第三百七話 戦いの終わった世界
「ははははははは、やるじゃないか本当によ!!」
「耳が痛い。 少しは抑えてくれ」
復興を遂げた街。
生存する全てのデウスを回収し、帰還した俺達を迎えたのは無数の戦場の跡だった。
勝利の情報は俺が帰還中に春日に伝えたのだが、その時点では街の防衛に成功したということしか知らなかったのである。お蔭で現場を見たデウス達は眉を顰め、街の機能がどうなったのかと俄かに騒ぎ出していた。
されど、街から出てきた春日達が拍手喝采で迎えてくれたことでその不安も解消。デウス達のメンテを頼みつつ、互いの状況についてを村中殿も交えて報告することとなった。
俺の情報を聞いた二人の感想は実に予想通り。怪物達が元は一個の生命体が分裂した姿であり、どれだけ滅ぼしても何の意味も無いことに恐怖していた。そして、彩が神の如き強者に至ったことで海との対話に成功。最終的に海は自身が獲得したばかりの感情に振り回され、そのまま自身の領域で眠ることを選択した。
ワームホールは完全に閉鎖。日本はこれで怪物に襲われる心配が無く、後は彩が諸外国を巡って他のワームホールを閉鎖すれば二度と海が此方に来ることはない。
それを聞いて二人は安堵し、この勝利を大いに褒め称えてくれた。
その賛辞は彩に与えるべきだと伝え、俺は街を襲った相手についての情報を二人に聞く。デウスの全てが無くなった街の防衛機能は大いに落ち、潜入も襲撃も遥かにし易かった筈だ。
此方の予想通りに企業が雇った武装組織や街の占拠を狙った傭兵達が襲い掛かり、全てを迎撃するには圧倒的に人員が足りていなかった。
最初は防衛設備によって優勢を保っていられたが、時期に弾薬が失われるのは必然。例えデウス達が戦闘中に戻ってきたとしても、ボディの破損等によって戦闘不能の可能性はあった。
街は決してデウスに依存する存在になってはいけない。それでは第二の軍と同じになってしまい、酷使されるデウス達が再度現れるだけだ。
故に街に居る人間は必死に戦い、しかし現実は無情なものだった。
単純に装備の質が違う。どれだけ銃器を持っていたとして、相手は街にミサイルを撃ち込むことも想定していたという。
「しっかし、あの時は肝が冷えた。 援軍が来てくれなかったら負けてたかもしれねぇな」
春日は当時を振り返って安堵の息を零した。
街に援軍と呼べるような集団は居ない。何処にも依頼していないし、何処にも頼んでなどいなかったのだから。
しかし、危機的状況の中で手助けをしてくれた者達が居た。――――それは東京を守護する予定の予備部隊。
俺達が敗北することを想定して用意された部隊が東京に戻る前に大規模な戦闘音を捕捉して救援に向かってくれたのだという。
お蔭で形勢は一気に逆転。如何に敵が良い装備をしていたとしても、デウスを上回ることはない。
火器は十分ではないとはいえ、初期装備として怪物用の専用武器を使えば戦車の装甲程度簡単に貫ける。ミサイルの発射ボタンも破壊され、最終的には生き残った者達を全て捕虜として捕獲することに成功した。
軍側も何割か捕虜を連れて行き、既に街と協力して企業達を訴える準備は出来ている。武装組織を雇っているのは勿論、支援をしている時点で上層部が逮捕されるのは必然だ。
自身の私欲の為に行動したが故に、彼等はこれから先の人生を台無しにしたのだ。正しく因果応報であり、強欲の愚者と呼んで差し障りがない。
武装組織達も更正してくれるなら強制労働で済ませるが、一度略奪の愉悦を覚えた人間はそう簡単に武器を手放せない。戻ってきたデウスの一部に協力してもらって嘘を見抜き、実に八割が社会復帰不可能として強制労働場に送られる予定だ。
人権の主張を口にする人間も居たが、もうじき他国からの支援が切れるだろう日本に囚人を養うだけの余裕は無い。悪人は悪人として秘密裏に使い潰し、彼等の一生が過労死によって終わるよう仕向けるつもりだ。
軍はこのまま復興支援に精を出すことになる。これまでは戦うことばかりに専念してきたが、最大の敵が居なくなった以上は先ず最初に国を元通りにしなければならない。
