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人形狂想曲  作者: オーメル


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第三十二話 難民

 瓦礫の山は街一つ分の広さを持っている。

 目視出来る範囲内ではコンクリートがまったく見えない。視界の端に途切れている部分もあるが、そこから先はまた割れたコンクリートが見えるだけだ。

 足に力を入れて進む必要があるのは非常に面倒であるものの、他に進める場所が無い。視線は常に下に集中していて、躓かないよう注意する必要があった。

 デウス組はそんな事は関係ないとばかり進む。此方を気遣って歩幅は常に俺に合わせてくれているのは感謝だ。

 予想以上の遅さに距離はそれほど稼げてはいない。追われていないからこそ今はそれほど焦ってはいないが、もしも現在進行形で追われていればこの地形は致命的だ。

 鉄壁に近い者達は居ても崩れ落ちた建築物の数々は隠れるには打って付け。障害物が無数に存在する場所というのが厄介極まりないというのはこの状況に陥って初めて理解した。

 それだけに無事に逃げ切れたのは有難いというものである。軍と傭兵が激突している限り、俺達は常に距離を稼ぐことが出来るのだ。

 

「ふぅ……瓦礫、瓦礫、瓦礫、ね」


「劣化具合を見る限り、最初期の被害痕がそのまま残されているのでしょう。現状、企業や国家が意図的に再建しない限りはこうして放置されていますから」


「ああ。ここまで徹底的に破壊されているのも珍しいが、無人になっている街も多い。解放されていない県に至っては今どうなっているのかも不明なままだ。確定として言えるのは、五年が経過した時点でもう生き残ってはいないだろうな」


 未だ再建されていない街は多い。

 崩壊した自然も数多く、全てが元に戻るには数百年の時間が必要になると専門家は語っていた。

 必要になる物資と資金も並ではないのは素人でも解る。一つの街を完全に元に戻すだけでも国家プロジェクトになるると考えれば、億や兆ではまったく足りないだろう。

 だからこそ、必要な場所以外は全て放置する現在の状態は当然なのだ。

 そこに民衆が不満を抱えても出せないものは出せないし、出来ない事は出来ない。国という単位でも限界は存在し、特に復興という部分は今現在において二の次だ。

 故にというべきか、企業側が勝手に復興しても国家は黙認を決め込んでいた。

 そこに企業の意図があったとしても国家は文句を吐けないのだ。文句を言うのであればお前がやるんだろうなと突っ込まれ、そこから炎上が発生するのである。

 国家が出来るのは精々税金を発生させることくらい。それでも民衆は文句を吐きたかったが、衣食住が満たされる前と比較して我慢していた。


 考えれば考える程、やはり五年前の爪痕はまるで癒えていないのだと解ってしまう。

 デウスが今現在少しずつ生存圏内を拡大させているとしても、その内部にまで意識が向いていないのが実状だ。

 そして、その地盤を固める行為をしないのは何処の国でも一緒である。何よりも先ずは殲滅を掲げているからこそ、五年前から生存している企業が何とか形を保ち続けているのだ。

 歪なまま今が進んでいる。その歪さは薄氷が如しであり、何処かで力強く叩けば簡単に壊れる脆さだ。

 今の社会は継ぎ接ぎだと言っても過言ではない。応急処置だけで活動しているのだから、少しでも奥を探ろうとすれば簡単に歪みが見えてしまう。

 

 それでも、そのまま進むしかない。

 今更大革新をしようとした所で余計な騒ぎが起きるだけだ。ある程度平和になった時にこそ変化は訪れるべきであり、であればやはり今目の前に迫っている北海道奪還の結果次第だろう。

 それが良ければ北海道の整備も含めて準備期間が出来る。何かを起こすのならばその時だ。

 そして失敗にすれば、やはり休息期間という隙間が生まれる。その時も何かを起こすチャンスになるだろう。

 案外ではあるが、変化の時は近いのかもしれない。大規模な戦いというものは早々起こらず、領土拡大の後は常に何かしらの出来事が起きていたものだから。

 それが良いものであれ悪いものであれ、国民は信じるしかない。生存への道を目指して、人類はその歪んだ結束でもって今を生きるしかないのだ。

 

