第七話 瞬間
早朝の街中でショットガンの撃音が響き渡った。
少し離れている俺の鼓膜を揺さぶる轟音は早朝に出すべきではなく、今の一撃だけで皆飛び起きたことだろう。
弾の行方は当然俺。近~中距離間を通過する弾丸は拡散し、回避運動をする俺を狙う。
何処に当たったとしても俺にとっては致命だ。だが相手の弾なぞ当然見える筈も無いので、俺がどんな動きをしたとしてもそれは全て運任せでしかない。
故にショットガンは凶悪だ。特にそう簡単に逃げられない現在では実に最高の結果を叩き出すだろう。
間に立つ相手が人間であれば最初の一回だけで全てが終わった筈だ。無論それは、デウスではなく人間であっても何も変わらない。
「――――」
瞬間、彼女は腕を動かす。
一瞬の内に俺の目が捉えられたのは、彼女が腕を動かして何かをしたというだけ。実際に何をしていたのかは何も見えず、しかし直ぐにやってくるであろう俺へのダメージは一切無かった。
今一度ZO-1を見る。彼女が動かしていたのは右腕だけで、今は真横に向かって伸ばしていた。
手は握られていて、そこからは僅かに煙が上がっている。彼女は何も言わず、そして相手も何も言わない。
ただ、相手側は彼女のその姿に狙いを俺から切り替えた。視線など隠されているから確信は無いが、それでも見られている感覚が無くなったのだ。
握っていた手がゆっくりと開かれていく。その中から出てきたのは鈍色の極小の鉄球だ。
弾の数は細か過ぎて見えないものの、明らかに十発程度では済まされない量が彼女の手の中に収まっている。開いた拍子にそれら全てが地面に落ち、後には静寂だけが残った。
「……今ので皆起きたか異常は感じた筈。無茶だと思うけど、相手を最速で無力化出来るか?」
「無論です。これで軍側も特定したでしょう。最短で終わらせます」
俺達の思考は一緒だ。だからこそ彼女にはそちらを優先させ、俺は俺で双眼鏡で周辺を見渡す。
彼女程の成果は出せないが、それでも何か近付いていれば反応出来る確率は上がるだろう。持っている双眼鏡は安物も安物で、一応この地域に敵が出現した際に状況を確認する用に準備していた物だ。
まだ撃ったばかり。その為に迷彩柄の敵影は見えないが、足音は多く耳に入ってきている。
この辺りは裏路地だ。表の道からはそれなりに距離がある場所を選択しているものの、五分程度で辿り着かれてしまう。
そうなる前に撃破しなければならない。
相手の装備は現状ショットガンだけであるが、他にある筈だ。何せZO-1が出来たのだから他が出来ない筈が無い。
今回が初めて、俺が見る彼女の戦いだ。
だから周辺警戒をしながらも確り見る。例え大して見えなくても、それでもデウス同士の戦いは今後の戦いに役立つ筈だ。――そう思った俺の思考は正しいだろうし、間違ってはいないとも思っている。
「――死ね」
『……ッ!?』
唯一想定外だったのは、本気となった彼女の攻撃を相手は見えなかったということだ。
過程は解らないままなので結果だけを言えば、彼女は相手の首を掴んでそのまま壁に叩き付けていた。衝撃で相手の装甲板の一部が外れ、フルフェイスにも罅が走っている。
相手側もこうなるのは想定外だったのか両手で首を掴んでいる彼女の右腕を外そうとしたが、そうなる前に残った左腕を相手の腹に突き刺した。
比喩でも何でもなく、彼女は一片の躊躇も無く相手の腹に自身の左腕を刺したのだ。
噴出した液体は赤ではなく白で、周辺には小さな電気が走っている。確実に何処かが壊れたのだろう。
『な……に……?』
「これで機能停止だ」
金属の潰れる音と肉の塊が潰れる音が同時に響いた。
暫くの間は相手側ももがいていたが、それでも直ぐに首吊り死体の如く彼女の腕に支えられているがままとなる。
引き抜かれた左腕はデウスの液体で白く染まっていた。手の中には何かの機械が握られ、それを彼女は握り締めて潰した。ただの鉄塊も同然にまで小さくなればもう修理は不可能だろう。
それがどういう部位なのかは定かではなくとも、少なくとも生易しい結果にはならない筈だ。
地面に落ちているショットガンを彼女は眺め、そのまま粒子化させる。恐らくは内部ストレージにショットガンを格納したのだろう。
