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人形狂想曲  作者: オーメル


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第三百話 狂人の塊

 怪物達が逃げる。

 何も思考を持っていないのに。海の行動一つで元の液体に戻されるだろうに。そんな道理を否定するかの如く怪物達は一目散に海からの離脱を図っていた。

 当然、攻撃も回避もしないが故に行動は一直線だ。小型の怪物程速度は早く、逆に大型であればある程に遅い。

 しかして、大量の怪物が逃走を図ったのだ。討伐せねば現在の前線を維持出来なくなるのは勿論、指揮所も完全に破壊される。更に奥に居るであろう市民達にも大規模な被害が発生し、ワームホールが出現した当初の地獄が再度展開されるだろう。

 指揮所に居る軍人達も既に状況は理解している。前線に居るであろうデウス達に絶叫しながら命令を下し、中には潜水艦のある場所にまで避難しようとしている者達も居た。

 逃げる高官達に逃げるなと命じても彼等の理性は当に無くなっている。如何に強靭な精神を持っているとはいえ、このまま残り続ければ死ぬのは確実。

 死なぬと思っているからこそ高官達は精神を維持出来ていたのであって、死ぬと解れば最早正気ではいられない。


 そんな様を高官達が見せれば、必然的に下位の人間達も騒然となる。

 潜水艦に入れる人員は丁度デウスを除いた人間全て。つまりこの段階で逃げようとすれば、通信兵達も問題無く逃げることが可能だ。

 態々前線の維持に尽力するよりも、潜水艦に逃げ込んでしまった方が生存率は高まる。

 ならば逃げるのか――。そう誰もが思った刹那、元帥が天井に向かって拳銃の引き金を押した。

 如何に騒然としていても、銃声の音は全員に届く。軍人であれば聞き慣れた音であるとはいえ、職業柄意識を向けないなど有り得ない。

 一気に場が静まり返り、強制的に頭を冷やされた面々は電源を落とされた機械の如く身体を止めた。

 顔だけが元帥に向き、大人数の瞳が次の言葉を待つ。その様を元帥は眦を鋭くさせて睨み、声を大にせずに静かに口を開けた。


「各員、これは決戦だ。 ……此処を蹂躙されることも予定に含め、我々は行動していた筈だ。 違うか?」


 元帥の声に誰もが否を告げられない。

 決戦。その言葉は誰しもが理解していた筈のものだ。全てを費やし、玉砕も含めた上で勝利を手に掴む。絶対に引けぬ戦いであるからこそ、決戦という言葉を元帥は口にしているのだ。

 その中には当然、軍の中枢が蹂躙されることも視野に含まれている。最悪の中の最悪ではあるものの、それを考慮しないのは愚の骨頂だろう。

 

「此処で逃げても多少生存限界が伸びるだけだ。 軍という存在を立て直す間に日本は国としての形を失い、ただの更地にしかならない。 我々は無残にも殺され、デウスを新しく生み出す術も消失するだろうな」


