第八十三話 岐阜
酷く長い時間だった。
これほどまでにただ平和に歩くだけの道程を長く感じるとは思わず、これまでの日々が如何に加速度的に進んだのか嫌でも解ってしまう。休暇の時ですらまったく感じる事が無かった強烈な飢餓感を抑え付けながら、俺は端末に表示されている場所を再度確認した。
岐阜。長野の隣にある県にして、十席同盟の内の一人が所属する岐阜基地の担当区域。
個人的な感想で言わせてもらえば、岐阜という言葉に然程の思い入れは無い。俺は都会である東京に目を向けていたし、育ってきた県も岐阜ではない。長野も記憶には残り辛い印象しか残らなかったが、岐阜はそもそも突入前より印象が残らないだろう県と認識していた。
一応ではあるが長野基地には指揮官殿が居るのが判明している。あの長野に居る範囲であれば指揮官殿と直で接触する事も不可能ではなかっただろう。
それをする程の理由が両者に無かったので会わなかったが、今後顔を合わせる機会が無いとは言えない。指揮官殿がそこに居るとだけ記憶に残しておけば長野で覚えておかなければならない記憶としては十分だ。
代わりに岐阜では覚えておかねばならない事が多くある。
先ず何よりもルートだ。二週間も前に電話をしてきた指揮官殿によると、やはり岐阜は俺達を探しているらしい。
正確には彩をだが、どちらにしても一緒だ。基地内の部隊は勿論、岐阜の警官にまで俺達の存在は内密に捜索させているそうだ。俺達が長野に居た時からそうしているらしいので、今正に突入すれば簡単に発見されるだろう。
また、一時的な措置として岐阜県内の全ての街にデウスを配置している。数は一小隊程度だが、スキャン範囲を拡大する追加装備を使用して街一つを丸々カバーしているそうだ。
迂闊に街に入ってもアウト。全体指揮は十席同盟のZ44が行うだろうから、時間稼ぎをされるのは間違いない。
となれば、少なくとも岐阜県内で補給をするのは不可能。加えて人通りのある場所を進むのも駄目だ。
進むとしたらまったく人通りが存在せず、そしてデウス達にとっても不利な環境の場所。即ち人間にとって過酷と言っても良い場所を通るしかない。
いっそ岐阜を通らないという案もあるが、そちらに関しても恐らくはZ44側が対策をしている筈。
左右の県境にも部隊を派遣していれば俺達を捕捉するのはそう難しい話ではないし、彩の情報攪乱も確り対策してくるだろう。彩を追う場合のみに限定した別の方式を用いた索敵機能があれば、それを採用するのは必然だ。
そうなれば俺達は確実に追い詰められる。つまり誘導された形となるが岐阜への突入は決定事項だ。これは指揮官殿も同意していた事であり、その上で突破せねばならないとも語っていた。
しかしながら、それを語るのは本来軍規に違反しているだろう。そもそも俺達に協力したという情報はZ44経由で岐阜の指揮官も把握した筈。にも関わらず他に拡散させずに此処で捕まえるだけに留めたのは、件の岐阜の指揮官にも事情があったらしい。
『岐阜の方もデウスを軽視する者が多く存在するらしい。見つけ次第指揮官側が直々に注意を促しているものの、あまり改善の気配は見えないようだ。脱走を起こす者が出ても止む無しと判断しているらしい。出来れば、誰かが変えてほしいとも思っているようだ』
詳細を語れば、ここ二年程度軍内におけるデウスの扱いが軽視され過ぎているらしい。
単純な重労働から許容範囲を超える数の書類整理。果ては風俗的な扱いを受ける事もあり、一応定められている法に則って裁ける兵は裁いているそうだ。
しかしその法に書かれている罰の上限は極めて軽い。最大でも独房で十日間の反省や給料の三割カット程度。被害を受けたデウスからすれば憤慨されても文句は言えまい。
その状況を変えるには最早内部では不可能。下手に軍を混沌に陥れては今後の前線維持にも支障が発生するだろうと岐阜の指揮官は認識し、本人は動けないでいるようだ。
変えられるとしたら外部からの刺激のみ。その意見には長野の指揮官殿も一部頷けるらしいが、俺としては内部こそが変える為の絶対要素だと思う。
「侵入ルートはこの位置から。で、この道順で進む。道中で動物以外の反応があれば即座に情報共有で。話す事が不可能なら端末を振動させるだけでも良い。俺も気にしておく」
「解りました。ですが、提供されたそのルートの信頼性は?」
「確実に安全であるなんて事は無い。けど、少なくとも調べた限りでは五年前の安全な頃から此処には誰も居ない。指揮官殿の選んだルートだからと疑うのも解るが、相手側の情報が掴めない以上は今はそこを通るしかない」
「……解りました。ですが不審な要素が最大でも三つ発生すれば即座に別ルートを使いましょう」
「解った。なら俺達が考えた方の道も決めておこう」
指揮官殿が送ってくれたマップデータを見るに、岐阜の街は総数で三十はあるようだ。全域に広がるように街が作られ、各々の発展具合は他の県でも同様にまったく異なっている。
その全てに小隊を送るということは、少なく見積もっても三桁のデウスは確実に居るのだろう。
その殆どが今回の件について詳しい内情は知らないままの筈だ。偽の命令でもされたのだろうと思うものの、その内容を知らない身としては逆手に使う事は先ず不可能。
純粋に異なるルートを模索する必要があり、使うのならばどうしても指揮官殿のルートと被ってしまう。
それでも違う道を無理矢理にでも作るのならばと指でルートをなぞると、途中で彩が声を上げた。
「その位置で完全に曲がるのですか。近くには街がありますし、もう少し手前でも良いのでは?」
「そうしたいのは山々だけど、それだと進路を切り替えるのが早過ぎる。彩の言っている地点で曲がるかどうかを決めるには周りに人が居なさ過ぎるんだ。そこを監視する誰かも居るかもしれないが、それでも確率としては街と比較して低い」
「逆にそこを狙う可能性についてはどうです」
「大いに有り得る。長野の指揮官殿に嘘の情報を流して俺達を誘導するというのも十分に考えるべきだ。だが、もう少し奥にまで誘い込んでからそれをした方が良い。今の位置だと元の長野の範囲まで近過ぎる」
端末に表示された地図を互いになぞりながらの意見交換は、結果的に言えば両方の部分を混ぜることになった。
第一のルートはそのまま指揮官殿のルートを採用。特に問題が無ければそのルートをそのまま使い、問題が発生すれば第二のルートである俺達の考えたものを使う。
ただし、これを決めるのは俺達が設定した二ヶ所の分岐点に到達して一日程警戒してからだ。その間に何も起きなければ指揮官殿のルートを使うし、問題が起きれば俺達が決めたルートを使う。
一応ワシズ達にも案を訪ねたが、やはり考えとしては似ている箇所が多かったので大まかにはその二つのルートのどちらかを選ぶ事になるだろう。
どちらにも共通して起きる問題としては、その道は人間ではあまりにも険しいということ。ただ単純に移動するだけでも命綱は必須であり、今回はその部分を全て彩達に任せることになる。
本人達もそれは承知済みだ。元よりこれまで何度も持ってもらったので最早恥ずかしさも無い。
「出来れば一度も出会わないようにしたいな」
「そうですね。今度は補給は出来無さそうですし」
最初から銃を呼び出す。新しく得たHGは俺が持っていた物と変わらず、そこに刻印された生産国のマークをなぞった。
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