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第三話 非『日常』

 普段とは違う日々は、どうしても新鮮に映る。

 同じ部屋。同じ布団。同じ御飯。そういった部分には何も変化は無い筈なのに、一人増えただけで何処かその部屋がまったく別のナニかに一新されたようだった。

 違う物は彼女という存在と、新たに追加された布団や食器くらいなもの。それでさえ彼女はひたすらに遠慮を繰り返していたのだから、この一週間は用意だけで過ぎている。

 そう、一週間だ。俺が彼女を拾ってからの一週間は、本当に何も異常らしい異常は起きていない。

 彼女の語る迷彩柄の者達も目にする事無く、こうして呆気ない程に安穏とした日々を過ごせていた。彼女だけは毎日ふとしたタイミングで不安を表に出すが、その理由を知らない以上深くは探れない。

 

 探ったところで何の力にもなれないのが俺だ。特別な力も権力も無い現状において、迂闊な深入りは止めておくべきだろう。

 俺が出来るのはここまで。本当にここまでなのだ。暴漢に襲われない為に家出した者を泊まらせるくらいで、その家出した者の性格が酷ければ当然追い出すこともある。

 彼女の性格が良かったからこうまで上手く回っているだけだ。だからこそ、自分が助けたいと素直に思えた人物だけは助けてあげたかった。

 視線を下に落とす。簡易な折り畳み机の上にはコンビニで買ってきた夕飯弁当があり、しかしてその量は彼女を拾う前に比べると明らかに少なくなっていた。

 彼女に買ってきた弁当も同じくらいで、それでも高校生くらいであればお腹は満腹になるだろう。

 

 最初に拾った段階で解っていたことだ。どれだけ今が安定していたとしても、こんな急な出来事があれば直ぐに傾く。経済状況の悪さは男の甲斐性無しを指し示すと聞くし、今はそれが切実に表されていた。

 それでも何も文句を言わずに御飯を食べてくれる彼女には感謝しかない。風呂だって狭いだろうに、ましてや新品の服すら用意出来せずに中古品で済ませているのは本当に申し訳なかった。

 情けないにも程がある。そう思いつつ、今日も当たり前の如く夕飯を手早く済ませた。

 時間にして午後二十時。まだ寝るには早く、テレビもつまらないドラマが始まる時間帯だ。この時代にエンタメはまだ少なく、指揮官に羨望を向けさせる番組が多い。

 

 その大体が美少女デウスのハーレムものだったりするが、俺はああいう内容が大嫌いだ。

 いくら国の命令だとしても人類を守護する者にやらせて良い内容ではないだろう。やるにしたって戦場の厳しさを教えるものであったりするべきで、この国が如何に人類を上位に立たせようとしているのかが嫌という程伝わってくる。

 彼女もそのドラマを無表情で眺めていた。大した感慨も無く、さながら機械そのものだ。

 一女性としても気持ちの良い内容ではない。チャンネルを変えるべきだったと後悔しつつ、今更変えるのも俺がこういう内容に興味を持っているみたいで手が動かし辛い。

 

「えと、只野さんもこういうのがお好きなんですか……?」


 しかし、救いの手が彼女からやってくる。 

 それに対して首を左右に振って否定の意志を告げれば、彼女は何処か安堵した雰囲気を漂わせた。

 やはり彼女もまたこういうのは嫌いなのだ。人類の守護者がこの低俗な番組に出るべきではないと思っていて、その点に関しては彼女と共感出来る。

 なので苦笑を装いつつリモコンを弄って番組を他へと変えた。

 今度の内容はニュース番組だが、変なドラマでない限りは何でも良い。現在流れているのも現在の情勢についてだ。

 今年も無事に勝利を収めたらしく、土地の拡大が行われるらしい。既に小国の殆どは消失している状態だったので、占領した国家が現状は支配する流れだそうだ。

 

