第七十四話 死体を眺めて
百足の身体が燃えている。
全身に火が巡り、最初に焼かれた部分は既にピンクの肉が見えていた。死体となった百足は悲鳴の一つも上げず、されどその巨体さ故に山火事のような燃え方を見せる。
放たれる臭いは良いモノではなく、その光景を見ていた軍人は総じて眉を顰めた。
デウスには嗅覚の機能をカットさせたので平気な顔をしている。一定の範囲で円を描くように警戒させ、一般人がこの光景を見させないよう注意を払っていた。
巨体の百足は燃え尽きるまでに多大な時間を必要とする。事前に持ち込んでいた油を用いても半日は燃やし続けなければならず、その百足が燃え尽きた後は一面焼け野原だ。もしも森で討伐すれば文字通りの山火事を起こさねばならず、それを避ける為には森の外にまで運ばなければならない。
「――いやぁ、きっついきっつい。何回やっても慣れねぇよ、コレ」
「文句を言うな。幸いな事に街への被害は無し、此方の被害は軽微。処理だけで済むのなら万々歳の成果だ」
「そりゃそうだけどよ。文句くらいは許してくれ、ウチのリーダーも今は居ないんだしさ」
燃え盛る火を見ながら鼻を抑える年若い兵士。戦闘時には叫び声を上げていた青年は今は不快気に文句を吐いている。それを隣に立つ眼鏡を掛けた同年代の青年が溜息混じりで言い放つ。
誰だって他人の文句を聞きたいものではない。そういう意味を込めての言葉は、しかし年若い青年には通じなかったのだろう。
少し眦をつり上げて眼鏡の青年に見掛けだけの威嚇を含めた言葉を吐き出す。
その印象は肉食動物が如し。迂闊に言葉を並べれば喧嘩に発展しそうな雰囲気を周囲に与えるものの、かけられた当の本人は柳に風とばかりに受け流している。
二人にとってこのやり取りは最早当たり前となっているのだろう。彼等の感覚で言えば軽口を叩いているのと同じ程度の些細な会話だ。
他の兵も今は休憩時間だと各々自由に過ごしている。この光景を民間人が見れば批判するだろうが、その警戒をデウスに任せているので彼等は安心して休み続けていた。
訓練、訓練、訓練、戦闘、と過ごすのが軍だ。勿論休日も存在するし、休憩時間が無いとは言わない。
しかし過酷な環境で耐える為に彼等の訓練は常に命がけだ。志の低い者は訓練の中で大怪我を負うこともあり、中には死亡する者も居た。
積み重なっていくストレスによって精神病に陥る者も存在し、そこから復帰する者は僅かだ。
故に貴重な休憩時間を存分に堪能するのは当然だろう。現場担当の責任者である大尉は現在本体を引き連れて長野基地へと帰還を開始し、今は任せられた別の者が現場指揮を行っている。
その現場担当もするべき事が終わったと確信した時から休憩を推奨していた。そこには今回の無茶振りに対する謝罪も含まれており、兵士の中にはそれを感じ取っている者も居る。
「しっかし、あれは何だったのかねぇ。大尉達は解ってるみたいだけど……」
「まぁ、十中八九野良デウスだろうさ。助けてくれたのは良い人間に会えたからだと思うが」
「やっぱりそうなんかね。……ま、此処の上層部に比べれば外の人間の方が優しい確率は高いわな」
「世間の中ではデウスは守護者としての面だけを流しているからな。実態を知っている人間は軍関係の者が情報を流さない限り有り得ないだろうさ。その手の情報も違和感が起きない程度の検閲が入っているだろうし、好意的な見方が多くなるのは間違いない。批判されるとしたら俺達人間側だろうよ」
今回の裏側を知っている人間は極僅か。大尉と、同じ車両に入っていた二人の男達。
後は少数のデウス組であり、それ以外は周辺警戒を厳にする形で留まらせていた。故に全体的に情報を把握している者は少なく、今この場に居る全員は裏側を知らない。
