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第六話 想定内

 緊張は容易に人の精神を摩耗させる。

 普段であれば何気ない道であれど、そこが戦場に変わってしまった途端に警戒すべき場所ばかりに目がいくのだ。

 電柱の影、曲がり角、家の塀、窓。神経を尖らせてしまっているのは自覚していても、それを止められない。

 いや、止めてはならないのだ。止めた途端に襲われるかもしれないのだから、この摩耗の速さは俺自身の未熟でしかない。

 一般人が強靭な精神を有しておけなど無謀の極みであるが、現在俺はそれを要求されているのだ。やらない訳にはいかず、だからこそ弱音を吐かずに汗を流していた。

 リュックの脇ポケットには500㎜のペットボトルが差さっている。入っているのはスポーツドリンクであり、以前仕事の休憩時にでも飲もうと取っておいたものだ。

 それを一口。貴重な飲料であれども喉の渇きには逆らえず、されど過度な消費を抑える為に無理矢理口を離す。

 未練が強くなる前に蓋を閉めて再度脇ポケットに戻し、俺は歩き続けた。

 我慢は精神を傷つける行為だが、我慢をしなければ今後辛いだけだろう。今この時点で慣れておかなければ別の場所で我慢が効かなくなるかもしれない。

 

「……今何処だ」


 携帯端末を覗き込み、位置の確認。

 時間にして既に一時間以上歩き続けているらしく、もう前の場所は周辺も含めてまったく見えない。

 俺にとっても彼女にとっても未開の街であり、故に此処から先はどんな風になっているのかも想像が出来ないのだ。

 頼れるのは地図アプリのみ。どうにか上手くいってくれよと祈るしか方法は無い。

 そんな俺の事を彼女は酷く心配していたが、それについては気にしないでくれとだけ告げてある。彼女には彼女で周辺スキャンやいざという時の戦力として活躍してもらわなければならないのだ。

 彼女の機能は歩きながら説明してもらえたが、やはり戦場で戦うだけあって相応のモノが付いている。

 暗視、スキャン、筋力アシスト、遠距離通信。今この段階で必要なのはこの辺だ。他にも装備を粒子化して内部に格納するスロットと呼ばれるモノも存在し、必要となれば即座に手元に呼び出せるのだという。


 しかもその装備は現代火器の見た目をしながらもやはり特別製だ。史上初めてデウスを製作した研究所が全て作っているというのだから、その性能は折り紙付きだろう。

 相手のデウスも同様に装備を持っているが、やはり有るのと無いのとでは話が違う。完全な安心は出来ずとも、一先ずは抗えるのだと思えるのは精神安定に必須だ。

 彼女は俺の反応に妙に照れ臭い顔をしていたが、堂々と誇ってほしい。

 振るう相手が同じ人類でなければ褒めちぎっていた程である。俺にも欲しいと思わず呟いてしまったものの、その装備を人間が使えば四肢が吹き飛ぶと説明されてからは一切思わなくなった。

 

「季節が夏の終わりだったのは有難かったな。お蔭でまだ目立たず行動出来る」


「スキャン範囲内に敵影はありません。目視・温度で確認もしましたが異常は見受けられませんでした。残るは範囲外からの強襲か、ジャミングの後に温度を零に誤魔化せるデウスの接近です」


「温度を零って……やっぱり反則だ」


 温度を如何様にも変えられるということは、まったくの零にまで近づけられるということだ。

 流石に周辺の温度が零の筈ではないので上げてはくるだろうが、そういった調整を可能にしているのは一般の兵士からすれば反則だと文句を吐きたくなるだろう。

 加えて、範囲外からの強襲もデウスならば十分に可能だと彼女は語った。高射程を有するライフルを使用すれば俺の身体なんて一瞬で木端微塵なのだろうな。

 背筋の震える思いだ。まさか守護者に狙われるとは、流石に笑えない。

 それでも進むしかない事実にいっそ泣きたいくらいだが、それで何かが解決してくれる訳も無く。

 更に二時間を使って進み続け、太陽は昇り始めていた。この時間になれば仕事場に向かう者も出てくるもので、擦れ違う人々も多少なりとて居る。

 

 だが、誰も彼もが彼女に意識を向けてはいない。

 そうならないように服装も確り変えておいたのである。彼女自身もデウスとしての恰好が一般人にとっては目立つと解っているので、俺の提案に何も疑問に思わず着替えてくれた。

