第九話 特別
海側を通らずに陸地側を通る。
その選択は戦力を減らす目的があったのと、そもそもの理由として発見されない為だ。見つからないというそれだけで俺達にとってはプラスとなり、相手側にはマイナスになる。
領土奪還の問題が未だ残り続けている日本であれば何時までも戦力を回す訳にはいかず、やがて北海道奪還に向けて俺達を追っている戦力も減っていくだろう。
それを勘定に入れて編成されていればこの思考は無駄であろうが、少なくとも表側の軍が掲げている目的が目的だ。
ポーズだとしても攻める必要はあるし、奪還せねば今の社会人は皆ストライキを起こす。それ程に疲労も溜まっているのだ。ちょっと不安を煽るだけでも軍に電話をする者達も出てくる。
故に耐え忍ぶのは数ヶ月程度と見ているのだが、その間は当然追われ続ける訳だ。
「予想してたとはいえッ……いきなりこんなに出すか!?」
「喋るのは最低限にしてください!」
無数の弾、弾、弾。弾幕となって襲い掛かる敵の攻撃は苛烈を極め、一時間が経過した現在においてもまるで消失の気配を見せない。
周辺を囲むのは十機のヘリ。そのどこからも無数の銃撃音が響いている。
射程はどれもARの距離ではない。RFと考えるべきで、故に数を揃えたのだと思考は容易に結論を出した。
ヘリは一定の距離を常に保っている。俺達が停止した時はホバリングを繰り返すばかりで決して独断専行をしようとはしない。妙に練度の高い連中に舌打ちをしつつも、現状をどうすべきかと頭を回転させる。
いきなりの戦場。いきなりの修羅場。考えていてもそれは恐ろしいものだ。しかしそれで思考を停止させれば負けるし、その後が悲惨な事になる。特に目の前の彼女が俺を守る姿を簡単に想像出来てしまい、嫌でも生き残らねばならないと思考停止を無理矢理阻止していた。
相手は安全圏での戦いに重視している。先程一機のヘリから出てきた五人のデウスも回避を重視した戦法を選び、俺達の攻撃チャンスを悉く潰しているのだ。恐らくZO-1だけであればこんな状況も突破出来るのだろう。
現に彼女は明らかにサイズの小さい弾丸を俺に当たらないように弾いている。そのまま接近までいければ時間は掛かりながらも相手を蹂躙出来ていた筈だ。
足を引っ張っているのは俺であるのは言うまでもない。ならばどうするかと考え、思いつくのは単純なモノだけだ。
即ち安全圏を目指す。彼女が全力を振るう為にも、それをしなければ絶対に勝てはしない。
銃弾の雨の中で彼女と会話をするのは不可能だ。故に彼女が手を出した俺の携帯端末で彼女の通信システムに直接情報を入力する。
『近辺にある建物の中でも頑丈な場所を目指すぞ。一番近い建物の情報を送る!』
必死に彼女の背後に隠れつつも、揺れる視界の中で周辺情報を探る。
幸いと言うべきか、この近くに人は住んでいない。向こうもそういった場所でなければ不都合だと判断して人の住んでいない場所を選択したのだろうが、近くには無数の廃墟が立ち並んでいる。
近場は五分だ。それにコンクリート素材であれば壁にも十分なる。ずっとそこで留まる訳にはいかないだろうが、しかし移動をこまめに行えば彼女が戦う時間も稼げる筈だ。
ZO-1もこのままでは不味いと判断したのだろう。即座にARでデウスの一人の右腕を撃ち抜く。明らかに狙っていたようには見えなかったが、質問する時間は皆無だ。
走り出した彼女に合わせて俺も走る。位置的に右側に真っ直ぐ進む形となるので前後に空白が生まれ易いが、その点は彼女が全てカバーしてくれていた。
正におんぶにだっこ。情けないなと自嘲しつつ、錆びた門を潜る。
崩れた廃墟は以前は学校だったのだろう。正面口に入れば無数の下駄箱が存在し、廊下には罅が走っている。
