第三十六話 無縁
歩き続け、既に一週間が経過した。
道に変化らしい変化は見せず、既にどんな風景を見ようとも何の感情も浮かばない。
この一週間の間に人に出会えた回数は数回程度。そのうち村クラスの大きさのある集団居住区を見つけたものの、中に居る者達は揃ってガラの悪いチンピラのような姿だった。
彼等は此方を見て腰を上げたが、揃って武器を構えれば即座に腰を下ろして睨むだけ。どうやら銃の類を所持している訳では無いようで、俺達はそのままさっさと村から去る事に成功した。
他に出会えたのは運搬用トラックくらいなもの。運転手は徒歩で進む俺達に態々トラックを停車させてまで心配をしてくれた。
その際に乗せてもらえる話となったのだが、残念ながら運転手の行先は東京近く。そこにはどうしても行きたくない俺達は感謝しながらも断り、そのまま真っ直ぐ進んでいる。
食料は一週間も経過すれば流石に大分消えていた。
常に消費する量は五つで固定として、それ以上は絶対に食べない。毎日三食とは言うものの、距離を稼ぐ為に休憩時間を一時間程度にしたので一日一食のような形ばかりだ。それに長距離を歩き進めた所為で靴もかなり草臥れた。
元からそれなりに草臥れていたものの、それが加速されたような形だ。何処かで買わなければもうすぐ裸足で歩くような事になるかもしれない。
幸いというべきか、途中には小さくとも街がある。そこの施設群を確認したところ、大型スーパー程ではないにしてもスーパー自体は存在していた。
スーパーそのものに靴が売っている確率は低い。あってもサイズ違いが殆どだ。
しかしスーパーがある時点で相応に客足は望めるということである。であれば周辺に別の店を展開しているケースは往々にして存在していた。
「一番はタダで手に入れば良いんだけどね」
「タダでは危険だと思いますが」
「まぁね、タダ程怖い物はない。いっそ人が居なくなった街でもあればな……」
「その言葉は感心致しません。我々の存在意義が揺らいでしまいます」
あの日から俺の呟きに対して彩はよく返すようになった。
大体は此方の愚痴に彩が若干棘を込めた意見を返すことばかりであるが、それでも以前の無言空間とは大違いである。お蔭で会話に飢える事も無く、そして建設的な意見の激突もすることが出来た。
互いにこうすべきだと主張し最適化出来るのは、正しく素晴らしき関係だろう。まだ彩自身が若干戸惑っている節があるものの、その点は俺が積極的に受け入れていけば大丈夫だ。
一週間前の直後は、それはもう彼女は盛大に拗ねた。そっぽを向いて口を尖らせた様子は正に人間そのもので、無数に愚痴を呟かれたものである。
事前に面倒臭いとは言っていたが、成程というものだ。
しかしそれこそが隠さぬ本音中の本音。隠し事はするなとずっと前にも言っていたが、あの時点ではまだまだ俺達は何処かに何かを無意識に抑え続けていた。
それが完全に開放されたからこそ、恐らく今後大喧嘩の一つでも起きるかもしれない。そうなってほしくないとはいえ、それが生きるということだ。
今正に彼女の言葉も前の時点では絶対に言わなかった。抑え込み、不満を自身で封殺していただろう。
彼女の言葉にそりゃそうだと返して、転がる石ころを蹴り飛ばす。
目標の街まで後一日といった程度だ。そこで速攻買い物を済ませ、さっさと逃げるつもりである。
また彼女達を街の中に入れるのは今回は止めておいた。当人達からかなりの文句を吐かれたものの、少し前の一件の事を考えると街の中に彼女達を入れるのは不味いと判断したのだ。
「明日は二つ目の街だな。適当に何処かに隠れておいてくれ」
「私は今でも不満がありますよ。我々が離れている間に何かあったらどうするのですか」
「そうならないのを祈るばかりって感じだな。出来る限り早く戻るつもりだが、最低でも三十分は見てくれ」
「……了解しました。今度は頭部を隠せる物を探しておきます」
「悪い。服屋とかに寄ってもみるよ」
「先ず戻るのを最優先にしてください」
俺はもう十分に汚れていると言っても過言ではない。シャツに砂が付いている事もあるし、穿いているズボンも尻の部分は茶色だ。替えの物があるものの、それでも俺だけ見ても汚れているのは確かだ。
彼女達だってよくよく見れば汚れている箇所はある。にも関わらず、彼女達の綺麗な印象は覆されない。
元々食料や飲料を必要としていない関係で頬が痩せるといった異常も見せないのが主な理由なのかもしれないが、何よりも汚れていないのも理由としてはあるだろう。
やはり彼女達が立っている事が多いからか。座っている場面が少なく、故に彼女達の中で一番汚れているのは靴くらいなものだ。
だからこそ余計に輝いて見えるのだ。それはそれは寄っていく者が出てくることだろう。
こう言うと身内贔屓に聞こえるかもしれないが、彼女達ならば広告塔としても十分にやっていける。実際にそうなりかけたら阻止するけども。
そう思うと、今の自分がやはり傍に居るのは異常だと再認識させられる。
あの時に彩を助けなければ、彼女との縁は一切無かった。同時に俺はあの日々をずっと続けていただろう。
それが悪いとは言わない。何せあの頃は無の感情になる事はあっても、飢えに苦しむ事は無かった。同僚と愚痴や文句を叩き合いながら、日々の戦果に一喜一憂していたに違いない。
だがこうして彼女達に出会って、現実を教えられた。世界が綺麗ではないと解っていても、決して無情だけではないとも信じていたのだ。
結果としては残念ながら、恩人に対しても世の中は石を投げると解ってしまった。人類の守り手を奴隷も同然に扱うなど、甚だ許されて良いものでは無い。
故に、こうして真実を知れたという意味では彼女との今の状況は喜ばしいものだ。俺がどこまでいけるか解らないまでも、いける限りはいくつもりである。
「ワシズやシミズは何か欲しい物はあるか?」
彩に関してはどれだけ話してもやはり心配が最初に来てしまう。欲深なタイプでも無いのでそれこそ使えるのであればゴミ箱からでも彼女は使っていくだろう。
それは絶対に阻止するつもりであるし、その為の案も誰にも明かしていないがあるにはある。後は子供組であるが、この子達が一番何を要求されるのか解らない。
一般的な物とは縁が無さ過ぎただけに突拍子も無い要求が来る可能性は十分にある。逆にまったそんな要求は無い可能性もあるが、人間最悪は常に想定してしまうものである。
「うーん。予算はどれくらい?」
「そうだな……二千円くらい?」
「それだと……浮かばないや!」
「右に同じく」
二人の声は対照的だが、結果は一緒だ。
やはり一般的な情報が足りていない。本来ならばそれを知る為のテレビや本が身近にあるべきなのだが、彼女達を作った者達はそれを情報として与えてはいなかったのだろう。
完全に兵器としての側面のみで考えられていたと解るだけに、その扱いの悪さは業腹ものだ。
彼女達は何も浮かばなかった。それを無理矢理捻りだそうとしても変な案しか出てこない。
なら俺が次の街で与えられるようにそういった本でも買うべきか。携帯端末で調べさせるのも良いが、そもそも物の名前自体が彼女達の中に無ければ渡しても無理だろう。
最初は何にしようか。新たに追加された悩み事は、しかしどうにも楽しいものだ。
争いに関する事でも、将来に対する不安事でもない。子供達の未来を想えるというのは、何だか一人の大人になれたようだった。
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