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人形狂想曲  作者: オーメル


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第七十六話 十席同盟

 ――そこは円柱状の部屋だった。

 縦に伸びた建物は天井が高く、五mの長さを持っている。反面横幅はそれほど大きくはなく、此処が施設だと知っている者からすれば大人十人程度の横幅は狭いと認識する筈だ。

 白の壁紙が貼られ、窓は無し。扉は鋼鉄製であり、そこだけ見れば監獄のようにも見える。しかしこの円柱状の部屋には同じく円柱の形で作られた木製の机があった。

 ベージュ色の机には温かみがある。部屋の壁紙と合わさり、本当に一般家庭の部屋の一つと感じる事が出来てしまう。

 家具らしい家具は無い。机に置かれた湯気を上げる真っ白なカップだけが生活の雰囲気を感じさせる。

 

「あの馬鹿が見つかったって本当?」


 不意に、静かな空間に女の声が響いた。

 鋼鉄製の扉を簡単に開き、肩を怒らせながら部屋へと入ったその女性の姿は幼い。

 小学生にも見えるし、ギリギリで中学生にも見える。百三十㎝も無いその姿は一般的には微笑ましいものであるが、紅蓮の瞳には子供には出せない烈火が映っていた。

 歩く度に彼女の赤毛が揺れる。首までの長さを持つ髪は彼女の性格を色濃く表していて、無造作に席に付いてからも燃える感情を鎮める事は無い。

 それは目の前に紅茶があっても一緒だ。マナーも何も関係無いと一気に飲み干し、そのままカップを机に叩き付ける。その所為でカップは粉砕された。

 そんな女性に対して、対面に座る別の者が小さく溜息を零す。

 

「もう少し丁寧に物を扱ってください。私達の力ではどんな物でも壊れるのですよ」


「知ったこっちゃない。脆い方が悪いのよ」


 まるで正反対の青い瞳が、紅蓮の少女を窘める。だが当の本人はまったく反省せずに我を貫き続けるだけ。

 もう何度目だろうかと青い瞳の女性は心中で二度目の溜息を零し、落ち着ける為に自分で居れた紅茶を一口含んだ。

 青い、というよりも白に極めて近い青さを持った髪を夜会巻きにした女性。年代にして二十代の後半に見えるその女性は、燃え盛る少女よりも落ち着いた春風を想起させられる。

 性格そのものも決して悪いものではないのだろう。少女の反省しない態度に溜息を零すあたり、苦労人という言葉の方が似合う。

 そんな二人とは別の席に座り、我関せずを貫く男が居る。

 常に笑顔を絶やさず、優雅に紅茶ではなくコーヒーを啜るその姿。片目を隠す程の金髪の長さと同様の金の瞳と合わせ、王子といった雰囲気を感じさせる。

 

「ふぅ、今日も此処のコーヒーは美味しいね」


「おい、私の話を聞いてるのかよZ44」


「聞いているよPM9。その質問に対する答えはYESだ」


 苛立ちを前面に押し出したPM9の言葉に、コーヒーを飲んでいたZ44は苦笑しつつ胸元の軍服から一つのメモリーカードを取り出した。

 それをそのままPM9に向かって投げ、投げられた本人は片手でそれを掴む。

 即座に腕部のスロットに挿入して掛けられたプロテクトを突破し、内部情報を閲覧する。そこにあったのは彩が送った情報そのものであり、つまるところデウスの根幹を揺さぶる実験の数々だった。

 それら全てをPM9は短時間で閲覧し、最後にF12が製作した現在の彩の状況を読む。

 それらを最後まで読み進め、終わった後に取り出したメモリーカードを二つに圧し折った。更に握り締め、今度は粉々に粉砕する。

 情報そのものを残すつもりはないと言わんばかりの破壊の仕方は、しかし過剰とも取れるだろう。

 

「あー、あー、OK。状況は理解した。つまり私は今からあの馬鹿を殴り付けに行けば良いんだな?」


「何でそうなるの。悪い情報と良い情報よ、これは。少なくとも彼女が掴んだ限りではまだ完成の芽は出ていない。ならその内に潰せば良いし、彼女がそうしたいと願った行動を遮る理由は無いわ」


