第七十三話 信仰
彩の事が大好きだからだ。
その言葉に万感の想いが乗っているのを、聞いた全員が理解した。
F12は正面からその男を見る。穏やかな湖面の如く、一点の穢れ無き眼差しには真実の光しか存在しない。
デウスと人間、双方が共に対等の存在として並ぶ事は有り得ないと軍では常識とされている。主従の関係を強制され、十席同盟の中でも未だ人間の束縛は続いているのだ。
デウスはその力があまりにも強過ぎるから、人間はそのデウスがもしも人間に牙を剥いたらと恐怖するから。
設定された力と人間の感情が対等の二文字を消し去り、そのような未来は訪れないと判断していた。協力関係を築ける筈だと一部の指揮官達は主張していたものの、それが少数の時点で多数決の前では敗北も同然。
如何様な活動を続けても結果が実らず、中には折れた指揮官も居た。その中においての信次の発言と前に出て彩と並んだ姿は、ある意味理想の姿そのもの。
胸を張り、己こそが正義を体現する様。そして彩も薄く笑みを形作りながら信次同様に胸を張る。
後ろで彩達の話を聞いていただけのワシズとシミズも嘗て行ったように左右に並び、全員が全員囲まれている筈なのにその表情を喜びに染めていた。
「――――」
その姿を、現場リーダーたる男は目を見開いた。
瞳には雫が溜まり、今にも落ちそうな程。それは他の人間も同様で、デウスを虐げる事を良しとしない者達にとっての理想の姿が目の前にあった。
忘れるなかれ、その姿を。逸らすことなかれ、その姿を。
一枚の写真に収めて額縁に飾りたくなる光景に、自然とリーダーは手を叩く。尊いモノを見たと首を縦に何回も振りながら、意識して作っていた無表情を崩したのだ。
「見事……正しく見事。これを私は見たかった。……こんな関係を私は築きたかったッ」
「大尉……私もであります」
全員の視線が大尉に集まる。デウスも人間も全て、その大尉と呼ばれた男に目を向けた。
その視線を一身に受けながら思う。人とデウスが対等の関係になれる可能性は残っている。芽はどんな場所からも現れ、軍の知らない場所で急速に育てられた。
その間に起きた出来事は決して楽なモノばかりではないだろう。こうしてデウスが傍に居るだけで困る展開は多々起きていた筈だ。
その全てを飲み込んで愛せるのならば、それは最早本物としか言い様がない。
認めるべきだ、その愛を。しかも彼は他のデウスとも友好な関係を構築している。そこに何かを細工された気配は無く、ただ純粋な感情のみで幼い姿のデウスは行動していた。
これを喝采せずに何を喝采する。礼讃し、尊敬する事に何を恥ずかしがることがあろうか。
「……ですが、世の中は愛だけでは上手くいきませんわ。貴方は姫に並ぶ実力を持っていまして?」
「残念ながら、だな。俺は元々只の一般人だったし、出会いも住んでたアパートで倒れていた彩を助けたからだったしな。特別何かを持っている訳じゃない。……強いて言うならちょっとばかし人間側の常識を教えたくらいだ」
「お蔭様で色々解りました。貴方の場合は随分と無茶をしてましたけどね」
「それは言わないお約束」
「言わなければまたするでしょう?――足りない分は私達が全てカバーしますよ。無茶する必要は極力減らしてください」
即興で漫才じみた真似までする二人に人間側は笑みすら浮かぶ。
その後の会話に、信次だけの一方通行な気持ちだけではないのを彩は言葉で示した。その顔は信次であれば見慣れた満面の笑みであるものの、軍の頃しか知らないデウス達にとっては驚愕ものだ。
中でもF12は顕著であり、その顔を神々しいモノを見るかのように見ている。その要因が人間であるという事実を加味しながらも、それでもF12はそれを尊いと感じてしまった。
そして一度でも認識してしまえば、認めなければならない。例えそれが嫌であっても、事実は事実として認めなければ彩との関係は悪化の一途を辿るだろう。
もしも彩が完全に敵に回ったとしたら、それはF12にとって悪夢も同然。純粋な技量で勝てないのは勿論のこと、そもそも戦うという選択肢すらF12には存在しない。