「――お待ちください。熱源反応です」


 歩いていた足が止まる。彼女の声に合わせて意識も自動的に切り替わる。

 数回しか実践の空気は感じていないが、最早俺も普通のままではいられなくなった。彩の声と顔の方向だけで直ぐに相手の位置を推測し始め、同時に無意識に拳銃を引き抜く。

 未だ使ってはいない。どこかの兵の物なので新品とは言い難いが、しかし武器としてはまだ綺麗な方だ。

 何時かこの武器も汚れる程使い込む時が来るのだろうか。そんな思いを胸の内に収めつつ、彩が一人様子を見に行った。

 彼女が向かった先は一つの崩れ掛けた一軒家。辛うじて屋根の形を成しているため一軒家だと解ったが、そうでなければただの壁としか認識しなかっただろう。


「一応、下がった方が良いんじゃ?」


「そうだな。ワシズが前でシミズが後ろで頼む」


「了解」


 ワシズとシミズは俺の護衛だ。俺を挟んで前にワシズが立ち、後方にシミズが立つ。

 熱源反応は本来動物にも適応されるものだが、彼女達の示す対象は全て人間だ。警戒対象が現状それしかないので言葉としては熱源反応にしている。

 そして警戒の為に全員が武器を内部より呼び出す。持っている物は敵から奪ったAKだ。

 マガジンを含めて大量に持っている為に今此処で弾薬を多少消費したとしても構わないとの判断だろう。ただの人間相手であれば腕力だけで制圧出来るのだが、念には念をといった姿に油断の無さが伝わってくる。

 彩はそのまま壁の前に立ち、風化によって穴の開いた場所を覗き込む。その状態を俺達は眺めるだけで、しかし直ぐに彩が武器を降ろした事で俺達は警戒を解いた。

 

「何だった?」


「ホームレス、とは違いますね。此処で生活は難しいと思いますので難民かと」


「難民?」


 彩からの話を聞いてみるに、どうやら相手は難民らしい。

 そのまま崩れている場所から内部に入れば、そこには此方に怯えた表情を浮かべる男女が居た。

 年の頃は十代も前半だろうか。薄汚れたベージュの毛布に身を包み、唯一見えている顔は煤で汚れている。

 何日も風呂に入っていないのだろう。俺も似たようなものだが、しかし彼等の方が余程酷い顔をしていた。

 近くには二つの小さなリュックがある。長距離を移動するには小型のリュックはあまりにも適していない。サイズにして小学生が背負う程度のものでは大した量も入らないに決まっている。

 住んでいた場所を襲われて逃げて来た。正しくそんな風体の彼等を難民と呼ぶのは納得だ。

 此処をホームレスの拠点として活用するにはあまりにも適さない。食料があるかもしれないゴミすらあまり見受けられないのだから、生活するだけで餓死は免れないだろう。


「な、なんだよアンタ等。俺達に何の用だッ……」


 俺達が暫く観察していると、男女の内男の方が威嚇を込めた言葉を俺に放つ。

 途端に彩がAkを構えようとしたので、肩を掴んで止めさせた。腕力だけでも勝てそうな相手に武器を向けるのは明らかに過剰だ。再度武器を下げさせ、敵意を示さない為に俺が前に出た。

 睨まれる好きではない。前であれば眉を顰めていたかもしれないが、その程度の敵意はもう今更だ。

 叩き付けられた殺意に比べれば青年の敵意はまだ可愛く見えてしまう。そんなものに慣れてしまった自分に苦笑しつつ、慎重に言葉を選ぶ。


「こっちはただの通り掛かりさ。別に君達を襲う目的は無いよ。……それよりも君達はどうしてこんな場所に?何処かから逃げてきたのか」


「通り掛かり?こんな場所でかよ」


「言いたい事は解る。同じ立場なら俺も同じ感想だろうよ」


 青年の言葉は正論だ。こんな場所を通りがかるだなんて余程の理由でもなければ有り得ないだろう。

 思ったよりも正気を保っている青年に安堵しつつ、同時に冷静な自分が使えると判断を下した。

 この子達が何処から逃げてきたのかは不明であれど、少なくとも碌に準備もせずに逃げて来たの事実。それが何処から起きたのかを確認し、ルートに被っているかも調べなければならない。

 範囲次第によっては大幅な修正も必要となれば、この青年に出会えた事実は決して無駄ではない。

 それにこのまま放置するのも不味いだろう。もしもあの街に用があるとしたら、それについて説明する義務が俺にはある。


 今日は此処で泊まろう。

 俺の言葉にデウス達は静かに頭を下げ、青年は驚きの顔を浮かべた。

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