完全に実力者なあたり、下手なデウス部隊よりも遥かに強い。後は完全に信頼出来る仲であれば最高なのだが、そうなるにはあまりにも壁が高い。
相手側は壁等一切感じないように笑みを浮かべ続けている。その余裕振りは流石と言うべきか、自分に絶対の自信があるからこそ続けられるのだろう。
それは俺にとって羨ましい事だ。常に彩達に頼らなければならない状態の自身と比較して、あまりにもPM9は眩しくも感じられる。
それが太陽ではなく業火であるのが残念極まりない。もっと優しさもあれば彼女も太陽として注目を集めるだろうに、それを許さなかった軍は実に鬼である。
「……なんだなんだ。お前達はすこぶる仲が良いと聞いたのに、世間話の一つもしないじゃないか。本当に仲が良いのかぁ?」
「お前が居るからだろうがPM9。それに今は慎重にしなければならない時だ。下手に会話をする必要は無い」
「固いねぇ。お前さんは今自由なんだから公私なんて関係無いだろうが。……ちなみに何処までやったんだ?」
「PM9!!」
また唐突な世間話に彩は律儀に答えるものの、最後の内容については流石に容認出来なかったのだろう。
羞恥を大量に含んだ叫び声は追求を避ける事には繋がったが、彩を見つめる目には嗜虐の色がある。どうやって虐めてやろうかという意思がありありと見受けられ、これからの道中で彩は弄られ続けるのだろう。
既に彩本人の頬は仄かに赤い。それが恥ずかしさからくるのは当然であり、その過程で此方にも弾が飛んでくるのは間違いない。
その全てをシャットアウトするのは彩の耐性次第なところだが、恐らく無理だろう。最初の言葉だけで恥ずかしがるようであれば直ぐに陥落するのは目に見えている。
此処は俺が助けるべきなのかもしれない。俺も決して恥ずかしくないとは言わないものの、彩よりは耐性がある。
それに彩が俺に特に意識しているのも、一番優しくした人間が俺だけだからだ。他にそんな人間が居れば彼女はそちらに傾くこともあるだろう。
だから、彼女がこうして俺に傾いているのも今だけ。例えば長野の指揮官殿と長く接していればそちらに傾くことも十分に考えられる。
「別に良いじゃないか。デウスと人間が付き合うって事例も無いって事は無い。ウチの所の馬鹿野郎も今は付き合ってるみたいだぜ?」
「だから何だ。信次さんの迷惑に繋がる事は言うつもりはない」
「……あー、まださん付け?とっくの昔に肉体関係にまで発展してると思ってたぜ」
流石軍人。下世話もオープン過ぎる。
唐突に始まった猥談擬き。その内容は敢えて言わないが、無視するのは大変だったとだけ言っておこう。
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