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人形狂想曲  作者: オーメル


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第六十五話 静動

 比較的状態の良いままを保つ室内の中。

 僅かに積み上がった缶詰の中身は全て空で、それが置かれている四方の角が丸くなっている五人家族向けの机だけが室内に存在するだけだ。

 他の家具もあるにはあったものの、全て外の物置に置かれた。可能な限り邪魔物を排除して動きを良くするのは常套手段であるが、いきなりそれが始まった時は驚いたものだ。

 その机ももうじき排除される予定であり、この缶詰も土に埋められるのだろう。環境には非常に悪いが、これも証拠隠滅の為だ。

 あの街から離れて早一週間。軍の反応は未だ存在せず、しかし一週間という期間は短いようで長い。

 来るとした場合、準備を含めて最速で一週間は必要と彩は決めている。その為、二日目の段階ではこの家を発見した際はまだ何処か緩い雰囲気があったものの、今現在は常に厳戒態勢だ。

 デウスの一人一人がこの家の隅に寄り、周辺スキャンを最大範囲で展開している。敢えて質を落とす事を選択しているものの、互いに被さっている部分は複数の監視カメラが一点を集中しているのと同じ状態になっていた。

 互いに移動らしい移動は一切しない。常に片膝を付いた状態を維持し、傍には窓ガラスがある。

 

「本気も本気、だな……」


 そんな状態の彼女達を見て、話し掛けようとはとてもではないが思えなかった。

 話し掛ければ彼女達は何時も通り接してくれるのだろう。しかし目を瞑って意識を集中させているらしい今の状態で馬鹿みたいに話し掛ければスキャンの質が落ちる。

 そして推測だが、普段よりもそちらにエネルギーを回しているからこそ、そのエネルギーを供給量より上回らない為に一切動かない可能性もあるにはある。話す事も不可能なレベルで探知に意識を割いているのであれば、俺はもう素直に大人しくするしかない。

 彼女達の警戒は厳重だ。俺自身が寝ていても問題は何も無いだろう。

 彼女達の警戒をすり抜けるようならば、俺如きでは対処は不可能だ。それで諦める道理は無いが、実際どれだけ足掻いても不可能なのは確実だ。

 今この場で、俺は自分が出来ることをやる。具体的には先ずテーブルを物置に置くことだ。

 

 家族向けのテーブルは大きい。しかも足を畳む事も不可能だから玄関から抜けようとしても手間が掛かる。

 重さも十分にあるから一人だと地味に辛い。この生活の中で足は鍛えられたが、腕は別に鍛えられた訳では無いので最初の頃のままだ。それでも工場で重い物を持っていた分まだマシなのだろう。

 何とか玄関からテーブルを出し、それをそのまま崩れかけの一軒家に入れる。物置と名付けられたその家は天井が吹き飛び、二階部分も全て無くなった完全に壊れ切った場所だ。

 隣にある俺達の住んでいた家は損壊が少なかった。まるで被害の殆どを代わりに受けたように見える家は、だからこそ役割を明確にするのは容易だ。

 テーブルを入れ終わった後には直ぐに元の家に戻る。家の中は静かなままで、何も知らなければ本当に誰も住んでいないように感じられる。


「返事はしなくて良い。一先ずテーブルは入れておいた。これで家具は全部あの家の中だ」


 目を瞑っている彩の部屋まで向かい、軽く報告を入れておく。

 当の彼女は何も反応を見せなかったが、聞いてはいる筈だ。そのまま近場の壁に寄りかかり、軍がやってくるのを只管に待つ。その待ち時間が俺にとって苦痛でしかなかったが、何かをやるよりも体力温存に努めた方がいざという場面で動けるようになる。

