第八十七話 拍子抜け
反応した数は合計で四。
対象はデウスではなく人間の確率が極めて高い。よって使用武器は専用装備ではなく、対人用に限定される。
位置としては亀裂付近。より詳細に述べるならば亀裂の対岸。つまりは先程俺達が居た場所と殆ど変わらない。
その事実に俺は違和感を覚えずにはいられず、思考は加速する。
俺達が亀裂から今居る位置に到着するまで数時間が経過していた。その間に探知が引っかかる事は無く、この場所にまで来てから初めて反応を拾っている。
俺達がこの位置に着くまでにヘリの音は無く、ましてやデウスが活用するようなブースターの音も無かった。
車で此処を突破をするのは現実的ではないだろう。俺達の居る地点の殆どが緑に覆われ、歩くだけでもかなり苦労させられた。
もしも車で直接向かえば故障は確実。修理費等を考えても、徒歩の方が最善であるのは言うまでもない。
だからこそ、彼女達がそれを拾えなかったというのが信じられなかった。
彼女達のスキャン範囲は決して狭くはない。数時間の距離全てをカバー出来る技術は唸る程である。
しかし問題はそこではない。性能云々ではなく、相手が亀裂に着くまでの間に此方が一回でも反応を感知出来なかった事が問題なのだ。
俺の足に彩達は合わせていた。だから必然的に遅くなるのも当然で、相手の方が速くなるだろう。こんな場所に一般人が居ると楽観的に考える事は出来ないのだ。まず軍の関係者を疑い、故に相手の遅さに疑問が湧く。
訓練した者達の方が足が速いのは事実。そして此方の距離を図らずとも縮め続ければ、亀裂到達前に彩達は探知で掴めた。
怪しさが多分に残る集団だ。出来る事ならば確かめたい気持ちがあるものの、そちらを優先するのは悪手。今は逆に相手が範囲外になるまで逃げる方が無難である。
「ルート的にはこのまま進めば相手を振り切れる。今夜は寝ずにこのまま進み続けよう。……クソッ、今日こそ月があればなぁ」
周りは酷く暗い。頼れる光は端末の光くらいなもので、ライトで照らしてしまっては眩し過ぎる。
災害時に使う高ルーメンは潜む必要がある場所では酷く不便だ。地面を僅かに照らしながらの進行は歩き辛く、彩達のアシストが無ければどこかで躓いて転がっていたかもしれない。
「相手の位置は依然変わらず。他の反応も同じです」
「一体何をしてるんだ……?」
一応は周囲を警戒する者達が怪しい痕跡を発見して追って来たのではないかと想像していたのだが、それにしては相手は停止したままだ。
此方を認識していないのだから話し合いをしているとも考えた。しかし、あの位置ならば少し探せば俺達が飛んだ痕跡程度発見出来るだろう。何せ此方は光源が限定されるが、相手は限定する必要が無い。
フルで光源を使えば容易に見つけられるだろうに、固まっている姿が非常に不可解極まりない。集合地点をマークしてから分散するのも選択肢としては有りな筈だ。
不可解故の不安。それを抱えながらの移動は焦りも生むが、相手との距離はそれなりに離れている。
多少は音を立てても気付くのは無理だろう。なので速足で進み、やがて彩の口から探知外に入った事を告げられる。
その間に何かが起きる気配は無かった。急速で此方に向かってくることも、他の方角から来る事も無い。
結局この夜の間に四人組が接近する事も無く、そのまま朝を迎えた。起き続けた反動で睡魔が襲い掛かってきているが、陽が昇っている最中に足を止める事は出来ない。
ルート変更をするか否かを決める境界線も間近だ。此処で足を止める理由は有りはしない。
彩からは停滞の意見が出たものの、俺はそれを選ばずに前へと進んだ。今は少しでも道を稼がなければ後が怖い。
亀裂を抜けてからの道程は一気に進む。最初の無数の枝が厄介だっただけで亀裂から奥は木々のサイズが非常に大きい。
大木程ではないにせよ、それでも人間一人程度は容易く超える程だ。そのお蔭で足を邪魔する葉は無く、最初の時よりも遥かに速度は出ている。反面思考は鈍る箇所が出てくるものの、その点は頬を叩いたりして覚醒を促していた。
身体中に重りが乗っている感覚を持ちながら移動するのは苦しいが、さりとて休憩を挟む事はしない。
「やはり一度休むべきでは……」
「大丈夫だって。今は俺の睡魔よりも道だ。それにもうじき最初のポイントに到達するんだから、休むにしてもそこでだ」
「……解りました。しかし、体調悪化がこれ以上酷くなれば途中であっても止めます」
彩の断固とした言葉に、俺は何も返さなかった。
下手に鈍い思考の中で何かを返しても彼女との仲が不穏になるだけ。それならば何も言わないように首肯するだけに留めた方が彼女に真意を伝えやすい。
今の俺では複数回の会話で苛立ちを感じてしまうかもしれないし、ちょっと口も荒くなる可能性はある。
それだけ睡魔が酷いのだが、それを周囲に広める馬鹿はしない。ワシズ達の前でそれをしたら暴力過程の旦那も同然。デウスに対して悪い扱いをしない事を基本にしている身として、それは許されはしない。
それに彩が言っている事も解る。今以上に疲労が溜まって他の異常が発見されれば、最早移動するしないの問題では無くなる。
寝ていれば回復する程度の異常なら百歩譲っても良い。しかし、病院に行かなければならない異常なら手遅れだ。
俺の今の状態で入院するのも不可能である。金銭的に払えるとは限らないし、入院する場所がこの県になってしまえば必ず岐阜基地の者達が捕獲にやってくるだろう。
指揮官殿そのものは悪い人物ではなさそうだが、圧には屈し易いタイプの人間なのだろう。
指示を出すのはその指揮官殿の筈だ。けれども裏では別の者が行っている可能性は十分に考えられた。現状において疑わしいのは十席同盟であるが、他にリークされていればマキナ関連の連中が指示したとしても不思議は無い。
彩達の存在は軍からすれば邪魔に感じられるだろう。今やデウスの扱いは奴隷が常識であり、そこから外れた者は異端として扱われる。
そういった者達が少しでも輪の中で居続けるには演技の必要があるものの、それが何時までも通用する筈もない。何時かは気付かれ、そして内部で孤立していくのだ。
派閥として集まっている事もあるだろうが、その規模は極めて少数だろう。俺のように外部と繋がっているとしたらバレた時の後が怖い。
「……はぁ」
僅かに零れ出た吐息には、どうしても失望の色が混ざっている。
軍への評価は既に最低値だ。今更暴言を吐く事は無いものの、それでも溜息程度は吐きたくもなる。
彩はその反応にすら顔を向けるが、俺はそれを無視して足を動かすだけだ。大丈夫だと思わせるには歩くしかない。
立ち止まっては余計な心配を彩にさせるだけ。
故にこそ進み続け、陽が沈む頃には俺達は最初のルート変更ポイントに到達した。辺りはあまり変わらず、森の中としか形容の出来ない風景が続くだけだ。
そこから進むか曲がるかを判別する必要があるのだが、その前に俺達は一度テントを立てた。
最初から予定されていた通りの行動である。彩からは早めの睡眠を促されたので、彼女達の警戒が終わってから寝袋の中に入った。
起床時刻は午前四時を想定している。それよりも早く起きる可能性があるし、遅くなるかもしれない。
正直に言って身体に襲い掛かる睡魔の所為でまったく時間が予測出来ないのである。故に彩に起こしてくれれば起こしてくれと頼み、そのまま夢の中へとダイブした。
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