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人形狂想曲  作者: オーメル


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第四十九話 波の流れ

 気持ちを新たに進んだ道は、自然と人工物が融合したかのような場所だった。

 崩れた道は以前と何も変わらず、割れ目から生える雑草もまた同じ。しかし自然の量が他とはまったく違う。

 俺が今まで通った道しか知らないからなのだが、今進んでいる道は遥かに緑の方が占有している。巨木に、土に、動物に、野生化した犬や猫が集団で生活する姿は恐らく数少ないだろう。

 昔は誰かの庭だった跡地には柿の木がある。そこに実っている柿はどうやら未だ生き残っているようで、見事な橙を俺に見せてくれた。

 何と言うべきか。何処かノスタルジックな気配も漂うこの道は、公道を選択していれば出会わなかった。

 こんな偶然は画像にでも残しておくべきだと携帯端末のカメラ機能をオンにして、落ちた柿に集まる鳥を撮る。物を用意すればこんな画像は幾らでも作れるが、しかしきっと自然なままの姿は意図的な準備ではきっと生まれない。

 

 最初に攻められた辺りから此処はずっと放棄されているのだ。

 人も住まず、汚染もなされず、近くに公道があるからこそこの嘗ては街だったのだろう場所は放棄された。

 此処を大切に思っていた人間もきっと居ただろう。それでも生きる為に捨て、もしかしたら別の場所で此処を元の状態にまでしたいと考えているかもしれない。

 此処は動物にとって天国だが、人間には酷く住み辛いのだ。俺は此処が好きだが、住めるかと聞かれれば迷わず否と返すに決まっている。

 彩達の周辺スキャンからの情報も常に異常無しを指し示している。どれだけ今この自然が素晴らしいと思っても、これが現実なのだ。

 

「大丈夫ですか?」


「ああ、最近なんだか慣れたみたいでな。長時間歩いてもそこまで酷くはないよ」


 既に最初の街からどれだけの期間離れただろうか。

 移動は常に足で、乗り物には一度として乗ってはいない。重い荷物を背負って一日歩き続け、最初の頃は痩せ我慢で彩に迷惑を掛けないようにしていた。今では重い荷物を苦には感じず、逆に当たり前とすら感じてしまう。

 これで何も持たないまま歩き続けてしまえば何処かで躓いてしまうかもしれないな。何となく脳裏にそれが過り、じゃあ何も持たない日々は何時訪れるのかと密かに思う。

 幸福な結果というのは解っている。皆が無事で、静かに暮らせたら良いのだ。

 こうしてコソコソ動くような事もせず、普通の一般人同様の道を歩く。何でもない世間話を交わして、記念日にはケーキなんて用意して、プレゼントを渡したらどんな顔を浮かべるだろうか。

 

 今は遠く感じる未来の風景。それを実現する為にも、俺は死ぬ訳にはいかない。

 惨めに足掻くのは基本だ。その基本を成した後こそが俺にとって重要なのだ。そうでなくては彩の背中を追いかける資格だって有りはしない。

 単純な力なら彼女の方が高い。であれば別方向でお荷物にならない道を模索しなければ何れ邪魔になるだけ。

 それでも彼女達が傍に居るのは解っている。保証される未来へ無論、喜びは無い。

 

「それにしても……動物が目立つな」


「ええ。私もここまでの数は見た事がありません」


 無言の空間を嫌って適当に話題を振る。それに彼女は律儀に反応し、先程から此方の様子を警戒するかの如く見つめる動物達を見た。

 犬や猫は集団で此方を見つめ、餌を取りに来た鳥も枝に掴まって此方を凝視している。

 中には猿や蛇も見え、珍しい存在としては鹿や猪も遠くに見えていた。此方を襲うような動物が居てもおかしくないというのに、何故か動物達は此方を見るだけに留めているのだ。

 否応無しにそれは違和感となる。確かにこの自然は動物達にとっては天国で、此方が足を踏み入れてはいけない領域なのだろう。

 猟銃を持った猟師程度なら警戒しながら通り過ぎる筈だ。何せ襲い掛かる数が十や二十では効かないのだから、装備が確りしていない者は何とか無事に通ろうとだけ考える。

 そう、此処はどうしてか異様に動物が目立つ。まるで他の場所(・・・・)からも来たかの如く。

 

