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人形狂想曲  作者: オーメル


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第七十七話 買い物

 長野に突入してからというもの、未だに不穏な気配は感じない。

 何も考えずに歩けるのは気持ちの良いもので、警戒するタイミングといえば街に入る時のみ。大尉殿が教えてくれたデパートのある街はこれまで立ち寄ったどんな街よりも人口が多く、並ぶ施設群もやはり多い。

 出来ればその中に彼女達を全員入れたかったのだが、容姿によってそれは出来ない。出来るのはフードを被ったワシズかシミズのみで、今一緒に来ているのはシミズの方だ。

 彼女は無言で俺の真横を歩いている。会話らしい会話をしないのがシミズの特徴であるが、かといって好奇心が無い訳でもない。

 若者向けの服屋の横を通れば視線をそちらに向けるし、子供同士が遊ぶ公園を見つければそちらにも目を向ける。

 実際に体験していないからこそ、その顔を左右に振る姿は御上りさんと言われても致し方無い。


「後で何処か寄るか?」


「……いい。時間制限もあるし」


「連絡の一本程度入れるさ。彩あたりは帰ってきた時に小言を少し貰うだろうが、まぁその時はその時だ」


「――なら、少し」


 最後に小声で呟き、シミズは俺の服の袖を摘まむ。

 これが彼女なりの甘え方だというのなら、それを受け入れるだけだ。その状態を保ったままに俺達はそのまま大尉殿が言っていたデパートへと入った。

 内部には予想外と思えるだけの商品は置かれていない。服屋があり、レストランが少ないながらもあり、家電製品もある。一般的な店構えであり、人の出入りも非常に多い。

 他にも店はあるが、やはり此処は信用が厚いのだろう。不安そうな顔をせずに買い物を済ませていく客の顔を見つつ、俺達は目的地であるサバイバルグッズエリアに一直線に向かった。

 場所自体は案内板を見て直ぐに解る。エスカレーターを登りながら他に何か買っておくべきかと考えるも、やはり懐を心配してしまい消費を抑えてしまう。

 使うべき時は使うべき。これは真理であるが、少なくとも今の俺は節制の方に天秤が傾いていた。

 だから頭の中に色々思い浮かぶものの、直ぐに露散していく。三階に辿り着くまでに十回は繰り返し、結局無駄遣いはしないという結論に落ち着いてしまった。


 そうなってしまったのならば止む無し。意識をサバイバルグッズに向け、その品揃えの豊富に目を見開く。

 他ではまったく見なかった商品が此処にはある。俺の使っている強力なライトを超えるライトも発見し、三枚重ねの鍋やサバイバル用のナイフもあった。

 デパートでもナイフを売っている場所もあるにはあるが、種類が豊富だ。用途事に完全に分けられ、最早専門店の様相を見せている。

 許可を取るのがかなり大変だっただろうなと感じさせられるだけに、この部分は特に力が入っている筈だ。

 責任者が余程オタクなのか、或いは周囲にそれを用意せねばならない程の環境が存在するのか。

 俺が歩いてきた道はこれを必要とする程ではなかったが、他の地域ではあった方が良いレベルなのかもしれない。そう考えるとこれからの道程を俺も覚悟せねばなるまい。


 色々と物色し、最終的に決めたのは耐久重視の服とナイフだ。

 近接戦闘をするのではなく何かを切る必要があった時に使う用で、選んだのは頑丈さを優先したもの。大中小とサイズが分けられていたので中サイズの物を購入したのだが、中々に重く感じた。

 服はベージュのチノパン。デザインも様々あったが、俺は無地の長袖黒Tシャツを選択。追加で黒のグローブを購入し、大きめの袋を持ってデパートを出た。

 折角入ったにしては少ないが、どうしても資金を考えてこうなってしまう。

 他にもいざという場面で使う濾過装置等も売ってはいた。それを手に取らなかったのは、使える回数と値段を見たからだ。

 使わねばならない時には使わなければ死ぬとは言うが、それでも先程の専用装置は割高に過ぎた。

 恐らくは店側もそれを用意するのに苦労して、だからその分も追加されてあの値段になっていたのだろう。それで客が手を出すかどうかは不明だが、少なくとも俺はあれを購入しようとは思わなかった。


