第五十二話 欲望
非常食は驚く程残っていた。
それこそ俺のリュックと彩のリュックに両方入れてなお余る程だ。この残り具合は異常であると認識しつつも、今は単純に有難いと思いつつ他のグッズを見に行く。
防犯エリアには様々な物があるが、こうした店で売られている物は相場が決まっている。大抵は警報だったり催涙スプレーだ。時たま警棒があるものの、そのサイズは思いの外小さい。
だから本当に自分の手で撃退しようとするなら、大手の通販サイトで買った方が金の無駄遣いにはならないだろう。
だが通販は画像と本物が違うケースがある。そのデメリットを可能な限り回避する為に信頼出来る会社が販売している事を調べておくのだ。
という訳で、実際に防犯グッズを見ても欲しい物は特に浮かばない。逆に震災用のグッズの方が余程質は良い。
されど、俺の持っている物と比較してもどうしても格下感は否めないのも事実。例として挙げるならばライトだが、震災用グッズとして売り出されているこの店のライトは通常の物より少し明るくなった程度だ。
差別化として発電機能があるものの、長期間手回しの必要があるというのは不便で仕方がない。電気の無い状態では全て人力になりがちだが、最近ではソーラー式も増えている。
俺の携帯端末は外部供給用のアダプタと自家発電の二通りの供給要素があり、今一番に使っているのは自家発電式だ。
何かあっては困ると遊びの機能を極力排除した性能を選んだ結果、通常の端末の二倍を誇る発電量を持つに至った。
太陽光発電は五年前ではそこまでの発電量を持っていなかったのだが、その辺は日進月歩。殆どの発電システムが死ぬ事を想定されて力を入れられた太陽光発電は、見事に花を咲かせた。
特にその変化が目覚ましいのは携帯端末機だろう。発電量を増し、小型化に成功した新しいパネルは機体本体に組み込む事で移動しながらの充電を可能にした。
追加バッテリーの回数を気にする事無く充電を行えるというのは有難いことだ。しかもその追加バッテリーにパネルを組み込む事で従来の追加バッテリーとしての機能を端末に残す選択も出来る。
厳しい状況にこそ技術は進歩は加速度的だ。それを肌で実感しているからこそ、人力という手段は何処か古臭く感じてしまう。
この点は完全に感性の問題だ。声を大にするつもりは毛頭無い。
「お!」
「どうかしましたか?」
「いや、無いと思ってた物があったんだよ。……そうかぁ、考えてみればそうだよな」
防犯グッズの群れを越え、震災グッズを漁り、それはいきなり俺の目の前に現れた。
サイズは二mと百八十㎝の二種類。色は青と濃緑だけであり、数は然程多くはない。
俺がかなり欲しいと思っていた物――寝袋がそこにあったのだ。一体何故と思いつつ、震災の事を考えれば此処に設置されていたとしてもおかしくないと頭が急にすっきりした。
彩も俺の声に近寄り、眺めていた寝袋を見る。しかしそれがどういう物なのかについては解らないのか、疑問符を顔に浮かべていた。
彼女はデウスだからほぼ眠らない。少し前に一回だけあったが、あれは異常な状況だった。彼女自身が整理も兼ねてセーフモードになったと考えれば、あの時彼女が横になった事実に違和感も無い。
「人間が外で寝る時に使う道具の一種さ。前のジッパーを下げて中に入って、ジッパーを上げる。顔だけが剥き出しの状態になったまま寝るって感じ」
「ほう……私達には無縁の道具ですね」
「デウスに睡眠の機能が無いから、まぁ確かにそうだな。今後の冬に備えて出来るなら欲しいと思ってたんだが、よく残っててくれた!」
頬ずりしたくなる寝袋は見本と商品そのものの二つが存在している。
一番最高なのは冬用だ。夏用はまだ用が無く、冬夏共用では真冬が地獄と化す。中途半端な物を選ぶよりも素直に目の前まで近づきつつあるシーズンを想定した物を持っていくべきだ。
寝袋としては百八十㎝がそうであり、色は濃緑。個人的に青の方が好きではあるが、機能に問題が無いなら不満は無い。なお専門のメーカーが作った物かどうかは不明であるものの、埃を被った値札は約五万。
売り文句は登山家も愛用した最強の一品とのことで、中々に胡散臭い。
店員が頭を捻って出した物なのだろうが、詳しい情報が一切無いのはある意味見事だ。せめて何度まで耐えられますとか書かれていれば目安として解るのだが、その辺には一切触れていない。
「不安は残るが、持っていこう。使えなければ捨てるだけだ。オプションの枕も取って、と」
「随分大きいですが、入りますか?」
「いや、これは俺のリュックには入らないな。だからリュックにぶら下げる形になるな」
巾着のような袋に何とか巨大な寝袋を入れ、紐をリュックに結び付ける。
背負ってみた印象としては、やはり傾いている感じは否めない。少々の時間なら問題は無いだろうが、長時間このままだとバランスを崩すだろう。
リュックの上に寝袋を置きたいが、固定する為の帯がこのリュックには無い。
なので他の道具で縛り付けたいのだが、その為の手段を残念ながら知らないのである。頼れる手段としてはやはりネットの知恵か。
携帯端末の画面に指が伸びるが、今はその情報を探す時間ではない。
今にも下の階に居ると思われる謎の五人組が来るかもしれないのだ。それを思えば、情報を漁るよりも持っていく物を持っていった方が堅実だ。
「今は非常食と寝袋が手に入った。後はライターかマッチが欲しいな。今もあるが、手軽に火を起こせる道具は欲しいからな」
「普段は使っていませんが」
「普段はな。どうせ冬になったら嫌でも使うようになる」
百均ライターを一カートン丸ごと突っ込む。
燃料は残念ながらガスしかなく、それでは火炎放射器擬きが完成するだけだ。威嚇をするなら有りだが、生活目的のみにこのライターは使うつもりである。
そうして一通り欲しい物を集めきり、彩がワシズ達に連絡を取る。
目の前の彼女の冷静な状態から恐らく五人組は動いていないのだろう。或いは、動いていても此処にまではまだ来ていないか。
時折頷きながら彼女達の言葉を聞く彩は俺と話している時と違って丁寧さはない。何処か適当さが伺え、もしかしなくとも彼女の中ではワシズとシミズの優先順位は低いのだろう。
それが彼女の個性と言われれば、俺は甘んじて受け入れるしかない。全てを否定するのは断じてやってはならない事だと解っているから、負の側面も俺は納得しなければならないと思う。
「ワシズ達に此方の情報を送りました。同時に向こうの情報も送られてきましたが、どうやら衣服も漁られていたようです。……それと、あの子達が少し遊んでいたようで」
「着せ替えでもしていたか?」
「私達の似合う服を選んでいたそうですが、送られた画像はふざけた格好ばかりです。至急回収に向かい罰を与えましょう」
「それはきっと本心から選んでいただけだろ。あんまり厳しく見るな」
なんというか、妙な難癖の付け方である。
面倒と言えば面倒であるが、まだ言えば大丈夫なラインだ。彼女も俺の言葉に拗ねながらも解りましたと返してくれたので怒ってはいないだろう。
後はワシズ達を回収しつつ衣服を手に入れる程度。それが済めばさっさと場所を立ち去るだけだ。
思っていたよりも安心して回収出来たものの、未だ危険が零になった訳では無い。十分に気を付けるのを前提にして進もうとして――突如して銃声が鳴り響いた。
その音は静かな部屋の中では痛くなる程の轟音であり、一発ではない事が解る。
一気に心臓の刻むリズムが加速するのを感じながら、目は彩へと向けていた。
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