「……妙だな。何で襲わない?」


 俺達は今武器を持っていない。服装も完全に私服のままであるし、例え装備を隠していたとしても猪は突進をしてくるだろう。

 鹿ならば逃げるだろうが、そもそもその行動すらない。ただ眺めているだけなど、普通に有り得るのか。

 俺の疑問に彩は警戒だけはしておきますと告げ、ワシズとシミズにも徹底させる。二人は俺達の一歩前を進み、集まっている動物達を眺めていた。

 その目には思い切り好奇心が浮かび上がり、可能であれば触れ合いたいのだろう。

 まだまだ生まれたばかり。好奇心がうずいて仕方ないことも無数にある。相手が警戒していないのであれば触れ合いの一つや二つ程度許可したのだが、今回は動物達の状態がおかし過ぎる。


「ワシズ、シミズ。今回は駄目だ」


「……はい」


「えー、駄目?」


「駄目。此処は早めに抜けよう。丁度良い場所があれば休憩の一つでも取りたかったが、こういう場合は大抵悪い事に繋がる。さっさと抜けた方が良い」


 経験則である。

 異常な現場、異常な気配、異常な音。その他様々な日常生活の中での異常を確認したら、そこからさっさと離れた方が良い。この旅でそれはとてもよく解ったし、その思考を阻害させるつもりはない。

 両名は残念そうな顔を隠さなかったが、彩も俺の発言には納得している。こう言っては何だが、決定権を持つ者が決めてしまった以上は時には従う事も大切だ。

 我慢させてしまうのは悪いと思いつつ、俺は二人を急かす為に肩を叩く。

 それで漸く彼女達は歩き出してくれたものの、その速度はかなり遅い。余程興味があるのだろうと若干微笑ましさを感じるのだが、隣の彩が段々と怖い顔になりつつあるので再度肩を軽めに叩いた。


 これは彼女達流の我儘だ。俺の場合はスーパーで見た事があるだけだが、それとまったく変わらない。

 一房となった白の髪を左右に揺らしながら進む二人は本当に子供らしく、それ故に庇護欲も湧く。守ってあげたい子達だとは前々から解っていたつもりだが、感情の発露が目立つようになってからは余計にそれが際立っている。

 彩とは異なる自我の成長が進んでいるのは間違いない。これからどう成長するのか非常に楽しみだ。

 横の彩は俺が注意をしたので叱るタイミングを完全に逃してしまった。その所為か頬を僅かに膨らませ、拗ねたような相貌を見せる。

 その意図するところは、私にもっと構えという事だろうか。


「拗ねるなよ。さっきの顔じゃ、折角の可愛い顔が台無しだ」


「……可愛くありません」


 そっぽを向いた。彼女の表情は俺には解らない。

 イメージ出来るとしたら、口を尖らせた姿だろうか。それを今の彩ならするかもしれないが、しかしもしも浮かべていたとして珍しいとしか言い様が無い。

 何回も素直になれと言った甲斐があったというもの。このまま普通の女性っぽくさせてやるぜと内心決意しつつ、今は兎に角言葉を重ねる事を優先にした。


「可愛いとも。お前が可愛くなけりゃ世の中の殆どが可愛くないさ」


「急に口説かないでください。二人の教育に悪影響が出ます」


「了解。ならこれからは固く話しますか?彩さん」


「それは嫌です」


 何だか背筋がむず痒い。自分はこんなキャラだったか?

 もっと真面目だった気がするのだが。そう思う俺に、突然彩は俺の腕を掴んだ。しかもそれはただ掴んだ訳じゃなく、腕組だ。

 更に言うなら彼女は必要以上にくっつき、側面のほぼ全てを当てている。そうなると彼女の慎ましやかな丘にも触れてしまう訳で、何とも次の言葉を言い出し辛くなってしまった。

 空いている片手で頭を掻きつつ、小さく溜息。彩へと顔を向ければ、随分満足そうな顔を浮かべている。

 歩行が些か難しくなってしまったが、歩けない訳では無い。拗ねた彼女が元に戻るまではこうしてあげるべきだろう。


「甘えん坊め」


「許したのは貴方です」


 言葉を交わし、直後に俺達は小さく笑い合った。

 

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