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人形狂想曲  作者: オーメル


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第八十五話 冒険

 最初の一歩として侵入した岐阜内は未だ静かである。

 人通りの無い場所を選んだのだから当然なのだが、代わりに人が足を踏み入れるのを躊躇するレベルで険しくなっていた。水気のある土は時折滑りそうになったし、少し遠くを見ればルートの途中に崖がある。

 いや、その道は正確には崖ではない。地上に生まれた巨大な亀裂によってルートの始まりと終わりが両方共に崖になってしまっているのだ。

 そうなった原因は一体の巨大な怪物であるが、それを今思い出す必要は無い。

 重要なのはその道を無事に突破出来るかどうかということにある。少なくとも何の装備も無い状態で巣の身体能力だけで人間が突破するのは不可能だ。

 確実に道具に頼らねばならないし、道具に頼ったりしても可能性は低い。人間が視認出来る範囲から大きく離れる深さを持った亀裂は、その深さから地上の深海という矛盾した名前が付けられている。

 そこを通るには亀裂の周りを進むか、比較的幅の少ない場所を飛び越えるくらいか。彩達の力であれば多少離れていても飛び越える事に関しては心配は無い。

 

「進むだけでも厄介だな此処……」


「補助しますか?」 

 

「いや、するならもっと危険な場所でだ。出来る限りは俺だけで進みたい」


 彩からの提案だが、それをしたら歩くことすら頼ることになってしまう。

 ぬかるんだ道は確かに進み辛いし坂道であるのも合わさって最悪の道となっている。それに問題なのは何も道だけではなく、道を遮る大小様々な木々だ。これまでの道はやはり一時期多数の人間が移動していたお蔭で最悪でも獣道になっている程度だった。

 これまでもそれを逸脱する程険しい道が無かった訳ではないが、今回はそのどれもを超える事になるだろう。

 ずっと木々が邪魔をする空間は明らかに人の侵入を拒んでいる。それを無理して進めば、無数の葉が邪魔をしてくるのは道理だ。

 今も視界を遮るのでそれを腕で払ったりしているのだが、それでも葉は一向に無くなる気配を見せない。

 怪物の中には自然環境を再構築する存在が居るそうで、これまでもあった自然の殆どはそれによるものだ。俺はその姿を見た訳では無いが、ニュースでもこの話題はよく出てくる。

 

 怪物の姿は基本的にニュースや新聞等には出てこない。これは軍側が規制しているからであり、見れる手段としてはインターネットで出回るモザイク画像くらいのものだ。

 その画像にしても即座に消されるので実際に見れる時間は僅か。なので殆どの人間が閲覧する事は出来ていない。

 俺の場合は仕事が忙しかったこともあったので見れてはいない。今思えば齧り付いてでもネットに意識を向けていれば良かったのだが、誰だってこうなる事を予想するのは無理だ。

 もしも二度目を望むのなら、なんて事を考える時もある。身体を鍛えて、知識を集めて、経験を積んで、今度こそは彩の前でも恰好良い男になれればと思う事もあるにはあるのだ。

 だがそれは現実的ではない。最早今という状況が非現実そのものだが、それよりも更に現実的ではないのだ。

 