 逃げるだけならば簡単だ。

 だが、逃げて何になるという。此処で死ぬことは無いにせよ、数日もしない内に怪物は日本全体にまで広がる。

 その最中で殺されるだろうし、仮に怪物で殺されなくても国民に殺されてしまう。国を守る軍が逃げるなど有り得ないと殴られ、息絶えるまで暴虐の限りを尽くされる。

 そうなりたくないのであれば、勝つしかない。


「全員、今此処で死ぬか数日中に死ぬか選べ。 少しの間でも構わないと思った者のみが潜水艦に乗り、長く生きたいと思った者は席に座れ」


 未来を手にしたいのならば、愛する誰かと生涯過ごしたいのであれば。

 今此処で席に座り、死ぬ気でデウス達の援助をしろ。それこそが人間の出来る限界であり、同時にデウスには出来ないことでもある。

 彼等の今の役割は戦闘のみ。それ以外に意識を割いてしまえば、パフォーマンスは一気に低下する。

 真の意味で協力し合わなければ目標を達成出来ない。元帥は言外にそれを告げ、これまでの軍のやり方を一気に変える言葉を放った。


「いい加減、我々は大人になるべきだ」


 それはつまり、元帥を含めた人間全員がこれまで子供であったということ。

 デウスという母親に頼り続け、文句があれば我慢するのではなく吐き出す。あらゆる不満の解消先をデウスに定め続けた軍の人間は、依存せねば生きていけない子供も同然。

 守ってもらう人間としてはあまりにも相応しくない。無価値と断じても良いだろう。

 此処に居る面々の殆どが居なくなれば、その時点で人類生存の未来は閉ざされる。そして、もしもそうなれば元帥は黙って終わりを迎えるつもりだ。

 改革出来なかったのは己の不徳が故。一度でも頂点に立てば強硬策を取る方法もあったし、実際に強硬策に近い方法で世の流れを変えた人間も居た。

 結局、元帥は行動しなかった人間だ。圧力に屈し、本音を隠しながら日々を過ごしていた人間に過ぎない。

 助けるべき者を助けない人間に元帥という地位は意味が無いだろう。無能の方がマシだと断じる程度には、元帥は己の存在について卑下している。

 ――だからこそ、いい加減にしようと思っているのだ。

 誰も彼もが大人になれるものではないと元帥は知っている。今も元帥の話を聞いて理解してくれる人間は少ない方であるし、高官達は元帥の発言に怒りを露にしてしまった。

 

 そういった様が子供なのだと指摘しても彼等は変わらない。

 それでもこの場を維持する程度の勇気を持った人間が居ると、元帥は願って止まなかった。弱く儚くとも、残酷な現実に否を突き付けられる人間を。

 ふと、元帥の目が只野の方に向く。あれだけの騒ぎが起きている中で只野は何の言葉も発していない。

 これだけ軍が荒れている状態であれば文句の一つでも言いそうなものだが、当の本人は小型端末を眺めるだけで一切無反応だった。

 何をしているのかと、元帥は只野に意識を向ける。

 最初は何も音は聞こえなかった。何も話さずにただ画面を見ているのかと元帥は思ったが、しかし耳を立てれば彼が話している声が聞こえた。


「防衛を第一にしろ。 G11を筆頭に此方側は指揮所近くまで防衛ラインを下げ、近付く敵を全て殺せ。 ある程度は怪物達をスルーしても構わない。 背後には基地もあるし、加えて要の東京と京都に部隊がある。 被害が出るのは間違いないが、それでも最小限にまで食い止めてくれる筈だ。 それと、軍側のデウス達とも可能な限り連携を組め。 人間側は今更協力関係なんて結べないが、デウス達は共に人類の被害者だ。 デウス同士であれば組むことには異論は無いだろうし、そもそもそんな事を言っていられる状況でもない。 今はなるべく彩達が戦える時間を稼ぐことに注力したいんだ。 皆、頼む」


 命令している対象は街側のデウスだ。

 即座に前線の引き下げを行い、なるべく指揮所に被害が発生しないようデウス達を動かしている。更には背後にも多少逃がすことで予備として残してある部隊に殲滅を任せた。

 後でそちらからは苦情が来るであろうが、その程度であれば元帥は文句無く聞き続ける。

 だが一瞬、元帥は只野が何をしているのかを理解出来なかった。自身が兵達を説得している間にも新しい命令を発し、なるべく彩達が安心して戦えるだけの時間を稼ごうとしている。

 それを理解し、元帥は口元に笑みを浮かべた。 

 此処に居る。たった一人になっても未来を諦めない意地の悪い男が。

 目は瞬きを忘れたように開き続け、早口で喋っているが故に呼吸が出来ていない。自身のズボンを左手で握り締め、彼は正に恐怖という感情を乗り越えようとしていた。 

 

『G11、了解。 全小隊からも了のメッセージが送られました。 まだまだ、諦めるつもりはありません』


「勿論だ。 ――この程度で負けてなるものかよ」


 人とデウスが手を結ぶ。

 その真の姿を指揮所の面々は見た。互いに信頼し、勝利という二文字を狙う餓狼達は嘗てない速度で前線の再構築を始める。

 軍のデウス達もそれに巻き込まれ始め、徐々に徐々にと前線が下がっていく。 

 これが只野信次の異常性。ただデウスと共存したいとだけ告げる夢想家ではなく、どこまでも冷静であろうとする狂人の姿だった。

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