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人形狂想曲  作者: オーメル


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第二百九十三話 世界に響け

 化け物、怪物、異形。

 これまで人々は襲い来る敵をそう評した。個別の名前を与えなかったのは正体不明の不気味さを際立たせる為であり、同時に人々の団結を強める為のものでもある。

 だが、彼等は本当の怪物を知らなかった。天をも崩れろと言わんばかりに吼える巨躯の龍人は、これまでの如何なる怪物よりも強大に過ぎる。

 人間が持ち得る原初の畏れを否応無しに刺激され、指揮所の人間は総じて震えていた。例えどれだけ屈強な人間であろうともあれを見てしまえば恐怖に震えるのは当然だ。

 歴代でも最初の彩が生み出した幻想。現実に真っ向から牙を剥く生命体は、正しくこの世で最強を誇る。

 二足で立ち、両腕に装着された炎の剣は周辺の景色を陽炎の如く歪め、馬鹿の一つ覚えのように近寄る木端の化け物達を容赦無く燃やし尽くす。

 動く必要はない。鳥のように触れた対象を殺すのではなく、そもそも龍人に近寄る時点で敵の死は必然だった。

 

『此方彩。 通信を復旧させます。 そちらに問題は起きていませんか』


「先程からアラートが鳴りっぱなしだが問題は無い。 操作は今誰が担当している」


 端末から再度彩の声が聞こえ、率直に質問を告げる。

 それに答えるのは彩ではなく、別のモニターから聞こえる同じ声の持ち主だった。


『私よ。 漸く私に関係する肉体が構成出来たから、この機会に操作を全て担当させてもらったわ。 何か問題はある?』


「いや、そちらが大丈夫ならば問題は無い」


 初代彩。彼女が全ての操作を行うというのならば、彩達に直接の被害を齎すことはないだろう。

 彼女の声は指揮所全体にまで広がり、更なる困惑を軍人達に起こす。しかし、事態はそんな生易しいものでは終わらなかった。

 様々なモニターが狂っていく。本来の映像が全て変わり、様々な角度の別の彩が映し出される。

 服装が違う彩が居た。髪型が違う彩が居た。目の色が違う彩が居て、雰囲気がまるで異なる彩も居た。

 全てのモニターを占拠せんとばかりに画面は彼女と白い背景だけとなっていき、ついには鳴り響いていたアラートそのものが誰の許可も無く勝手に落とされた。

 何が起きたのかなどと、今更問うつもりはない。彼女達にとって今この瞬間は千載一遇のものであり、元々狙っていたのだろう。

 こんな真似を彩本人が許すとは思えなかったが、恐らくは強引に権限を乗っ取ったのではないだろうか。

 

『安心して。 私達の目的と軍の目的は一致しているわ。 だから、今だけは黙認して頂戴』


「ああ、解っている。 予定には無かったが、そちらは手を貸してくれるのだろ?」


『全力で、全霊で応えてみせるわ。 あの人の為にもね』


 彩達の原動力はやはり歴代の俺だ。

 あの遺言の影響もあり、彼女は絶対に負けられぬと強固な意思でもって此方を見ていた。

 そんな女性に諦めさせるなど不可能だ。例え俺でなくとも変えるのは難しいであろうし、ましてや今の軍にそれを変えるだけの方法は一切無い。

 しかし、こんな時だからこそ騒ぐ輩は発生する。 

 最早理性の欠片も無い高官は俺に向かって駆け寄り、腰に差していた拳銃を引き抜いた。狙いは此方の頭で、撃鉄は一秒も掛からずに落とされる。

 後はそのまま引き金を押せば発射され、俺の人生は終わりへと向かうだろう。


「もううんざりだ! いい加減、全てを話せ!!」


 唾を飛ばしながらの大絶叫。男の行動がどれだけ軍を追い込むのかも解らず、相手は自身の防衛本能に支配されている。

 だが、銃口が向けているのは目の前の男だけではない。他にも数名の高官が目を血走りながら狙いを付け、誰かが外したとしても必ず此方を撃ち抜けるようにしている。

 あまりにも馬鹿な真似だ。暴挙と呼ぶには愚かに過ぎ、しかし現状において彼等が出来ることはこれしかないのも事実。

 元帥殿は何も言わなかった。

 この騒ぎによって理性を取り戻した目は、今は鋭く冷酷に染まっている。此方を敵と判断したのか、最早高官達の行動を止めさえもしない。

 現実離れした状況を少しでも理解するには情報が必要だ。その為には時として残酷な方法も許容される。

 例えば四肢の一つを撃ち抜いたとして、それで情報を獲得出来たのならばそれで良い。自分勝手極まりないものの、それを言ってはブーメランになってしまうので何も言えはしない。

