第二百九十四話 そして全てが語られる
デウス誕生の経緯。
そして超越者や、今回の最大の敵である海について。
説明出来る部分は全て説明を行い、何とか歴代の俺や彩についての話題を避けられた。
全てを知った者達の反応は二つ。片方は恐怖に怯えて全身を震わせ、もう一人は打開策を何とか出せないものかと思考を重ねていた。
通信兵達も話は聞いている。その殆どが似たような反応をしていたが、唯一全員が確信していることがある。
それはつまり、最早逃げ場など何処にも無いということだ。
これで負ければ人類は滅亡する。それを突然突き付けられれば発狂してもおかしくはないが、そこは化け物達と戦い続けた集団だ。
顔色を悪くはしても、狂う程には至らなかった。それは良い事であり、同時に悪い事でもある。
どれだけの精神的苦痛が襲い掛かっても発狂しない所為で辛い現実に目を向かねばならず、彼等は国民を守る為に何時までも何時までも最前線で壁とならねばならないのだ。
既に前線の概念は何処にも無い。あの場所でブリューナクが出現した時点で何処のどんな場所も攻撃され、相手もそれを行うことが出来る。
「解りましたか。 今更話を聞きたくなど無かったとは言わせませんよ」
「無論だ。 寧ろ黙っていて賢明だったと今は言わせてくれ。 ――――よく理解した、我々では目的を達成することは不可能だ」
元帥殿は恐怖に怯えてはいなかった。
しかし、それは表面だけのもの。今この瞬間も敵はデウスや兵士達を何の消費も無く潰していき、此方へと向かっている。
覚醒するまで後どれだけの時間が残されているかは解らない。この説明は時間の無駄ではあるものの、しかし何時かはしなければ彼等は爆発していただろう。
これで彼等も逃げられぬ戦いだと解った。恐怖に屈するかと思ったものだが、存外に彼等は前を向く力を持っていた。
いや、これは生に対する執着心か。死という無形の存在が背後に居るからこそ、彼等はそれを見たくなくて無理矢理前を向いている。
だが、その方が此方にとって都合が良い。
変に発狂されて滅茶苦茶な命令をされるよりも、今は精神が潰れ掛けでも指示が出来た方が良い筈だ。この戦いが過ぎた後に精神に変容が起きるかもしれないが、その時は秘密裏に消しても問題はあるまい。
兎に角、理解も納得も向こうはした。
であれば、此方も一々端末を隠す必要も無い。膝の上に置いてあった端末を目の前のモニターに繋げ、現在彩達が居る地点を全員が見れるように設定する。
歴代の彩達が全てのモニターを占拠出来たように、このモニターは全て繋がっている。
何処のモニターに重要な情報が隠されているのか解らないのだ。元帥殿が自らの足で向かうのでは面倒であるし、画面を移動出来た方が指示も出し易い。
ついでに全員で共有することも出来れば時間の手間も省ける。既に当たり前の技術ではあるものの、昔に拘る企業によっては絶対に採用されない手段だ。
「現在地は沖縄本島。 ワームホールの位置が中央ですので、敵の妨害が強力でなければ十数分で到達します」
「もうこんな距離に居るのか。 超越者というのはやはり凄まじいのだな」
「世界に一人だけですからね。 その分だけ能力も高く、理不尽を他者に強いる事も出来ます。 相手もそうですが」
超越者の名称を知った上で彩を見れば、彼等も色々と納得出来ることがある。
数体のデウスでは明らかに覆せないような敵の群れを四人は突破し、既に人の気配の無い廃墟同然の街中を進む。
人の居ない世界でも文明の跡は残っている。苔が僅かながらにせよ生え、殆どの建物が崩壊しているものの、やはりまだまだ全てが死んだ訳ではない。
しかし、覚醒が進めば真っ先に沖縄は海に沈む。
呆気なく、何の感慨も無く消失するのだ。そして数少ない人類の生活圏を脅かすということは、例え無差別であっても迅速に滅ぼさなければならない。