「こりゃ、一日で進める距離はそこまででもないっぽいな」


「此方が調べた限りでも道は存在しませんね。やるならば自分でやれということでしょう。こんな場所では何かを用意するのも一苦労でしょうが」


「まぁな、道を作るのも大仕事だ。それを岐阜の人間がやるとはとても思えん」


 葉を交わしながらは非常にストレスが溜まる。だからか少し不機嫌気味な声が出てしまったが、彩もまた俺と同様に不機嫌なのか言葉に若干の棘があった。

 そこには長野の指揮官殿に対する文句も多分に含まれているのだろう。それが容易に解ってしまうだけに、この道が開けるまでは俺も彩も棘のある雰囲気は消えはしない。

 その背後を進むワシズとシミズに至っては一向に何も発さない。一瞬だけ背後を振り向くと、そこには感情を削ぎ落したような無表情で葉を払う二人が居た。

 明らかに二人も不機嫌である。これではどんな会話をしたとしても良い雰囲気には戻らないだろう。

 今すべきは無心で進むことのみ。それだけで進み続けるものの、結局はその日の内に開けた場所に到達する事は出来なかった。


 夜の時間では迂闊に前に進めない。よって進めるのは陽が出ている間だけだ。

 俺達は周辺の葉を枝を折って捨てる事で小さな空間を作る。そこに座り込むにはあまりにも地面の状態が最悪なので、彩は一番細い木を強引に折った。

 本来ならば斧やチェーンソーで切断する筈の木が拳の一撃で折れる様は解っていても驚きであり、彼女の力強さを再認識させられた。

 更に彼女は手刀で尖った切り株の部分を横一文字で折る。流石に彼女でも斬るのは不可能だったが、それでも即席で出来上がった椅子は見事と言う他にない。

 問題なのはその木が折れた音が思いの外大きかったことだ。慌てて端末で現在の位置を調べ、思っていたよりもそれほど進んでいない事に気付く。

 今はまだ何処の街も近くに無い。基地も無く、謂わば放置された無人の空間があるだけだ。

 

「有難いんだが、次は一言頼む」


「あ、すいません」


 思いもよらない彩のミスだが、幸いな事にまだまだ彼等が警戒しているラインには届いていない。

 明日にはそのラインにも到達するだろう。その時にこの地面もまともな状態になっていなければ最悪の場合は夜の中で進む事になる。負担は彩に集中し、彼女の不機嫌度合いが大分増していくだろう。

 今回のミスも結局は不機嫌な状況を作り出してしまうこの環境に原因がある。それを選ばなければならないと皆解っているが、感情というものはそう簡単に納得してはくれないのだ。

 よくある事ではある。その手の経験は逆に体験していない者は居ないだろう。

 思考ではこれが最善だと思っても感情が否定するなんて、生きている限りいくらでもある。それを飲み込まなければならないのが生というもので、世知辛いのだ。

 

 彩の作ってくれた切り株に腰掛け、見え辛い夜空を見る。

 完全な真っ暗ではなく僅かに周りを見れたのは月が出ているからだろう。周辺の木々が無ければ周囲を見渡せる程に明るい月の光は、それだけで俺にとってプラスになる。

 彩達には逆にマイナスになるだろうが、明るくなければ人は何かを見れない。その点からでも人がデウスに劣っている部分が見えるもので、逆に彼等に勝てる要素は何処にあるのだろうと静かな闇の中で考える。

 身体能力は軒並みデウスが勝つ。演算能力も当然上。外見の良さだって勝てる部分は見つからず、世の男性は叶うことならデウスとの結婚を望むだろう。

 教えられた情報は忘れる事は無いから家事も短時間で覚えきるし、コミュニケーション能力も決して低くはない。

 ワシズを見ていると解るが、明るいデウスも居るのだ。そうなったのは彼女が選んだ結果であるものの、俺にとってはかなり喜ばしいものである。


 そこまで考えると解るのだが、彼女達に勝てる要素がまったく浮かばない。

 強いて言えば感情を育てる必要がある程度で、それだって人間にもあるのだ。結局勝てる要素は限りなく零に近く、だからこそそんなデウス達が自由になれば技術の進歩は飛躍的なものになるだろう。

 その過程で人類は敗北者として消えるかもしれない。頂点を掴む種族は常に一種だけ。それを争えばまず人は勝てないのだ。

 後はデウスの基本方針が何処まで崩れないのか。勝者になったとして、デウスは人間をどれだけ守ろうと考えるのか。

 その数はきっと少ないのだろう。これまで虐げられた反動で一気に暴れ出すのは間違いない。

 共存の二文字は良いものだ。けれど、その中身が本当に良い形になっていなければ共存の二文字は汚れて見えるだろう。

 それをなんとかしなければならないのが人類の最大の課題なのかもしれない。

 不意に思いついた思考に、俺は何を考えているのかとさっさと片隅に追いやる。そして、何も考えないように意識しながら俺は目を閉じた。

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