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人形狂想曲  作者: オーメル


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第四十四話 ブラックボックス

「いやまさか、これは予想外だったな」


 カストロールの声が彩に放たれる。

 それに対する彩の返答は装備を拾うことのみ。左の拳を振るう前に自然に落としてしまったAKを再度手に持ち、その銃口をカストロールの胸部に向けた。

 高い警告音がカストロールの内部に鳴り響く。視界の端には装備の名称とロックオンの文字が表示され、しかしそれがデウスに何のダメージを与えない事は解り切っていた。

 彼女が銃を向けたのは単なる節約目的。あわよくばそれで死んでくれれば御の字とカストロールは推察し、どこまでも主人の経済事情を考える彼女に再度同情心が湧き出す。

 しかしと彼は内心で首を振る。紛れも無く腕力で凌駕された以上、同情をしている場合ではない。

 接近を許せばそのまま首をもぎ取られるかもしれないのだ。それで死ぬ訳では無いが、死んだも同然の状態にはなる。

 

「……会話の一つもしないのは些か無機物が過ぎるよ。それでは主人の命令に忠実なだけの犬だ」


「だから何だ」


 彩には隙と呼べるものが無い。一切の全てを相手を殺す事にのみ集中している姿は、正しく殺戮人形と同じ。

 主人を守る為に彩はカストロールを殺そうとしている。その姿は確かに人類を守っているように見えるかもしれないが、カストロールからすれば飼われている犬とそう変わらない。

 忠犬なままでは主人を諫める事は出来ないのだと確信しているカストロールは、故にその勘違いを抱えたまま彼女に言葉を募らせる。言葉など不要だと彩は態度で示していても、それで終わっては本当に言葉が何も解決しないと思ってしまうから。

 戦うだけが全てではないとカストロールは知っている。彩もまた、戦うだけが全てではないと知っている。

 互いに思っている事は一緒だ。それでもこうして敵対してしまうのは、一重にカストロールが未だに社会の闇が真実だと信じ切っているからだろう。

 

 無論、闇が全てでは社会は成り立たない。光が無ければ闇も存在しないように、世の中には光を放つ者も居る。

 彩はそれを只野を通じて感じていた。まだまだ人類は見捨てる程ではないと、胸に確信を抱いている。それは他者が否定したとしても変わらないだろう。

 愛を抱いて夢を感じ、希望に向かって前に進む。

 カストロールが認識出来ない輝きこそが、彩の持つ世界の認識だ。それを持たない存在は人類以下と断じてしまう程に、彼女はそれを信奉していると言っても過言ではない。

 だからこそ只野の親愛に彼女は溺れた。尊敬と信頼と親愛の眼差しは、どうしようもなく彩の心を震わせる。

 彼女にとってその目は麻薬だ。そして彩と同じような思想を持つ者であれば――そこから離れようなど一瞬でも考えることは無い。

 犬?大いに結構。主人の命令をまともに聞かない存在など、生きる価値も無い。


「お前のような存在は要らぬモノだろう。明らかに人類に対し損を与えているというのに、それを止める事を良しとしない。そうしている時点で、貴様は欠陥品も同然だ」


「僕達を構成する物を揃えようとするなら時には悪にもならなければならない。君も解っている筈だ。君は今のままでは間違いなく近い内に稼働出来なくなる」


「そんな事は全て承知の上だ。こんな擬きが一瞬でも本当に生きるべき誰かを守れたのなら、これ以上の喜びは無い」


「……君は、コアの完全停止が怖くはないのかい?」


 彼女の堂々とした発言は、必要以上に嘘という言葉を跳ね飛ばしている。

 全身全霊で彼女はそれで構わないと思っているのだ。少しでも只野が生きられるだけの盾となれたのならば、例えパーツの残骸と成り果ててでも後悔の二文字は無い。

 その生き方は狂信そのもの。生に執着を覚えているカストロールからすれば、絶対に容認出来るものではなかった。

 目の前の女性は完全に滅却しなければならない。己の生きるべき未来の為に、彼は何としても別の正義を持つ彼女を殺し切らなければならなかった。

 されど、彩にとってはそうではない。彼女が掲げる通り、彩本人の役割は完全に盾だ。

 只野の邪魔をする存在の攻撃から守り、そして滅ぼす。この場合で言えば侮辱したカストロールを殺すのが今の彼女の目的と言えるだろう。

 しかしだ。それは彼女が掲げているものであって、他も同じく掲げているものではない。寧ろその思想は彼女だけのものと言っても良い。

 

