第三十五話 いざ、新たな場所へ
夏の暑さが少しだけ納まる午前四時。
互いに手を交わして別れた俺は、少しの寂しさを抱きながらも目的地へと目指して歩き出す。
背負ったリュックの重みは昨日に比べて幾分か軽かった。それだけ缶詰を消費したということで、つまりは俺が何も買わずにいられる時間も縮んだことになる。
そこに何も文句は無い。俺がした事であるし、彩が文句を言っても認めるつもりはまったくない。
しかし当の本人は黙ったままだ。何かを考えているのか出発時も何も言わず、結局最も繋がりが薄い人物になってしまっている。
それが決して悪いとまでは思わないが、さりとて良いとも考え難い。
未だ儚い将来だが、彼女にも一般の人間との交流をしてもらいたい。それが結果的に視野の拡大に繋がるし、これまで守って来た民衆の真の姿を見れる。そこからどう考えるかは彼女の自由で、最悪敵になったとしてもそれは仕様がない。
それだけの愚行を人類は行った。ならばその責任を負うのは必然であるし、反するのは論外だ。
何時もの四人組となった道は酷く静かなものだった。
普段と変わらぬ雰囲気だというのに、やはり一緒に世間話の一つでも出来る相手は必要なのだろう。
彩もそうだが、デウスはその手の事が苦手だ。やはり怪物の撃破に専念されている所為で、どうしても人間らしい行動が少ない。ロボットよりは遥かにらしさがあるものの、どうしても人間と比較すると片手落ちだろう。
感情はある。物事を考える思考もある。必要なのは、それを下らない内容でも発揮出来るようになることだ。
ある意味で言えば慣れである。それが完成されれば、彩は他のどんなデウスよりも人間に近付くかもしれない。
そんな未来を想起しつつ、草木の無くなった道へと俺達は出る。土地開発によってコンクリートに塞がれた大地が剥き出しになり、されどその状態は特段気にする程ではない。
強いて言うなら怪物達の破壊痕の凄まじさを再度認識するだけだ。
日本国そのものが一回消滅しかけただけに、やはり怪物の基礎スペックは常識外なのだろう。テレビで流れた論では異世界説が専らの主流だ。昔からその手の研究はされていて、民衆にもそちらの方が信じられやすい。
既に常識外の出来事が起きていた所為で最早常識外が完全に日常となってしまった。防犯グッズ一つをとっても意味不明な仕様の製品が販売されていたりするのだから、もう俺も常識外に慣れてしまっている。
だからこそ、デウスの守護者としての立ち位置そのものが非現実的でも受け入られたのだろう。そうでなければアンドロイドなんて眉唾物だと鼻で笑われるだけだ。
「あー、何も無いな」
「そうですね。崩壊した建物などは時折見えますが、どれも劣化が激しいです。食料はもう腐敗していると考えた方がよろしいですね」
「……最初に食料を挙げる辺り、やっぱり気にしてる?」
「気にするな、と言われればそうします」
「それはもう答えだよ……」
何となく、彩の発した言葉に引っかかりを覚えてつっこむ。その結果は、なんというか予想外のものだ。
しかしよくよく考えてみれば納得出来るものでもある。彼女達は人間とは根本的な構造が異なるのだから、表情を機械的に隠す事も不可能ではないのだろう。
これは交渉事では格段に有利となる能力だが、今の俺にとってすればやらかしたという気持ちしかない。
気にしていなかった訳では無いと遠回しに言われ、恐らく素直な表情を見せろと言えば拗ねた顔を見せる筈だ。それはそれで貴重な顔であるものの、嬉しいかと聞かれれば素直に嬉しいとも言えない。
それだけ彼女に負担が寄っているのだ。食料問題は何処までも付いて回る問題であるし、それにも関わらずに八個も缶詰を渡してしまった事を彼女なりに不満に感じているのだ。
それでも敢えて何も言わないのは、やはり手に入れた情報が情報だからか。
