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人形狂想曲  作者: オーメル


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第二百九十六話 本体

 ――今、目の前には巨大な穴が開いている。

 高層ビル程度であれば容易く飲み込んでしまえる規模の大穴は今も敵を生み出し、そのまま空中に居なければ地上の怪物達に潰されてしまっていただろう。 

 大穴の前で彼女は一度意味も無く息を吸い込み、己の内に展開していた兵器達を一度完全に収納する。

 彩達も操作を止め、意識は穴に。既に何百何千と見た穴ではあるものの、慣れるといったことは一度としてありはしなかった。

 後何度繰り返すのかと、歴代の彩達は考える。

 此処で終わらせるのだ。次に繋げることは無い。そう何度も何度も決意して、結局のところは全て失敗に終わった。

 果たして次は成功するのか。そのように考えるようになったのは随分と昔からであり、今では諦めている彩達も存在している。早々に負けを認め、残り少ない時間を信次と過ごすべきではないか。

 納得ではなく妥協を抱えてしまったのは、大量の敗北を知ってしまったから。己が超越者であったとしても、その枠内にも残酷な上下関係は存在している。


 彩は海に勝てない。

 そもそもの格が異なり、人造の兵器が自然の海に太刀打ちなど出来る筈もないのだ。

 人が自然災害に備えても意味が無いように、下位の超越者ではどれだけ対策を練っても上位の超越者には勝てない。如何に法則を無視出来るとはいえ、無視出来る同士の力量差だけは健在のままだ。

 此処に居るからこそ不安を覚える歴代の彩も居る。果たして勝てるのかと別空間で言葉が漏れ、それが他の彩にも伝播していく。

 それを阻止出来る者は居ない。彼女達は実際に戦ったからこそ、絶望的な格差と呼ぶものを知っている。

 知ってしまったからこそ、頭を空にして強がることも出来はしない。冷静な計算はいっそ笑ってしまう程の成功率の低さを叩き出し、肉体を持っている現在の彩に教えていた。

 ――――だが、それが何だという。


「惨めな言葉に興味は無い。 泣いていたいなら勝手にしろ」


 敗北するかもしれないなど、最初から承知の上だ。

 僅かな可能性に賭けるしかないなど知った上で、我々は此処に立っている。ワシズもシミズもX195も彩が必ずワームホールを閉じてくれると信じて時間稼ぎをしてくれているのだ。

 だというのに、そんな時に弱気なるなど論外。愛すべき者も見ている中で愚かな選択をすれば、周回をすることすら忘れて自身を罰し続けるだろう。

 勝つか負けるか。最早事態はそんな話ではない。

 勝つのだ。大切な物を失わず、己の矜持も捨てず、真っ直ぐに前を突き進む。

 戯言に耳を貸す必要は無い。弱気な己を切り捨て、穴に向かって腕を伸ばす。僅かに青いその空間に触れ――直後腕が弾き飛ばされた。

 

 無闇に干渉しようとすれば腕が丸ごと消失していただろう。

 同時に、それが海も弾いている。超越者が同じ世界に二体も存在出来ないよう、世界が必死になって防いでいるのかもしれない。

 しかし、海が全力を出せばその干渉も無意味なものと化す。そうなる前に彩は封鎖せねばならず、背後で戦闘音が響いている中でワームホールの端を掴んだ。

 通常、ワームホールを物理的に掴むことは出来ない。この現象は空間的なもので、決して物理的に穴が開いている訳ではないのだ。

 閉鎖するには空間に干渉する技術が必要不可欠。しかして現代では発明されてはおらず、超越者に頼らねば開き続けたまま永遠の戦いに身を投じなければならなかった。

 

『彩。 返答はしないで良い。 後五分もすれば十席が援護に集まる。 そうなった時は周囲の警戒をせずに目の前の対象だけに意識を向けろ』


 愛した男の声が内部に響く。

 それだけで彼女の感情は昂り、自身の演算処理は加速度的に増している。ワームホールを完全に閉鎖するにはこれまでとは異なる方法で法則を弄らねばならず、複数の彩達の演算脳も借りて一気に進めねばならなかった。

