第八十二話 接近
平地を進み、時には街にも寄りながらの三日間は思いの外ゆっくりと進んだ。
道中は常に平和そのもので、それはきっとあの緊張感ばかりの生活がかなりの頻度で発生していたからだろう。それがあまりにも少なくなった現在はいっそ暇とすら言えるくらいであり、何とも言えない気持ちになる。
俺自身はこんな平和を謳歌していたい。されど、男としての本能が闘争を求めている。
今までの戦いの中で特に役立ってはいなかったというのに、戦場という空気に当てられた俺の本能はどうしようもなく戦いを望んでいるのかもしれない。
だから日常に何処か退屈さを感じていると考えれば、納得出来る。
けれどもその飢えはそのまま残しておくべきだ。生きている限り求めるモノは無数にあり、その飢餓に時には苦しみながら進むのが人間である。
満足する為に足掻くのが悪いとは言わない。だが、もしもそれを達成した後には別の飢えが発生するだろう。
望みは果てしなく高くなっていき、やがては手の届かない所にまで行ってしまうのは自然の理。そうなれば最終的に破滅するのが解り切っているからこそ、俺の抱えるこの飢えはずっと持ち続けるしかない。
大丈夫だ。俺は平和を求めている。
その気持ちを忘れない限り、俺はどこまでいっても俺のままだろう。それが変わってしまった時は無理矢理にでも彩達とは一時的に離れた方が良いのかもしれない。
そんな思考を巡らしながら、チノパンのポケットに手を忍ばせる。端末からは未だ連絡らしい連絡は来ず、何時来るのかまったく油断出来ない。これが俺の油断を誘う為のものであれば見事であるが、それをするだけの理由は今一思いつかないので可能性としては低いだろう。
あまりにも暇具合に彩達も無言だ。和気藹々とした会話は俺がいなければ発生しないし、どうしても彩とシミズが喧嘩っぽい話し方になってしまう。
必然的に間を取り持つのはワシズになり、それではワシズも可哀想だ。出来れば両者共にもう少し柔らかい態度で話てほしいのだが、それは難しいだろう。
「こりゃ今日は来ないかぁ?」
「……例の電話ですか?」
「そ。俺の予想だと朝か昼には来るかと思ったんだが、午後に入っても連絡が来ない」
愚痴っぽく吐き出した俺の言葉に、彩が過敏に反応する。
最初の頃から一字一句逃さない姿勢を貫く彩であるが、それは今も一緒だ。呟きですらも彼女は逃さない。
相変わらず彩は俺に向ける意識の割合が多いのだ。もっと他にも向けるべき箇所はあると思うのだが。それを指摘しても彼女はなんだかんだで俺の言葉を無視して今を続けるのだろう。
「軍は信用しない方が良いですよ。その指揮官も決して味方であるとは限りませんし」
「お前も情報を渡したじゃないか」
「私が信用したのは個人ですよ。少なくともF12や十席同盟には一定の信用があります。仲が悪いデウスも居ますが、少なくとも情報漏洩を意図的に行う者は誰もおりません」
「何かの交渉の材料にするかもよ?」
「その可能性は否めませんが、殆どの場合意味が無いでしょうね。何せ話そのものは既にMAO193経由で元帥にも届いている筈。あの元帥が未だまともであるなら、十席同盟に緘口令を敷いても不思議ではありません」
そういえばと大尉の電話を思い出す。
元帥に近い位置に十席同盟に所属するデウスが居た。そこから元帥に話が及んでいれば他の流出を防ぐ為に緘口令の一つや二つは敷くだろう。元帥よりも高位の存在は居るだろうが、その位の相手に対して手を出すというのは迂闊にはやるまい。
勿論時間を掛けて準備をしていれば別である。毒殺によ暗殺にせよ、人間はやろうと思えば幾らでも簡単に殺せる。
それこそ特攻覚悟の攻撃でも人は殺せるだろう。護衛としてのデウスが居ても元帥側が信頼する相手の凶行であれば最初の一撃は止められない。そして最初の一撃で殺せれば、殺した張本人が所属する組織にとっては大成功である。
