第四十六話 生き方
逃げて逃げて逃げ切り、俺達はあの街からある程度離れた瓦礫の中に身を隠した。
身体に浮かぶ汗を拭わず、胸中を過るのは苛立ちと悲しみの二つのみ。彼女が帰ってくるのを確信しつつも、さてどういう言葉を言うべきかと思考は回転を続けた。
彼女の言葉は、どうしたってデウスらしさを損なっている。別段それが個性であるならそれでも構わないのだが、これまで彼女を見て来た身としては彼女の言葉は明らかに今までの生活の中から出て来た言葉だ。
これまで彼女は俺を優先するような振舞いを見せて来た。最優先で俺を守り、彼女自身は最優先で戦い続ける姿は正しく俺にとっては絶対の盾に見えていたのである。
ああ、彼女であればどんな敵でも俺を守ってくれるのだ。そう思わなかったと言えば嘘になる程、彼女の姿は俺に安心感と頼もしさを抱かせた。
だが、彼女とて限界はある。その話は過去にもしただろうに、どうして俺はもっと注目しなかったのか。
彼女もまたデウスである以上、メンテは受けねばならない。一日の稼働によってどれだけパーツの消耗が起きるのかは定かではなくとも、既に俺と彩だけでも数回の戦いを経験している。
その際に動いていたのはほぼほぼ彩だ。激戦と呼べる激戦を強引に突破出来たのは彼女が居たからこそであり、彼女があの力量を最初から持っていなければ詰んでいたのは確定である。
しかし、あの一種超次元的な行動を起こせるという事は反対に何かを消費している筈。それがパーツの消耗を加速度的に上げているのだとすれば、無理をさせられないのは道理だ。
そこにまで何故行きつかなかったのか。自身の浅慮に思わず舌打ちが零れそうになるも、それを寸でで飲み込む。
この問題は何も彩だけではない。ワシズやシミズも先の街での戦いで大分強引な戦い方を見せた。
その負担は決して軽くはないだろう。問題無いと言われる方が問題となる戦闘方法は、決して無視して良いものではない。
「ワシズ、シミズ。最近何か不調はあるか?」
「不調?うーん……」
「今のところは特には無い」
「そうか、それなら良いんだ。でも、何か変な所があったら言えよ?」
静かに、そして元気良く返した二人の頭を撫でる。
俺達の旅はある程度の範囲で終わりにしなければならない。そのタイムリミットは、やはり彼女達の限界稼働時間だろう。特に基準とすべきは彩であり、彼女を中心として今後は考えねばならない。
本人は嫌がるだろうが、この部分は俺としても譲れない所だ。絶対に認めさせると決意しつつ、同時にその時にでも彼女の思考そのものを一度矯正しなければならないとも考えていた。
彼女の在り方はあまりにも脆い。犬で構わないなど、そんな事あってはいけないのだ。
彼女には彼女の道がある。ワシズやシミズにも自身の道があり、俺にも俺の道がある。現在はまだ互いに別れる気配を見せないものの、これからもそうである保証は何処にも無い。
単純な寿命だけでも、俺と彼女達の間には明確な差がある。それを思えば、残りの年月を例え生きれたとしても彼女が取り残されるだけだ。
ワシズやシミズはまだ大丈夫だ。本能的に彼女に対して怯えを見せていたのは先の街で解っていたことで、それから然程時間は掛かっていない。カストロールの言葉にも彼女達は純粋な怒りを露にしていただけだった。
今後の生活の中でそれを維持しながら順調に育ってくれれば、あの二人はきっと大丈夫なままだ。
だから今集中すべきなのは彩だと確信して、聞こえて来た誰かの足音に隠れながら外を覗き見た。
何かを引き摺りながら現れたのは彩である。引き摺っている物は襤褸の袋であり、その大きさは人間一人分。そして片方の手には俺が置いて来てしまったリュックがある。
速度を求めた事から、何かを物色していたということは無いだろう。時間にしても一時間も掛かってはいない。
「こっちだ、彩」
手を振りながら身を出した俺に、彼女は弱弱しい笑みを此方に向けた。
そこに込められた感情は怯えだ。あの時俺が思わず表に出してしまった感情が彼女に何かの影響を与えてしまったのだろう。謝らねばならない部分が出て来た情報に、しかし表面上は出しはしない。
謝るにせよ、今は先ず安全を確保する事が重要だ。今居る地点から例のゴーストスポットまで離れておらず、ワシズやシミズ達は此方に顔を向けながらも警戒を続けている。
安心するにはもっと距離が必要だ。彩が戦闘を続けている間に調べた限りでは、数時間歩くものの隠れるのに打って付けな廃墟群がある。
