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人形狂想曲  作者: オーメル


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第四十二話 本性

 カストロール。

 そう呼ばれたデウスが存在する。その名称が付けられたのは酷く最近の事であり、それまでの彼の名称はA-52という個体ナンバーで呼ばれていた。

 軍に属する彼は他のデウスとは異なり表情の変化を見せることはない。常に機械的に仕事を処理し、如何な感情が揺さぶれる出来事が起きようとも、冷徹な思考が揺さぶる事を良しとはしなかった。

 それは正に軍が望んだデウスの姿。単純な兵器として極めて近い彼は、それだけに軍の高官のお気に入りだ。

 接待においても給仕に専念し、不必要な情報は全てカットする。感情を乗せる事は無いその眼差しは、どのような人物が見ても只の視覚情報を得るだけのパーツにしか見えないだろう。

 周囲のデウスはそんな彼を酷く不気味に感じていた。時には簡単に味方も見捨てる事を知っていた部隊員は、彼の事を敵視していたのだ。

 もしも彼が怪物側の存在であったなら、デウス達は彼がそうしたように容赦無く切り捨てたのは間違いない。

 そして、その時は実際に訪れた。

 

 切っ掛けは青森の解放作戦。土地に居座る怪物の巣を破壊すべく、当時存在していた全デウスの三分の一がそこに投入された。

 居座っていた怪物の種類は昆虫系。その数は大小合わせて数万に上り、最終的な被害はデウス五万体の壊滅と人間三千人の死亡にまで至っていた。更に土地そのものに毒がばら撒かれ、青森の土地は今現在でも生活出来ない状態だ。

 彼はその中で五体の怪物に襲われ、四肢の全てを破壊された。それによって移動が不可能となり、されど四肢を修復すれば現場復帰は可能だ。

 彼が四肢を喪失した頃には戦いは既に終結を見せていた。その空気も彼は感じ取っていて、特に不安を感じる必要も無いと回収班を待っていた。

 しかし、実際に姿を見せたのは数人のデウス。少々の傷を残し、服が破けながらも健在の様子から自分の足で帰れと命令されたのだ。


『――X-22。回収を希望する』


 回収班を待つよりもデウスに回収された方が早い。そう判断しての彼の言葉は、しかし銃を向けられた事で無に帰した。

 銃を持つデウスはその相貌を憎悪に歪め、明確な怒りをその引き金に乗せている。他のデウスもその顔に多少なりとて憎悪があり、救助は見込めない事を彼は直ぐに理解した。

 理解して、その次に起きる事も彼は察したのだ。次は自分の番だと不安も焦りも浮かばせず、彼は最後まで平静なままデウスの放った銃弾を受け入れる。

 デウスには人類の指示に服従以外の明確な束縛が無い。何か異常が起きればその都度指揮官が指示を下す。

 今回の出来事は全て彼の記憶領域に残っていた為、直接手を下したデウスは処分され、それを止めなかったデウスには夜の接待へと送られた。

 

 それで全ては終わったかに見えたが、彼がこの事態を想定していなかった訳では無い。

 そもそも彼自身、このような事態になる可能性は自身が一番高いと解っていた。他とは違う行動をし、何度も関係が破綻すれば学習能力の高いデウスが解らない筈もない。

 故に事前に対策は講じてある。デウスが守らなければならないのはコア部分であり、それさえ無事であれば他は修理で治るのだ。四肢の喪失が起きてから襲われる可能性までは流石に想定していなかったが、それでも身動きが出来ない状態にされる事を考え、コアの位置をメンテ終了直後に自身で勝手に行った。

 これはもしも次のメンテの時に判明すれば罰を受ける行動だが、メンテ開始直後になる前に彼は自ら危険地帯に進む事を指揮官に嘆願していた。

 指揮官としても難しい場所に優秀なデウスが送れるのならば非常に有難い。だからこそ、裏を考えずに二つ返事で頷いた。


 だが真の予想外は、彼が一旦意識を途切れさせた後である。

 軍が監視役以外居なくなり、残るは企業が土地の異常を調べるだけとなった。その際にデウス以外の使える部品に関しては持っていっても構わないと監視役は目を瞑っており、中には軍の類似品を売っている企業も存在する。

 勿論極端に近ければ制限が入るが、その点は企業だ。確り変化を加えており、余程その界隈に詳しくなければ製品の源流を辿る事は出来なくなっている。

 その中で秘密裏に彼は回収された。それは軍の監視を潜り抜け、名簿上は別の製品として記名されている。

 彼はそのまま四肢欠損、及び胸部の風穴のまま意識を覚醒させられた。普通の人間であれば確実に死んでいるような状態で、しかしデウスだからこそその点の問題はクリアしている。