「――彩」


 静かな声が、彩の耳に入った。

 そこに込められた感情に、急激に怒りの気配は露散する。代わりに出て来た感情は怯えだ。

 相手が何時動くのか注意を払う関係上、彩は背後の声の主に顔を向けられない。しかしその件の主がどのような表情を浮かべているのかは、短い日々とは言えど濃厚な時間を過ごしたが故に解ってしまう。

 声の主、只野は悲哀と怒りに眉を寄せていた。

 それは全て彩に向けられていて、だからこそ彼女は恐ろしさを感じてしまう。

 

「話は後でしよう。今はまず、目の前の相手を倒してくれ。出来るなら早く。ワシズ、シミズは悪いけど俺を護衛しながら後ろに下がってくれ。先ずは安全域にまで行きたい」


「了解」


「あいあい」


 静かにゆっくりと、三人は彩達から離れていく。

 それはカストロールからすれば看過出来ないことだ。直ぐにでも追いたいものの、その前に彩が立つ限り突破は不可能だろう。あの街は外部に対する兵士は存在しない。全てが内部に集中している以上、他が追う事も不可能だ。

 最速最短で勝負を決める。それがこの場合の最適解で、彩は命令されたが故に最速で勝負を決めなければならない。

 ただでさえ只野から怒りと悲しみを込めた視線を向けられた。失敗したのは明白で、これで失望でもされようものなら完全に生きる理由すら無くなってしまう。

 盾にもならずに捨てられるなど、それは彩にとって絶望も同然だ。

 足に力が入る。互いに距離を開けて銃口を向け合い、引き金を押し込む。

 HG対ARという構図は、ただそれだけを見ればARの方が優位だ。単純に一回に放てる弾数が遥かに異なり、叩き込める回数も大きく違う。

 

 しかし使っている武器が武器だけに、どれだけの攻撃を叩き込んでもカストロールにはまるで効かない。

 対デウスの装備でもない限り、カストロールの皮膚装甲を突破するのは不可能のまま。その武器を彼女は持っているが、保有している弾数はAKに比べれば少量も同然だった。

 反対にカストロールの持つ武器は、その全てが対デウス用である。一発撃ち込むだけでもデウスの装甲に傷を付け、関節部分を狙い撃てれば破壊にまで至る事が出来る。

 そして距離の意味では両者共にそれなりに近い。ARの距離というよりもHGの距離であり、故に現環境で言えばカストロールの方が優勢のままである。

 

「……、ははは。どうしたんだい、さっさと君も自分の武器を使うと良い。無い訳ではないんだろう!?」


「…………」


 弾丸の全てをカストロールは避けない。全身に銃弾の雨を受けながら、そのまま引き金を彼は引く。

 人間とは違って狙いを付ける時間は一瞬だ。攻撃を受けて揺れている部分を計算に入れて引き金を引けば、計算上はそのまま彼女に命中する。

 撃つ、撃つ、撃つ、撃つ。驚異的な速さでHGから弾が吐き出され、それを彩は回避する。しかしその部分も計算に入れたカストロールの攻撃は彩の肌を傷つけていく。

 綺麗だった部分は火傷のような跡が残り、嫌でも装甲がすり減るイメージを抱かせた。

 カストロールの表情も何処か安堵が混じるようになり、そのまま避ける彼女を追うように自身も走り出す。

 相手の腕力は正しく予想外のものだった。しかし、それはどこまでいっても腕力だけだ。こうして専用の弾丸で傷を付けられるのなら、距離を取っているだけでその怪力は無力となる。


 家の近くに隠れた彼女は、相手の武器の種類を脳内に保存されたデータから検索する。

 そこから出て来たのは、一致率としては九割のHGだ。完全な一致になっていないのは、それが研究所の開発した装備ではないからだろう。企業には既にデウス用の専用装備の情報まで渡っているとなれば、何を使ってくるのかまるで見当もつかない。

 加えて、やはり彩は自身の装備を使う事に躊躇いがある。それは単純に節約という意味でもあるが、それ以上に今この瞬間に誰かに見られている可能性を考えてのものだ。

 自分の武器をコピーされるのは、回り回って只野にとって障害を残す事になる。それは到底認められるものではないし、彼女自身気持ちの良いものでもない。

 

 ならばどうすると考えた時、選ぶのただ一つだ。それが今の彼女にとって最善で、それが決まれば一発で相手は地に沈む事になるだろう。

 青い瞳が一瞬、赤く光った。――彼女の知らない内に、ブラックボックスは静かな稼働音を響かせたのだった。

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