今回の通過点の中で長野の部分は甚だ不穏だ。可能なら通らない事を優先としたいが、しかし進路は既に長野。
ここから別の県に入るとして、群馬くらいなものだ。その群馬自体が遠回りであるのは言うまでも無く、更に新潟・富山は海に面しているだけあって内陸よりも警戒率は高い。
故にさっさと危険を通過する為にはそのまま長野に行く他無く、それはつまり新たな面倒事の気配を感じさせた。
ルートとしても近くを通るのは確定だ。多少の変更は出来るかもしれないが、しかし掠るのは避けられないだろう。
「今回の出会いは悪くなかったと思ってる」
「それは私もそう思います。只野様の顔があれほど輝いていたのは久しかったですし、貴重な情報は入手出来ました。遠隔で他の地域を見れない今の私ではその情報を入手出来なかったでしょう」
「……そうだな。お前の言っている事は全部正しいよ。だからそこまで拗ねるな」
「拗ねてはいませんよ。別に」
やはり彼女は考えていた通りの言葉と、そして少し予想外な言葉を放った。
俺の顔が最近暗いままだったという自覚は無いが、彩にはそれだけ暗く見えてしまっていたのだろう。
実際、考える事は多くある。普段ではまったく考えない事ばかりの内容は、それだけで俺の精神を圧迫した。彩という特大の存在が居なければ最早生きてはいられなかっただろう。
ふと、俺は歩みを止めて振り返る。背後で確り付いてきた二人の娘達を見つつ、両方を撫でた。
突然の行動に二人の目は見開かれるも、次の瞬間には居心地が良さそうに目を細める。そんな仕草も出来るようになったのかと思うのと同時に、胸の内から守らねばという父性が湧きあがった。
「ワシズ、シミズ。どう思う?」
「拗ねてる!」
「拗ねてる」
「二人共……」
元気良く告げるワシズと静かにはっきりと告げるシミズは、どうやら此方の味方らしい。
突然の反逆に彩は酷く驚いた顔を見せて、溜息を吐いた。その仕草に違和感が無く、これが素の反応であるのだというのがよく解った。
この二人にも俺は助けられたものだ。直近ではやはりpeaceとの戦闘だろう。
数えきれない傭兵と俺達四人による戦闘は、二人の怪力によって何とか突破する事に成功した。その過程で一気に成長が進んだもので、今では最初の面影がかなり薄まっている。それだけ感情というものを素直に出してくれたのだと思えば、まるで娘の成長に涙する父親の気持ちだ。
更に人間らしさを全面に出せるようになれば、その内誰かと恋愛関係にもなるかもしれない。
正直そんな相手がこの子達に出来たとして、俺は冷静ではいられないだろう。頑固な父親とまではいかないが、かなりキツい態度を取ってしまうかもしれない。
「お前さんも、もっと素直に言ってくれて構わないさ。無駄話でも何でも、そういうことをしていこう」
「…………」
「この旅は危険だらけだ。だからこそ、少しくらいは楽しめる時間があっても良いと思うんだ」
彩が心から喜べるように。
後悔ばかりにならぬよう、彼女には少しでも俺との旅を楽しかったと思わせるようにしたい。
そんな思考自体が身勝手なのだろうが、それでも未来の彼女にもそれは必要だと思うから。だからこそ、少しだけでも無駄な会話に花を咲かせるというのも覚えてほしい。
俺の提案に、彼女は最初無言だった。初めて自身の隠し事を話したあの日のように、止まった彼女は暫く空を見ていた。
「結構、面倒な性格をしていますよ」
「OKOK。何でも来い」
「……後で文句を言っても知りませんからね」
「ッ、はっはっはっはっはっは。んなもん気にしないさ。お互いに文句をぶつけ合って最適解を見つけるのだって良いだろ?」
一歩、俺達の関係は進んだ気がした。それは俺達の過ごした日数に比べれば酷く小さな一歩だったのかもしれないが、未来を変える大事な一歩だったのかもしれない。
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