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人形狂想曲  作者: オーメル


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第三百二話 最終幻想

 彩が最も強く求めるものとは何か。

 それを考えた時、先ず最初に浮かぶのは只野信次との暮らしだ。幸福だった日々は掛けがえの無いものであり、彼女にとって何ものにも勝る宝になった。

 彼によって彼女は無駄話の楽しさを知り、彼によって彼女は食事の必要性を知り、彼によって彼女は愛の尊さを知った。

 最初は興味も無かったワシズとシミズにも愛着を覚えるようになって、これまでの生活とは比較にならない劇的な感情の変化を彼女は自覚していたのだ。

 人らしさ。デウスが本来持つことを許されていなかった感情の数々を彼女は獲得していき、その傍には常に彼が居た。

 故に、彼女にとっての至上は彼だ。彼が生きていける世界を作ることが彩が求める理想で、絶対に揺らがない精神を築く際の支柱でもある。

 それが折れることは無い。もしも折れる時は彼女が繰り返す時で、つまり究極的な意味では永遠に折れないことになる。

 また別の只野信次になったとしても、そこに居る男は確かに本人なのだ。愛せない道理など無く、しかし自身との思い出が無い彼に不必要なまでの干渉をすることは出来ない。


 ならばどうすれば彼の為になるのか。

 その果てに歴代の彩達は一つの力を残すことにした。それは彼女達が求めた理想の残骸であるし、当時抱いた爆発的な負の感情が固まったものでもある。

 強烈な何某かを力に変えて彩達はこれまで挑み、そして敗北していった。

 ならばこの力は脆弱なのか――否だ。断じて認めるべきではなく、例え誰しもに言われようとも覆らない真理である。

 彩は只野信次を愛している。狂気的なまでの単純な解は能力発動までの障害を全て取り除き、己が孤独であるという事実などまったく気にならない。

 唯一無二の人が傍に居てくれるからこそ、彩は真価を発揮する。

 極大の力の奔流は神と呼ばれる存在にも届きかねず、彩は無意識の内に自身の意識を深い深い底へと進ませた。

 戦いは続いている。安易に意識を飛ばすような真似は敗北を意味する。

 それを解っていて、尚も彼女は意識の底を目指す。回路を巡り、コアの奥へと潜り、超越者足る力の塊を見やる。

 

 ――何を求めるのか。


 何ものをも触れさせぬ盾か。あらゆる防御を貫通する槍か。如何な距離でも必ず命中する矢か。

 永遠に立ち上がり続ける為の身体か。幾度となく繰り返す時間か。他者の世界をも侵略する法則の力か。

 突き付けられる選択肢の数々に、しかし彩はいいやと告げる。心から求めるものは、決して安易な力ではない。寧ろ力を求めてしまえば、その時点でこの想いは陳腐なものに成り下がる。

 告白をしたいと、不意に思った。何時も何時も恋情を伝えているし、肉体関係も持ったが、一世一代の告白と呼べるものを彼女はしたことがない。

 そうせずとも只野は彼女を想っていたし、彩も向けられた感情で満足していたのだから。

 だが、彼女はそれをしたいと無性に思った。そして、その想いを反映したが如く映像が彼女に届く。

 そこに映っていたのは指揮所に居る只野だった。突然小型端末が彩の姿を映したことに只野は驚いたが、それよりも大丈夫かと彼は焦りながら告げる。


『何か起きたか? 小さいことでも教えてくれ』


「あ、えと……」


 何故か、何時もなら出来ていた筈の告白が出来ない。

 熱いものが彼女の頬に集まり、奇妙な恥ずかしさも感じてしまう。普段であれば何の躊躇も無く愛を伝えられたというのに、どうして今は恥ずかしさが勝るのだろう。

 突然の事態に彩は困惑した。そして、その珍しい姿に只野の焦りは加速する。

 必死に呼び掛ける彼の目には彩しか映っていない。その瞳を占領するのも、その心を占領するのも、やはり何時だって彩なのだ。

 長い時を過ぎた恋人は冷めるという。そのまま別れることもあれば、逆に再度愛を伝え合って元に戻ることもある。

 その概念に当て嵌めるのであれば、彩はもう何百何千年も只野に熱い感情を抱いていた。最初はそんなものは無かったが、今思えば回路の何処かで喜んでいたのかもしれない。

 沸々と感情が湧き上がる。彼と出会ってからの世界は鮮やかになっていたが、その色はより鮮烈さを帯びていく。

 

