第八話 狙撃
撃音が市街地の外れで鳴り続ける。
一発一発の間隔は長く、使われている銃の種類はARやSMGのように発射間隔の短い物ではない。一番可能性のある種類はRFだ。
しかし鳴っている場所は一ヶ所だけではない。常に一定の距離で複数の場所から撃音が鳴り続け、それは一種の弾幕としての形を成していた。
それをしているのは外ならぬ迷彩柄の者達。日本の守護と敵の殲滅を掲げている軍隊であり、今この場所に居るべきではない者達でもある。
現在位置は千葉県某所。港付近ではなく内陸側に陣を張る彼等は、本来守備兵力を残してその全てを北海道に向けている筈であった。
無数のヘリの内部には数体のデウスの姿も確認され、明らかに尋常ではない気配を見せている。
殲滅すべき対象がこの千葉に居ないのは軍属であれば誰もが解っていた。同時に、デウスを投下する程の存在が居るという報告も上がってはいない。
こうして彼等が此処に居るのは一重に上の命令であり、詳細情報は一切伏せられていたのである。
それについて疑問を感じる者は少ない。そもそもこういった任務は軍属であれば稀であれども有るもので、一兵卒はそれについて質問する事を封じられている。
考えるのは常に部隊を率いる長であり、しかし現状はその長ですらも詳しい部分は知らなかった。
ただ一つ下された命令は、此処に来るであろう指名手配犯を処理すること。
それは警察の仕事だろうと思うものの、軍属が処理しなければならない程の武力を持っていればその限りではない。
しかしこうも突発的な話であれば後ろ暗いモノを感じるし、実際に長はこの命令を下した相手を思い出して眉を顰める。
怪しい。何がと言えば全てだが、一つ怪しさを挙げるとすればこれまでの間にそういった者達の報告を一度として聞いていなかったことだ。
「――少佐。このまま攻撃を続けてもよろしいのでしょうか」
「鈴木少尉……命令は命令だ」
「はっ」
更にもう一つ。軍属専用の端末に表示されている画面には件の対象が映っているが、その相手は明らかに日本軍が警戒すべき者達には見えない。
大量の荷物をリュックサックに纏めた青年に、デウスの反応を示す少女。照合の結果少女の所属は判明せず、気にすべき箇所としてはそれだけだ。
勿論デウスの管轄は軍と研究所である。民間が保有を認められたケースは無く、ましてや一般が持つ事なぞ不可能でしかない。それを成している現状は極めて異常であり、疑問を抱くのはある意味当たり前だった。
だがそれでも。苦し気に進む青年の姿に胸が痛む。
これが演技であれば見事であるが、どう見たとしても演技とは考えられない。件の少女が必死にガードをしなければ既に死亡していただろう。
二人の間には何か強い繋がりじみたものを感じてならない。
それが友情か愛情かは定かではなくとも、こうして強い繋がりを構築出来るというのは稀有だ。
現在の軍の状況を想像して、溜息を零す。まったく何時から人類は恩人に対して唾を吐くような真似をするようになってしまったのか。
軍帽の位置を調整する壮年の男を見て、少尉と呼ばれた男も内心で息を吐く。
どちらも若いとは言えない年齢だ。結婚していて子供も出来ているような、そんな年齢の者達である。
五年前の地獄も経験していて、命辛々に生還を果たした運も持っていた。そんな者達だからこそ、彼等は現在の状況について不満しか溜まっていない。
それでも仕事は仕事。やらなければ自分の命が危ないとデウスの出撃を命じた。
「対象の捕縛を優先しろ。相手にはデウスが居るが、此方は五人もデウスが居る。負ける事は無いと信じているぞ」
『了解しました』
「……これが済んだら皆で御飯でも食べよう。俺の奢りだ」
『…………出撃します』
通信を終わらせ、直後に搭乗者以外人が存在しないヘリから五人のデウスが落ちていく。
ビルを軽々と超える高度からの落下は人では耐えられないが、デウスであれば余裕だ。更に言えば腰部に追加の噴射装置が付けられ、空中での戦闘も可能としている。
銃撃戦となれば距離が大事だ。特にデウスを撃破可能な武器を保有していると思われる少女を相手にして、通常の範囲での戦闘は損耗が大きくなり過ぎる。
使用する武器はARではあるものの、空中を移動しながらの戦闘だ。更に五人も居れば最悪の場合は誰かを捨て身として距離を詰める事も出来る。
当然それを少佐も少尉もするつもりは無いが、もしも厳しくなればやれと命令しなければなるまい。
世知辛い世の中だ。五年前に比べればマシかもしれないが、それでも現実は常に人類に苦しみを突き付ける。
今回の任務は胸が悪くなる結果に終わるだろう。接近するデウスを見ながら相手の様子を確認し――少女の姿に違和感を覚えた。
処理対象のデウスが武器を取り出したのは解る。それがARであったのも予想の内に入っていたし、一体だけ破壊されたデウスにはSGが無かったのでそれも使うだろうと予測を立ててある。
だというのに何故、彼女に違和感を覚えるのだろう。
真正面に映る彼女の顔を見ながらそれを考えて、その違和感の正体に気付いた。
「何故此方のカメラを見ている……?」
見るべきは今正に襲い掛からんとするデウスであるべきで、ヘリではない。
それにヘリは複数存在する。円の形を取りながら弾幕の形を取っていて、当然現在もそれは続いている。
少佐が居るこのヘリもそれは同様だ。今も直ぐ傍で狙撃を行う者が居て、デウスの近くに居る青年に狙いをつけていた。
にも関わらずに少佐が居る場所だけを彼女は見つめている。最初から何処に誰が居るのかを知っているかの如く、彼女は青年を守りながらも見続けているのだ。
その異質さに背筋が冷えた。高度なセンサーを備えていたとしても今回の襲撃から隊長の居るヘリを割り出すのは難しく、守りながらであれば割けるリソースもほんの僅かな筈。
割り出しは絶望的だ。そうであるのが普通で、デウスは決して万能の神でも何でもない。――――ならば考えられるのはただ一つ。
それを示すが如く、彼女は到着した五人のデウスの放つ銃弾を如何なる技術か弾き返す。
そのようなスペックはデウスには搭載されてはいない。そして彼女達デウスの武器は他のデウスを破壊する事も十分に可能だ。弾く事はまったく出来ない。
それでも可能性を考えるのならば、やはり単純な基本性能だ。
デウスの根幹を把握しているのは一番最初にデウスを開発した五十六研究所だ。特別製のデウスが存在したとしても不思議ではなく、一部の間では私有の部隊が存在すると言われている。
件の彼女がもしもそうであれば、成程確かに可能性としては有り得る――――そして、もしもそれが正解ならば共に行動している青年は恐らくは最大限保護しなけらばならないのだ。
ARの弾を未来予知を疑う正確さで彼女は回避していく。青年はその動きに必死に食らいつこうとしていて、結果的に彼女の後を追う形となって移動していた。
何時までもそれが続くとは誰も思わないが、多数に包囲されて致命の一つも無いのは驚嘆に値すべきだ。
もしも一兵卒であれば少佐は彼を心の底から賞賛していただろう。
怪しさはある。しかしてそれが研究所由来であればデウスを連れている事実にも一応の納得を示す事は出来る。
同時に、もしもそれが軍の上層部にとって面倒であると判断された内容であれば……。その想像をする前に、彼女はいよいよもって銃を一人のデウスに向けた。
「――はっ、なんだこれは」
撃。そして辺りに広がる更なる煙。
ARを持った彼女の銃撃は異次元の域に到達する程の精度だった。