第四十話 男性型
向き合った彩とデウス。
片方は女性で、もう片方は男性の姿をしているデウスは人間の及ばない美しさを双方持っている。
もしも恋愛に発展するとしたらお似合いだろうし、何も知らなければ俺も素直に祝福していた。しかし今においてはそのもしもはまったくもって必要ではない。
奇妙な現実逃避に走ってしまったが、この両名は現在睨み合いの真っ最中だ。俺は男性型のデウスが至近距離に居る所為で動けず、同様に彩も迂闊な真似は出来ないと殺意に濡れた眼差しをデウスに向けている。
そこに仲間意識は無い。あるのは只の敵視のみで、今この場に俺が居なければ彼女は手に持ったAKを何の躊躇も無く発砲していただろう。
そんな状態の中で、男性型デウスは不気味な程柔らかく笑う。その笑みは未だ酷く甘く、口説けば大抵の女は気を許しかねない。もしも俺が女だったとして、その笑みに赤面しない可能性は零ではないだろう。
「おや、随分怖い顔をするね。もっと普通にしていても構わないよ。仲間だろう?」
「それならば彼を解放してもらいたいのだが?何らかの任務に付いているのであれば此処で手にした情報の一切を漏らさないと誓おう」
「ふむ……残念ながら、僕の仕事はこの街を知った者の捕獲だ。僕の上位者からの命令でね。悪いけど、諦めてくれると助かる」
「――なんだと」
何時でも俺を捕まえられるように、件のデウスが意識を此方に向けている。
その状態から始まった会話は、表だけを知っていれば絶対に有り得ない情報ばかりだ。何せあの街に軍が関係しているとはとても思えず、企業の闇らしきものだけが見えていた。
当然軍が関係しないのでデウスが派遣される事も無い。防衛戦力として残しているデウスは居るだろうが、それ以上に他に戦力を残す理由は存在しないだろう。
もしやあの街そのものが偽装かとも考えるが、それにしては捕獲をデウス任せにし過ぎている。
軍であれば人間一人程度軍人で十分だろう。態々デウスに任せる必要性は薄い。ならば、この街に存在している戦力と呼べるような存在は目の前の男性型デウスのみということにもなる。
纏めてしまえば、企業関係に繋がっているデウスは彩の話とも統合して考えると基本的に有り得ない。
なのにどうして目の前のデウスは存在しているのか。いよいよもって技術流出の可能性も考慮しなければならなくなった。
「……ちょいと俺も会話に混ざって良いかい?」
「勿論。何か聞きたいことでも?……まぁ、此方も聞きたい事はあるんだけどね」
「話の解るデウスで助かったよ。……あんまり深入りするつもりはないが、俺は捕獲されたらどうなるんだ」
「あの街に居る人間と同じ状態になるだけさ。まったく、私の上位者はほとほと男を嫌ってらっしゃる。別に全ての男性が野蛮という訳では無いと思うのだけどね」
「その口ぶり、お前は軍には所属していないのか」
「所謂脱走兵という奴さ。そこに居る女性も何かしらの要因で解放されたのだろう?」
少しの質問で男性型デウスは驚く程多くの情報を与えてくれた。
溜息混じりで文句もあるあたり、俺と彩のような関係性に近いのかもしれない。そんなデウスが彩と同じく脱走兵なのは容易に想像出来るところだが、今の姿とはあまりに似合っていなかった。
相手が彩に多少なりとて意識を向いてくれたお蔭でデウスの服装を確認する余裕が出来たが、その姿は端的に言って執事服であり、主従関係が構築されているのだと思われる。
つまり近いが違う関係性を築いている訳だ。加えて、男を嫌っているという言葉から女性であるとも解る。
同性を嫌うというのは無いではないが、可能性としては少ないだろう。
彩はデウスの言葉に沈黙を返す。どう言い返せば良いのか解らないのか、敢えて言葉にしなくとも良いと判断したのか、男性型デウスはその沈黙に頷きをもって反応を飲み込んだ。
「お互いに詮索はするべきではないだろうけど、今回君達は運悪く此処に来た。悪いけど、如何なる対象であろうとも例外無く捕獲はさせてもらう」