後は首を挿げ替えればマキナも進んでしまうだろう。十席同盟も邪魔だと解体してしまうかもしれない。
無論十席同盟とて簡単にそれを許しはしない筈。如何なる手段を講じるかは定かではないが、汚い手段でも容易に行って生存を図ると俺は考えている。
彩が軍を信用しないのは、今までの人間が見せた悪行の数々があったからだ。
それをデウス側も行えば、彼女も少しは考えを変えるだろう。しかしそれはどっちもどっちだという別の嫌悪に繋がるものでしかない。
出来る事ならば本来の製造方針を守りたい。彼女は俺を最優先してくれているが、デウスとしての本心もきっと捨て
きってはないだろう。それを果たすには軍に所属したままでは不可能だと既に断じている。
実際、それは正しいのかもしれない。確かに現状の軍は日本を守っているものの、それを上回る程に人間が起こす厄介事の数が多い。
マキナ関連だって人が起こした事だ。デウスの使命にはまったく関係無く、寧ろ害しか起こしていない。
そんな状態がずっと続けば離反は止む無し。縛る鎖が無ければその離反は更に加速していくだろう。
「ま、兎に角軍に関しては個人個人で繋がっていくしかないだろうな」
「その上で怪しい兆候が見えれば、即座に切り捨てましょう」
「そうしたいのは山々なんだが、此処から先の情報はやはり必要だ。関わらないようにしていたとはいえ、十席同盟の現状を限りなくリアルタイムで知れるのは強い」
「特にこれから突入する岐阜に関して、ですか?」
「そうだな。安全なルートがあるなら、そちらを取る」
今までは軍には頼らないと決めていた。これからも過剰に頼るつもりはない。
けれど一度繋がる事を決めたのならば、程々に関係を保っていた方が印象が揺らぐ事も無い。俺達は未だ目立つ存在であるが、時間の経過と共に脱走を図るデウスが加速する事によって珍しくはなくなるだろう。
それは即ち軍の崩壊を示すのだが、暴虐の限りを尽くす組織ならば一度完全に壊れてしまった方が良い。その後に新しい組織を今度は共同で作れたら、その時こそが共存への第一歩になる。
その時に俺達が無事に生き残って、軍との関係を持っていれば。もしかしたら誰かを助ける事が出来るかもしれない。
自分達だって生きるのに必死なのに誰かを助ける余裕があるのかと言われるだろうが、それでも死にそうな誰かが近くに居れば助けようとはするだろう。
それが出来ないならば、よっぽど合理的な性格を持っているか単にクズなだけだ。
俺とは相容れないし、相手もそれは同じ。最終的には敵対にまで発展する事になるだろう。
その際も軍に情報を伝えておけば彼等はマークする。ネットに流す情報すら選別出来る彼等だ。誰か一人を特定するのにも苦戦はしない。出来るとしたら彩の様に特殊な手段を使うか、端末に頼らない生活をするしかない。
この現代においてネットに頼らないで生活する事は難しくは無い。しかし、何かしら目的があって活動するのならネット環境は先ず確実に必要だろう。
そこから軍が逆に発見すれば、俺達も選択を絞る事が出来る。
軍と繋がる事は確かにデメリットが大きい。されども、決してデメリットだけではないものもある。それが俺達にとっては情報で、そして施設群だ。デウスそのものの援軍には一片の期待もしていない。
「――お、電話だ。全員少しの間何も言わないように」
『了解』
彩との会話で自分の意見を纏めていると、忍ばせていたポケットの中にある端末が震え始めた。
即座にポケットから引き抜き、相手を確認する。そこに見覚えの無い番号が表示されているが、俺が教えた相手など軍では大尉だけだ。一応の警戒をしながらも通話ボタンを押して耳に当てる。
「もしもし」
『……聞こえているかね。君にはF12の指揮官と言えば解り易いかな?』
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