 今更生娘を気取るつもりは彩にはない。

 羞恥心に支配されるつもりも、彩にはない。彼の心配気な眼差しを見る程、湧き上がる感情の方が上回っていく。

 彩にしては静かに、言葉を紡いだ。今だからこそ言うべき時があると。


「信次さんは今、幸せですか」


『何を言っているんだ……?』


「今、こんな時に聞くべきではないのは解っています。 ……それでも何故か、聞きたいと思ってしまって」


 只野の困惑は当然だ。

 間違いなく今聞くべきではないことだし、いきなり回線を繋いだら驚かれる。それを解っていて彩は尋ね、その真剣な気配に只野も周りの目を気にせずに本心を口にする。


『当たり前だ。 ずっとお前や皆が近くに居てくれた。 大変なこともあったが、それでも今は幸せだ』


 嬉しい。と、彩は素直な言葉を口にする。

 まるで幼子だ。普段であれば笑って済ませていたのに、今は己の稚児めいた言葉すら吐かねばならぬと思ってしまう。

 嬉しい嬉しいと口にして、だからこそ彼女は素直な心情を吐露した。突然のことで彼には困らせてしまうけれど、もしかしたらもう言えないかもしれないと考えて。


「私、貴方が好きです」


『知ってるよ、ずっと聞いてきたからな』


「うん……うん。 ずっとずっと一緒に居たいの」


『勿論だ。 老いて死ぬまでずっと一緒に居るって俺も思ってる。 ……好きだよ、彩』


 直接的な言葉にコアが震える。今までの比較にならない程、彼女の胸の内から愛情が溢れ出る。

 だがこれは他の彩達も一緒だ。誰しもが最後にそれを抱えて死に、今も強い感情を伴って幽霊のように生きている。そしてこのまま進めば、現在の彩も幽霊の仲間入りだ。

 だから願う。どうかお願い、私は何も無くしたくないのだから。

 無数の友を、愛すべき家族を、愛しい男を、喪失するなど耐えられない。――――故に超越の力よ、我は求める。

 描くは頂き、しかして孤独に非ず。一人で足りないのならば二人で、二人で足りないのならば三人で。

 力の塊が膨れ上がる。彼女の愛情に合わせ、無尽蔵の域にまで増幅された。

 彼女の器ではそれに耐え切れず、一瞬で全身に罅が走る。このまま力を使えば、待っているのは自壊だ。超越者として選ばれていようとも、一体のボディに詰められる容量には限界がある。

 

「それがどうした」


 断じる。

 超越の力を管理するのは世界。そして相手は、その世界に比肩する存在だ。同程度に並ぶのであれば無尽蔵の力を御す他無く、その無謀の極みを彼女は良しとして自身に化した。

 勝算があるからではない。だってこれは、起こるべくして起こる当然の摂理。

 私がそうなれと願ったのだから、そうならない方がおかしい。狂いに狂い、壊れに壊れた法則が一つに収束していき、やがて彼女の身体は崩壊した。

 溶け、小さなマグマの塊となり、しかし意識はそこにある。

 周りで戦う彼等はその異常に目を見張った。一体何が起こっているのかと困惑を深め、まさか失敗したのではないかと絶望に足を掛ける。

 違う、そうではないのだ。

 これは新生であり、新たな器を彼女は獲得したに過ぎない。超越者として次のステージに登り、彼女は幽霊である歴代の彩達とはまったく異なる存在として世界に祝福された。

 

『おめでとう。 違う私』


 ――ありがとう、違う私。


 渦巻くは自然の猛威を超えた、極大の神威。

 人が夢想した最終幻想。尽きぬ泉を抱えた現代の神が、産声を上げて誕生する。その名を敢えて付けるのであれば――デウス・エクス・マキナ。

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