「さて、何か寄ってみたい所はあるか」


「……ん」


 デパートを出た俺は早速シミズに言葉を投げ掛ける。あれだけ興味津々だった彼女であれば直ぐに何処に行きたいかを決めてくれる筈だと思っての発言は、予想通りにシミズが指差した事で成功した。

 予想外だったのはその先にあるものだ。最早古風というか、この時代だからこそというか、兎に角珍しい物がそこにはあった。

 甘い匂いを煙と共に出す改造された軽トラ。昭和の雰囲気を思い出させてくれる赤い文字のステッカーが車体に貼られ、それがどんな存在なのかを明確に明らかにしている。

 宣伝の声は無い。アナウンスのような女性の声が当たり前になっていたと思うのだが、少なくとも目前の軽トラにはそんな声は一切入っていなかった。

 焼き芋屋である。もう完全無欠に、焼き芋だけを売る軽トラだ。

 ゆっくりと進む軽トラの周りには無数の人間が居て、それが人気の店である事が解る。熱々の焼き芋をビニール袋に入れて客は持ち帰り、とある老人は近くのベンチに座って新聞紙で包まれた焼き芋を美味そうに食べていた。

 

「あれを食いたいのか?」


「……なんと、なく。駄目?」


「そんな事は無い。よし、並ぶとしようか」


 列は長いとは言えないが、かといって短い訳では無い。確実に彩から小言を貰うだろうと確信しつつ、詫びも兼ねて全員の分を買っておこうと決めた。

 これぞ正に無駄遣いだぞと冷静な俺が告げてくるが、家族の願いを無碍にするのはナンセンス極まりない。

 これは本当に必要な消費だ。焼き芋の値段も一本二百円と決して高い訳じゃない。纏めて買えばお得になると車体に貼られていれば、猶更止まる理由は無いだろう。

 安い願いだ。それすら我慢しろと言ってしまったら、流石に男ではない。

 それに普段は食べない彼女達がどう食べるのかが些か気になっているのも事実。これを口実にして成してみるというのも一興かもしれない。

 

 そうして暫くの間シミズと会話しながら順番を待った。そして買い終わった後に俺達はそれを食べながら彩達の居る所まで戻る。

 初めての焼き芋を彼女は他の人間の見様見真似で食べようとしたが、新聞紙の包みを開く所で躓いてしまった。

 熱気を逃がさない為に四枚か五枚で重ねて全体を隠しているので食べるのがそもそも初めてのシミズでは苛立ってしまうかもしれない。

 なので俺の分を開いて、それをシミズにあげた。彼女は小さく感謝を零してから二つに割る。

 蒸気をあげながら現れる焼き芋の中身は、やはりどれだけの時代を経ても綺麗で食欲をそそられる。俺もシミズから貰った分を開き、焼き芋を二つに割って齧り付く。

 

 中は熱く、あまり熱した物を普段から食べていない俺の舌は突然の高熱に悲鳴を上げた。

 それを必死に口内で誤魔化しながら噛んで飲み下し、その甘さに感嘆の息を零す。久方振りの焼き芋はやはり熱く、そして甘い。昔は人気だったのも頷ける程で、俺は直ぐに二口目へと口を動かした。

 夢中になっていたのもあったのか食べきるのに僅か五分程度で終わり、シミズはどうだろうかと顔を横に向ける。

 そこには目を輝かせながら熱など知らぬとばかりに必死に食べるシミズの姿があり、その子供らしさに思わず微笑ましさに口元が緩んだ。

 食べ切った後もシミズは俺が持っている残りの焼き芋に目を向けていたが、流石にそれを渡す訳にはいかない。

 駄目だと告げて、残念そうに眉を下げたシミズと一緒に俺達は彩達の元へと帰った。

 ――――余談だが、帰った俺は見事に彩に説教を貰った。小言で済むと思ったのだが、かなりの剣幕で正座もさせられたのだ。

 焼き芋のお蔭で多少は機嫌もマシになったが、翌日の朝も彼女の機嫌は悪いままであった。

 

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