階層で言えばこの廃墟は三階だ。ヘリの高さにまではまだ届かないが、デウスが居た高度くらいまでなら十分に届く。
身を屈めて窓からの視線を切って、彼女に顔を向ける。
「一先ずこれで弾は防げる。此処から二手に別れて君は相手を倒してくれ」
「危険ですッ。もしも乗り込まれてしまったら救出に間に合いません」
「いや、相手は君を警戒している。降りてきているデウスを除けば、先ず降りてくることはない」
「どうしてそう言い切れるのですか。相手は軍属ですよ?」
彼女の言っている事は確かに正しい。相手が降下し此処に乗り込んでくれば彼女と別れている俺は危険だ。
だがしかし、俺は相手が降りてこないと半ば以上確信している。それはデウスでは中々に伝わり辛いものであるが、人間であるならばよく解ることだろう。
言い方は悪いが、彼女達は戦闘兵器としての側面を持っている。その為に必要な部品を組み込まれ、決して退かない意志も組み込まれているのだから、恐れの概念は薄いだろう。
だが人間は別だ。意味不明の存在に対して恐怖を抱くのは当然で、強過ぎる相手に恐怖を抱くのも当たり前だ。
誰が接近して戦うものかと距離を取るのは必然で、だからこそ相手の装備は遠距離が多い。――――ならば最初に狙うは一つ。
「皆君を怖がっている。だから降りてこない。……最優先でデウスを撃破してしまえば合流も可能だ。もしかすれば撤退するかもしれない」
「怖がっている……でも、私はデウスですよ?」
「それでもだ。強過ぎる相手に対して、人間ってのは酷く恐怖する」
人類の守護者としての基本設計は恐らく最初の頃よりは変わっていない。
彼女の反応からして人間が自身を怖がっている事実を上手く認識出来ておらず、その点は意図的に組まれたのだろう。最初から彼女達は人類に対してある程度好意的になるように設定されているのかもしれない。
その後の生活によって不満は抱くだろうが、恐怖を向けられているとは考えない。なんとも違和感の残る結果だが、それが現状の彼女達である可能性は十分にあった。
だから、ある意味当たり前の事を彼女に告げる。君達の力は強大無比で、簡単に人類を滅ぼせるのだと。
言葉の数々に彼女の目は揺れていた。そんな様子に失敗かと思うも、二手に別れるのを理解してもらうにはそうするしかない。
「でも、君は人類の守護者だ。決して人を殺すような子じゃない。だから倒すのはデウスだけだ」
「……はい。そう、ですよね」
「ああ。胸を張って俺は言うよ、君は確かに人類の為に戦えるデウスだって」
少なくとも、彼女の持っている情報は決して人類にプラスになるとは思えない。
現状でも安全圏の拡大は進んでいるのだ。このままでも何の問題も無いし、材料に生きた人間を使う時点でそれはもう人類の守護者とはとてもではないが呼べない。
言ってしまえば破壊マシーンだ。それで誰かを救えるならば構わないと言い出す人間はいるかもしれないが、大多数は真相を知って憤慨するだろう。
合理だけで全ては解決しない。そして彼女は合理ではなく感情で動いたのだ。人類の為にもと。
言葉にはせずとも解る。彼女の義憤は、正しく守護者としての姿を保っていた。
ならばそれを肯定するのは当然。俺は一人の市民として、彼女に協力する者として、信じるだけだ。
「……俺は信じてる。それにこんな奴の言葉で心を乱す必要も無い。君は君のままに判断すれば良い」
「――はいッ」
らしくもなく肩を叩いて笑みを浮かべて彼女を元気づける。
彼女は俺の言葉をどう認識したのだろうか。出来ればそのままに受け止めて欲しいものだと願いながら、きっと基本設計が邪魔をするのだろうとも考えていた。
でなければ今までの彼女の生活の中でこんな程度の問題に対して答えが出ない筈がない。その事実に恐ろしさも覚えつつ、俺は一人彼女の元から離れるのだった。