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人形狂想曲  作者: オーメル


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第八十話 電話

 長野の山中を進む。

 まったく舗装のされていない山の中は人間の体力を容易に削り、最初の頃よりも上がったと思われる体力も簡単に零にまで追い込まれていた。

 激しくなる呼吸。胸に走る痛みを抑え付け、先頭を歩く彩の後ろを進む。

 左右には心配気に此方を見つめるワシズとシミズの顔があって、そんな彼女達に心配するなと苦し紛れの笑顔を向ける。強がりなのは誰が見ても解るが、彩も含めて全員が俺の意志を尊重して何も聞かないようにしてくれた。

 代わりに歩幅を落とし、速度そのものを落としてくれたお蔭で完全に別れる事は今の所は無い。

 その気遣いに感謝を抱きつつも、彩達も決して言葉として返してもらいたくないのだろう。基本的に無言を貫く彼女達に俺も無言を貫き、そのまま山中を突破するまで俺達の会話は短いものばかりとなった。

 突破そのものに掛かった時間は三日だ。慣れている人間であれば一日程度で抜けられたのかもしれないが、体力不足や道の修正等もあって時間が掛かってしまった。

 

 その時点で長野の道も三分の一程度までは進んだが、まだまだ終わりは見えてこない。

 残るは平地であるものの、岐阜に到達するまでの間に何度野宿をすれば良いのか解らない。廃墟があまり見られない所為で雨風を防ぐ壁もテント頼りであり、それが壊れてしまえば廃墟が少ない環境では苦痛を伴うだろう。

 一体どうしてこれほどまでに廃墟が少ないというのか。五年前から建物が少ないという線は三日という距離を考えれば有り得ず、確実に何かが見えても良い筈だ。

 山の中でも人工物の影はあった。それは罠であったり壊れた猟銃の一部であるが、それを拾えた時点で小屋程度は存在していてもおかしくはないのだ。

 けれど、山の中を進んでも小屋すら見えない。まさか俺が選択した道がピンポイントで建造物の見えない箇所を進んでいるのではと思うも、それを信じるにはあまりにも確率が低過ぎる。

 

「一先ず、今日も野宿だな」


 夜。

 歩き続け、世界は視界を遮る黒に染められる。残念な事に今日は月は昇ってはおらず、曇りの所為で完全な闇だ。

 野宿の準備は事前にしていたので何処かに何かを探しに行く必要は無いが、あまりの暗さに世間話をする余裕もありはしない。

 彼女達には風景が見えているだろうが、此方はライトでもなければ不可能だ。

 よって完全に暗くなってしまえば寝てしまった方が良い。その方が火を使いたくなる欲求も抑えられるし、早朝から歩き出す事も出来る。食事は朝に摂れば良いと判断し、そのまま暗くなる前に立てたテントの中に入った。

 内部に然程特徴的な部分は無い。そもそもテントによるデザイン性など差はあまりないだろう。

 それに暗闇になっている所為で内部を確り見れないので、本当にそのまま寝袋に入って寝るだけだ。彩達は外で警戒を続けるので俺はそのまま寝るだけ。

 相変わらずそれに関しては申し訳なさがあるものの、体力回復の為にも寝るのは必要だ。

 ――そうして寝ようとした時に、甲高い着信音がテント内に鳴り響いた。


 突然の着信に飛び起き、枕元に置いていた端末を暗闇の中から見つけ出す。

 その間に彩がテントに顔を出す様子が端末の液晶から出るバックライトによって確認出来るが、今はそれよりも着信の相手だ。家族であれば無視をするつもりであるし、職場であってもそれは同じ。

 けれども何回も電話を掛けて無駄に終わっている。最早諦めていると考えるのが妥当であり、最近はまったく電話が来る事は無い。

 このタイミングで身内からの電話が来るとは考え難い。故に表示された相手の名前に、納得をしつつも緊張を抱きつつ通話ボタンを押した。

 スピーカーモードでテントの床に置き、先ずはと俺はもしもしと声を掛けた。


『聞こえているようだな。私が誰であるかは大丈夫か?』


「大尉殿ですよね。確り登録してありますって。確認もしたじゃないですが」


『念には念を、だ。一応の確認はどんな場所でもするものだろう?』


 通話相手は百足の一件で出会った軍の大尉殿。困った際には頼れと登録した番号から掛けられた故に反対に掛けられるとまでは考えておらず、だからこそ驚きも胸にある。

 彩に心配はいらないと告げるが、彼女は相手が軍の人間であるという事からテントの中に入って来た。

 高さはそこまでではない。身長が低めの彩でも四つん這いにならねば全身は入らないのだが、そんな事など関係無いとばかりに彼女は俺の隣にまでやって来る。

 テントのサイズも大きくは無いのでリュックも置いた状態では非常に狭い。それによって彼女とはかなり密着する形になってしまい、またもや彼女の柔肌を服越しに体験することになった。