 彼が意識を取り戻して見えたのは、見覚えの無い設備群だ。そのままコアを中心とした自身の状態を診断し、見事に動けない事を理解させられた。今ならばあっさりと死ぬだろうと確信し、しかし見覚えの無い場所から直ぐにそうではないと結論も出される。

 

『始めまして、A-52』


 そして、そこで初めて彼は人間の中で特段の興味を惹かれる存在に出会った。

 それは人間で言えば一目惚れと言えるかもしれない。現に彼は初めてその視界に彼女を収めた時、何とも言えない奇妙な感覚を抱かせた。

 人間など所詮は一緒。そう認識していた彼にとって、彼女の存在は極めて異質だ。

 見た目のみで推測出来る年齢は三十の前半。特別綺麗という訳ではなく、浮かべた微笑も怪しいことこの上ない。

 第一印象としては特別目に付く部分は無かった。強いて違いを言うのならば、男か女かという単純なものしかない。

 そんな彼女が語った内容も決して物語に出てくるような優しい言葉などではなく、どこまでも事務的な交渉だった。

 ただ、彼女は事務的であろうとも彼を見ていたのだ。その他としてではなく、確固たる個としてその女性は彼に交渉をしていた。

 

 それは軍に居た頃では有り得なかったことである。確かに彼は高官から使いやすいと認識されていたが、それは別に彼だけであるという訳では無い。

 他にも無数にそんなデウスは存在していて、彼はその他扱いから半歩踏み出しただけでしかないのだ。

 個を見るというのは軍の中でも一握りのデウスにしか有り得ない。彼はその一握りの中から選ばれず、軍から離れて初めてその個を見てくれる相手を見つけたのだ。

 故に彼は彼女の交渉に乗った。

 彼女が要求したのはデウスの基礎情報に解る範囲内での軍の内部情報、加えて秘密裏に進んでいるプロジェクトの護衛。対して彼が要求したのは自身の修復と、護衛する為の装備一式だ。

 

 明らかに彼女の方にメリットが多い交渉であるが、元より彼には軍に戻るつもりは無い。

 その時点で軍からの情報は何も手に入らないだろう。ならばまだ新鮮な内に放出し、自身の回復を目指す方が遥かに結果としては最良だ。加えてデウスのボディに関する基礎技術は全て建造先の研究所しか保有していない。

 それを秘密裏にとはいえ手に入れられれば、研究所の理念とはまた別の方向からデウスの可能性が生まれるだろう。

 それは回り回って彼自身のメリットに成り得る。だからこそ、その内容だけで彼は即決した。

 結果として、それは今現在も上手く回った。

 束縛から解放された彼はある程度の自由意志を獲得し、今まで出来なかった事も出来るようになったのだ。

 勿論一般の前に出ては彼の容姿が目立ち過ぎるので裏方ばかりとなってしまったが、それでも顔を隠して髪を染めれば買い物くらいは出来た。

 

 その買い物ですらも彼には初めての体験で、それを傍で見ていた彼女はまるで子供のようだと彼を評価した。

 初めての体験には子供のように過ごし、デウスとしてはある意味彼女の従者として振舞う。彼女からの指摘によって笑みも絶やさないように行い、その所為か内面にも時折遊びのようなものが混じり始めた。

 その変化は決して悪いものではない。人間と交流し、人間のように生活して、冷たい心にも人間味が入り始めた。

 もう彼は軍に居た頃のようには振舞えない。その他に紛れたデウスとしても振舞えない。

 彼は軍に居るデウスに同情する。苦労しているのだなと、肩を叩きながら優しく囁くのだ。それは煽りでしかないのだが、彼は本気の想いで同情するのである。


 それを今この場で、彼は彩を思って只野に向かって放った。

 一番言ってはならない言葉で放ってしまったのだ。カストロールと呼ばれた彼は恋を知らず、愛も知らない。

 何故最初期から守護者として定義されているのかも深く考えず、故にコアに眠るブラックボックスは機能しない。

 彼は他者との生活によって確かに感情を手にした。しかし同時に、それを手にする過程も全て共通であると信じ込んでしまった。

 そうしなければ生き永らえないのだと、生き残るというただそれだけを達成する為に踏んだ道筋は――彩の選んだ生き方とはまったく違い過ぎたのだ。

 それを読み取れる力があれば、彼は彼女を敵に回さなかっただろう。もしかすれば共闘する未来もあったかもしれない。

 だが今正に、全ては終わった(・・・・)のだ。

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