第六十四話 橋渡り
無駄な世間話を全て無視した結果、俺達の間には薄い縁すら出来ない線が構築されるだけとなった。
切ろうと思えば即座に切れる極薄の線は今の俺達にとっては有難いものであり、恐らく暫くすれば相手の声だけしか覚えてはいないだろう。
電話ボックスから出て、俺とワシズは早々に街から出る。この電話ボックスは既に軍によって探知されている筈だ。
当の本人は俺を探したいだろうが、百足の件がある限り探す事は不可能。解決した後に探す事になると推測を立て、であれば百足撃破後にさっさと抜けてしまうのが無難な選択かと決めた。
端末に連絡は入れていない。今頃はワシズが通信をしているだろうし、電話ボックスを探知している最中に自分の端末を使うのは万が一を考えて使わないと決めていた。
街の風景に今の所は変化は無い。俺達の存在を察知して急にゾンビになるような民衆は居なかった事実に一先ず胸を撫で下ろし、買い物をしたい気持ちを抑えて裏路地から外へと出た。
そのまま崖上にまで進み、彩とシミズに合流する。此方は成功したと告げ、彩は周辺に異常無しを告げた。
「これで後は隠れるだけだ。一応数日の時間が掛かるだろうし、何処かに拠点を用意する必要があるな」
「では今日は廃屋探しを?」
「ああ。出来れば森を監視出来る距離の廃屋を探そう。森までの道中に何軒かは見ているから、一先ずこの街からは退散だ。周辺警戒をよろしく頼む」
「解りました。質よりも範囲を取りましょう」
ここから先は如何に相手に見つからないように此方が森を通り抜けられるかだ。
歩きながら地図を展開し、森までの道中の風景を思い出しながら使えそうな範囲を決める。双眼鏡を込みで言えば五㎞は離れていた方が無難だろうか。
百足の最大全長が依然として定かではない以上、どれだけ距離を取ったとしても問題そのものは無い。
森自体もかなり広い。百足の出現地点よりかなり離れたとしても視界の六割は森に占拠されるのは確実だ。故に使用する廃屋も軍が通らず、かつ此方にとって優位を取れる場所でなければならない。
そんな都合の良い場所はあるのだろうかと思うものの、実際はそこまで高望みはしていない。探知ならば彩達が居るから複数の廃屋を移動し続けるのも有りと言えば有りだ。
この見つからない件についての最大の問題は、軍側のデウスである。彼女達も彩達のような探知を持っているのは明白で、範囲そのもののきっとそこまで差は無い。
「数はどれくらいになると思う?」
人気の少ない道を進みつつ、他に考えるのは実際の軍の総数だ。
デウスそのものの人数は五人で十分と彩は判断している。だからデウスの人数自体は恐らく五人から十人くらいと思っているが、それで全てである訳が無い。
彼等が目立ちたくないのは以前の情報より確定として存在している。あの百足が比較的近い距離にある崖下の街に知られていない時点でそれはもう無視出来ない事実だ。
明らかに崖下の街は警戒範囲にまで入っている。住民の避難は当然として、防衛用の軍が居ても不思議は無い。
「これまでの情報を元に考えるとするなら百から二百でしょうか。大型の火器を運び込むような真似はしないでしょう」
「あの百足を相手にしてもか?」
「基本的に撃破はデウスの装備です。今の私達が持っている装備とは違う専用の装備を内部メモリに保存していれば多少大型になっても持っていくのは可能な範疇です。兵士が持っていくのは爆薬やいざという時に備えたデウスのメンテパーツでしょう。……後は口封じの為の武器くらいなものです」
「有り得るな。彼の元居た場所の情報も相変わらず出てくる気配が無い。もしも百足があの街まで来ていれば情報拡散を防ぐ為に街そのものを消すだろうな。お誂え向きに、街の規模も小さい」
嫌になる話だ。人を守るべき軍が自身の恥を隠す為に人を殺す。
