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第五話 闇夜の逃走

 表示された彼女の機密情報は明らかに個人が把握していて良いものではない。

 デウスの機械化。計画名にそのまま合わせるならマキナ化か。この情報を握っているだけで向こう側の人間は警戒するし、抹殺しようと目論むだろう。

 紙に書かれた文字は当然鵜呑みには出来ない。したところで馬鹿を見るだけだ。

 つまりこの時点で俺と彼女の運命は一緒なのである。彼女もこうして情報を盗み、相手に追われている段階で軍部には破棄扱いとされているだろう。

 平和な暮らしはもう無理だ。軍部に睨まれた段階で居場所は無く、それでも生きたければ逃げるしかなかった。

 巻き込まれた、という意識はない。最初から何かあるなと思っていて、それでも拾ったのだ。

 だから彼女が情報を全て開示し終わった後にひたすらに土下座をしていても怒りなんて当然無い。胸の内にある不安は当然あるけれど、それを表には出さなかった。

 俺なりに男としてのプライドがあるからなのだろうか。自覚が無いので何とも言えないが。

 

「一先ずはこの場から逃げるべきだろうな」


「賛成です。軍部の手が届き難い場所にまで行くべきでしょう」


 深夜二時。二人で茶を飲みながら話す内容はこの場からの脱出だ。

 今日の午後一時には連中が来てしまう。或いはもっと前から準備をしている可能性が否めない。

 故に早朝になる前にこの場から出て、彼女が語る通り軍部とは縁の薄い場所を目指して逃走するべきだ。しかし、その薄い場所というものを俺は知らない。

 そもそもその手の話は一般人の間には流れない情報であり、知っているとすれば身内に軍属の者が居る場合が殆どだ。ある日突然見知った誰かが引っ越すなんて話を聞いたら、大体はそうだったという事も多い。

 頼れるのは彼女だけだ。情けないが、そうするより他に無い。

 そして彼女もまたそれを自覚している。携帯端末に映る日本地図を眺めている様子に平時の柔らかさは無く、あるのは戦場に立つ兵士そのものだ。

 彼女も彼女で、多数の怪物達を打倒してきたのだろうか。デウスとしての本分を全うしていたのなら、今回の一件で人間を見限るには十分だろう。


「私が抜けるまでの情報しかありませんが、軍は北海道の奪還に意識を向けています。我々デウスの大部分もそちらに充てられ、残りのデウスは防衛戦力のみと考えて良いと思います」


「となると北側は無理だな。海側も監視の目があるから止めておいた方が良いとして……」


 内陸部を進む形になる。俺の呟きに彼女は首を縦に振った。

 海側は海洋系の怪物が多く生息している。護衛中の漁船を狙う出来事も多く存在し、その為監視施設が設けられている確率が高い。

 よって必然的に内陸限定になるのだが、かといってそれで無事脱出出来る訳ではない。

 相手も馬鹿ではないだろう。特にまともな道具が無い俺達では圧倒的に不利が過ぎる。この状況を打開するには他に協力者が必要で、中でも同じデウスでなければならないだろう。

 比較的高位のデウスがそれを知れば対策を考えてくれるかもしれない。希望的観測に過ぎないが、選択肢の中に含めるのは有りだ。


 一先ず、脱出の為に大き目のバッグを用意する。

 引っ越し用に買ったボストンバッグは使えないので、その次に大きなリュックサックに必要な物を入れていく。

 突発なので衣食住の準備は当然ながら出来ていない。今後も出来ない可能性の方が高く、基本的には野宿になるだろう。

 追加で買わなければならない物も多くある。それを全て買っては資金が尽きてしまうので、流石に何かは妥協しなければなるまい。削れるとしたら衣食住の内の住くらいなものだろう。

 衣類も汚さないように努めれば削れるが、何年も着ていれば確実に破れて使い物にならなくなる。逃走には迅速さが必要だが、資金を使いたくないなら丁寧が必要になってくるという訳だ。

 

