第四十七話 異種交友
「わたしは、貴方に生き続けてほしいと思っています」
額を地面に擦り付けながら彩は自身の本音を吐露する。
口調には常の静かさは無い。普段から冷静だけだった訳ではないにしても、今の彼女は殊更烈火な思いを乗せている。ただ生きてくれと告げるだけの彼女の全身は震えに震え、さながら痙攣も同然だ。
このままだと意識を喪失してしまうのではないかと思わず右手が伸び、しかしそれを左腕で止めた。
今は彼女を心配する場面ではない。こうしたのは俺であり、止めるくらいなら最初からこんな真似はしなかった。
もしも此処で安易に手を伸ばしたら、それはただ甘やかすだけだ。そして一度甘やかせば、もう元には戻れないだろう。
胸に鈍い痛みが走る。その痛みから逃げたくて、されど逃げてはならぬと自身を戒める。
「それは俺も一緒だ。俺だって生きていたい」
「でしたらッ、どうかこのまま……」
「それは認められない。お前にはお前の未来があると、さっきも言っただろ」
「……私は、人類の守護者として設定された存在です。その存在意義は自身の命を喪失してでも人類を守ること。最初から私には未来など無いのです。例え貴方と会わずに戦争を勝ち抜いたとして、待っているのは一部のデウスを残した廃棄でしょう」
彼女の語るデウスの現実。軍に酷使され続け、その果てに勝利を握ったとしても一部を残して人類に殺される。
その認識をデウスの全員が持っているのだとすれば、成程未来を想起するのは難しいのかもしれない。何時か訪れる未来よりも、今この時に必死になるのも必然だ。
それに俺達の旅は決して未来があると確定されたものではない。何時何処で誰が死んでも不自然ではなく、メンテの一つも出来ない状況では彼女達も不安を抱えて当然だ。
彼女達に未来を見せるには、つまり設備群が充実した場所を用意しなければならない。加えて、人類が彼女達にもっと歩み寄らねば全体は何も変化しないだろう。
こうなったのも人類の責任だ、とまでは言わない。全体による弊害は確かにそうだが、個々人の問題を大きくする必要は誰にだってありはしないのだ。
「……だが今は違う筈だ。俺とお前は会って、お前の自由意志は縛られない。けど、お前の思考は酷く危ないんだ。このまま進めば、お前は俺が居なくなったら死ぬだろう?」
「当たり前です!私が従う相手は、もう貴方以外居ませんッ」
「いいや、それは違う」
彼女の断言に、俺もまた断じて返す。
下げていた頭を勢い良く上げた彼女の表情は今にも泣きそうで、その表情は絶望一色だ。その顔があまりに悲壮に染まり過ぎていて、自分でも自覚出来る程に眉を寄せてしまう。
俺以外には誰も従わない。彼女のその言葉で気付いているのだろうか。もう既に、彼女はデウスとして持つ守護者の仕事を放り捨ててしまっていることを。
彼女は他の何者にも従わない。軍の言葉も聞かず、そして為政者の言葉も聞かないだろう。
どんな命令も権利も彼女を従える力を持たない。もしも言う事を聞かせるのならば、俺を使う以外に無い。
俺がもしも大虐殺を企てるような人間だったら、彼女の評価は地に落ちるだけでは済まない。世界の敵として怪物達と同列に扱われ、圧倒的な数に潰されるのだろう。
全てが全て、俺の意志に従うのだ。彼女は多少意見したとしても、最終的には俺に従う。
それは断じて認めて良いものではない。そんなものは彼女の自由意志ではなく、俺の意志だ。
「お前は誰かに従うようなデウスじゃない。確りとした自由意志を持った存在になってくれ。俺が居なくなっても、俺の意志に従うな」
「……でもぉ」
「誰かに従うなんて止めてくれ。俺が不甲斐なければ幾らでも文句を言っても良いし、馬鹿な真似をしたら殴っても良い。何かを間違ったら裏切っても構わない。だから――」
お前はずっと自由なままで居てくれ。
