第六十九話 弾丸
撃ち抜かれる。一発一発が精密機械の如く正確に百足の足から力を抜いていく。
一撃一撃の火力は軍の誰もが知る通りのもの。でありながらも軍の人間は誰もが驚き、しかし成し得ていく結果を喜びと共に受け入れていた。
きっと数少ないデウスが命令を無視して効率の良い方法を選んでくれたのだ。その末路は最悪の場合破棄であるものの、もしもそれが決定されたのならば部隊長全員が全力で抗議するつもりである。
その気持ちは他の軍人も変わらない。望んだ未来に舵を切り始めた現状は喜ばしいもの。故に全力を持ってこの百足の足を止めるのだと口を真一文字に結ぶ。
困惑しているのはデウスだ。当の本人達は構築された通信網の中から誰がそれを行ったのかの確認をしたが、該当する人物は零。
つまり他の誰もがそれをしている訳では無く、此方の部隊が成果を見せていないのだと解った。
ならば次は原因探し。最初から備えていたスキャンで周辺を調べ上げ――――しかし何も反応を見せなかった。
目視で見える範囲でも不明。保有している装備の射程から確実にスキャン範囲外ではないと解っているものの、それでも殆どのデウスが発見出来てはいなかった。
「隊長、攻撃中のデウスより報告です。現在此方を攻撃している存在は我々の所属しているデウスではないとのこと。目視とスキャンで広範囲に調べたのですが、現在は見つかってはおりません」
「銃声から方向は掴めるか?」
「……どうやら複数の方向から撃たれている模様です。恐らくはデウスによる高速移動を駆使して、ジャミングしながら移動して狙撃していると思われます」
「――正にデウスだからこそ出来ることだな」
百足を追うジープ群れの中でも最も後方に位置する車両の中で、三名の男が居た。
一名は無言での運転に努め、後方二人は言葉を交わす。予定外の出来事にも驚きはせず、冷静に思考する様は今この場において常人であるとは言い切れなかった。
軍側を狙わずに百足のみを狙い、そして正体を掴ませない。高速移動によって正確なデウスの人数を誤認させているというのはデウス側の予測であり、そしてそれは男性三名も同じだ。
この三十名のデウスは今現在の軍においてはかなり多い方であり、他で真似出来るような部隊は全て北に向かっている。
こうして三十名も居る理由は恐らくは指揮官が強引に毟り取った結果だろうが、こうして上手く動かせないのであれば如何に性能の高いデウスとはいえ烏合の衆は避けられない。
今最も活躍しているのは、百足の足を撃ち抜いているデウスだ。
それが軍属であれば此方の部隊が恥を掻く。しかし身内の恥ならば現場の中心人物である三名は飲み込める。
だが現状、相手が軍属である保証はない。いや、そもそも軍属であれば態々ジャミングをする必要性が薄い。此方に正体を見せたくない理由があったにしても、ジャミングをしては後々に身内に疑問が残るだけだ。
軍属である線は低い。とすれば、軍から逃げ出した脱走兵である線の方が濃厚だ。
最近でもPMCがデウスを保有しているという噂が流れたし、後処理の段階で姿を消した個体も存在する。
基本的に逃げられないようにデウス内部に複数の停止プログラムが走っていたり、物理的な手段が存在していたのだが、それらは所詮は人間が作り上げた物。
何かの切っ掛けで破損もエラーも発生し、それを利用して脱出する者は後を絶たない。
「一度逃げたにも関わらず、来たのか」
「はっ、予想される人数は五人と思われます」
「……逃げた先でどんな生活をしていたかは解らない。解らないが、少なくとも人類に失望する出会いはしていなかったのだろう。こうして来てくれたのは正に奇跡だ」
「隊長……であれば」
「ああ。共同で事に当たる。最早それ以外に選択の余地は無い。此方側のデウスには通常通りの仕事をさせ、我々は負傷した百足の足だけを叩く――――君は広域通信で件のデウスに協力感謝の旨を伝えてくれ」