「よく言う。ネットにあんな情報を載せやがって」
「誘導された君が悪い。此処を外から見ても怪しいとは解る筈だ。それにも関わらず、君は此処に来る事を選択した。責任の一部は君にもあるさ」
「いや、そもそもあんな狂人を量産してる時点で悪者はそっちだろ」
確かに俺の選択は結果的に最悪な形で出てきてしまった。
一番会いたくない相手に、一番厄介な現場。一企業関係である時点で闇が深いのは明白だ。
関わるだけでも軍と同等の厄介事が襲い掛かってくるだろう。まだまだ他のデウスが居ないとも限らない。
いや、最早居る事を前提にして考えるべきだ。今度からはそうしようと決め、視線を彩に向ける。――彼女はその視線に静かに頷いた。
現状は確かによろしくはない。だがしかし、他に手が無くなった訳ではないのも事実。
どれだけ手が無くなっても完全に手詰まりになっている状況は逆に数少ないだろう。余程実力が隔絶しているだとか、策を全て潰されているだとかでもない限りは手は残されている。
「まぁ、その点はね?デウスが人類に攻撃するのは非難されても仕方がないが、人類が人類に攻撃を仕掛けるのは昔からだろう。今更だと私は思うね」
「片棒は担いでいるぞ」
「仕方ないじゃないか。私もまだ、完全な自由という訳ではないんだ」
どう言ったとしても相手の対応は変わらない。これ以上は単に時間の無駄になるだけだ。
であるならば、さっさと消えるに限る。男性型デウスは見事に彩に意識を向けているが故に、どうやら他に意識は向いていない。目の前に居る彼女だけが最大の脅威であると認識していて、俺を人質にしていた。
ならばそこに他の戦力が居たらどうだろう。しかもデウスをして完全に無視出来ない戦力だ。もっと嫌らしい方法もあるにはあるが、それをするには相手に気付かれないように連絡を取らなくてはならない。
それが出来るのは彩ぐらいで、そもそもその案を彩が浮かんでいなければ実行は出来ない。
問題は件のデウスの性能だ。スキャン性能が高ければ隠密状態になったデウスでも発見されかねないし、最初からあの子達が体温を落としていないとも限らない。
しかし、彩は睨みはしても殊更焦っている様子は無かった。
それが俺にとっての希望に繋がるし、相手にとっての絶望に繋がる。この場合の絶望とは、何も俺を取り逃した事だけではない。彩の怒りを買ってしまったことだ。
罅の走ったガラスが割れる音を背後に聞きながら、同時に床も崩れ落ちた。ピンポイントで俺の部分だけを破壊したのは彩が自身の視覚情報をそのまま伝えたからだろう。
ガラスの割れた音で目の前のデウスは振り返った。しかしそれは罠であり、本命は床だ。
時間にして刹那の間しか無いが、デウスにとってはそれで十分。落下速度にそのまま任せるだけだと遅いが、落下を開始した直後に俺の足を掴む者が居た。
「キャッチ」
掴んだのは黒のジャンパーを着たシミズだ。無表情で俺を掴み、地面に接触する前に横抱きに変えた。
「どっせェい!!」
上ではガラスを割った張本人であるワシズの気合の籠った声がした。
双子が分担しての行動は彩が全て決めたのだろう。あまりにもスムーズに進んだ状況に彩が体温調節をしてくれていたかと内心でガッツポーズを決める。
しかしそれは一時的に逃れただけ。直ぐに襲い掛かってくるだろうと相手の方向に身構え――しかし襲ってくる気配はまるでない。
シミズに確認を取らせたところ、俺が離れた直後に彩が行動したらしい。
銃撃音が聞こえなかったので格闘で攻め入ったのだと予想し、直ぐに家を出た。先ずは状況の理解をしなければ何も次を考えられない。
そうして外に出た俺を迎えたのは、地面で向かい合う彩とデウス。ここから激しい戦いが始まるのだと思い、俺は少しの予備動作も見逃すかと目を凝らしたのだった。
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