「資金は全部引き出しておかないと止められるだろうから、今からコンビニに寄るか。……二十四時間稼働の口座で助かった。そっちは何か居るか?」


「いえ、私は大丈夫です。貴方のお金を使わせる訳にはいきません」


「気にするな……とは言えないな。すまん」


 実際節約は必要になる。コンビニもこれが最後となるが必要な物以外買うつもりは一切ない。

 だから素直に頭を下げて、彼女が言葉を放つ前にコンビニに向かった。

 今の彼女は必要以上に自虐に走り易い。確かにこうなったのは彼女が原因だが、そもそも拾った俺自身が何かあると解った上でやったのだ。

 謝られるのは勘弁願いたい。これはいわゆる自業自得に過ぎないのだから。

 コンビニに常設されたATMで全額を引き出し、地味に今後使うであろうマスクや常備薬も買っていく。準備だけでもかなり時間が掛かったのか、携帯端末の時間は三時を示していた。

 誰かに見られているとも限らないので走らないが、速足で家へと帰宅する。その間は彼女が周囲を監視していたのか、カーテンの端から外を見ていた。

 

 その目はやはりこれまでとは違う。これがデウスとしての彼女なのかと思いつつも、リュックに買ってきた物を入れておいた。

 試しに持ってみるが、今まで持ってきた私物の中では最大の重さだ。片手では数分で握力を喪失しかねない。

 背中に背負って漸く歩けるくらいのものだ。これで長距離を進むのは苦しいだろう。

 本来ならばこれに加えてテントやマットなどを持つと思うとまだマシな部類なのだろうが、それでも憂鬱になるものだ。表には出さないように内心で溜息を零し、さてどうするかと彼女に目を向ける。

 

「周辺スキャンは済ませていますが油断はしないでください。同じデウスを用意しているのは確定でしょうし、スキャンから逃れている線も否定は出来ません」


「かといってこそこそ動けば一発で不審者扱いだ」


「はい。ですが、私はあまり戦場以外の地理が解らなくて……」


「その辺は地図アプリに頼るしかないな。俺もこの辺りに最近引っ越してきたばかりだから」


 出来うる限り彼女の負担になってはいけない。

 携帯端末の地図アプリから裏道のみを選択し、進んでいくのがこの場合の常道か。人通りが多い時間帯だったら逆にそこに紛れて動くが、一般人に紛れた兵士に捕まらないとも限らない。

 安心出来る要素は皆無だ。しかし、それでも動かなければならないと彼女と頷き合って玄関の扉を開けた。

 季節は秋になったが、夏のように未だ気温は高い。少し歩くだけでも汗が流れて気持ち悪く感じるだろうが、死ぬ事に比べればずっとマシだ。


 出来る限り音を立てずに、そして彼女は周辺を常にスキャンしながら進む。

 街灯の多い道は選ばずに暗いルートを辿っているから視界は最悪だ。躓く危険性が高過ぎて歩く速度もあまりなく、しかし道を選ぶ関係上俺が前を行くしかない。

 目指すのは南。現在居る位置は千葉なので、最初に向かう先は埼玉だ。

 そこから長野に下り、最終位置は滋賀を目指す。隣に京都が存在するが、そちらにまではまだ行かない。というよりかは、京都には行きたくないのが本音だ。

 東京・京都には他よりも多くの防衛戦力が割り振られている。東京に多くあるのは頷ける話だが、京都にも多く存在しているのは未だに謎だ。

 一部では有力者が多数集まっているからなどと噂されているが、それが真実であるかは定かではない。


 だが他よりも戦力が割り振られている時点で何かあるのは避けられない。

 触らぬ神に祟りなしだ。もしも滋賀から離れる必要が出た場合、京都ではなく大阪から兵庫へと移動するのみだ。

 その間に北海道が奪還される可能性も無いでもない。そうなったら次は沖縄だから、また道順を変更しなければならないだろう。

 彼女は奪還は難しいと語っていた。その意味についても考えなければならない。

 俺達は無言で歩を進める。緊張感を纏い、時折交差する一般人に内心怯えながら。――そういえば彼女の名前って聞いていなかったな。

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