「これで彼女の復帰は絶望的になりました。記録データと内部ストレージを破壊したので少なくとも彼女はこのまま修理に出されるでしょう――――あの、やっぱり怖かったですか?」
「いいや、そんな事は無い」
不安の混じった声に、俺は即答で返す。
怖いか怖くないかで言えば、やはり怖いというのはある。そもそもあそこまで強いとは想像していなかったし、口調が厳しくなるのも完全に予想の外だ。
警戒しないと言えば嘘になるが、しかし彼女は俺の言葉を聞いてくれただけだ。
それに先程の彼女は俺にとって頼もしく見えたのもまた事実。そんな彼女を拒絶する意思は無く、躊躇などするつもりもまるで無かった。
不安に思われるならばと手を掴む。視線は彼女に合わせて。
「寧ろ助かったくらいだ。これで希望は出来た」
人類の守護者に感謝を送るのは当然だ。そこに恥ずかしさは無い。
彼女は頬を真っ赤に染めているが、こういう言葉を贈られる事に慣れていないのだろうか。
それはそれで悲しい事だ。それに人類に代わって戦ってくれているというのに結果として人類に追われるなど、誕生を否定されているのと一緒だ。
せめて俺は彼女を否定しないようにしよう。そうすることこそが彼女を支える一番になるのかもしれない。
取り出した双眼鏡を仕舞って足早にその場を去る。数分後には警察騒ぎに発展するだろうから急がなければならない。
彼女も装備を消して服装も変えた。白い液体は粒子化で落として回避し、敢えて表側の道を進む。
人通りは未だ多いということは無かったものの、サラリーマン風の男達が多く見受けられる。そんな中に大き目の荷物を持っている俺は目立つが、大体は我関せずを貫いていた。
大方引っ越しだと思われているかもしれない。この御時勢だと被害に合った者達の引っ越しはよく見るからな。
それを狙っていなかった訳ではないが、怪しまれずに済んだのは良い事だ。思わず口の端を持ち上げ、そんな俺の姿に彼女も笑みを零す。
「警察騒ぎになれば軍もそう簡単にはあのデウスには接近出来ない」
「そうでしょうか?裏から既に手を回されているかもしれません」
「だとしたら、警察は駄目でも市民の目だ。それに今回の件はどれだけ情報規制を敷いたとしてもネットに流れるだろう。そうなればデウスオタク達が現場に近付いてくるだろうよ」
戦場ばかりの彼女は解らないかもしれないが、デウスのファンは非常に多い。
女も男も彼女達を守護者として神聖視している、という訳ではないのが頭痛の種ではあるが。
若い者達からすれば彼女達の存在はアイドルも同然だ。二次元じみた綺麗さや可愛さもある所為で男達はそちらに視線がいくし、男性型のタイプは逆に女性の注目を集めている。
歌ったり踊ったりしている者は少ないものの存在するのがアイドル視される理由だろう。
それ以外にもミリタリー的な目でのオタクも存在する。そういった者達は独自のルートでデウスの内部機構を探りたがる欲があり、実際に機能停止している機体が発見されれば持っていかれる可能性もあるだろう。
そうなればいくら何でも軍も警察も無視出来ない。オタクも厄介な奴であれば死ぬ気で隠すだろうから、それだけで時間も稼げるだろう。
破壊しても無力化しても、彼等にとっては御馳走なのだ。手を出してはならない理由はあっても、好奇心という名の毒は容易に人を蝕んでいくのだ。
だからこそ彼女が危険な状態になってもいけない。そうなれば彼女が弄られて二度と復帰は望めなくなる。
そして彼女は庶民の常識を知らない節があるようで、その点はサポートする必要があるだろう。
個人的にはサポートなら楽なものだ。彼女自身非常識な訳ではないし、一度の失敗から次はしないようにもなると確信出来る。
予想外な事はあったがその方向性は悪くはなかった。
寧ろ俺にとっては非常にプラスで、これからに対する希望も少なからず感じる事は出来たのだ。
ならば後は諦めないことだろうと今一度胸に強く生きると刻み、歩き出した。
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