 

「只野殿。 最早事態は一刻の猶予も無い。 そちらが秘密を厳守するのであれば、此方は早急に情報共有を行う為にあらゆる手段を講じよう」


「四肢でも撃ち抜きますか? それで彼女達を戻らせるおつもりと」


「内容次第によってはとなる。 我々が愚かな判断を下す前に賢明な行動を願おう」


 自分が馬鹿な真似をしていることは解っている。

 しかし、既に事態は人の手に余る程大きくなってしまった。そんな最中で状況をコントロール出来る人間は、傍目からすれば俺しかいない。

 元凶を知り、デウスの奥底を知った。そんな男だからこそ、全てを説明することも出来る筈だと。

 その言葉は間違いではない。だが正解と呼べる程に近くはなく、されど何かを言わねば彩達に余計な心配を掛けるのは事実だ。

 彼女達には全力で戦ってほしいと願ったのは俺であり、その為に自身が努力するのは当然。彼女達が万全の状態で戦えてこそ勝ちの目が僅かにある。

 溜息を零す。戦場で出すべきではないそれを吐き出し、致し方無しという態度を見せる。


「聞けば戻れませんよ。 私が全てを秘密にしているのは、何も悪意があるからだけではありません。 ――一度知ってしまえば、貴方達はそれを踏まえた上で思考してしまう。 そしてそれを他国は見抜くでしょう」


 取って付けたような理由だが、言ってから使える手札だと思った。

 彼女達の力が如何に強大かを知れば、軍は間違いなく彼女の力を頼ろうとするだろう。どれだけ彼女本人が断ったとして、そうせねばならない状態にまで追い込めば俺が指示を下しかねない。

 そして、軍は彩を踏まえた布陣を考える。中心に彼女を据えた戦い方は確かに良い結果を招くだろうが、そんな真似を何度もすれば他国が容易に勘付く筈だ。

 そして情報収集の為に様々な工作員や諜報員が軍に紛れ込む。彼女の真実を知り、大々的にそれを他国が発表して日本を批判するのだ。

 自分達だけは助かろうとする愚か者の国だと。

 世界で唯一とは、即ち世界全体の共有物とも見なされる。この戦いが勝ちで終わった世に批判されるような状況が起きれば、支援頼りの日本は容易く物資不足で死者を続出させてしまう。


「知った後に秘密を守り続けることを確約出来ますか。 我々が抱える秘密とは即ち、世界戦争にも発展しかねない内容ですよ」


 彩がその能力を本気を使う前であれば一笑に付していた。誰もが本気だと思わず、銃の引き金を押していたかもしれない。

 だが、あの巨人を容易く蒸発させる龍人を見てしまった。あれが絶対に今の人類では勝てないと思い知ったが故に、俺の発言が極めて重いものだと誰もが理解出来てしまう。

 誰もが肯定出来ない。現に彼等の中には秘密を流出しかねない人間が確かに存在していて、場合によっては簡単に他国に寝返るのだから。

 

「――それでも我等は聞きたい。 全てを聞き、その上で只野殿の話した内容を墓場まで持っていこう」


 秘密を守る。絶対に外部には漏らさない。

 組織を知っている人間であれば絶対に宣言出来ない言葉だ。だが、元帥殿は守ると誓った。 

 であるならば、それも今後の交渉の種に使える。全てを伝えずとも、今起きている内容だけを伝えれば彼等は勝手に誤解してくれる筈だ。

 元帥殿の発言を聞き、俺はならばと口を開けた。

 遠い戦地では巨人が倒れ、その正面を彩達が駆け抜ける様子が見える。説明が終わる頃には何処まで進んでいるのか。

 頭で予測をしながらも、言葉を吟味して表面上の説明が始まった。

 

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