 目を閉じて、されど眠らず思考は回し続ける。突発の出来事に対応出来るようにと意識だけは明確に残した状態は、実に半日も続いた。

 その時点で俺は幾分か思考の回転が鈍りかけていたのだが、突然肩を叩かれたお蔭で一気に目が覚めた。

 今この瞬間に叩く相手は三人以外にはいない。そしてその内の誰かが叩いたのならば、それは緊急以外の何ものでもない。

 目を開き、叩いた方向を見る。叩いた張本人はワシズだ。


「来たか?」


「うん。まだ目視の範囲内じゃないけど、大量の生命反応が列を作ってるよ」


「よし、それなら高確率で正解だ」


 列を作った反応。ワシズが此処に居るという事は、ワシズが見ていた範囲である街方向から来ている訳では無い。

 となれば残るは森方向かまた別の無関係な方向だ。街から来ているのであれば東京寄りの戦力が来たと考えられるが、そうでないとすれば別の部隊である線が極めて強い。

 考えられるのは森周辺の他県か、或いは最初から百足を探していた部隊。――後者の方が確率は上か。

 立ち上がり、彩が未だ目を瞑っている様子に森方向かと窓から隠れつつ近付く。

 彩本人は眉間に皺を寄せている様子であり、その姿から普段以上に機能をフルに活用しているのは明白だ。その原因が何かと暫く考えるが、出てくる答えは一つだけだ。

 此処で彩が軍を捕捉しているのなら、相手だって此方を捕捉している可能性はある。しかし彩本人から明確に逃げの言葉が出ないのであれば、即ちまだ完全に補足されてはいない。


「攪乱しているのか?」


「多分。でもやっている事は単に私達の反応を消しているように誤認させてるだけ。軍のデウスが戦闘よりも此方を探す方に意識を向けてるなら、彩さんだけじゃ耐えられない」


「デウスの数はどれくらいなんだ?」


「三十。部隊単位で動かしているから生命反応を消してもいないね。でも人数が百人くらいだから森の端から直接百足の所まで向かっているみたい」


「可能な限り人目を避けてって訳だな。此方に近付くのは百足を討伐した後か」


 ワシズの言葉を聞きながら、考える。

 一先ず百足撃破までは相手が来る事は無い。街に最初に向かうのは確定として、今居る家はその街に居る道中に建っているから百足との戦闘前に出来れば動きたいのが本音である。

 しかし彩が現状動けない。俺達の為に偽の情報を展開している故に、そちらに集中している。

 森はこの位置からも見えているから少なくとも探知そのものにもう意識を過剰に割く必要は無い。つまり彩が動けていないのは三十人相手に既に情報戦を開始しているから。

 こうして考えている間にシミズも部屋に来た。ARを手に持っている姿から、既に意識は戦闘に切り替わっていると見て間違いない。

 

「一先ず此処から離れよう。相手側の位置が解った以上はそれとは反対に進み、百足撃破と同時に森を抜けるぞ」


「彩は私達で持っていくの?」


「そうしたいが、お前達の体格じゃ彼女を引き摺るだけだ。ここは、まぁ俺がやるしかないな。二人は周辺警戒を頼む」


「提案。放置」


「それは却下だ。全員で此処を突破する」


「了解。直ぐに行く」


 シミズの辛辣な意見は却下した。確かに移動速度で考えれば彩は此処に残す方が合理的だが、それで彩だけが追われる結果になれば後悔しか残らない。

 一度彩に断りを入れて、彼女の身体を背負う。乗っかかる重さはあれだけの戦いが出来るにも関わらず軽く、しかし決して軽い訳でもない。腕を取って前で交差する形にし、太股を掴む。

 女性とこれだけ密着すれば胸が高鳴ってもおかしくはないのだが、今は非常時故か焦りしか生まれない。

 こんな時でなければと場違いな後悔を抱きつつ、シミズを先頭にして進んだ。軍が出現した森とは別方向である街に向かう事になるが、街そのものに到着する前に探知圏外に入るだろう。

 そうなれば彩も完全に動く事が出来る。


「そういえば、ワシズとシミズもその攪乱に参加出来ないのか?」


「したいけど彩さんがしているのは別方法の攪乱だと思うよ。軍のIFFや内部システムを直接弄ってると推測してるけど、もしもそうなら出来るのは彩さんくらい」


「そうか、有難う」


 軍に居たからこそ出来る芸当なら、確かに彩にしかそれは出来ない。

 更なる負担を寄せる事になってしまった事実に申し訳なさを抱きつつ、俺達は急いで街へと一直線に向かった。

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