 残りの彩達も海への警戒や万が一の可能性を考慮して無理にでもリソースを作り出そうとしているが、海に全力投入をしなければならない現状ではそのリソースは一ミリも作れない。

 両の掌からは凡そ五秒毎に黒い波動のようなものが現れ、一度波動が起きる度に徐々に徐々にと穴が塞がっていく。

 穴が開いている原因は海による無差別な干渉の結果だ。一度開いた空間は本来元に戻る力が作用するのだが、海が連続的に無意識な干渉を行い続けている所為で塞がらない。

 であれば、必要なのは海の干渉を空間から逸らすこと。

 此方側の超越者である彩が直接空間に干渉することで修復と海への干渉切断を起こし、元の何も無い場所へと戻そうとしている。

 

「……この!!」


 その背後ではワシズが襲い掛かる蜻蛉にも似た怪物の頭部を吹き飛ばし、もう片手に持っているハンドガンで地面を走る小型の蛇擬きの頭部を撃ち抜く。

 地上で活動する個体はそのまま攻撃が通る。であれば、通常火器でも十分に対処は可能だ。

 爆発物も彩が事前に大量に作って保存領域に直接叩き込まれている。その処理にこの場に居る面々は時間が掛かったが、お蔭で最初よりは弾薬の心配をすることはない。

 それでも足りていると言い切るには不安が残る。

 無作為に弾をばら撒いても命中する程に敵が湧き出ているのだ。たかが数人のデウスで対処するなど絶望的であり、それでも三人の思考に敗北の二文字は無い。

 

「良いッ。 弾がよく当たる……!」


「可能な限り一発で仕留めますよ!!」


 彩を中心に半円の形で動き回り、自身の演算性能をフルに活用して敵の弱点を破壊する。

 相手の姿形は不自然なまでにこの世界の生物に近い。恐らくは異世界にも似たような生物が存在しているのだろうと僅かなリソースの中でシミズは結論を下すが、そんな思考も直ぐに消える。

 亀、烏、蠍、獅子、人間、蜂、etc。

 最早視認をしたという過程すら省略し、無我の境地に近い状態で腕を振るう。

 足も腕も関節部分が悲鳴を上げている。決戦前にメンテナンスをしておいたとはいえ、それでも酷使し続ければやがては動けなくなるだろう。

 それにエネルギーも問題だ。これまでは供給量の方が勝っていたが、今では消費量の方が勝っている。

 連続で稼働し続けられるのは残り五時間。それまでに立ち止まれるだけの時間を確保出来れば上出来ではあるものの、次々と湧き出す現状を鑑みれば希望は無い。

 

 誰かのコアが破壊される可能性は十分にある。寧ろ無いと考える方が愚かだ。

 戦って戦って戦い続け、その最中に命を落とす。そのつもりは無いが、覚悟はせねばならない。

 これまでの戦いは圧倒的なものに終わった。しかし、ワシズとシミズにとっては本当の意味で苦しい戦いは此処から始まる。

 これ以上の戦いは今後発生しないだろう。正しく最大最強の壁が立ちはだかり、それを二人は乗り越えなければならなかった。

 負けるなと誰も言わない。勝てとも誰も言わない。

 全身全霊。人間のようにその言葉を胸に、愛した男の為に武器を振るう。

 

『返答はしなくて良い! もうじき増援が其方に到着する。 それまでは耐えてくれ!!』


 突然、自身の通話から嬉しい情報が愛している男の声と共に放たれた。

 半分だけ身体を持ち上げた百足の胴体を蹴り砕き、狼の如き咆哮をあげて周辺全てに弾丸を吐き出す。

 オーバーヒートは承知の上。破壊されても予備はある。節約は必要だが、それでも無茶を重ねるよりは余力はあった。

 だが、そんな三人を嘲笑うように背後の森林地帯を中心に地響きが鳴る。

 本来であれば敵の出現場所は穴からの筈だが、相手は最初から身体を倒して進んでいた。

 立ち上がったのは光龍が倒した巨人と同一のもの。巨大な剣を振り被る姿に、三人は歯を噛み締めた。

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