第三十三話 地獄への切符
折角の時間を無駄にしながらも俺は瓦礫の中で野宿する事を選んだ。
その選択に彼女達から意見が出てくる事は無い。ただ粛々と従うだけで、困惑の顔を浮かべたのは青年達だ。
一体何故と睨む眼差しを向けられるのだが、その目はやはり恐ろしくは無い。人間は慣れる生き物であるが、俺もまた中々に早く慣れてしまったようだ。
でなければ直後に青年の目の前で座る事も出来ないだろう。
ただ単に彼女達が居るからこそ怖くないというのもあるかもしれない。此方は武器があって、相手は武器を持っていないというのはメンタルに著しく作用するようだ。
この青年からは聞きたい事がある。それは事実であり、その対価として何かを差し出す準備もある。
特に目の前の青年達は今正に弱っていることだろう。食糧も満足に用意出来ていないのであれば、サバイバル耐性が無い限り直ぐにダウンするのは解っている。最初に倒れるのは青年ではなく後ろの女性だろうが、それでも誤差の範囲内だ。
俺も人の事は言えないが、それを敢えて向こうに言うのは不利に近付くだけ。何も言わずにリュックから缶詰を取り出し、五つ分のそれを青年に投げ渡した。
中身は全て同じ鯖だ。賞味期限がまだまだ長いこれなら、一つや二つ食べてリュックに保存も出来る。
それに五つ程度ならまだ懐に大ダメージとはいかない。あの時回収した分はそれなりに残っているし、それにこれから向かう先にも街はあるにはあるのだ。
節約は大事だが、放出しなければならない時に放出しなければチャンスは掴めない。安全の為の対価だとすれば、缶詰五つ程度は安いだろう。
「聞きたい事がある。そっちは何処から来た」
「………長野だ」
俺の意図を理解したのか、青年は地面に転がった缶詰を拾いつつ答えた。
その様を彩が凝視しているものの、彼はその答えを撤回する様子は無い。武器を持っている人間の前で嘘を吐くにはそれだけの勇気が必要であるが、青年の背後には守らなければならない女性が居る。
この程度の情報で嘘を吐く必要は無い筈だ。そして、俺もここで嘘を吐かれたところで殺すつもりも無い。
誰だって守りたいモノがある。その為に必死になるのは当たり前で、逆にそれが無いモノを信じることは出来ないだろう。
しかし、長野か。思わずガッツポーズをしたくなったものだが、それは内心に押し留める。
道順的には次の県だ。直近で知りたかった情報だけに、その県については絶対に知っておきたい。
ネットで調べる事も出来るが、ネットはネットで地味に規制が入り易い。俺のよく見る掲示板に関しては何故かその規制をすり抜けているが、そこに関しては疑問だ。時々見かける過激な文章や何処かの企業の秘密文書を当然のように公開していられるのは謎でしかない。
「長野か。俺は千葉だ。そっちの県は大丈夫だったか?」
「大丈夫だったかって……そっちも何かあったのか」
「まぁな。でなきゃこんな場所には居ないさ」
俺達は互いに何かがあった者同士。違うのは準備の差と戦力の差だ。
相手側もそれは感じているのだろう。俺の腰に差さったままの拳銃を見て、静かに頷く。
備えあれば憂いなしと言えれば良いのだが、どう見ても今の俺はそうは思われないだろう。寧ろ装備品含めて事前にそうなるのを解っていると認識されていても不思議ではない。
実際は全て盗品なのだが、そこの話をすると非常に面倒な事になるので言わぬが吉だ。
この状況全てが俺にとって有利に回っているのだから、そこを崩す発言は愚かの極み。故に深くは言わずを貫く。
「何故か千葉に軍が出動したらしくてな。爆発音やらヘリの音やらが近くで聞こえてたよ。おまけにさっき通った場所で傭兵みたいな連中と軍が睨み合いだ。近付かないのが吉だな」
「うげ、そんな風になってるのか。俺の所は野良の化け物が出たって感じだ。その所為で俺達の住んでた街は無くなっちまった……」
疲れた表情をしながら語る内容は無視するには看過出来ないものだ。
街の規模によるとはいえ、大体の街の近くには軍の基地がある。正確に言うのであれば軍の基地の近くに街があると表現する方が正しいかもしれない。
例外はあるものの、それでも軍の存在は民衆にとって希望の星であるのは事実だ。そちらを頼らなければならないのは民衆も企業も変わりない。そして軍としても守るべき存在が近くに居た方が良いのは確かだ。
基地そのものの規模は大きいとは言わないまでも、決して小さい訳では無い。結果として街の近くに基地がある形となり、されど同時に軍に反感を持っている者によって作られた街は軍とは離れている。
その所為で地図に存在しない小さな街も存在し、軍も把握出来ていない存在が多数にある。
先の場所はその中では軍に存在を認識されている方だ。そして青年の言葉から察するに、彼の住んでいた場所は軍から離れた方向なのだろう。
確か長野の基地はほぼ中央の位置の筈。そこから離れているとすると、余程端でなければ直ぐに来るだろう。
「どんな怪物が出たんだ?というか、結局軍は来なかったのか」