その果てでワシズとシミズと彩と俺で、四人で家族みたいに生きれたらきっともっと楽しい日々になると思うから。
目を見開く彼女の左肩を掴み、空いた右手でめっきりやらなくなった頭を撫でる。彼女はその視線を一度も逸らさず、俺と互いに目線を交し合った。
その目は何時の頃から僅かに赤が差し込み始め、あの綺麗だった青い瞳の印象が薄れている。
されど、乗せられた感情はあの頃と変わらない。逃げ始めた頃のように、童女に言い聞かせるように、女性との付き合い方なんてまるで無かった俺にはこんな風な接し方しか出来ない。
「前にも言ったけど、俺はどんなお前でも受け入れるよ。だから頼む。俺はお前が自由で居てほしいんだ」
「――――ふぇ」
依存なんて要らない。ましてや、忠誠を捧げられるなんてもっと要らない。
家族みたいに遠慮無く言える間柄になれたらそれで俺は満足だ。彩に恋人が出来たとしても最初は悔しく思って、最後は笑顔で送り出す。ワシズとシミズの時も似たような事を考えたなと思いつつ、しかし次の瞬間に起きた出来事にはまったく反応出来なかった。
彼女も半ば無意識だったのかもしれない。俺の撫でていた手を掴み、そのまま自身の胸の内にまで引っ張り込んだ。
必然的に俺が抱き着く形になってしまったが、彼女も彼女で力強く俺を抱き締める。
女性が出せるとは思えない怪力は俺の背中が悲鳴を上げるものの、それについて一々何かを言いはしない。
流石に無粋の極みだし、何よりも彼女は俺の首元に雫を垂らし続けていた。見えない角度では嗚咽を漏らし、そんな声を聞けば聞く程親を求める子のようにも感じられてしまう。
「そうだよ。そんな感じで良い」
彼女の行動は少し前なら絶対にしなかった。それを今したのは、例え無意識の中でも何かが変化したのだろう。
これが彼女の意志の発露である限り、俺はそれを素直に受け入れる。何より、これが決して悲しいだけの結果に行く訳では無いと俺は確信を抱いていた。
彼女が一人の人間になるにはやはり常識も含めて足りない要素がある。そこを埋めたとして、最終的に行きつく彼女の姿というものが一体どうなるのかは見当もつかない。
今より更に冷静さに磨きが掛かるのか、それとも他の感情が大きくなるのか。
清楚な見た目で駄々っ子のような真似をしてきたら、俺はもしかしたらギャップにダウンするかもしれない。
「ごめ、ごめんなさいッ……涙、止まらなくて……」
「良いよ良いよ、幾らでも泣いて良い。今日はずっとこのままでも良いさ」
「うん……そうします……」
一度彼女は顔だけ戻し、俺と目線を合わせる。
涙は流れ続けていて、最早大号泣も同然だ。しかもまだ止む気配が無いらしく、どうやら今日は一日中泣き続けるみたいだ。
それならそれで構わないと告げ、俺は力を抜く。彼女はその反応に気付いて、本当に子供のような返事をした後に更に身体を密着させてきた。その強さはそのままであるものの、同時に身体中のそこかしこで彼女の柔らかさを感じる事が出来る。
そのまま彼女は俺ごと身体を横たわらせ、足を絡めた。思わず男として反応しそうになるも、それだけは決してなるものかと鎮静化に意識の全てを持っていく。
今夜は眠れないかもしれない。彼女の啜り泣く声を聞きながら、俺は未だ覚醒中の身を恨む。
甘えても良いとは言外に告げていた。それを早速見せていく姿は有難いものであるも、初めてでこれであれば更に加速していけば一体どこまで甘えるのだろうかと戦々恐々である。
足音は未だ聞こえてこない。敵の気配もまったく感じられなければ、気付いたとしてもワシズとシミズが反応して呼びに来る筈だ。
俺にとって今夜は地獄である。今正に大人として試されていた。
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