そこを目指して今日は終わりにしよう。その旨を全員に伝えれば、皆頷きで返した。
彩からリュックを貰い、そのまま背負う。中身の確認をしたいが、こうしてリュックが返って来ただけマシだろう。
持ってみた限り重さに差は感じられない。この分だと減っていないと考えて良いかもしれない。もしも減っていたとしてもそれについて残念に思う必要はないし、そもそも生き残れただけ感謝だ。
一先ず位置だけ告げ、俺達は足早に進む。全員が無言であるのは俺と彩が最初に会話をしないからだろう。
本当ならば何か話をすべきかもしれない。そうした方が場の空気も良くなるのは俺も理解しているし、今の彩にはそれが必要であるとも解っている。
しかし、こうした雰囲気はこれから話す事を考えれば好都合だ。決して彼女に対して悪感情を向ける事は無いにしても、あれの後に無言を貫けば俺の話も素直に受け入れてくれる可能性は上がってくる。
「……………」
「……………」
無言に無言を重ね、例えどんな発見があっても無視を決めて数時間。
夜になりかけの夕方の時刻に俺達はやっとゆっくり出来そうな廃墟群を見つけた。一応peaceの件があるので廃墟群に不審な物体や人が存在しないかを半ば命令口調でワシズとシミズに調べさせる。
彩に何もさせなかったのは敢えてだ。何時もなら真っ先に頼むが、今回は俺が怒りを抱いていると思わせ続ける為に二人に頼んだ。
調べた結果としては、異常らしい異常は皆無であるということ。
強いて言うのであれば難民の残した食べ残しや壊れたテントなどがあるだけで、俺達が使えそうな物は無いとのことだ。であれば、泊まる事に否は無い。
三階まである最も高い建物の中に入り、今にも崩れそうな階段を登る。一部は完全に床が抜けていたので安全性から離れ、複数に別れた個室の一つに俺達全員は集まる。
「一先ず、今日は此処で泊まる。あの街から誰かが追手を差し向けているとも限らない。ワシズとシミズには悪いが、此処とは別の部屋で警戒をしてもらいたい。……彩に関しては、此処に残ってくれ」
リュックを剥き出しのコンクリート床に置き、二人には警戒を理由に離れるように告げる。
本当ならその必要は無い。彼女達が彩と似たようなスキャン性能を有しているのは今までの野宿から判明しているので、此処に居たとしても別段スキャン範囲に差など生まれはしない。
それでも二人は俺と彩を見て察してくれた。何を言うでもなく、無言で頷いて静かに部屋を出る。
後に残ったのは重苦しい沈黙が広がる部屋だけ。彼女が何かを発する気配は無く、始めるのは俺からだというのが解った。
俺は床に座り、彼女も座らせる。
最初に何を話すべきかは決まっていた。
「……今日の言葉は事実か」
「……はい」
「そうか。なら、俺から言えるのはただ一つだ。――――その生き方は止めろ」
真剣に、他に何の感情も混ぜることも無く。
事実確認の後に放った言葉に彼女は目を見開いた。俯かせていた顔を上げ、そこで初めて互いに顔を見合わせる。
俺の顔は、果たして今どんな風に彼女に見えていることだろうか。出来ることなら真剣な風に見えてくれればと、そう願うばかりである。
「俺の為に死ぬ必要は無い。お前はお前にとっての未来を探してくれ」
「そんなッ!……私は、私は!!」
「彩。これまで守ってくれた事には本当に感謝している。だが、自分が死んでも構わないなんて生き方は否定させてもらう。……俺達は両方とも生き残る為に旅をしてるんだろ?」
始まりは理不尽な死から逃げることからだった。
今もそれは変わっていない筈だったが、彼女の中で何かが起きたのだ。その切っ掛けは間違いなく俺で、だからそれを変えるのも俺でなければならない。
その思いを全力でぶつける。今この瞬間で全て変えてみせると意気込んで、しかし彼女は怯えを更に増加させた。
彼女が今されているのは生き甲斐の否定だ。そうすることこそが一番だという日々に否定の言葉を入れ、罅を走らせている。
そんな真似は本来してはならない。己には己の生き方があって、それは尊重されねばならないのだ。
今回は俺が関係しているから手を出した。故に、一度手を出した以上逃げは無い。
彼女も俺が何時もと違うのは解り切っている。責任を持って向き合っていると解ってくれている。――――だからこそ。
「わたしは!!」
いきなり土下座を始めた彼女もまた、全力で向き合ってくれた。
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