「……解らない。軍が来る前に俺達は逃げちまったから。でも怪物の姿は見たぞ。百足みたいな奴だ」
「虫系か……。街の場所を聞いても?」
青年の住んでいる街の名前を聞き、それを携帯端末で調べる。
しかしヒット件数は脅威の二。しかもそれは個人ブログであり、二週間前から更新されていない。
地図で検索を掛けてみるも、五年前には存在しなかった街なのか表示されないまま。件数零という数字は初めて見るもので、ならばと長野県限定で怪物が出現したか否かを調べる。
だが出て来た情報はまったく別の県だ。今時であれば数日以上も時間があればネットに流れる筈なのに、先程の情報に関しては一切出てこない。
「情報が出てこないだと……馬鹿な」
有り得ない。それが俺の本音であり、直後彩から機械音がした。
顔を彼女に向ければ、そこには銃身を青年に向ける姿。その表情は無であり、しかし内心で怒りが渦巻いているのが容易に見て取れる。ワシズとシミズもここまで無言を貫いていたものの、彩の態度で青年が嘘を吐いていると判断したのだろう。
即座に彩と同じく銃身を向け、青年はその姿を見て顔を青褪めた。
情報が出てこない。それはつまり、青年が嘘を吐いていたことになる。彼女がそう思うのも自然で、普通ならそういった行動をするだろう。俺だって嘘だと一瞬感じたが、しかし直ぐに別の可能性が浮かんだ。
「やめろ……彼は嘘を言ってはいない」
「ですが、情報がまるで無いというのは有り得ません。どれだけの損害が発生したにせよ、彼等が逃げ出す程である以上は情報が出現する筈です」
「そうだな。情報がまるで無いだなんて、それこそ最初から無かったか消さない限りは不可能だろうよ」
「消す……出来るとは思えません。例えネット上からこの男が語るワード全てを遮断したとして、人伝いによる原始的なネットワークで……」
「だから、揉み消したんだろうさ」
ネットの情報なんて大元が遮断しようとすれば案外出来る。元々その会社に所属していれば情報を持ち出せるだろうが、現実に広まっていない以上は恐らく出来ないようにされているのだろう。
なら残るは手紙や人伝いによる昔ながらの伝達方法である。この方法はネットよりは遅いだろうが、それでも数日以上も時間があれば簡単に広まっていくだろう。
人の口に戸は立てられない。それは何時のどんな時代でも変わらない真理だ。
ならばこそ、どうしてまったく広まっていないのか。――――別の原始的方法以外にあるまい。
一先ず武器を下ろせと伝え、怯え切った表情の彼と顔を向き合わせる。全身を震えさせる様子ははっきりと恐怖を示し、俺に対してもそれは変わらない。
彩の過剰な対応が裏目に出た。
だが彼女を責める事は出来ない。実際に彼が嘘を吐いている可能性が完全に払拭出来ていない以上、反応されるのは最初から此方が考えておくべきだった。
今ではもう遅いものの、まだ訳を話せば覆せる。チャンスは尽きてはいない。
特に俺の予想が正しかったのならこんな事で怯えている場合ではない。俺達なんて所詮小物に感じるだろう。
両肩を掴む。その際に青年は解り易いくらいに肩を跳ねらせ、同時に背後で何の行動も見せずにいた女性が俺を見た。
だがしかし、その目の色は他とは違う。俺が最初に見た限りでは黒だった筈なのに、今現在の彼女の目の色は赤だ。
驚き、けれどもそれを口にはしない。人間誰でも最も踏み込んではいけない領域がある。そこを態々踏み込む必要は、今の俺にはまったくなかった。
「いいか、これは完全に俺の予想だ。正解じゃない方が高いし、それならそれで別段誰が困る事は無い。でももしも正しかったら、お前達は死ぬぞ」
「……は?な、なんでだよ」
「お前の発言が全て真実で、かつネット上には何の情報も残されていない。加えて人伝いにもお前達の情報はまったくもってなかった。時間が掛かるにしても、既に日本中に伝わるには十分な時間だ」
日本にもワームホールは存在する。
全五ヶ所に展開された内の一つは日本の沖縄に存在し、軍はそこを最終と決めていた。そして、沖縄と北海道以外の海と隣り合っていない全ての県の怪物は全滅させたのだ。
そこから解るのは、つまり長野に野良であろうと怪物が出てくる筈が無いというもの。
付け加えるならば、そんな怪物が街一つを滅ぼさんという勢いを持っていれば拡散は避けられない。他に逃げ出した人間は必ず居て、今頃東京も千葉も大騒ぎになっていなければおかしいのだ。
結果、考えられるとしては一点。現時点であらゆる大元を潰せるのは大物国会議員か将官クラスの軍人のみであり、彼等は何らかの理由でも虐殺したのだ。
怪物ではなく、人間を。そこが軍の管轄ではなかったからこそ、恥を隠す為に証拠諸共消したのである。
告げた言葉に、全員の時が停止した。
唯一俺だけは長野があるであろう方向を見つめ、頭の中は悪いイメージがいつまでも続いていた。
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