更に言うなればそうなる確率は決して低くはないことだ。人数が少ないということは包囲は不可能であるし、もしそれが出来たとしても層は薄い。人間では止められないあの巨体を見るに、突破は容易だ。
やれるとしたら一撃必殺だろう。敵の急所を狙って攻撃し、騒がれる前に殺す。暗殺めいた方法だが、それが彼等にとって一番であるのは間違いない。
でなければあの街も消える。俺達には何の思い入れも無い街であるが、それでも理不尽に殺されるというのは気分の良いものではない。そこにきっとデウスも参加させられるのだから猶更認められる筈が無いだろう。
歩き、歩き、考えれば考える程に今の軍のやり方は嫌いになっていく。
最初の時点からデウスと人間の間に平等が無かった。能力に差があるからこそデウス達に枷を付けるのは解るが、支配しようとするその精神性はまったく理解出来ない。
怖いと思う必要が何処にある。デウスは情報を入れられただけの赤子も同然で、俺達はそんなデウスの精神を成長させる親だ。
愛し慈しまなければ好意を返されない以上、今の軍では遠くない未来に崩壊する。
デウスもただ従うだけの人形ではない。何れはその支配から脱出する為に行動するのは素人の俺でも解る。
軍はそれを阻止出来ると思っているのかもしれないが、俺はそうは考えない。
道に転がる小石を蹴り飛ばす。胸に燻る苛立ちを込めた蹴りは、予想に反してあまり遠くには飛ばなかった。
「……私が前に出ましょう」
「は?」
飛んで行った石から隣を歩く彩に視線を向ける。
当の本人は普段と変わらぬ冷静さで俺を見て、その口から言葉を放っていく。
「貴方が街を消されるのを拒むなら、私が軍を殲滅しましょう。私が脱走した事実は軍の内部に情報として残されているでしょうし、私が残ればそれだけで貴方の脱出の確立も上がります」
「冗談はよせ」
彩の言葉に反射的に言葉を返す。そんな事は断じて認められない。
街が被害に合うかどうかはまだ決まっていないのだ。このまま軍が普通に処理して帰る事もあると考えているから、彩の言葉に即断で否定を入れられた。もしも実際に街が襲われても、俺はきっと無視するだろう。
それがデウスの責務を無視するものであると解っていても、俺は止めるのだ。そのまま彼女を行かせてしまっては帰ってこないのではないかと考えてしまうから。
俺にとっての最悪は正にこれだろう。彩が生き残れる確率が高いのなら、俺は彼女を行かせる事も考える。
しかし今回の相手は大百足を想定した専用装備。一般の兵器とは違った装備はデウスの破壊も可能であり、故にこそ一部分を破壊されたとしても直せない現状では致命的だ。
歩きながら彼女の肩を掴んで無理矢理引き寄せる。彩の口から言葉が漏れるが、俺の耳はそれを捉えなかった。
俺は彼女に執着している。最早一緒ではない生活はまったく考えられない。気持ち悪い男の欲望を思わず発露してしまった俺は内心でしまったと叫びながらも、この手は彼女の肩から離れてくれなかった。
「……すまない」
「……いえ。お気持ちは解りました」
そっと、彩は自身の肩を掴む俺の手に自身の手を添える。
そこに離してくれという抗議は無く、ただただ優しく触るだけだった。それ以上の意味を彼女はきっと持っているのは俺も知っていて、だからこそ俺達はそのままの状態で歩く。
ワシズとシミズはそんな俺達に冷やかしを入れるような事は無かった。彼女達も彼女達で静かに俺達を見つめていた。そこに込められた感情は解らず、けれどもしかしたらと俺は考えてしまった。
手を前を歩くワシズに向ける。その行動にワシズは暫く困惑していたが、静々とその手を掴む。シミズには彩の手を握ってくれと頼み、最終的に全員が繋がる形となった。
「俺達は家族だ。何があっても、どんな関係になっても、俺は皆を見捨てない」
――依存しているな。
自虐を含んだその言葉は、口に出す事は無かった。
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