第五十話 異物混入
動物達の群れは自然の続く道が終わった途端に居なくなった。
さながら境界線の如く自然と人工物の割合が逆転し、今現在は自然の方が少ない。変わりにコンクリートやガラスといった物を多く見かけるようになり、いきなり別のジャングルに突入したような唐突感を覚える。
結局のところ動物達が多く居た意味は解らなかった。何かと推測を立ててみても推測は推測であるし、こうして何事も無く通れたのだから動物達に関しては深く考えなくても構わないのだろう。
兎に角、無事だったのは良い事だ。ワシズやシミズから不満の目を向けられたものの、安全との交換だと思えば何ということもない。
携帯端末に表示された一昔前の地図は俺達の位置を正確に表示し、今現在は埼玉の外側を回るように移動していた。
東京に限りなく接近しないように選んだ道だけに遠回りなのは否めない。それに他の県の監視だって無い訳では無いく、特に県境は監視が多い印象だ。
しかし県境の監視が集中するのは敵生体の存在に対してのみ。怪物や武装集団を特に見ている彼等にとって県境に普通の人間が寄ったとしても反応されない。
仮に反応されたとしても難民扱いされるだけだ。県境を監視する人間は怠ける場合も多く、大概は難民を回収せずに追い払っている。近年ではそれを問題視する声もあるが、今の俺達にとっては有難いことだ。
風呂の一つも入れていない所為で俺の見た目は随分酷いだろう。可能な限り汚れないようにしているものの、それでもずっと外に居れば汚れるのは避けられない。
出来れば落ち着ける場所で数日くらいは休みたいものだ。警戒は彼女達がやってくれるものの、壁の一つも無い場所で野宿をするようであればどれだけ安全措置を取っても完全には安心出来ない。
そういう意味では彼女達を信用していないようにも感じられるかもしれないが、これについては性分だ。
安全に安全を重ねても俺達は更に気を付けなくてはならない。今更なのだが、意識の引き締めは大事だ。
背の高いビルや店が多くある廃墟の街は五年前であれば創作の世界も同然。
日本では更にその面が強く、創作でしか見た事が無い層の方が圧倒的に多いだろう。見ていないだけで世界の何処かでそんな街があったのかもしれないが、それを知れるのは結局見ていた者だけだ。
それだけに初めてこんな街が生まれた時、日本はもう終わりだと絶望する者が何人も出た。自殺者が多発したのもこの頃からであり、俺の知る限りでも百や二百は聞いてきたのだ。
今ではそんな地獄を当たり前として生活出来ているものの、もしも二度目が起きれば自殺者の数は昔よりも増すだろう。
デウスという期待をへし折られた絶望は、その分深い。噂では一筋縄ではいかない敵も出て来たらしいが、その正体を探る事は俺には出来ない。知れるとしたらよっぽど上位の階級を持つ軍人くらいなもの。
それに俺は態々そちらに触れようとは思わなかった。
「自然の次はゴーストタウンか。今直ぐ倒れてきそうな建物はあるか?」
「現状では無いですね。余程丈夫に造られていたのか、既に傾いている建物を避ければ通過は可能なようです」
「……近くには無事な店もある。食料は絶望的だが、それ以外は無事な奴もあるかもしれない。此処で停滞は怖いが、価値はある」
「では食料のある場所を除いた商店を虱潰しに回りましょう。他にリュックを発見出来れば更に持てる量も増します。私達であれば二十㎏の荷物でも通常稼働を維持出来ますから」
「決まりだ」
この街の状態は他と比べれば極めて綺麗だ。
建物そのものが破損はあっても完全な倒壊はしておらず、近場のお店を見れば窓ガラスが割れているものの確り店だと解る形を保ち続けている。店内をざっと見る限りでは飲食店だったのだろう。
特に欲しい物は見当たらず、そのまま俺は携帯端末の地図を見ながら歩みを進める。一番最初に手に入れたいのはリュックだ。
出来れば大量に入るサイズの大きな物を選びたい。ミリタリーショップなどであれば丈夫な鞄はあるものだが、残念ながらそういった特殊な店は無かった。
代わりに見つけたのは嘗ては大手だったデパート。そこならば様々な物品を置いてあるだろうし、一回で全てを満たしてくれる可能性がある。
先ずはそちらだと決め、足を速めた。
道中にあったコンビニの中は全ての商品が存在せず、無機質な棚が欄列するだけ。
当時は有名だったドーナツ屋もまるで開店前の如く一つも残ってはいなかった。他に誰かが漁っていたのは確定であるも、食料の喪失具合から無くなったのはこの街が壊滅して直ぐの頃だろう。
しかし雑貨の類も消えているのは事実。定期的に漁っている誰かが居るのかもしれないと当たりを付け、到着したデパートの内部に入った。
自動ドアは電気が無い所為で動いていなかったものの、ガラス張りだった為に全て割れている。辛うじて一枚は罅が走っていたものの、そんな状態では通ってくれと言っているようなものだ。
「地図で粗方何処に何があるかは把握した。リュックの置いてある場所は此処一階だ。回収次第二人一組になって通信しながら物を探そう」
「了解です。メンバーは私と信次さんとワシズとシミズでいきましょう」
「OK。二人もそれで良いか?」
「解りました」
「うい!」
先ずは一階を進み、リュックを漁る。
店の内部は本来商品に溢れている筈なのだが、実際はかなり商品が減っている。まったくの零ではないものの、しかし本来稼働をしていればクレームを貰っても当然な数だ。
やはり此処も漁られていたかと思いつつ、俺達は先を進む。周辺スキャンは建物の壁も貫通するのだが、こういった街での活動においては非常に便利だ。
このデパートはそれなりに大きい。普通サイズなのかもしれないが、今の店の状況を考えるとやはり大きく感じる。
店の中を歩き続けるのはスーパーでも余程その商品を買うかどうかで迷っていた時くらいだろう。だからこそ、多くのバッグを取り扱うエリアに着いた直後は漸くかと感じていた。
此処も割合としては漁られている方だ。やはり俺と同じ思考かリュックを狙われているようで、他の大きなバッグは無視されている。
勿論俺達も大きなバッグに用は無い。
両手が塞がれてしまうバッグはいざという時に邪魔だ。その容量自体は欲しいものの、背負えるという利点はあまりにも強過ぎる。
一先ず見える限りにおいて、リュックの総数は多くは無い。サイズも基本サイズのМばかりであり、それ以上は一気に数が少なくなる。されど、まったく無いということも無い。
そもそもこんな場所に立ち寄る人間は食料や日用品目当てだ。幾らリュックが減ったとはいえ、俺達の分は十分に残されていた。
選んだのは黒のリュック。旅行用の防塵防刃の物を選び、横幅のある大容量タイプを選ぶ。
「デザインは拘れないが、何かあるか?」
「いえ、此処は全員共通にしましょう。同じ物を使っていれば目印として活用する事が出来ます」
「成程、旗代わりという訳か」
「ええ。一石二鳥で考えられれば、そちらの方が得です。この子達には少々調整をしなければならないと思いますが――――少し待ってください」
彩と俺の二人で会話をしつつ彼女の知識に感心していると、突如として彩は耳を抑える。
そのいきなりの反応が示すのは異常だ。ワシズとシミズを見ればその銀髪を揺らして肯定を示している。
「数は五。風貌などは実際に見なければ解りませんが、食料エリアに向かっています」
「……難民の可能性有りか」
降って湧いた新たな存在の出現に、俺は腕を組んだ。
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