尊さと嫌悪が混ざった複雑な顔を浮かべながら、F12は信次に対して口を開く。
「御二人の関係、見事です。その関係性は軍に居ながらでは構築出来ないものでしょう。――認めます」
「有難う。そして済まない」
「構いませんとも。それで姫が喜びを感じてくださったのであれば、文句を言う事は御座いません。……我々の指揮官殿もその関係性を全面的に御認めになられています。その上で、何かあれば頼ってくださいと指揮官殿から通信が今入りました」
この光景を見ているのは何も現場に居る全員ではない。
彼女達の目を通してF12側の指揮官もその様子を見ている。対して大尉側の指揮官はデウスから送られるリアルタイム情報の全てを遮断してプライベート空間で一日を過ごしている。
一部でも自身の責任問題に発展させない逃げの思考が渦巻き、結果として戦いの全てを現場の人間に任されるようになってしまっている。
結果的に現場の状況がその指揮官に届く事は無く、この部分の映像ログを消せば調べられることもない。
完全な結果論となるが、全て都合の良い状態となったと大尉は笑みの後ろで思考を回す。同時にF12側の指揮官とも馬が合いそうだと感じていた。
「F12。お前の指揮官殿の階級は?」
「は、現在は大佐で御座います。新進気鋭の人物であり、デウスに対する扱いも悪くはありません。協力関係を結ぶのであれば損は無いかと」
「――なら、これを受け取れ」
彩が自身の皮膚の一部を剥がす。しかしそこは元から用意された場所だったのだろう。他とは違い簡単に外れるようになっており、その下に人間とは違い特有の鈍い光を放つ機械部分があった。
機械部分は複数の細長いスロットが見え、その内の一つからSDカードに酷似した物が引き出される。
そのメモリーカードを引き抜き、そのままF12に投げ渡した。F12はメモリーカードを跪いた体勢から片手で掴み、カードを彩が差していた場所と同様の場所に差し込んだ。
内部には複数のプロテクトがあり、必要なパスワードをF12が自力で解析。敢えて彩が甘くした為に簡単に解析は完了し、ロックは解除された。
内部には一つのファイル。その中に存在する各種資料を読み、F12は驚愕に顔を染めた。
「これが私が脱走した理由だ。十席同盟にも伝えておけ。性格は兎も角、能力は最高だからな」
「はッ、必ずや」
「それと、出来れば専用装備側の弾薬が欲しい。そこのワシズとシミズの分も頼む」
「畏まりました。我々の分をそのままお渡しします」
「助かる」
突然の彩の行動であるが、信次が何かを言うことはなかった。
それは信じているからだ。彩を信頼してくれている相手だからこそ、その情報を渡しても文句を挟もうとはしない。
それで騙されたのならばそこまで。悲しいが、その可能性は一生消えはしないだろう。
情報を受け取り、補充も済ませた信次達に対して止める者は居ない。既に一番の目的である百足の撃破は終わったのだから、それだけを大尉側は報告すれば良い。
しかし、大尉も彩が渡した情報に意識を向けている。相手側の指揮官に何とか連絡は取れないかと思い、一先ずは信次との連絡先を交換した。
「何かあれば教えてくれ。助けられる範囲でなら助けよう。これからは何処に?」
「一先ずは長野に」
「そうか。それならば長野にあるデパートを寄ってみると良い。あそこはサバイバルグッズも手広く販売しているから欲しい物が見つかるだろう」
「有難うございます」
信次の端末にある地図を操作して大尉は場所を指し示す、それに感謝して信次達は全員と別れた。残りの者達も長居は無用と撤収作業を開始させ、離れていく。
残るのは百足の死体に僅かな部隊員のみ。それもまた死体の回収が終われば退散するだろう。――こうして初の邂逅は信次達によって良い結果に終わるのだった。
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