第四十五話 解体
――本来、二人の間に基本的な性能の差は存在しない。
男女による差異も無く、武器の性能と経験以外に優劣を付ける方法は皆無だ。
何の技術も無い人間が横一列に走ってもゴールが一緒になるのと同じ。故に作られる装備品の規格も細かい調整を施さなくても過去のデータを覚えておけばデウス達の物理的な方法によっては壊れない。
あるとすれば、その理由は装備品ではなく自然環境だ。熱過ぎる場所で撃ち続ければ銃身が僅かに曲がることもあるし、泥や雨によって弾が使用出来なく場合も多々存在する。
しかしそれは人類の兵器にも言えることであり、この場合においては何も言わなくて良いだろう。
重要なのは基本性能が一緒であること。それをカストロールは知っていて、にも関わらず眼前の相手がまったくそうは見えなかった。
「……ぐッ、また狙いが!」
彩の武器は此方を傷付けない。だが衝撃は残るし、それによって狙いにズレが生じる。
本人はそれを修正しながら撃って実際に命中にまで至っていた。されどそれは数十分前の時だけであり、今はどんなに撃とうとも彼女の射撃によって強制的に位置をズラされている。
修正に修正を重ね、絶対に外す筈が無いと演算結果が出ているにも関わらず、彩はその修正を失敗に変えていた。
どうしてそれが成されているのかをカストロールは理解出来ない。解っているとしたら、彼女の攻撃方法だろう。
最初の内は的確に急所を狙った射撃を行っていた。胸部、頭部にマガジン一つを消費し切る程に弾丸を叩き込み、だが少しした頃からその攻撃方法を変えたのだ。
此方が撃つ瞬間に相手も撃つ。命中するのは大概の場合腕ばかりであるも、その部分は完全に修正済みだ。
「ならッ……」
横一列の並列射撃を行う。
予測を含めた攻撃は、それだけに当たらない確率の方が高い。しかし理由はどうであれ正確な射撃が無駄に終わるのであれば予測を混ぜた射撃の方が多少なりとて確率を高める事が出来る。
そして実際、カストロールの放った弾丸は彼女の肩を掠めた。剥き出しの柔肌に黒い痕が残り、しかし次の瞬間には元の柔肌へと時間が戻るように綺麗になっていく。
装甲に傷が入ればそこが元通りになるということは現実には存在しない。似たような機能はあるものの、原則として無くなった物を復元させる事は不可能だ。
そしてデウスに自己修復の機能は無い。装甲に傷が付けばそれはそのままである。
既に怪力に関しては常識外であるのは解っていた。しかし、それ以外にもあるなどカストロールの想像の埒外だ。
最初に付けた太股の傷も今では消えている。先程まではまだ痕が残っていたというのに、今では傷が付いた瞬間に復元を開始していた。
仮にこの自己修復機能が何かとの引き換えで起こっていたとして、付けられた傷が最初の時と一切変化していないというのは有り得ない。多少なりとて何らかの痕跡は残るもので、であればこそ彩というデウスの異常性は際立っている。
技術の進歩は常に早い。デウスの製造が可能になってからは幾つも実現しなかった武器が登場し、日本の安全圏維持に貢献していた。カストロールも軍人時代の頃に武器の更新は幾度となく行い、抜けた後でも技術革新は続いている筈だと常に考えていたものだ。
しかし、彼女の今の機能はただ技術の進歩が加速したというだけでは収まらない。
企業が持つ裏のルートから入る軍の状況と僅かながらに入るデウスの情報。それらに照らし合わせたとして、兵器の進歩はまだ自己回復の域にまでは到底至ってはいなかった。
唯一可能性があるとすれば――考え、もしもの推測にカストロールは警戒を更に引き上げる。
HGを左手でランダムに撃ちながら右手に新たな武器を出す。内部に保存されていたデータから出て来たのはARであり、艶消しを施された黒の銃を弾幕が如く放つ。
吐き出された弾数は正確に狙われたものではないため数が多く、その一つ一つがデウスのダメージを与えられるものだ。
