第三百八話 人形狂想曲
「すまんな、待たせた」
ヘリポートに停止している一台のヘリの傍に俺の家族達が居た。
全員が柔らかい笑みを浮かべながら俺の謝辞に言葉を返し、全員でヘリの中へと入っていく。
動かすのはシミズだ。決戦の地でも冷静さを保っていたことを理由に挙げ、その隣にはサポート役のX195が居る。二人と目的地について二、三言葉を交わし、直ぐに出発となった。
少し前まではヘリに乗ることも怖がっていた俺だが、今ではまるで恐怖を感じない。信頼出来る者が操縦をしているし、何よりも自分の中にある恐怖や不安は最早空中で投げ出されたとしても噴き出さない。
人体が耐えられるかどうかは別として、冷静でいられればいられる程に選択の幅は広がる。そのことを元帥殿との食事会の際に言った時には普通ではないと言われてしまったが、短い期間に何度も死ぬかもしれない瞬間を体験すれば嫌でも精神力は鍛えられるものだ。
俺達がこれから向かう先はアメリカ。
首都であるワシントンで現地の人間に会い、そのまま目的地にまで進む手筈だ。移動時間は長く、最初は彩自身が現地の人間に詳細な場所を聞いてから一気に終わらせようかとなっていた。
それに俺が待ったを掛け、仕事兼旅行としてゆっくりとした流れに変えたのである。未だワームホールが展開されている国々にとっては承服出来ないことであろうが、俺達は直接海が関与しないことを聞いているのだ。
第二第三の超越者が出てくる可能性は低いであろうし、仮にそのような者が出てきたとしても彩が居る。頼り切りにするのは悪いと思いつつ、実際に超越者が出てくれば彩以外にまともに相対出来る存在は居ない。
それに彩には奥の手がある。その内容は家族内だけであり、安全装置として機能するかどうかについては議論を重ねなければならない。
「アメリカに一週間滞在した後に今度は中国です。 更にその次はロシア、ドイツ、イギリスとなります」
「日本に帰って来れるのは何時になるやら……」
「予定では一年後です。 これは引き留められることを考慮しての時間ですので、容赦無く行けばもっと短くなりますよ?」
「あーや? そんな真似が今は出来ないって知ってるだろ」
俺達がワームホールを閉鎖するのは各国からの要請だが、同時に商売的な役割も担っている。
崩壊した世界を立て直すには長い時間が掛かり、再建をより順調なものとするには日本に送るデウスに頼らざるを得ない。未だネット回線に支障は無いのでテレビ通話で話し合いはしているだろうが、話だけで彩の凄まじさを理解してもらえるとは思えていないのだ。
それは日本政府も一緒であり、実際に日本の政治家達にも直接彩の能力を見せ付けた程。その所為で一部の政治家達が彩を道具のように扱おうとしているので、軍に告げ口をしてなるべく早めに潰れてもらうよう手を回してもらった。
デウス個人の活躍を世界は知っている。圧倒的な力で国を守る姿は民衆の好感を誘い、様々な呼び名で親しまれている。
それは例えばヒーローであったり、ナイトであったりと様々。中には戦乙女と呼ばれている者達も存在し、彼等には既に日本の技術者を派遣して強制命令装置を取り除いてくれている。
このデウス達は基本的に各国に滞在させたままだ。
他の国では結婚も副業も許され、既に結婚したデウスも居るとか。ニュースで時折流れる幸せ一杯なデウスの顔を見る度、俺がしたことは決して間違いではなかったのだと再認識させられた。
現状は更なるデウスの生産は行われないものの、必要となれば何時でも稼働出来るように維持はされている。それが再度稼働するかどうか俺達次第。
具体的に言えば、更にデウスに対して親愛を抱いてもらうのだ。
俺達は家族で、彩とX195という妻が居る。子供は流石に出来ないが、それでも人と仲良く出来ると更に身近に感じてもらいたい。
人間とデウスの共存。それを世界に広めた時、間違いなくデウスの生産は再開される。
あらゆる産業に彼等が混ざり、子供型のデウスを持つなんて家庭が出てくるかもしれない。AI問題も柴田研究所が解決するであろうし、そうなれば待っているのは新時代だ。