 後々の事を考えると怖いが、今はまだ人類の安全圏が増えたと喜べるだろう。

 それに今後を見据えた話なんてのは国が考えるべきで、明日をも知れない俺が考えるべきじゃない。そういうと怒られるかもしれないものの、俺の偽らざる本音だ。

 

「来年には北海道の奪還か……再来年は沖縄も奪還出来るかな」


「無理です。皆疲れてますから……」


 流れてくるニュースの感想を呟けば、即答で彼女から言葉が来る。

 それについて疑問の顔を向ければ、彼女は何でもありませんとだけ呟いて顔を伏せた。……そういった仕草こそが怪しさに繋がるのだが、彼女は余程隠し事が苦手なのだろう。

 そこに踏み込めば嫌な空気に繋がるだけだ。意識して気にしないようにし、俺はそのまま彼女に風呂を促した。

 一応ではあるが、彼女には寝間着二つと私服二つを渡している。デザインについても多少は意見を求めたが、それでも色ぐらいなものだ。残りは俺が決める事にし、そして殆ど彼女が倒れていた時に着ていた服と似た服にしていた。

 最初は風呂でさえも酷く遠慮されたものだが、人間誰しも汚い相手には近づきたくないものだろう。


 俺もその点だけは変えるつもりはない。何より、目の前の美少女が汚いという事実は断固として阻止させてもらう。

 彼女が風呂に入っている時間は一時間程度。長いといえば長いが、女性は長風呂というものだから気にはしていない。ゆっくり待っていれば良いと携帯端末を弄り始めた。


「――ん?」


 と、直ぐに玄関前のポストに何かが入る音がした。

 今月はまだ月末ではない。公共料金の用紙も来てはいないし、新聞も俺は加入してはいない。

 何かしらの広告だろうか。その手の紙はわりと頻繁に来るものだから、ある程度溜まったら処分している。

 そういえば前回から大分間隔は開けたままだ。そろそろ回収しないと詰まってしまうだろう。それは配達業者に申し訳なく思い、玄関に向かった。

 案の定というべきか、広告が多く狭いポストに入っていた。このままでは溢れてしまうと少し慌てながらゴミ箱を用意したのだが、一番上に奇妙な封筒が一つ入ってた。

 それは本当に白い封筒だ。宛先も無く、特に封がされている訳でもない。

 なんだこれはと思いつつ一先ず広告の類を捨て、その封筒を折り畳み机の上に置いた。


「悪戯か?」


 真っ先にそう思うも、今時あまりにも珍しい悪戯だ。これならばまだピンポンダッシュの方が悪戯として有り触れていて、証拠が残ることも無い。

 あまり見ても意味は無いだろうと封筒を開けば、中に入っているのは折り畳まれた一枚の紙だ。

 違和感らしいところは何も無く、だからこそ軽い気分で開いた。

 そしてそこに書かれている内容は、彼女を拾っているからこそ見過ごせないものだ。


――ZO-01を保護していただき、誠に感謝致します。後日謝礼と共にお伺い致しますので、お時間を空けていただけますと幸いです。


 文面を読み、背筋が徐々に冷えていく感覚に支配される。

 この一週間、本当に普段と何も変化は起きてはこなかった。だからというべきか、ずっとではないけれども暫くの間はこのままの生活が続くのではないかとどこかで思っていた。

 けれども、現実はそうはならない。忘れるべからずだ、常に不幸は後ろに張り付いているのだと。

 特に彼女は訳あり。何かしら厄介な出来事を抱えていると解っていて、俺は黙ってそれを飲み込んでいた。

 これからの事を思えば、もう回避は出来ない。故に、訪ねるしかないだろう。

 

「あの……お風呂有難うございました」


 俺の後ろで彼女の声がした。振り返ってああとだけ言って、無言で俺も風呂の準備をする。

 そんな俺の姿に彼女は不思議そうな顔をしていた。普段ならばもう少し雑談をしていたものだが、今日だけはそうせざるをえない。

 早めに風呂を終わらせて、話をするのだ。避けられぬ何かを知る為に。或いは、その何かに対して出来る事を探る為に。


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