一ヶ所だけの傷ならば再生されようとも、数発を同時に回復させようとすれば流石にラグが出る。そう考えての攻撃に対する彼女の行動は、先ずその弾幕から抜けることだった。
「……、流石にその数なら回復は出来ないか!」
先程までは回避を選択してもそこまで大きなものではなかった。
言わば銃弾を避ける事を意識していたのであり、今回はその場所そのものから避ける事を意識している。
つまりはまともにダメージを負えば回復までに時間が掛かるのだ。その確信を得たカストロールはARを片手で撃ち続け、空いている方の手にも同様のARを呼び出した。
先程の小規模弾幕は残念ながら回避された。筋力が高かったが為にその場から逃げ切る脚力もどうやら大きいようであり、ならば単純に弾幕の形成量を二倍にしようとしたのだ。
普通のデウスであるならばそれで負けるのはほぼ確定である。仮に家の壁などに隠れたとしても、一撃一撃の火力が大き過ぎる為に容易に壁を貫通する。
逃げ切るのも数を考えれば可能性としては低いだろう。命中弾は少ないだろうが、それでも複数発の命中を二回三回と連続でこなしていけば回復も間に合わない。
彩の選択肢はただ一つ。自身の武器を使うしかなくなったのだ。――となるのが思考の流れとしては必然だろう。
しかし彼女の中で考えている内容は別。態々純粋な撃ち合いを行い、相手に次の武器を出させ、多少なりとて損傷を負ったのは全て彼女の演技である。
流石に回復が発生した事実は彩をして驚愕する内容であるも、今それがプラスに働いているのならそれで良い。
重要なのは最後まで己の身体が動くこと。只野から話があると言われた以上、彩は絶対に生き残らねばならないのだ。
一撃が凶悪な弾幕の群れを一瞬だけ解放した本当の脚力で避け切る。
その瞬間の動きはカストロールには見えず、回り込むように回避した為に彼の視界から外れた。
しかしセンサーは仕事を続けている。即座に相手が背後に回り込もうとしているのを察して身体を動かした時、カストロールの鼻先には既に拳があった。
肉と金属の潰れる音が青空の下で響く。彩の拳は確かにカストロールの装甲を打ち抜き、その下にある金属部分を露出させる。その金属部分すらも殆ど潰され、今のカストロールの顔面は惨たらしい。
痛覚そのものは無いものの、その攻撃一回で視界情報は破壊された。辛うじてセンサーは生きているものの、それでも雀の涙であるのは間違いない。
内部パーツに関してもデウスは頑丈に造られている。にも関わらず一撃でその八割を破壊する威力は最早笑う他にない。
視界情報からの弾道計算はもう出来ない。残り僅かなセンサー類を必死に動かして相手を引き剥がす他に無く、それをAIが結論を叩き出す前に彩はカストロールの両肩を掴んだ。
彼女が勝つ為にはカストロールの両腕は邪魔である。単純に腕を振るわれても邪魔であるし、接近戦の装備を持っていれば余計に面倒極まりない。
両肩が軋む。肌部分は伸び、耐え切れなくなった装甲は徐々に剥がれ落ちる。
金属の犇めく音に相手の思考を察しながら、やらせるものかと身体を暴れさせた。しかしそれは悪足搔きだ。
カストロールの情けない足掻きに不快に眉を寄せた彩は、両肩を外す行為を止めて全力で胸部を殴る。その一撃は容易に胸を砕き、内部への侵入を許してしまう。
そのままエネルギーの供給ラインを手で千切り、同時に心臓付近にあるCPUに触れる。それはカストロールの人格が存在する場所であり、そこが破壊されれば彼は一切の思考が出来なくなる。
それだけは駄目だと必死にカストロールは腕を動かし、彼女の腕を掴む。
顔面が破壊された所為で最早会話は出来ない。しかしその行為によって彼が必死に止めようとしているのは理解出来るもので、当然彼女にとっては聞く必要も無いことだ。
そのまま彼女は無慈悲に正四角形のCPUを二つに折った。僅かな力で簡単に折れたその様は酷く儚く、されど彼女はまったくそこに感じずに満足そうな顔を浮かべるのだった。
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