そして、眼鏡の青年は今回のデウスを完全な野良と判断した。戦場で逃げ出し、心優しい人間に助けられたデウスが人々を護る為に危険を承知で軍の戦闘に混ざったのだと。
それは決して間違いではない。しかし一部が違ってしまい、されど他に推測出来る材料が無い為に間違いは間違いのまま話は進んだ。
そのまま話は世間話へと流れていき、彼等も百足を眺めながら半日という休息時間を過ごしていく。
対して警戒を担当するデウス達の胸中は尋常なものではなかった。
胸の内から溢れる感情プログラムは喜色に染まり、長野基地に戻った複数のデウスが流した情報の数々を必死に記憶領域に収めていった。ブラックボックス内にある記憶領域にまで保管出来ればその情報を削除してもデウスは何時でも思い出す事が出来る。
問題点は記憶領域内に保管出来るのは記憶のみ。つまりは情報を一度は全て読まなければ完全な保管は不可能。
故に警戒と情報データに目を通るという二つの作業を平行し、二時間を掛けて記憶領域内に全てを収めた。
収めた後に全情報を削除。これで他に漏れる危険性は少なくなった。
残る可能性は研究所によるメンテナンスぐらいだが、態々ブラックボックス内の記憶領域にまで手を伸ばす事は稀だ。
「E332。貴方はこれを読んでどう思った?」
「非常に興味深いッス。出来る事なら接触して色々話してみたいッスね。O29」
「それを姫が許せばだけどね」
二人一組となって周辺警戒に努めているデウスの内の一組であるE332とO29は先程の情報に興奮を隠せていない。
デウスに対しておよそ理想的と言える人間の出現。加えて行方不明とされている彩の発見。この二つは今の軍に所属するデウス全員が聞けば騒ぎが起こる事態だ。
特に不当な扱いを受けているデウスであればある程、その暴れ振りは尋常ではなくなるだろう。
何らかの作戦で外に出向いた際に近くに件の人間の姿を目撃すれば、何かしらの理由を付けて接触を図ろうとするのは決まっていた。
この情報は今回この作戦に参加した者と、彼等を支援するべく出撃したデウス全員に広まっている。
情報漏洩を厳しく禁止した命令者は支援側のデウスを率いるF12であり、誰もが実際に情報を読み込んでその意味に納得していた。
この情報は他に漏らしてはならない。
争奪戦が始まるのを解っていれば、誰もが口を噤むだろう。特にその人間の傍には三体のデウスが存在している。
誰もが普段表に出さない素直な感情を晒し、全員が対等であると示す為に横一列に胸を張って並んだというのだ。
そんな光景を映した画像はデウスが求めた奇跡の一枚。軍ではほぼ確実に見れない姿に、思わずデウス全員が羨望を覚えてしまうのも無理らしからぬことであった。
出来ることならば、自分が愛されたい。奪い取れるのならば全力を尽くして奪いたい。
されどそれは出来ないし、したとしても対等にはならないだろう。互いが互いに縛らず、想いを尊重したからこそ出来上がったものなのだ。
それに単純な戦力も並ではない。相手が十席同盟に座るデウスであるならば、基礎スペックが同じでも戦闘時の結果は常に相手側の勝利に終わる。
どうしてそうなるのかは解っている。解っていて、しかし覆せない。
それが十席同盟。単純な能力だけでは覆せない何かを持っているからこそ、特別は特別としてそこに立てるのだ。
もしもこの光景を十席同盟の全員が見ればどうなるだろう。争いに発展するのか、姫の行動をそのまま認めるのか。
デウスが愛に飢えているのは軍に所属すれば嫌でも解る。――――ならばきっと。
それ以上の言葉は出さず、そのまま胸の内に収めた。背筋に感じる筈の無い悪寒を感じたのは一体どうしてだろうか。
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