「はッ……!」
『我々は第四十四中隊。聞こえてくれているのならば反応を返さなくとも構わない。……貴殿達の協力に感謝する』
遠くの場所より銃声が聞こえる。
既に無数の銃声の所為でどれが誰かは不明なままだが、それでも俺の端末に入ってくる連絡から依然として此方が発見されていないのが解った。
背には此方に力無く背負われている彩の姿。目を閉じて再度攪乱を開始した姿は無表情そのもので、全てのリソースを騙す事に費やしている。
移動は不可能。ワシズとシミズは百足の攻撃に専念してもらい、俺と彩は状況の変化を街近くで確認するだけだ。
あの場所で俺は無茶な頼みをした。このままでは百足は街を襲い、蹂躙するのは確定である。
そうなる前に殺す事は出来なくても足は止められないかと彩に相談し、手持ちの弾薬全てを代価にすれば可能かもしれないと伝えられた。
当然デウス戦用の弾薬を全部消費すれば今後何時補給出来るかも解らない。
そもそも補給の目途も無いので今後は完全に対人用の武器のみとなるだろう。そして、今回のような百足騒ぎが次に起こらないとも限らない。
俺の選択は決して正当ではないだろう。合理的に判断するなら、何を犠牲にしてもこの場は無視するに限る。
それでもこうしてしまったのは只の馬鹿だ。後でどれだけ罵倒されても、殴られても文句は言えない。
彩には睨まれた。大分不機嫌になってしまったその姿に、もしかすればこの旅は此処で別れてしまうのではないかと一株の不安を覚える。
致し方ない。無理をさせる奴に人は付いて来ないのだから。
「……感謝の通信なんてよくあることなのかね」
端末からワシズとシミズ経由で向こうの軍の責任者と思われる男の声が流れる。
返事はしなくとも良いと言ったが、最初からそれをするつもりは一切無い。相手が良い人物だったとしても、彼等の報告からこの一件は本部に全て流れてくる筈だ。
余計な情報は漏らさなくて良い。俺達は只々百足の足だけを潰せば良いのだから。
ワシズとシミズの弾薬だけでは不味いと彩は渋々自身の武器を貸してくれたが、もしも破損させれば彩はワシズ達を殴ってもおかしくはない。
百足は未だ街にまで来てはいなかった。事前にかなり街に近付いた所為で目視だけでは百足は見えなかったが、ワシズ達の通信には銃のレティクル越しに百足の姿が確認出来、その百足の周りに撃ち続けるブースターを吹かしたデウス達の姿を確認出来る。
その攻撃の大部分は胴体や一部頭部に命中するものの、それだけではまったく動作を停止しない。
やったところで無駄だ。やはり弱点に集中砲火こそが最善だと確信しつつ、また一つワシズ達は足の付け根を撃ち抜いた。
『報告。弾が無い』
『正確には無くなりそう!相手の足が多過ぎるの!!』
ワシズ達は無駄弾を殆ど出さずに抜いていた。
それでも最初から弾そのものが足りなかったのだろう。後は百足の足自体が多過ぎた。
足りないという事はこれからの攻撃は一切行えなくなる。最悪他のデウスより装備を強奪するしかないが、もしもそれをした場合姿が露見するのは確かだ。
もう既に存在だけは露見した。一番避けたかった知られてしまうという情報を、少しとはいえ俺は漏らしたのだ。
これ以上の無茶は出来ない。その無茶を更に進めるのなら、今後は余計に軍とも絡むだろう。――どうするべきかと頭を悩ませながら、次第に減っていく弾に焦燥感を煽られる。
これ以上の手は、相手の良心次第で良い方にも悪い方にも転がるのだ。それを決めなければならないという責任の重さに、俺は彩を背負った時以上の重圧を感じさせられた。
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