 現在の装備は全て彼女の内部ストレージに入っている。必要に迫られれば即座に装備可能とくれば、隠しておいた際のデメリットはほぼ皆無というものだ。

 不意の攻撃でダメージがあるかもしれない程度のデメリットなんて俺が居る時点で既にある。

 最悪彼女が無事ならば逃げれるのだから、最後の最後まで彼女のダメージを少なくする事がこの逃走の勝利条件に直結すると俺は考えていた。


 そろそろ完全に一日が始まる。

 こんな中で戦いを始めようと思えば騒ぎは避けられない。銃声一発でも鳴らせば、もうそれだけで誰もが慌て始めるだろう。

 故に、ある意味この朝は俺達にとって癒しとなる。彼女の周辺スキャンにノイズが走る事になってしまうが、それでも人通りが多くなる時間帯を狙って紛れ込めばチャンスは十分に望める筈だ。

 その時間はまだ掛かるが、遠いという程でもない。午前は既に六時を超えた。後二時間も経過すれば何処の街でだって人の往来は激しくなる。

 視線の数が俺達の戦力だ。勝負はこれからというところだろう。――――そして同時、そんな俺達の想定なんて簡単に予想出来ている筈だ。


「――――ッ、止まってください」


 背後から彼女の鋭い声がした。

 その指示に従い、直ぐに彼女と前後を交代させる。未だ多くの人間が居らず、かつ今居る場所はただでさえ少ない裏路地。不良が見ている線も否定は出来ないが、そんな連中は即座に抹殺するだろう。

 薄暗い道の中から嫌に響く足音がする。彼女はその方向を睨み、片手は何時でも行動を開始する為か身構えていた。

 隠れるという選択肢を彼女が選ばなかったのは既に捕捉されていた為か。もしくはそんな動作をした時点で相手が突撃を行うと想定していたからか。

 暗闇から響く足音が此方に近付いてくるにつれて、その全貌が露になっていく。

 顔面はフルフェイスの黒のヘルメット。全身がラバースーツに包まれ、腰部にスカート状の装甲板が何枚も連なる形で装着されていた。

 

 腕は肘付近、足は太股全て。反射しないように処理された黒い装甲は彼女の脚甲にも似ていて、持っている武器はこんな街中で使うには明らかに物騒なショットガンだった。

 シルエットからその性別が女性である事は解る。無駄に豊満な胸を僅かに揺らしながら相手は現れ、此方に向かって銃身を向けていた。

 どう見たとしてもデウスだ。ここまで制服らしさの感じられない出で立ちはそうでなければ有り得ない。

 

『対象・ZO-1及び只野・信次(ただの・のぶつぐ)。……警告する、抵抗せずに捕縛されよ』


「却下だ。何も知らない者が出しゃばる場所ではないぞ」


 機械のような言い方をする相手は、生物的フォルムをしていなかったら本当に機械音声と感じただろう。

 ただ、一番の驚きは彼女の口調がいきなり変わった事だ。まるで俺のような話し方をする彼女に思わず顔を向けてしまったのは致し方ないだろうし、一体どうしたんだと聞きたい気持ちが湧き上がった。

 だが状況がそれを許さない。却下の発言によって相手側は明確な殺意を放ち始め、同時に何処かへと通信を繋げ始めている。

 それを止めるのは流石に無理だ。ZO-1と呼称された彼女ならば出来ない事も無いかもしれないが、銃身が此方に向いている限り俺を守る彼女は動けない。

 

『ならば……排除する』


「やってみせろ、屑鉄風情が」


 ZO-1の手元には一つの銃が出現する。種類的に見て、アサルトライフルに分類されるだろう。

 脚甲も出現し、服装も倒れていた時のものへと変わっていく。その間に俺は手頃な隠れ場所を探しに全力で走り始める。

 こんな場所で銃撃戦なんてあまりにも浅慮が過ぎる。そんなにあの情報を握られるのが彼等にとって不味いと認識しているのか。――いや、不味いと思っていなければこんな真似などしないか。

 相手は切羽詰まっているのかもしれない。まだ最初の接敵に過ぎないが、それでも俺はいきなりのデウスの出現に疑問を感じざるを得なかった。

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