「――よくそんな事が言えるな、SAS1」


 紅蓮の眼差しがSAS1を貫くように睨む。

 SAS1はその目を向けられても態度を変える事は無かったが、周囲に少しずつ緊張感が発生し始めた。

 一触即発とはいかないまでも、何かが起これば即座に銃を呼び出す。そんな雰囲気を醸し出した両者は、それを維持したまま言葉を重ね続ける。

 

「確かに情報そのものは別に構わんさ。今から研究している場所を探して潰せばそれで良い。……だがなぁ、これは脱走行為だ。認められる訳が無い」


「どうして?既に黙認している子は何人も居るわ。今更彼女を見逃しても何も変わらないわよ」


「いいや、変わるね。他とアイツじゃ訳が違う。此処に座ってる連中がどれだけ頭がおかしいか解っている筈だろ?」


 PM9が語る文句は、しかし正論に近い。

 彩という存在は普通のデウスとは違う。ただのデウスであれば逃げるのを見逃しても脅威にはならないと解っているが、十席同盟の誰かであれば能力によって仲間を作ることも出来る。

 それは優しさでも良いし、圧力でも良い。利害関係によるものでも集団となるならば良いだろう。

 彩の場合は圧力だ。彼女がその気になって周辺のデウスを制圧し、強制的に仲間に加える事が出来れば大きな事を起こすことが出来る。

 それが軍にとっての不利益に通じるのは、普段のデウスに対する扱いを考えれば当然だ。

 PM9は彩という女をよく知っている。知っているからこそ、無視をする訳にもいかない。何を用いてでも戻す必要があると認識していて、されどそう認識しているのは彼女だけだ。


「あの子はこの中だと常識人よ。貴方のように無闇に壊す真似もしないし、誰かの迷惑に繋がるような事もしない。常に一人で居ようとするあの子が誰かと組むなんて考えられないわ」


「PM9。君の意見は解るが、僕もSAS1の意見には賛成だ。彼女は常識人だよ、この中では珍しくね。それに……君が此処まで怒っているのは、彼女が見つけてしまったからだろう?彼女にとっての理想の人間を」


「黙れ、Z44。私は真剣に言っているだけだ」


「……君は解り易い。一番感情的で、一番短気だ。それを好ましく思っているのは事実だが、少しは素直になっても良いんじゃないか?」


 瞬間、Z44の眼前に一丁のHGが現れた。

 先程までPM9が座っていた席は空になり、当の本人はZ44の目の前に居る。

 特徴的な瞳は極点を超えてしまった所為か赤く輝き、既に引き金には指が当たっていた。そのまま押せば弾丸が飛び出し、Z44の顔を吹き飛ばす事だろう。

 しかしながら、その引き金をPM9が引く事は無い。それはZ44が変わらぬ笑みを浮かべていたのもそうであるが、SAS1がPM9に向かって既に銃口を向けていたからだ。

 タイプはSR。長射程を持つ銃ならば、それを近距離で避け切るのは難しい。

 PM9が引けばSAS1も引く。そして出来上がるのは仲間割れによる地獄絵図だ。

 それをイメージ出来てしまったから、PM9は舌打ちをしつつ自身の銃を消して椅子に座り込んだ。


「兎に角だ、一度はアイツの真意を確かめる必要がある。私達の内の何名かが行った方が良いだろう」


「それは賛成だね。行くとするなら例の北海道奪還とは無関係の者にしよう。――僕は行けるよ」


「私は……ッチ、無理だ。参加組だからな」


「なら私も行きましょう。他の者達にも声を掛けておきますわ」


 表面上は静かに彼等は話を進めていく。だがその奥底では、誰もが期待を寄せていた。

 それは彩にではない。彩という個人の性質を変化させた人間にである。もしもそれが十席同盟にとってもプラスに働くのであればと考え、いざという備えも進めておこうとZ44は内心で呟いた。

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