銃は完全な独自規格だ。既存の法則に真っ向から喧嘩を売った武装故に、衝撃弾一つでも木々を容易く何十本も粉砕する。
だが、それよりも暴れ回る光の龍の方が印象に残るだろう。
彼女達が進めば進む程に敵は増していき、サイズも大小様々になってくる。最初は飛行する個体ばかりだったのが陸を走る個体も遥かに増え、近くの海上からは続々と怪物が浮上していた。
その全てが彩の目を通して伝えてくる。
本来ならば見えない視覚の情報まで伝えてくるのは、別の彩が視界を用意してくれているからだ。
大型三体に独自規格の装備四つ分に、更には別視覚まである。その状態でも彩には変化が無く、まだまだ余裕の素振りだ。
手を抜いていないという訳ではない。今の彼女にとって、これくらいの扱いは容易いもの。
全員の彩が協力して一斉に殆どを操作しているので、まだまだリソースは残されている。その全てを活用したとすれば世界をも相手に出来てしまう。
否、世界を相手に出来るのは大前提だ。少なくとも俺の知っている超越者二名は世界征服くらいは容易く行える。
化け物の中の化け物。限界を超えたからこそ与えられている称号だ。
光龍の咆哮も近場に居る怪物を土地ごと破壊し尽くす。周辺の環境にまるで排除しない攻撃は殲滅にあまりにも有効であり、此方に牙を剥けばデウスの装甲程度簡単に引き剥がすのだ。
『ワームホール付近まで到達しました。 これより私は作業に集中しますので全武装を解除します』
「了解した。 その間はワシズ達で彩を護衛しろ。 此方側は一切気にするな」
「全デウスに通達! 間もなく空中を漂う鳥と鯨が消失する。 対空警戒を厳としろ!!」
『了解!』
最後の戦いになった時、彩という最大の壁が消える。
彩本人も無防備となり、周りを守れるのはワシズ達三人だけだ。最前線で戦うデウス達は援護が完全に消え、今までよりも戦闘が苦しくなる。
必然的に被害は加速するだろう。前線の後退は余儀なくされ、最悪島の拠点に居る人間全員が死ぬかもしれない。
タイムリミットは最初からあまり長くはないし、ワームホールへ干渉を開始すればいよいよ海の抵抗も本格化する。
出来れば永遠に眠ったままでいてほしかったが、流石にそこまで良い状況になってはくれない。
巨大な枝を飛び越え、甲殻系の化け物の足を全て撃ち抜いて装甲代わりに活用する。これからは弾薬の補充も不可能となるので、出来る限り節約は必要だ。
廃墟の素材を回収出来る限り回収したお蔭で暫くは継戦も可能であるが、そもそも過剰に動き回れば彼女達のエネルギーが先に限界を迎える。
「良いのかね。 君が私に頼めば無理矢理にでも前線を引き上げることはきっと出来る。 被害の消耗は加速していくが、勝利の為であれば彼等も突撃を是とする筈だ」
「そうするつもりはありません。 彼女が安心して作業する為には、どうしても我々が安全でなければなりません」
「そうか。 だが――」
「……何? ――報告!」
彩に戦力を送る為には、先ず最初に前線を引き上げる必要がある。
死を強要して前に進ませれば彼女の居る場所まで行けるかもしれないが、それで前線に穴が開いてはいけない。
彼女は気にしない素振りをしているものの、確り指揮所の情報も耳に入れている。彩が不安になることで閉鎖が失敗すれば、その時は人類絶滅が起きるだけだ。
そうなるくらいならば、彼女が安心出来るように此方は前線を引き下げる。
しかし、状況というものは常に変化するものだ。通信兵の絶叫じみた報告に元帥殿がどうしたと大声で尋ねると、兵は現地から送られた言葉を焦燥を多分に含めた状態で口にする。
「十席の数名が前線を離脱! 判明しているのはPM9とXMB333です!!」
「……どういうつもりだ」
十席の離脱。
その言葉は切り裂くように俺達に襲い掛かった。