デウス達は平和だった日本を知らないので、それを今後知っていくことになる。その際にどんな反応を示すかは不明だが、デウス達は破棄されずに日本や他国で活躍が決められていた。
「軍と国は復興に精を出すだろうが、それは他所の国も一緒だ。 今は何処も争っている時期じゃねぇと全ての戦闘行為を停止させ、復興だけに力を費やしている」
「軍に回していた予算も大分削減されるだろうな。 新たなデウスを生み出す必要性も無いし、維持費のみを残して他を全て復興に費やす筈だ」
「ある程度復興が進めば国を挙げて祭典も行うでしょう。 その際は国賓として呼ばれる可能性は高いです。 今の内からある程度のマナーは覚えた方が良いかもしれませんね?」
「……勘弁願いたい話ですよ、まったく」
この街は実験都市として今後は発展するようになる。
日本に住んでいる以上、街の管理者を国は明確に知っておかねばならない。その為、俺は新しい市長として定められ、新しく役所の設営が必要となった。
現在の施設でも十分に役所として仕事が回せるが、俺達が居る場所はどうにもデウス達の空間の方が多い。
ならばいっそのことデウスの施設と人間の施設は別け、役所の完成と同時に俺達はそちらに引っ越すこととなる。この街は今後デウスとの共存を目指した街作りを目指し、その成果を見た上で随時デウス達の活動可能範囲を拡大していく予定だ。
街在住のデウス達はこのまま維持。軍に戻るかどうかは個人の自由とされ、新しく専用戸籍も作られる。
当然、戦いの立役者であるデウス達には人権に等しい権利が与えられることとなった。これでデウスに対して無残な扱いをする人間を一斉に排除することが可能で、軍は清廉さを見せる為に大量の逮捕者を生むことになるだろう。
そして彩に関して。政府も軍も彩の扱いに関しては議論が絶えない。
街の管理者である俺が彩を管理するのか、それとも国か軍が管理するのか。郷島元帥殿は彩を管理出来るのは俺だけだと宣言し、多数の高官達がそれに賛同している。
軍としてはあの強さを間近で見ているのだ。ただでさえ彩の反感を買っている状態だというのに、これで更に愚かな選択をすれば今度こそ彩に滅ぼされかねない。
されど、国は直接彩の強さを見ていなかった。故に政治家達が彩を一個人に預けることを危惧し、機能を停止させて厳重に管理すべきだと訴えている。
それを知った彩は実に良い笑顔で核弾頭を生成しようとし、大慌てで止めることになったのは胃に悪い記憶だ。
「なに、国がどれだけ言っても世界を救ったのは軍だ。 その軍が彩をお前に任せると言っている以上は世論もそちらに傾くだろうよ」
「つい数ヶ月前までは軍を批判していたというのに、今では軍を称賛するコメントが多いですなぁ。 ……掌返しここに極まれり」
「致し方ありません。 それが国民ですから」
都合の悪い部分を無視し、都合の良い部分だけを見る。
世論とはそのようなもので、しかし今回は変えようとは思っていない。そのまま世論は軍の味方をし続け、政治家達の口を噤ませれば良いのである。
「――さて、ではそろそろ出発ですので失礼します」
「ええ、最初は米国でしたな」
「滞在時間は一週間だそうだな。 向こうの軍人達に舐められるんじゃねぇぞ」
「舐めた瞬間に向こうが死にますよ。 最近の彼女は随分理性を放棄しがちですからね」
日本が怪物からの脅威から無縁になったとはいえ、他の国は未だワームホールが開いているままだ。なので世界各国から閉鎖を頼まれ、俺達家族が順番に閉じていく。
敢えて家族全員で行くのは、これがある種の旅行の側面も持っているからだ。本気になった彩であれば世界中のワームホールを纏めて閉鎖出来るが、手早くそれを行えば俺が書類仕事に忙殺される。
春日も村中殿もそれを危惧し、態とゆっくりとした滞在を提案してくれた。
その言葉に俺は快く頷き、一時的に殺人的な書類を任せて外に出る。一歩外を出れば四人のデウス達という倍の護衛と会い、発着場へと歩いて進む。
既に家族はそこに居るだろう。新しい暮らしの為にも、家族サービスは必要だ。