 肩出しの恰好は若い異性には非常に刺激的だ。彩だからこそ清楚さの方が前に出るが、これが金髪の色黒ギャルであれば下品さが前に出る筈。

 そうなると彩が清楚な見た目をしているのは俺にとっては有難い限りである。胸の高鳴りが無いとは言わないが、幾分か落ち着く事は出来るのだ。


「確かに。それで、一体どんな御用ですか?」

 

『最近になって起きた出来事を幾つか君に教えておこうと思ってね。然程高位の階級ではない為噂程度の情報もあるが、F12の指揮官殿からも情報が回ってきている』


「やはりそちらも独自に調べてましたか。しかしよく繋がりましたね」


『私も難しいとは思っていたのだがな。どうやら向こうも味方が欲しかったらしい。軽く腹を割った会話をして手を結ぶ事が出来てしまったよ。他に何名かも一緒に行動している』


「やはり問題視してくれましたか。……あのプロジェクトは今の時代では危険過ぎる」


『それだけが理由ではない。確かにプロジェクト・マキナそのものは我々の地盤を揺さぶるに足る計画だが、他にも姫という君のデウスも絡んでいる』 


 プロジェクト・マキナそのものは非常に危険だ。単純に実験だけでも人口が減るのはそうだが、実戦で破壊される度に新しく脳味噌を用意する必要があれば更に人口減少は加速する。

 デウスのように新しく作り上げる事が出来ればそうせずに済むのだが、材料として生きた人間の脳が必要となっている以上はデウス用の脳は失敗に終わったのだろう。

 それで諦めればまだ別の路線があっただろうに、諦めずに昔の業を持ち出してしまった。

 そして、それが今も続けられているのだから人間の好奇心は無限大だ。感情の増大というものに人間は限界が無い。

 デウスであればリミッターを設ける事が出来るだろうが、人間には理性という脆い枷しかないのである。

 故に悪事は起き、凶事も起きる。止める側の軍でも起きるのだから、常に反対は発生し続けるのだ。

 

 それを止める為に軍側でも尽力してくれる者が居たのは非常に有難いことだが、それだけではないと大尉は告げる。

 他の理由は姫――つまりは彩関連だ。大尉の言葉に彩の表情が真剣なものへと変わり、耳を少しだけ端末に向かって傾ける。

 そうせずとも良いのにしたのは、一重に何も聞き逃したくなかったからだろう。

 俺も無言で大尉が話すを待つが、正直に言って可能性とあげられる内容は一つしか思いつかない。


『現在の名称は彩だったか。その彩が以前所属していた先である十席同盟にも彩本人が情報を送ったそうだが、それに対する返答が向こうに届いたそうだ。……結果だけで言えば彩本人を軍に戻したいと考えているのが大多数を占めている』


「大多数というと、やはり反対する者も?」


『そうだ。MAO193という元帥の秘書をしているデウスが居る。彼女も十席同盟に入っているのだが、随分と規則に五月蠅いタイプのようでな。理由がどうであれ、一度でも離反したデウスは破壊すべしと言っているようだ』


「それは、また」


 短絡的と言うべきか、規則に忠実と言うべきか。

 少なくとも十席同盟との接触はこれで避けられないのは理解した。場合によっては戦闘も視野に入れるべきだと考え、そこまで思考が及んでからしまったと彩に顔を向ける。

 当の本人は恐ろしい形相をしていた。瞳から光が消え、身体は最初に接触したよりも熱い。噛み締めた口は今にも折れてしまいそうで、それを止める為にこっそりと彼女の手を握る。

 それだけで彼女は俺に意識を向けてくれた。彼女は俺に対して殆どの場合殺意を向ける事は無い。今回も同様に、一度俺を睨んでから徐々にその怒りも露散してくれた。

 されど、それは内部に蓄積されただけだ。爆発の懸念が高まっている以上、気を付ける必要がある。

 電話を続ける余裕は無さそうだ。さっさと通話を終わらせたいのだが、大尉はまだ話す事があるのだろう。

 更に言葉を告げてくる大尉を相手に、俺は背後で怒りを抱えている彼女が大尉に言葉を出さないようにするよう尽力しながら話すのだった。

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