「私達は大丈夫ですが、信次さんは準備は大丈夫ですか? 特に各種言語」
「大丈夫……とは言えないなぁ。 一応英語と中国語はある程度頭に入ったけど、他はさっぱりだ」
他国に出向く際に言語習得は必須だ。翻訳係を雇うつもりが無かったが故に猛勉強をしたのだが、どうにも完全には覚えきれなかった。
他の準備は大丈夫であるものの、やはり元々のスペックがスペックだ。どんなに頑張っても他国の言語を直ぐに覚えきれる程に自分の頭は優秀ではない。
本音を口にすると、彩が私が居ますからと胸を張る。
翻訳はデウスでも十分に可能だ。寧ろ翻訳係が要らないくらいには彼女達に任せた方が良い。
ある程度は自分で解決したかった。取り敢えずはアメリカなので日常会話には支障は出ないだろうが、専門用語のパレードが開催された日には間違いなく何も解らない。
切実に統一言語が欲しくなるも、ないものねだりをしたところで無駄な足掻きだ。無理に頼らない姿勢を貫けば、彩達が怒りだす可能性も否めない。
『――まぁまぁ、もしも手が足りなくなったら私達が協力するわよ。 ねぇ?』
「手が足りなくなったらな? そんなことが起きないのが一番だ」
彩の背後から幻影の如く初代彩が姿を現す。
突然の出現であるが、他の面々には慣れたもの。俺も突然姿を現すのには慣れてしまったので、今更話掛けてきたところで何故と尋ねる気も無い。
俺は今や彩の旦那として、そしてあの街の代表として世間に知れ渡っている。俺を誘拐すれば身代金や強靭な戦力を手に出来ると裏の人間は知っていて、街に潜入者が居た回数も少なくない。
残念ながらリアルタイムで情報は更新されているので即座に捕獲されているが、他国であればそうもいかないだろう。
俺を狙って武装組織が襲撃を仕掛けた場合、現在の彩達だけで手が足りない可能性は大いにある。しかし、それでも歴代の彩達が居るからこそ少人数で向かう許可が下りていた。
最初に挨拶をした際には軍の高官達に大いに驚かれたものだ。彩が生み出した疑似人格と言い訳をして通し、実体化した姿も見せている。
「決戦は終わった。 それが日本どころか世界平和に発展するとまでは予想していなかったが、皆が成したことは誇って良いものだ」
戦いは終わった。そのことを改めて宣言する。
彩の繰り返しは無くなり、デウス達も徐々に市井に浸透するようになるだろう。遠い未来ではデウスが一般人になるのも当たり前となり、これまでとは異なる未来を歩む。
その場に俺は居ない。そうなる前に俺は死に、見届けることなど出来ずに願うだけだ。
だがそれで良いのだ。永遠に続く生に意味など無いし、人は成せる時にしか成せないもの。無駄に生きて醜態を晒すくらいならば、さっさと世を去った方が良いのだ。
俺が作った道と驕るつもりはない。これを作ったのは皆であり、皆が俺の意思に賛同してくれたからこそ出来たのだ。
生涯、俺は過去に居た者達と未来を歩む者達を忘れない。忘れてしまえば自分はきっと愚かな考えに支配され、誰もが求めぬ未来へ行くと思うから。
「これからも俺達の人生は続く。 ワームホールを閉鎖して、街をより発展させて、日本を元の形に戻るよう尽力する。 その際には――家族の手伝いが必要だ」
全員の顔を見渡す。誰も彼もが嫌な顔一つせず、これからに期待していた。
その顔が見れただけで十分。新しい世が始まり、新世代を別の誰かが担っていく。その新しい誰かは、もしかしたら知っている人間の子供かもしれない。
隣に座る彩が俺の手をそっと掴んだ。優し気なその手に最初の頃の彩との違いを感じ、胸に歓喜が募る。
「我々一同、全力で御支えします。 この仕事も無事に完遂し、これから訪れるあらゆる苦境も乗り越えて見せましょう。 ――差し当っては、私達の子供を作るところから目指しましょうか」
「え?」
ヘリの中で俺は阿呆な顔を晒した。
これにて人形狂想曲・完です。長い間お読みいただきありがとうございました。




